先輩後輩

 

 ダグの依頼でウェンディと戦えって言われた。嫌に決まっているのだが、相手のウェンディが了承している。どういうことなんだろう?


 ウェンディが魔族であることは今知らされたはずだ。口裏を合わせる暇はなかったはず。ウェンディは私と戦うことに何かしらの価値を見出しているのか?


 落ち着こう。よく考えたらウェンディが了承しても、私が拒否すればそれで終わりだ。魔族の恐ろしさを分からせるためとか言っていたけど、そんなことは私の知ったことではない。


「聞こえたよな? もう一度言ってやる。断る」


「待て。もちろんタダで、とは言わん。アダマンタイトへの依頼を取り下げる。それでどうだ?」


 ダグはかなり真面目な顔で言っているようだが、色々分かってない。


「あのな、お前がアダマンタイトに依頼を出したんだろう? 何もしなくても取り下げるのが当然なんだ。何を恩着せがましく言ってる」


「分かった。ならこうしよう。依頼を取り下げて、さらに魔族に手を出す奴は冒険者ギルドが罰を与えるという声明をだそう。魔族達に絡むような馬鹿者は冒険者ギルドが取り締まる」


 迷惑行為が減るからそれはそれで助かるのだが、どれだけ抑止力があるのか分からない。声明を出したところで意味がなければタダ働きだ。そもそも取り締まると言っても、どの程度の罰が課されるのか分からないしな。


 まあ、理由はどうでもいいか。はっきり言ってウェンディと戦うつもりはない。そもそも相手にならん。以前の魔王候補だったかもしれないが、力を取り戻せていないのだろう。


「やはり断る。私とウェンディが戦っても魔族の恐ろしさを示せるとは思えない」


「ぬう……」


 睨んでもダメな物はダメだ。そんなことより昼食にしたい。


「一つよろしいかしら?」


 ネヴァが挙手して発言の許可を求めている。ダグはそちらを向いて「なんだ? 言ってみろ?」と言った。


「フェルさんに色々と便宜を図っているのならウェンディにもお願いしたいわ」


 私は戦わないって言ってるんだけど。


「ウェンディがフェルさんと戦うなら、ウェンディの魔族としての過去を不問にしてもらいたいのですけど」


「魔族としての過去? どういうことだ?」


「ウェンディは五十年前の人魔大戦に参加していたわ。その後、誰かに封印されてつい数年前に目を覚ましたの。五十年前には色々あったと思うけど、それを不問にして欲しい、そういうお願いですわね」


 周りがざわつく。その情報は言わなくても良かったと思うのだが。


 そしてダグからは殺気が放たれている。


「人族を殺したことがあるというのか?」


「ない」


 ウェンディが即答した。そうなのか?


「最初、会った、人族、封印、された。でも、戦争、参加」


 最初に会った人族に封印されたという事か。でも、戦争には参加した、と。それを不問にして欲しいということか?


「にわかには信じられん。それを証明するものはなにもないからな。しかし、だ。ウェンディがアダマンタイトとしてより多くの依頼をこなしていることは聞いている。強さにかまけず率先的に人助けをしているそうだな」


 ダグから殺気がなくなった。重苦しい雰囲気が解ける。


「いいだろう、フェルと戦うと言うなら過去の事は何も問わん」


 汚い。私を巻き込む気が満々だ。ここで私が断ったら悪者になりそうだ。そして、ネヴァやウェンディから熱い視線を感じる。


「ね、ねぇ、フェルちゃん。私からもお願いできないかな? ここでネヴァ先輩に貸しを作っておいた方が話をしやすくなるんだよね」


 ディアにはディアの事情もある、と。なんだろう、私以外はみんな理由があるのか。私自身にやる理由がほとんどないのにな。


 はあ、ディアの頼みでもあるし、やらないとは言えないか。


「ディア、今日の昼飯を奢れよ?」


「もちろん奢っちゃうよ! もう、なんでも好きな物を食べて! ギルドの食堂だけど!」


 ネヴァとウェンディの方へ一度頷いて見せてから、ダグの方を見た。


「ウェンディと戦ってやるからウェンディの過去は不問にしろ。そして私の討伐依頼は未来永劫なしだ。グランドマスターが変わってもその情報は引き継げよ? あと、魔族に手を出す奴は冒険者ギルドが取り締まれ」


「分かった。約束は守ろう。魔族の恐ろしさを理解すれば、ここにいるギルドマスター達もそんなことはしないと心に誓うはずだ」


 そしてダグは手を叩いて大きな音をだした。


「では午前のギルド会議は終了とする。昼食後、地下の闘技場に集まるように」


 それで解散となった。




 ディアに連れられて一階にある食堂へ来た。


 どうやら職員専用の食堂らしい。護衛として同行している場合も使っていいようだ。


「オススメは松セットかな。竹セットも捨てがたいけど」


「この、シェフのオススメセットと言うのは? 内容が書かれていないが?」


「それはギャンブルだからオススメしないよ」


 オススメなのにオススメしないとはどういう事だろう。だが、私には情報が足らない。ここはディアのアドバイスに従おう。次の機会があったらオススメを食べる。


 とりあえず、松竹梅ウルトラセットというのを頼んだ。多分、すごい。


「フェルちゃん、私のアドバイスを完全に無視したね?」


「何を言ってる? シェフのオススメセットは選ばなかったぞ?」


「一番高いの選んでるじゃない! 私だって食べたことないのに!」


「好きな物を食べていいって言っただろうが」


「奢る人よりも高いのを選ばないで!」


 そんなルールは知らん。だいたい、松セットは一番値段が安いだろうが。同じものを頼めというのか。


「仕方ないから私も松竹梅ウルトラセットにしたよ!」


 ならいいじゃないか。


「少しうるさいですわよ?」


 ネヴァとウェンディが近づいてきた。そして何も言わずに相席する。もともと四人掛けのテーブルだから問題はないんだけど、断りぐらいいれてほしい。


「なにか用か? 一緒に食事をしたくない、という訳ではないが、するほどの仲でもないと思うんだが」


「フェルさんに感謝を言いに来たのです。おかげでウェンディが魔族であったとしても問題はなくなりそうですから」


 ウェンディが大きく頷いた。


 でも、変な気がする。あの条件を提示する前からウェンディは私と戦うつもりだったはずだ。なぜダグの提案を了承したのだろう。


「ウェンディ、なんで私と戦うことを了承した? 過去のことを不問にするという要望を出す以前から私と戦うことを望んでいただろう?」


「現在、魔族、強さ、知りたい」


「単なる腕比べって事か?」


 ウェンディは首を横に振った。


「五十年、魔族、人族、襲ってない。以前、魔族、死、怖くない。腑抜けた?」


 昔の魔族から見ると今の魔族は人族を襲ってないから腑抜けだと思われているのかな。魔族の先輩として後輩の魔族の事を心配している、と言ったところか。


 でも、こっちにも事情がある。魔王不在で魔族だけが人界に攻め込むことはないだろう。我々は魔王様の命令以外は聞く気がない。だから、新たな魔王様が現れるまで待とうということになったと聞いている。


 なぜか私が魔王になってしまったが。今は違うけど。


「ウェンディの言いたいことは分かった。今の魔族が弱くなったと思っているんだな。なら、その目で確認してくれ。ただ、そっちも完全じゃないだろう? その程度の実力で私と戦えるのか?」


 ウェンディがニヤリと笑う。


「心配、無用。本気、来る。貴方、危ない」


 なるほど。何かしら奥の手なりなんなりがあるんだな。温泉で精霊と同化したのは分かったが、それ以上の事ができるのかもしれない。警戒はしておこう。


「あ、あのー、そっちの話はもういいかな? ちょうどいいから聞いておきたいことがあるんだけど」


 ディアが遠慮がちに右手を挙げて発言をしたい意思表示をしている。だれも咎めないので発言してもいいと思う。


「ネヴァ先輩、その、言いにくいんですが、私って先輩に何かしましたっけ? どうして辛く当たられるのか分からないんですよね……」


「貴方ね……初めて会った時に私になんて言ったのか、覚えていないって言うの?」


「えっと、初めて会ったのは二回前のギルド会議ですよね? その時点から目の敵にされてましたけど……」


「違うわよ!」


 この辺りが確執の元になっているんだろう。ならちゃんと確認しておくべきだろうな。


「ネヴァ、何かあったか教えてくれないか。ディアは記憶が、その、危ない」


「その表現はどうなの、フェルちゃん?」


 ネヴァはため息をついて、顔を左右に振った。呆れを通り越して馬鹿にされている感じだ。


「初めて私と会ったのは、この食堂でしょう? 貴方がギルドマスターとなってソドなんとかという村に行くから、一度この本部に来ていたわよね?」


「えっと……」


「覚えていないのか?」


「その頃って女神教のアレがまだ効いていて色々ボケてるんだよね。だいたいは記憶しているけど、ちょっと抜け落ちてて」


 アレ――洗脳のことか。洗脳が解けたのは村に来てからとか言っていたな。


「貴方、女神教の信者だったの? それは初耳ね」


「いえ、もう違うんですけど。それで先輩と会って何かありましたっけ?」


「私が貴方にアドバイスしてあげようとしたときに、貴方はこういったのよ。『失せろ、この愚民が』とね!」


「早く頭を下げて謝れ。お前が悪い」


「ちょ、待って! あの頃は確かに切れ味のいいナイフの様な感じだったけど、それもこれも女神教のせいだったし! 私は悪くない!」


 往生際が悪いな。例え洗脳されていても大元はそんなに変わらないはずだぞ。


「女神教? ……洗脳?」


 全員が発言したウェンディの方を見る。なにやら考えているようだが、ウェンディも女神教が洗脳による布教をしていることを知っているのだろうか。


「えっと、ウェンディ? どういう事かしら? 洗脳ってなによ?」


「昔、女神教、人族、洗脳。今、知らない」


 女神教は昔からそんなことしていたのか。本当に邪教だな。


「女神教の奴は近くにいないよな。ここだけの話にしてほしいんだが、女神教は今も洗脳による布教をしているんだ。ディアはそこで洗脳されていたようでな、ソドゴラ村でその洗脳が解けたらしい。おそらく、初めて会った時は洗脳状態だったのだろう、だからそんな暴言を吐いたんだと思うぞ」


 ディアが高速で首を上下に振っている。首が取れるぞ。


「そんな、ことが……ウェンディが嘘をつく理由はないし、本当の事なのね」


「あ、あの、ネヴァ先輩! すみませんでした。洗脳されていたとは言え、そんなことを言ってしまうなんて」


 ディアはそう言って頭をさげた。


 それをネヴァは見つめている。そして、ため息をついた。


「……分かったわ。そういう事情があった上でも謝罪してくれたのだから、許さない訳にはいかないわね。じゃあ、これからは同じ女性ギルドマスターとして仲よくしましょう?」


「は、はい! もちろんです、ネヴァ先輩! ご教授の程、よろしくお願いします!」


 どうやら和解できたようだ。そしてタイミングよく給仕スタッフが料理を運んできた。


「……先輩の私が竹セットなのに、後輩の貴方は松竹梅ウルトラセットなのかしら?」


 どうやら新たな確執が生まれたようだ。

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