冒険者ギルド本部
「フェルちゃん、あれが冒険者ギルド本部の建物だよ。結構大きいでしょ?」
ディアに連れられて冒険者ギルドの本部へ向かっている途中、ディアが大きな建物を指した。
そちらを見ると、かなり大きい建物が見える。
「確かに大きいな。良くは知らないがあんなに大きい必要があるのか? もしかして職員が多いとか?」
建物の奥の方は見えないが、見える限りで判断するとソドゴラ村の面積くらいありそうだ。高さも三階くらいありそう。
「フェルちゃんには言いづらいんだけど、冒険者ギルドの前身は魔族への抵抗組織みたいなものだったんだよ。その本部だったから結構大きくて頑丈に建てたみたい。職員はそこそこいるけど、使っていない部屋も多いんじゃないかな」
「そういうことか。確かにあれくらいないと、魔族が襲ってきたら抵抗できないかもしれないな」
もしかして私は魔族への抵抗組織に加入しているということなんだろうか。いや、冒険者ギルドの前身という話だから関係ないな。
それにしても建物までちょっと距離がある。昨日の吹雪が嘘のように晴れているし、道に雪は積もっていないから歩きやすいけど。
「ギルド会議ってすぐに始まるのか? まさか遅刻してるわけじゃないよな?」
「さすがに遅刻してたらのんびり歩いてないよ。かなり余裕をもって来たから大丈夫だって。ところで昨日の夜の記憶がないんだけど、マッサージを受けたまま寝ちゃったのかな? なんかこう、一瞬で意識を持っていかれた感じなんだけど。まどろんでいた時間が少ないような?」
「いいところにクリティカルヒットしたんじゃないか? 私が気付いた時には気絶――寝てたぞ?」
「今、気絶って言った? 私に何したの!?」
「まあ、いいじゃないか。終わったことだ」
ディアが疑いの眼差しで私を見ている。やったのは私じゃない。それにヴァイアのためにも言わないでおこう。喧嘩になるかもしれないからな。ディアが何も知らなければ丸く収まる。
「ところでヴァイア達は大丈夫だと思うか?」
「露骨に話題を変えたね? まあいいけどさ。で、ヴァイアちゃん達の事? 大丈夫じゃないかな。ヴァイアちゃん一人だけだと流されそうだけど、リエルちゃんもいるから丸め込まれたりはしないと思うよ」
「だといいんだがな」
屋敷を出る時に、ヴァイアとリエルは魔術師ギルドのことをクロウに聞きに行くと言っていた。もっと詳しい話を聞いてちゃんと考えたいらしい。いい傾向だとは思うんだが、ヴァイアは色々騙されやすいような気がする。特にノストが絡んだ時はダメだ。
リエルはそれなりに大丈夫だと思うんだが、いい男を紹介する、とか言ったらヴァイアの方を説得する方に回りそうだから色々心配だ。
「フェルちゃん、そんなに心配しなくたって大丈夫だよ」
心配していることが顔に出てしまったのだろうか。
「フェルちゃんは心配性だよね? しかも自分の事じゃ無くて他の人に対して。ものすごくストレスたまってそう」
単純にお前達が危なっかしいだけなんだが。もうちょっと普通にしてほしい。
「フェルちゃんが何でもやる必要はないんだよ? 魔術師ギルドの件はヴァイアちゃんが考えて決める事なんだから、フェルちゃんがヤキモキする必要はないんじゃないかな?」
「しかしな、クロウに騙されて引き受けるようなことがあったら大変だろ?」
「それはそうだけど、クロウさんがフェルちゃんの親友に対して騙すようなことはしないと思うよ?」
「なんでだ? そんなこと分からないだろ?」
ディアが肩をすくめて首を横に振った。なんとなく馬鹿にされている感じだ。殴りたい。
「フェルちゃんは自分のすごさが分かってないよね。多分だけど、クロウさんが今一番怖いのはフェルちゃんに嫌われることだよ?」
「それこそなんでだ?」
「だからフェルちゃんが自分のすごさが分かってないってるんだよ。私達にとっては大変なことを、フェルちゃんは何でもないことのようにやってのけるからね。サンダーバードの件とか」
そうだろうか。倒すことよりも呼び寄せる魔道具を作ったヴァイアの方がすごいと思うけど。
「まあ、私がいくら説明してもフェルちゃんには理解してもらえないんだろうけどね」
「それは私の理解力が低いという話か? 殴っていいか?」
「殴らないで。ちがうよ。フェルちゃんは謙虚というか、自分をすごいと思わないからね。いくらフェルちゃんがすごいと周りが言っても信じないでしょ? あ、本部に着いたからこの話は終わりね」
いつの間にか本部に着いていたようだ。
なんだかモヤモヤするな。別に謙虚じゃないし、たまには自分をすごいと思う事もある。ディアの考察は間違っていると思う。
まあいい。これからグランドマスターと話をしなくてはいけないだろうし、余計なことを考えている暇はない。
本部の入り口でギルドカードを見せる。私を見て驚いてはいたが、騒ぐようなことはなかった。これらはクロウのおかげなんだろう。
「えっと、フェルちゃんはグランドマスターと話をするんだっけ? 会議の前に話すの?」
「その辺のスケジュールは良く知らない。ユーリが接触してくるかと思ったんだが特にないからまずは会議に参加していいんじゃないか」
「そっか。じゃあ、直接会議室へ行こうか」
会議室は本部の二階にあるらしい。一階の受付フロアを通り奥の階段を上がるそうだ。
一階の受付フロアには結構な数の冒険者がいる。それに受付カウンターの数も多い。掲示板に張り紙もたくさんある。
「こことソドゴラ村の冒険者ギルド支部って全然違うな」
「美人受付嬢がいるのは一緒でしょ?」
ディアが舌を出して、右手を頭の後ろにもっていきウィンクしてきた。開いている目を突きたい。
「おいおい、魔族ってもしかしてこの嬢ちゃんか?」
周囲がざわついてきたと思ったら、二十歳くらいの冒険者がこちらに近寄って来た。その男の後ろにも何人か男がいて、全員がニヤニヤしている。
「なんだよ、弱そうじゃねぇか。国はなんでコイツに手を出すな、なんて言ってるんだ?」
誰かに聞いているわけじゃなくて、単なる疑問か。なら無視していいな。
ディアも同じ気持ちのようだ。男を無視して階段の方へ移動しようとしている。
「おい、何無視して行こうとしてんだ。先輩に挨拶くらいしろよ」
進路を塞ぐように男の後ろにいた奴らが動いた。面倒だな。
「ディア、冒険者というのは、後輩が先輩に挨拶するものなのか?」
「そんなルールはないよ」
「そうか、じゃあ行こう」
進路を塞がれてもどかせばいいだけだ。とっとと行こう。
「魔族もこれだけの人数に囲まれたらビビッて何もできないようだな!」
なんだろう、随分と煽ってくる。まあ、弱いワンコほど良く吠えると言うからな……いや、ワンコに失礼だな。弱い冒険者ほど良く吠えるでいいや。
ディアが道を塞いでいる男の横を通ろうとした。だが、相手はそれに合わせて通さないようにしている。
「ここは行き止まりだ、出直しな」
男はディアの肩付近に手を当てて突き飛ばした。
「ちょ!」
押された反動でディアがふらふらしながら私の方へ寄りかかった。
「おっとっと、フェルちゃん、ありがとう」
「……大丈夫か?」
「うん、大丈夫、ちょっと押されただけだから怪我もないよ」
「……そうか、私は大丈夫じゃないみたいだ」
「え?」
ディアがちゃんと立ったのを確認してから、突き飛ばした相手の前に立つ。
「話は聞いていただろ? ここは通行止めだ。他を通りな」
男はニヤニヤしながらそんなことを言っている。間違いなく嘘だな。
そして男は私の肩に右手を当てて突き飛ばした――と思う。男は突き飛ばそうとしているが、私が動かないからなにもしていない感じになっている。
「な、なんだ、動か――」
「何してる? 女性の体に触れていると言うことはセクハラだな? やり返されても文句言うなよ?」
男の腹あたりに手を当てて突き出した。
男は「ぐぇ」と言いながら背後の壁まで吹っ飛ぶ。そして木製の壁がちょっと壊れたようだ。あの程度であそこまで飛ぶのか。もうちょっと耐えて欲しい。やり過ぎた。
まあいい。面倒だからとっとと許可を取ってやる。
吹っ飛んだ男の前に転移した。そして、倒れ込んでいる男の胸ぐらをつかんでこっちを振り向かせる。
「おい、まだ通行止めか? どうすれば許可が出る? もう一度ふっ飛ばせばいいか?」
「ひっ、い、いや、もう、使える……」
「そうか。なら通らせてもらおう」
くだらないことに時間を使ってしまった。冒険者ギルドの本部といっても素行の悪い奴はどこにでもいるんだな。
「よし、行くぞ――お前ら本気か?」
ディアの方へ振り返ると、ディアに剣を突き付けている男が見えた。
「この女がどうなってもいいのかよ?」
それは困る。だがディアの実力ならいつでも抜け出せるはずだ。なんで捕まったんだ? もしかして助けられるシチュエーションを楽しんでいるのか?
念のためカウンターの方を見たが、受付嬢は視線を合わせようとしない。どういうことだろう?
他の冒険者達へ視線を向けるが、目が合いそうになると視線を逸らされた。
「はあ、分かった。誰も助けてくれないようなので勝手に助ける」
「何言ってやがる、この状況で――」
殺気を放った。ただそれだけだが、周囲の奴らは動けないようだ。何人かは動けるようだが、少なくとも私に絡んできた奴らは誰も動けない。
「冒険者をやるなら相手との実力差を分かるようになるんだな」
ディアも動けないようなので、歩いて近寄りこっちへ引っ張った。
「なんで捕まっているんだ?」
「助けられるシチュエーションを楽しんでいたんだよ。一生に一度あるかないかだからね!」
そのまんまか。ずいぶんと余裕そうだったから大丈夫だとは思っていたけど。殺気の中でも喋れるぐらいは強者なんだし、とっとと逃げて面倒を回避してほしかった。
「それにほら、私が突き飛ばされてフェルちゃんが怒ったでしょ?」
「いや、怒ってない」
ちょっとイラっとしただけだ。怒ってない。
「怒ったよ! 『……そうか、私は大丈夫じゃないみたいだ』とか言って! 嬉しかったから場の雰囲気に身を任せたよ!」
「私ってそんな感じなのか? かなりショックだ。あと、絶対に怒ってないぞ」
「そういう事にしておくよ。あ、フェルちゃん、あまり殺気を放たないで。受付嬢の人達が気絶しそう」
おっといかん。受付嬢は普通の人だから危ないな。
「お前達、何をしている!」
バカでかい声が受付フロアに響いた。まだ殺気を放っている状態だったが、それを打ち消せるほどの気合と言うか、喝だったな。なかなかの強者と見た。
さっきの声は二階から聞こえた。そして階段から誰かが下りてくるようだ。
少し待つと、ものすごい巨体の爺さんが下りて来た。そしてジロリと私の顔を見ると目を細めた。
「お前が魔族のフェルか?」
「そうだ。お前はグランドマスターのダグだな?」
なんだか面倒な事になりそうだ。
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