演技
闘技場は静まり返っている。
全員が私を見ているようだ。どんな気持ちで見ているかは知らない。
もしかしたら、何が起きたかすら分かっていないのかもしれないな。距離のある場所からウェンディを撃ちぬいて結界と壁を壊したんだ。理解の範疇を超えているのかも。
だが、そんなことはどうでもいい。どんな結果になっても責任はダグが取る。私は本気を出しただけだ。
倒れているウェンディの近づくために一歩前に踏み出した。
それに合わせて周囲の冒険者達が体を硬直させたようだ。構わずにウェンディの方へ移動する。
「いつまで倒れている? お前が瞬間的に精霊を纏って致命傷を避けたのは知っている。起きろ」
やられた振りなんて認めない。私の時も認めてくれなかったしな。
慌てた感じでウェンディが立ち上がり、私の前で跪いた。
「ぶ、無礼をお許しください! ま、まさか、あ、貴方様が魔王様とは知らず――」
「私は魔王じゃない」
「そ、そんなはずは! その覇気は間違いなく魔王様! 間違うはずがありません!」
「違うと言ったはずだ。魔王様は私なんかよりももっとお強い。だが、そんなことはどうでもいい。お前は魔王様を侮辱した。死をもって償え」
魔王様は寛大だ。どんな侮辱も笑ってすまされるだろう。だが、私は許さない。
「ま、待て! 魔族の恐怖は皆に伝わった! もう模擬戦は終わりでいい!」
ダグが片膝をつきながら私の方に向かって叫んだ。よく見たら立ったままの奴はいないな。誰もかれもが地べたにすわりこんで、こちらを怯えた目つきで見ている。
「黙れ」
どうも分かっていないようだ。ちゃんと説明してやろう。
「模擬戦なんてもうやっていない。コイツは魔王様を侮辱した。だから私が制裁する。これは魔族同士の話だ。お前の出る幕はない。そこで見ているがいい」
改めてウェンディの方を見た。
「立て。お前に跪かれる理由はない。自分の言ったことに責任を取れ。私の本気が見たいんだろう? 今の一撃だけじゃ分からないだろうからな」
「……お許しを」
「許すわけないだろうが。早く立て。さすがにそんな状態の奴を殺すわけにはいかない。せめて魔族らしく戦って死ね」
こう言ってもウェンディは跪いたまま顔を上げない。どうしたものかな。
「フェ、フェル、さん! 待って、待ってくださいまし!」
ネヴァの叫ぶような声が聞こえた。そちらを見るとネヴァは地面に座り込んで動けないようだ。
「ウ、ウェンディのこと、許してやってください! 本気を出させるために怒らせようとしただけなんです! 本心で魔王さんや魔族の方を侮辱したわけではありません!」
取ってつけたような理由だな。だが、そんなことは関係ない。
「どんな理由があろうとも、魔王様や同胞の魔族を侮辱するのは許されない。もはや許すとか許さないとかの話ではない。死ぬか死なないかだ」
再度、ウェンディの方を見る。
「立て。そして私にお前の力を示せ。今だろうと昔だろうと魔族なら変わらないことがあるだろう? 魔族は強さが全てだ。魔王様や同胞を侮辱できるほどの力を見せてみろ」
「お許しください。魔王様に勝てるわけがありません」
「安心しろ、何度も言っているが私は魔王じゃない。これは魔族同士の喧嘩だ。安心して本気を出せ」
数秒経ってからウェンディは立ち上がった。
「お願いがあります」
「なんだ? 聞いてやるかどうかは分からんが言ってみろ」
「もし、私が勝てたら魔王様や同胞を侮辱したことは不問に。もちろん発言は撤回しますし謝罪もします」
虫のいい話だとは思う。だが、受け入れないと言えば戦わないだろう。
「いいだろう。私に勝てたならこれまでの事は全て不問にしてやる」
「感謝します」
ウェンディは頭を下げた。そして精霊の剣を構える。
もしかして剣で戦う気か? 風林火山とかいうスキルは使わないのか?
「本気を出せといったろう? 炎の羊にならずに勝てるのか?」
「どちらかと言えばこちらの方が強いです」
ウェンディがそう言うと、精霊の剣から炎が噴き出し、体の炎も鎧のような形になった。羊でなくとも熱そうだ。闇の精霊よりも炎の精霊の方が相性的にはいいのだろうか。普段、闇の精霊を使っていると聞いていたけど。
おっと、私も用意しよう。これ以上ズボンが燃えたりしたら嫌だ。状態保存の魔法を使っておこう。
「仕切り直しだ。先手は譲ってやる。来い」
ウェンディはまた剣を肩に乗せて前衛姿勢を取る。
「【ジン】」
爆発のような音がしてウェンディが一気に距離を詰めてきた。さっきよりも数段速い。向こうも本気は出していなかったか。だが、今の私には遅いくらいだ。天使ほど速くなければ私には届かない。
必要最低限の動きで、全ての攻撃を躱す。魔王様だったら動きもせずに無効化するぞ?
攻撃が当たらない事を悟ったのか、ウェンディは後方へ飛びのいた。
「終わりか? なら次は私の番だ」
「まだまだ! 【イフリート】!」
さっきから魔力を乗せている言葉は精霊か? イフリートって火の精霊だよな?
ウェンディの持っている剣の炎が巨大になった。さらに青白い炎になっている。そして上段切りを放ってきた。防御を考えない一撃必殺の攻撃だ。
だが、その程度では一撃必殺にはならないな。
剣を左の掌で受け止める。そのまま剣を掴んだ。ちょっとだけ熱い。
「う、嘘」
ウェンディは剣を動かそうとするが私は剣を離さない。どんなにもがいても無駄だ。
「この剣は精霊でできているんだったな。なら消えてもらおう。失せろ」
精霊は人の感情に敏感だ。激しい感情をぶつけられると実体を保てなくなる、もしくは暴走するとか聞いたことがある。とりあえず殺気を込めよう。
剣から炎が失われて、タダの剣になった。そしてウェンディの体からも炎の鎧がなくなっていく。
「そ、そんな、精霊が……」
「精霊でも命の危険は感じるんだな」
精霊がどういうものなのか詳しくは知らないが、生存本能みたいなものはあるようだ。
さて、これでウェンディはまた面積の少ない鎧の格好になっている。一気にやる気がそがれるんだが、そういう訳にもいかないな。
「言い残す言葉はあるか? 墓に刻んでやる」
「う……あ……」
魔族なら死ぬのは怖くないだろう。でも、これは名誉ある死ではなく同族による制裁だ。死んでも死にきれないだろうな。だが、コイツはそれだけの事をした。例え嘘でも自分の欲のために魔王様や同胞を侮辱することは許されない。
「安心しろ。死をもってお前の罪は許される。不名誉な死ではない」
掴んだ剣を放り投げて右手で拳を握る。そして構えた。
「はいストーップ!」
いきなり緊張感の欠片もないディアの声が聞こえた。
そちらを見ると、ディアがこちらにズカズカと歩いてくる。この中を歩いてこれるのは凄いな。他の奴らは腰砕けになっているのに。
「はい! フェルちゃん! 演技はそこまで!」
「演技ってなんだ? ものすごく本気なんだけど」
「だから! 本気を見せる演技でしょ! みんな怖がってるじゃない! もう目的は果たしたからこれで終わり!」
本気を見せる演技? ああ、そういう事にしようという話なのかな。
よく見ると、ディアがちょっと涙目で私を見つめている。私に同胞を殺す真似をさせないように怖くてもここまで来たのか。いや、それともこんな感じの私を見たくないと思っている?
仕方ないな。ウェンディの事は許せないが、親友の期待には応えてやらないと。
「おい、ダグ。これでいいか?」
「な、なに?」
ダグがいまだに片膝をついて苦しそうにしている。もしかして知らず知らずに威圧していたりするのかな? 仕方ない。まずは能力を制限しよう。
「【能力制限】【第一魔力高炉切断】【第二魔力高炉切断】」
周囲から思いっきり息を吐く音が聞こえた。息苦しかったのかな。
「魔族の恐怖は教えてやっただろう? もう終わりにするがそれでいいな?」
「あ、ああ、も、もちろんだ」
威圧的なものはもうないはずだが、いまだに立ち上がれないようだ。まあ、そのうち復活するだろう。
今度はウェンディの方を見る。こっちも地面に座り込んでいた。
「ネヴァとディアに感謝するんだな。お前のために声を出して擁護したり、怖いのを我慢したりしてここまで来たんだ」
「は、はい……ありがとうございます」
「私にじゃない。ネヴァとディアに感謝しろ」
「は、はい、ディアさん、ありがとうございます」
「あ、うん。私の方はともかくネヴァ先輩にはお礼を言った方がいいよ。ネヴァ先輩は本当に一般人だからね」
ネヴァの方を見ると、地面に座り込んでいた。意識を保てるだけでも大したものだと思う。一部の冒険者には気絶しているような奴もいるからな。
「あ、あのフェル様」
「なんだ?」
「今の魔王と魔族が腑抜けだと言ったのは撤回します。お許しを」
ウェンディは真摯な態度で頭を下げている。許せないが許さない訳にもいかないな。だが、言いたいことは言っておこう。
「五十年前の魔族から見たら今の魔族はぬるいかもしれない。それに今の私達があるのはお前達世代の魔族のおかげだ。尊敬するし敬意も払おう。だが、私達も五十年近く魔王不在で生きてきたのだ。あの過酷な魔界でずっとな。それにはお前も敬意を払え」
「はい……」
「言っておくがお前と戦えるような魔族は他にもたくさんいるぞ? 当時の魔王候補だったかもしれないが、その程度で調子に乗るなよ?」
「はい……調子に乗らないようにします……」
なんだか随分と大人しい感じになった。ならついでに言っておこう。
「アイドルをやっているのはいいが、ちゃんとした服を着るなり鎧を装備しろ。そういうのを売りにするんじゃない」
「はい……ちゃんと服を着ます」
「そんなウェンディちゃんに仕立て屋を紹介するよ! ソドゴラ村で流行っているニャントリオンブランドをよろしくね!」
なんでいきなり宣伝をしているのだろうか。私の方がまだ終わってないんだけど。
「ニャントリオン?」
「何を隠そう将来の大ブランドだよ! 今のうちに手に入れておいた方がお得だね! 気が向いたら買いに来て!」
大ブランドね。まだ二着しかないけどな。私とアンリの分だけ。おっと、そんなことはどうでもいい。
「お前が言ったことは不問にしてやる。おそらく魔王様も魔族のみんなも気にしないだろうからな。だが、次はない。それだけは覚えておけ」
「はい、ありがとうございます」
「じゃあ、終わりだ。ネヴァの方へ行って礼でもしておけ」
ウェンディは一度深くお辞儀をしてからネヴァがいる方へ歩いて行った。
「じゃあ、フェルちゃん、私達も帰ろうか」
「そうだな。色々あって疲れた。もう帰ろう」
「あ、お帰りですか? あとは全部やっておきますのでご心配なさらずに」
ユーリが近づいてきてにこやかに話しかけてきた。なんかイラッとする。
「心配なんかしてない。というか、お前がちゃんとダグに私の事を説明しておけばこんなことにはならなかったんじゃないのか?」
「何度も言いましたよ! でも聞いてくれなかったんです!」
ものすごい剣幕で言われた。コイツも苦労人なのか。
「分かった。もういい。終わったことだ。だけど約束を守る様に言っておけよ? これで約束も守れないようならギルドごと潰すぞ?」
「幸か不幸か、魔族、というよりもフェルさんの恐ろしさは分かったでしょうから何でもやってくれますよ」
そういうとユーリはダグの方へ向かった。
はあ、ギルド会議って大変なんだな。もう会議には参加しないようにしよう。
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