本気
ユニークスキルで変身したウェンディはとても熱そう。正直なところ、殴りたくない。そもそもこんな状態は模擬戦と言えるのだろうか。
「おい、ダグ。これはやり過ぎだろう。私の負けでいいから模擬戦を終わらせてくれ」
「すまんが、それはできん」
「なんでだ? さっきもウェンディは舐めていると死ぬとか言っていたんだぞ。模擬戦の範疇を超えているだろうが」
「それでもまだ戦えるだろう? それに治癒魔法が使える奴を待機させている。ヤケドも治せるから安心してくれ」
どこに安心する要素がある。それはウェンディにやられろということじゃないか。死ななくても熱さや痛みは感じるんだぞ。
面倒な事を回避したくて戦うのを了承したけど、余計に面倒な事になっている。人生はままならないな。
「ダグさん! もうやめさせてください! これ以上は怪我じゃ済みませんよ!」
ディアがダグに詰め寄っている。いい奴だ。
よし、一撃食らって倒れよう。それで終わりだ。ウェンディもダグも納得するだろう。
ウェンディの方をみると、やる気になっているのが分かる。ちょっとため息がでた。
「仕方ない。掛かってこい」
一応耐える振りだけはしないとな。両腕を曲げて拳を目の高さに持ってくる。左足だけ前に出して半身の状態。
どういう攻撃をしてくるか分からないけどおそらく突撃してくると思う。それにふっ飛ばされて終わりだ。
「死ぬがいい」
「だから殺すな」
予想通り、炎の羊は突進してきた。かなり高速。これは痛そう。
両腕をクロスさせてその突進を受け止める。痛い、そして熱い。その威力に身を任せて後方へ吹っ飛んだ。結界にぶつかり背中に衝撃を受ける。
よし、ここで前のめりに倒れれば私の負けだろう。それで終わりだ。
地面に膝をついて、続けて両手も地面につける。そしてうつ伏せで倒れた。
うん、名演技。
周囲から歓声が聞こえる。よし、後はやられた振りだ。医務室みたいなところへ運んでくれ。
「フェルちゃん! 危ない! 起きて!」
なに?
慌てて顔を上げると羊型のウェンディが大きく息を吸い込んでいるのが見えた。なんだ?
そして勢いよく炎が吐き出された。嘘だろ。
急いで結界を張った。熱い! くそ、少し炎を遮れなかった。
炎のブレスが十秒くらい続いた後、ようやく止まる。私の結界は何とか耐えられたようだ。しかしな、倒れている相手に止めを刺すってなんだよ。模擬戦だぞ。
「おい、倒れている相手に攻撃するとはどういうことだ? 例え敵でも礼儀は必要だ。それに私はお前の同族だぞ? なんで追撃をしたのか答えろ」
「貴方があの程度で倒れるはずがない。手を抜いたからお仕置き。本気で来ないと本当に死ぬよ?」
だから、なんで本気を出す必要があるんだ。それともアレかな、スイッチが入った感じ。魔族にはそういうのがある。気分が高揚すると戦いたくて仕方が無くなるアレだ。
もしかすると本気を出すのが久しぶりで嬉しいのかもしれない。私にとっては迷惑以外の何物でもないが。
「さあ、続ける」
まだやるのか。いい加減疲れてきた。
「フェルちゃん! 足! 足!」
ディアが叫んでいる。足?
足元を見ると、左足の靴に少し火がついていた。結界の中に入り込んだ火か。
「【造水】」
必要以上の水が作り出されたけど仕方あるまい。水をかけて火を消す。靴がちょっと燃えたか。今度、新しい靴を買わないと。
あれ? 待て。燃えたのが靴だけの訳が――ディアが作ってくれたズボンのすそ部分がちょっと焦げていた。
……何してんだ、コイツは? 状態保存の魔法をかけていなかった私が悪いのかも知れないが、くだらないことに付き合わされた挙句にお気に入りの服を焦がされた。
「お前ら、ふざけるなよ。さっきから何でお前らの都合で私が戦わなくちゃいけないんだ。多少は借りや義理があるからやってやったが一方的に私に迷惑が掛かっているじゃないか」
頭にきた。もうやめだ。
「ダグ、もう帰るから結界を解け」
「フェルもウェンディもまだやれるだろう? もう少し魔族の力を見せてやってくれ」
「お前らに従う義理はもうない。早く結界を解け」
「……許可できん。今の戦いで魔族の強さは理解していても、恐怖は理解していないはずだ。フェルとウェンディが今以上に戦ってくれれば、皆にも理解できるはず。すまないとは思うがもっと続けてくれ」
「そんなこと私の知ったことか。結界を解く気がないなら勝手に出ていく」
自分の結界を解いて闘技場の結界に近寄った。そしてパンチを繰り出す。
何層も結界を張っているようだから、少しひびが入った程度にしかならなかった。でも、あと何発か殴れば壊せそうだな。
周囲がざわついている。結界にひびが入るとは思っていなかったようだ。
「待って。まだ私との勝負がついてない」
ウェンディが羊の姿を解いて話しかけてきた。
「お前の勝ちでいいぞ。私は棄権する」
ウェンディがいまだに勝負の事を言っているが、そんなものに付き合う気はない。こっちはディアが作ってくれたお気に入りの服が焦げてしまって気分は最悪だ。もう帰って寝る。
ディアにまた服を作って貰おう。王都で布を買うか。そうだ、ドラゴンの革がもうソドゴラ村に着いているかもしれない。それで作って貰うのがいいな。ギルド会議は終わったんだ。とっとと村へ帰ろう。
結界に二発目のパンチを食らわせようとしたら、ウェンディが剣で切りかかってきた。それを転移で躱す。
「何のマネだ?」
「それはこっちのセリフ。魔族なのに戦いを棄権するなんて本気?」
「本気だ。そんなことに付き合う義理はもうない。お前の身の上には同情するし、同族だから義理で戦ってやったんだ。だが、それももう終わりだ」
ウェンディはため息をついて首を横に振った。
「貴方は情けない。これなら今の魔王も大したことない」
「……なんだと?」
「今の魔族がどんな方針で生きているかは知らない。でも、貴方を見れば分かる。魔族も、魔王も腑抜けた」
「……そうか。私だけでなく魔王様や同胞達を侮辱するのか」
さすがに我慢の限界だ。本気を見せろと言っていたな。なら本気を見せてやる。
「いいだろう。そこまで言うなら本気を見せてやる。だが、命の保証はしない。死にたくなければ本気で耐えろ」
「面白いことを言う。それは私のセリフ」
本気を出す前にディアの方を見る。
「ディア、もっと離れていろ。この程度の結界じゃ何の役にも立たん」
ディアは驚いた顔をしたが、「分かったよ!」と言って、ものすごく離れて行った。地下へ下りてくるときに使った階段の近くだ。あの辺りなら大丈夫だろう。
そして冒険者達にも一応警告しておく。
「死にはしないだろうが、色々巻き込まれる可能性がある。怪我したくないなら離れているんだな」
残念ながら警告に関しては効果が無かったようだ。一部の奴らは冗談だと思って笑っている。言うだけ言ったんだから後は知らん。
「ダグ、これから魔族の恐ろしさを教えてやる。分かっていると思うが、責任は全部お前持ちだ」
「……もちろんだ。全ての責任は儂が取る」
そしてダグの隣にいるユーリに視線を移す。
「ユーリ、お前、さっきから我関せずって感じだが、ダグと一緒に責任取れよ? 止めもしないでずっと見ていやがって」
「影に徹していたのにバレていましたか。あの、責任は取りますけど、私もディアさんの近くまで逃げていいですか?」
「好きにしろ」
ユーリは一目散にディアの方へ移動していった。
「ユーリ? ……どういうことだ?」
ユーリが逃げていく様をダグが不思議そうに見ている。ユーリは私が本気を出すところを見ているからな。セラのスキルで動けなかっただろうが、気絶はしなかったはず。巻き込まれたらやばいと判断したんだろう。
とりあえずこれでいいな。
「ウェンディ、待たせたな。本気でやってやる。せめて二分ぐらいは持てよ?」
ウェンディが顔をしかめた。
「自分はすごく強いと言っているの? でも、貴方はそんなに強く――」
「【能力制限解除】【第一魔力高炉接続】【第二魔力高炉接続】」
「え?」
急激に能力が向上する。そして魔力高炉から魔力が注入される感じだ。
戦闘での制限解除は対天使以外許可されていない。本来なら魔王様に許可を貰う必要があるけど、人族を殺しさえしなければなんでも許してくれるとおっしゃってくれた。相手は魔族だし問題ないだろう。
それに魔族を殺しても呪われたりしない。ウェンディが死んだら事故だし、責任はダグが持つ。本気でぶちのめそう。
ウェンディの方を見ると震えていた。
「あ、あ、貴方は――い、いえ、あ、貴方様は――」
この程度で戦意喪失か? だが、許さん。責任を取れ。
「【ロンギヌス】」
グローブのギミックを発動させる。そしてウェンディに対して右ストレート。離れていようが関係ない。人族が後方にいないのも確認済みだ。
右拳から放たれた閃光がウェンディを貫く。そして結界すら貫いて、闘技場の壁も粉砕した。
さて、まだ生きてるかな。魔王様を侮辱したんだ。この程度で終わるなよ?
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