ギルド会議
目の前にいる巨漢の爺さんは私を見つめているだけで、問いかけには答えてくれない。だが、どう見ても聞いていたグランドマスターの容姿に似ている。
「おい、グランドマスターのダグか、と聞いたんだが名乗ってもくれないのか?」
「……ダグだ。聞きたいのだが、これはなんだ? お前がやったのか?」
周囲にはぐったりしている冒険者や受付嬢がいて、私に絡んできた奴らは床に尻もちをついている。どう考えても私がやったな。ここは正直に言おう。
「私がやった」
そう言うと、ダグは首を左右に傾けながら、自分の拳を握りこんだ。首と拳から骨が鳴る音がする。
「待て、最後まで話を聞け。そこの床に座っている奴らが最初に絡んできたんだ。絡んでくる奴をそのままにしておくわけないだろう?」
はっきりいって正当防衛だ。過剰防衛とも言えるけど、アイツはディアに剣を向けた。こんなんじゃ生ぬるい方だ。
「座っている奴らが絡んだとして、どうして他の奴らまで被害を受けている?」
「そこにいる奴が剣を抜いたのに誰も助けてはくれなかったぞ? 共犯に近いだろうが。巻き込まれても仕方ないと思え。むしろお前の教育がなっていないんじゃないか?」
ダグは座り込んでいる奴を睨んだ。
「この魔族が言っていることは本当か?」
「し、知らねぇ! い、いきなりコイツが絡んできたんだ! ダ、ダグさんは魔族のいう事なんて信じねぇよな!?」
この野郎。本気で恐怖を与えるぞ。
ダグは座っている奴に近寄って胸ぐらをつかんで立たせた。片手で大の男を持ち上げられるとはずいぶんと怪力だな。
そして立たせた男をジロジロと見ている。
「貴様、たしか貴族に飼われている奴だな? そうか、魔族が手を出す様に仕向けてクロウの評判を落とそうという魂胆だな」
そうなのか? もしかして派閥争いとかに巻き込まれてる?
「そ、そんなわけないだろうが! み、みんなに聞いてくれ! 俺達は何もしてねぇ!」
男がそう言うと周囲から、「そうだ」とか「先に手を出したのは魔族だ」とか聞こえてきた。もしかして買収とかしているのだろうか。
ダグは一度周囲を見渡してから、男へ視線を戻す。
「本当の事を言うなら今のうちだぞ? もう一度確認するが、この魔族が先に絡んできたのか?」
ダグは男に確認しているようだが、面倒くさくなった。もう、どうでもいい。
「もう面倒だから、お前が判断していいぞ。先に手を出したのは私ってことでも構わない」
「ちょ、フェルちゃん!」
ディアの方へ手をかざして落ち着けというジェスチャーをした。
「で、どうする? 私を処罰するのか? 私に非があるなら処罰を受けてもいいが、そうではないから全力で抵抗するぞ。魔族の力を知っている世代なら私がここで暴れたらどうなるかくらい分かるよな?」
これ以上魔族が舐められるわけにはいかない。こういう奴らが二度と出てこないように私が魔族の事を教えてやる。
ダグはこちらを見てなにか思案しているようだ。
「判断ができないなら、できるようにしてやる。コイツを殴って疑いを確実なものにしてやろう」
「ひっ!」
立っていた男がまた尻もちをついて後ずさりしている。
「やめろ」
「お前の言うことを聞く必要がどこにある? ディアの言う事なら聞いてやってもいいが、お前の言うことを聞く必要は今のところ皆無だ」
「分かった。儂がコイツらを処罰する。だから手を出すな」
「なっ! ダグさん! それはないだろう! その魔族が言っていることは嘘だ!」
「黙れ!」
ダグが大きな声を出すと、周囲の冒険者はビクッとなって動けなくなった。
「魔族の恐ろしさを知らんガキどもが! この魔族が本気だったらお前達なぞ一分もかからずに全員死んでおるわ! 生きているだけでもありがたいと思え!」
ええと、どういう状況なんだ? ダグは私の言葉を信じている?
少し混乱していたら、ダグがこちらへ振り向いた。
「迷惑をかけたようだな。コイツらから直接謝罪の言葉を聞かせたかったがそれはできないようだ。コイツらと擁護した奴らは儂の責任をもって処罰しておく。だから怒りを収めてくれ」
「よく分からんが、私の言うことを信じているということか?」
「最初は分からなかったが、コイツを見て分かった。クロウに敵対している貴族に飼われている冒険者だ。情けない。自由こそが売りの冒険者が貴族に尻尾をふるとは。まあ、それはいい。そろそろギルド会議が始まる。そのために来たのだろう? 早く行け。儂も対処が終わったら向かう」
「そうか。まあ、なんだ。感謝する」
ずっと眉間にシワが寄っていたダグがポカンとした顔になったが、すぐ眉間にシワが寄って背中を向けてしまった。
「フェルちゃん、ここはお言葉に甘えよう。そろそろ時間だから急がなきゃ! 遅れたら早く来た意味がないよ!」
確かに遅刻は嫌だ。なんとなく釈然としないが、ディアと一緒に受付フロアを後にした。
二階に上がり、会議室へ入ると全員から視線を受けてしまった。八十人くらいから一斉に見られるのはちょっとびっくりするな。魔王やってたから大勢の視線には慣れているけど、人族からだとまた違う。
そしてディアはなぜか得意気だ。
「早く座りなさいな。貴方が座らないと始められないでしょう?」
そしていきなりネヴァが絡んでくる。ネヴァの背後にはウェンディがいて、軽く会釈してきた。
「あ、はい、すみません……」
ディアはすぐにそれに従った。理由は分からないけど、とっとと謝った方がいいんじゃないだろうか。
「あ、申し訳ないけど、フェルちゃんは私の後ろに立っていてくれるかな? そんなに時間は掛からないと思うから」
「護衛はそうしているみたいだな。分かった。立っていよう」
大きな円卓に結構な人数が座っていて、その背後には一人ずつ立っている。上座の椅子だけ空いているようだが、その椅子の後ろ側にユーリが立っていた。あそこがダグの席かな。
「グランドマスターはいませんがギルド会議を始めます。各自、順番に支部の報告をお願いします」
どうやらユーリが議長のようだ。今日はいつものうさんくさい服装じゃない。黒一色じゃないし、ちゃんと仕立てられた服のようだ。普段からそういう恰好をしていればいいのに。
そんなことを考えていたら報告が始まった。主に素行の悪い冒険者の情報や、難易度が高すぎて対応できない依頼を他の支部に回したりする意見交換に近い。
正直、念話の魔道具でやればいいのに、と思わなくもない。往復で一ヶ月以上かかる場所もあるらしいから、すごく無駄なような気がする。
ようやくディアの出番になったようだ。というか最後なんだな。
「ソドゴラ支部は所属する冒険者も売り上げもない支部でしたが、この度、専属冒険者が加入しました! なんと! ここにいる魔族のフェルちゃんです!」
そういう紹介をするな。これはどうすればいいんだろう。とりあえず、軽く頭を下げておくか。
頭を下げるとなぜか周囲がざわついている。
どうしたものかと思っていたら、ダグが会議室の扉を開けて入室してきた。
「遅くなったな」
そのまま空いている席に座った。アイツらの処罰が終わったのだろうか。
「えっと、報告を続けます。他にも三人の専属冒険者が加入してくれました。内訳としては魔族がもう一人、獣人が一人、そしてアダマンタイトの冒険者が一人です! そして売り上げもちょっとですが増えました! 以上です!」
周囲がさらにざわつき、ディアは大きく胸をそらして踏ん反り返っている。椅子に寄りかかり過ぎだ。倒れないように私が椅子を支えなくてはいけないのだろうか。
それはともかく周囲からは真偽を確かめるような声が上がった。私は目の前にいるから間違いないけど、他の加入者に関してはいないから証明のしようがないけど、どうするんだろう。
「間違いない。ユーリが確認している」
ダグが腕を組んだままこちらを見てそう言った。ユーリも頷いて肯定している。ざわめきが一層大きくなったようだ。
「ふふ、やったね、フェルちゃん。今日の会議はソドゴラ支部が独占だよ!」
「話題を独占したところで何かあるのか?」
「目立てる、かな?」
ものすごくどうでもいい。もう報告も終わったんだし帰りたい。あ、そういえば、ダグと話をして依頼を取り下げさせないといけなかった。面倒だけどやらないとな。
「お静かに。では一通り報告は終わりましたが、他に報告漏れとかはありませんか?」
ユーリが報告を促すと、ネヴァが手を挙げた。なにか報告漏れがあるのだろうか。
「私の専属冒険者ウェンディですが魔族であることが分かりました。ギルドカードを更新したいのですが」
一瞬静まり返った後、大騒ぎになった。ウェンディはアダマンタイトの冒険者だったからな。驚きも大きいのだろう。
ダグもユーリも驚いているようだ。
「やられた……私の報告が霞んじゃったよ……」
ディアが悔しそうにして、ネヴァが得意げな顔をしている。あれはわざと報告を最後にしたな。こんなことでディアの邪魔をしなくてもいいだろうに。ディアにはよほど腹に据えかねることがあるんだろう。
ダグが片手を軽く上げて「静まれ」と言った。
「予想外の事だが魔族が一人から二人に増えただけだ。それにちょうどいい。午後はいつも懇親会をしているが、今日は全員、地下の闘技場へ来い」
この建物の地下は闘技場になっているのか。でも、なんでそんなところに?
「お前達に魔族の強さというものを見せるいい機会だ。ウェンディ、フェル。儂からの依頼だ。二人で戦って、ここにいる者達に魔族の強さというものを見せてやってくれ」
なんでそんなことをしなくちゃいけないんだ。絶対にやらん。
「断る」「了解」
あれ? ウェンディはやる気なのか?
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