将来
「はー、そんなことがあったんか。相変わらず大変な目に遭ってんだな」
屋敷に帰ってきて部屋に戻ろうとしたところ、ちょうどヴァイア達に会ったので、そのままヴァイアの部屋に集まった。ギルドであったことを説明したら、ちょっと同情してくれたようだ。
「だが、それで分かったことがあるぜ」
「何を分かったんだ?」
「俺ももっと露出を多くすればモテモテか? ウェンディみたいなアイドルになれっかな? アイドル聖女ってどうよ?」
「お前は何も分かってない。というか今の話を聞いてその結論か。時間返せ」
でも、いつも通りの態度はありがたいな。魔族同士だったとはいえ、かなり恐怖を振りまいたからな。引かれたりしていたら傷ついたかもしれない。リエルはわざとそんなことを言って、場を和ませてくれているのかも。
「もうね! フェルちゃんが恰好よかったんだよ! 『選べ。死か、絶望か』って!」
「そんなこと言ってないだろうが。ねつ造にも程がある」
ディアもいつも通りにしてくれている。多分、ディアも怖かったはずだ。私のために勇気を出して止めてくれたんだろう。ああいう姿はもう見せたくないものだ。
そうだ。ディアには謝らなくてはいけないことがあった。
「ディア、すまない。実はあの時の戦いでズボンの裾が少し焦げてしまった」
その部分を見せながらディアに頭を下げた。せっかく作ってくれたズボンを焦がしてしまうとは何たる不覚。怒られても仕方ない。
「あー、焦げちゃったんだ? あの時の炎だね? でもこれくらいなら直せるよ」
「本当か? ならお願いしたいんだが」
「うん、いいよ。でも村に帰ってからね。基本的な裁縫道具しか持ってきてないからすぐには直せないんだ」
良かった。お気に入りの服だからな。できるだけ長く着たい。今後は状態保存を切らさないようにしないとな。
はて? なぜか三人がこちらを見つめている。どうしたんだ?
「私の顔に何かついているのか?」
「いや、ものすごく笑顔だったぞ? フェルが食事をする以外でそんな顔を見たのは初めてだ。そんなに嬉しかったのかよ?」
「……普通だが?」
「フェルちゃんは嘘が下手だよね。さっきの話も最初に怒ったのはディアちゃんが作った服を焦がされたからでしょ?」
ヴァイアが嬉しそう言った。なんでそんなに嬉しそうなんだ。
最初に怒ったのは確かにそれが理由かも知れない。でも、それをわざわざ認めるのも、その、なんだ、恥ずかしい気がする。
「そんなことないぞ」
「大丈夫だよ、フェルちゃん! 分かってる、分かってるから!」
「おい、ディア、何を分かった。変な憶測はやめろ。服のことで怒ってないからな」
「うん、うん、そうだよね。怒ってない、怒ってないよ、フェルちゃんは!」
「おうコラ。その態度にちょっと怒りを覚えるぞ。満面の笑みで何を言ってるんだ」
バレバレだけど、口にはしてないからな。真相は闇の中だ。多分。
こっちはもういいだろう。話題を変えたいし、今度はヴァイア達の話が聞こう。
「ヴァイア達の方はどうだったんだ? 変な事を押し付けられていないだろうな?」
「うん、こっちはクロウさんとオルウスさんに話を聞いただけだよ。色々丁寧に教えてもらっただけで、なにか強制されたりなんてことはなかったから大丈夫」
それならいいのだが、結局ヴァイアはどういう風に決めたのだろうか。
私の視線に気づいたのだろう。ヴァイアは一度頷いた。
「えっとね、色々話を聞いてみたんだけど、やってみたいと思うんだ」
「そうなのか。その、大変じゃないのか?」
「クロウさんやオルウスさんが体制を整えてくれるから私はそんなに大変じゃないんだ」
そんなうまい話があるのだろうか。騙されていないといいけど。
「私のやることは魔道具の作成がメインだね。クロウさんと話をしたけど、私が自由に作っていいんだって。ただ、できるだけ効率化した術式で魔道具を作るんだ。それを市場に流したり、研究したりするのが魔術師ギルドの最初の仕事になるみたい」
「以前聞いた話では、魔術師に仕事を斡旋したり、勉強できない者へ教えたりするんじゃなかったか?」
「うん、それもやるよ。でも、そっちは別の人を募って対応するみたい。私は私がやれることをしてくれればいいって」
色々と優遇されているんだな。それにヴァイアは随分とやる気になっている。
「念のため確認したいのだが、ノストは関係ないんだよな?」
グランドマスターを了承したら、もれなくノストが護衛としてついてくる。それを狙っているわけじゃないと思いたい。
「も、もちろんだよ!」
ヴァイアをジッと見つめた。
「……す、少しはその気持ちもあります……」
「正直でいい。まあ、ちゃんと理解した上でやろうとしているなら別に止めたりはしない」
「うん。で、でもね、ちょっと問題があって、それをどうしようかと思ってるんだ」
問題? どんな問題があるのだろう?
「実はね、魔術師ギルドを作るなら、オリン王国に作ることになるんだよ」
「それはそうだろうな。ルハラに作る訳がない」
「うん。つまりね、私がグランドマスターになったら、ソドゴラ村から出なくちゃいけないんだ……」
そういうことか。オリンのどこに作るかは知らないが、おそらく王都だろう。ソドゴラ村と気軽に往復できる距離じゃない。それが問題か。
「問題は分かった。でも、さっき、やってみたいって言っていたよな? もう、心は決まっているんだろ?」
「……そうだね、両親との約束もあるし、こんな機会はもうないと思うんだ。でも、それが、その、引っかかってて……」
これはどうするべきだろう。寂しくなるから行くなと言うわけにもいかないな。
「ヴァイアちゃん。やるべきじゃないかな」
ディアがめずらしく真面目な顔をしている。
「やりたいことが大きな規模でできるんだよ? 絶対にやるべきだって」
「そ、そうかな……?」
「そうだよ。それに昨日の話だとギルドの立ち上げは五年後十年後の話でしょ? それまでは村で一緒じゃない。私だってずっとあの村にいるかなんて分からないんだから、やるべきだって」
「そうだぜ、ヴァイア。離れていたって別に会えなくなるわけじゃねぇ。念話だってできるんだし、映像も送れるじゃねぇか。物理的に遠くても問題ねぇよ」
おお、二人ともまともなことを言っている。確かにその通りだ。遠くにいたって話はいつでもできる。ここは私も後押ししてやろう。
「なんならヴァイアが長距離転移の術式を考えればいいんじゃないか? それならどこにいても村に帰ってこれる」
また三人に見つめられた。あれ? これはダメなのか?
「それだよ! フェルちゃん!」
びっくりした。急に大きな声を出すな。
「そっか! なんで思いつかなかったんだろう! 長距離転移の術式を完成させればいいんだよ!」
「ずいぶんとやる気になっているな。まあ、できたら教えてくれ」
「もちろん教えるよ! よーし、グランドマスターになる前に長距離転移ができるように頑張る!」
なんだかヴァイアが燃えている。まあ、頑張ればできるだろう。魔王様も長距離転移はできるようだし、魔界と人界を繋ぐ門も長距離転移の魔道具みたいなものだ。やれるという実例があるならいつかやれそうだ。
だが、リエルとディアはちょっと複雑そうな顔をしている。
「長距離転移を成功させた例って知っているか?」
「私の記憶だとないね。座標の計算? というのが難しくて無理とか聞いたことはあるけど」
「ヴァイアの場合、空間座標の計算が瞬時にできるからそこは問題ないぞ。魔力量も問題なし。術式さえ完成すれば可能だと思う」
「すごいっていうか怖いよ。まあ、ヴァイアちゃんの努力が実ればいつでも会えるってことだから頑張っては欲しいけど」
そうだな。距離関係なくいつでも会えるなら離れていても問題ないだろうしな。
「じゃあ、もうやる方向で決まりだな。明日にでもクロウに伝えようぜ――あ、そうだ。もう一つ決めることがあったな」
「決めること? 何を決めるんだ?」
「ヴァイアが魔術師ギルドの象徴になるわけだから、それに合わせて何か名称を考えてくれって言われた」
「名称?」
「象徴がグランドマスターっていう肩書じゃ他のギルドと被っちまうからな。やるなら別の名称を考えて欲しいって言ってた。まあ、ヴァイアの二つ名みたいなもんだよ」
二つ名、か。ウェンディはレッドラムだったな。ユーリは武器庫だったか?
「なら聖女にしたら? 聖女ヴァイア」
ディアが笑いを堪えながらそんなことを言い出した。
「それは俺に喧嘩売ってんのか? 聖女は俺のアイデンティティだろうが。女神教だってだまってねぇよ」
アイデンティティね。リエルは見た目以外、聖女のイメージが全くないんだけどな。
「お、そうだ。聖女の俺と対になる様にしようぜ。魔女でどうだ、魔女。魔法使いで女なんだし、間違ってねぇだろ?」
「魔女……」
ヴァイアがきょとんとした顔をしている。
「ヴァイア、やめておけ。魔、なんてついているのはイメージ的に良くないぞ? 悪女っぽい」
「フェルちゃんは魔族だよね? それはどんな自虐なの?」
「そ、そうだね! 魔がついているなら、フェルちゃんとおそろいみたいな感じだよね!」
それはどうだろう? おそろいじゃないと思う。そう思ってくれるのは嬉しいけど。
「おいおい、そこは俺と対になってると言ってくれよ。人界のいい女として二人で歴史に名を残そうぜ?」
スケールがデカいな。妄想するのは自由だけど。
「よーし、今日からこう名乗るよ! 魔女ヴァイアって!」
ヴァイアがベッドに立ち上がって右拳を掲げた。珍しい。
なぜかディアとリエルが拍手していた。一応私も拍手しておく。
ヴァイアは魔術師ギルドのグランドマスターをやると決めたんだな。ディアも今はギルドの受付嬢をしているようだけど、いつかは仕立て屋を開くんだろう。リエルも女神教を潰して新しい宗教を作るつもりのようだ。
みんなは将来をしっかりと見据えている。私はあるだろうか。恋愛小説を書きたい、程度の事はある。だが、それは趣味の延長だ。明確に将来こうなりたい、というのは決まっていない。魔族なんだから当たり前だな。いつ死ぬか分からないんだから。
でも、魔王様がされていることが終わったら一度ゆっくり考えてみよう。魔族だって将来の事を考えることは必要だ。いつかみんなに、私は将来こうなる、と伝えたいな。
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