グランドマスター
とりあえず、「真実の愛」に関してはこれでいいだろう。なんで二巻と三巻が希少なのかは分からないが、もう読んだから別にどうでもいいや。
「みんなも読んだ本の感想を言ったりするのか? 聞いてやらんこともないが」
夕食の時間まではまだある。付き合ってやっても問題はない。面白い知識が手に入るかもしれないからな。
「あ、それじゃ私から! 読んだ本で分かったことがあるよ。雪で寒そうにしている石像があったら雪を払って、布かなにかを被せて寒くないようにすると良いらしいね。あとでお礼に色々くれるみたい。そういう石像を見かけたら教えて」
「石像ってゴーレムか? アイツら、自分の意思では動かないぞ? それに雪も寒いと思ってない」
ゴーレムは動く石だ。痛覚とかない。
「いや、待て。そのゴーレムを作った奴がいい男なのかも知れねぇ。お礼って男と結婚できるとかなのか? 俺もゴーレムを見たらなんかした方がいいか?」
「フェルちゃん達は夢がないよね」
なんという暴言。的確な考察を言っただけなのに。石像に優しくしたところでお礼をもらえる訳ないだろうが。ディアは夢を見過ぎだ。
今度はヴァイアが手を挙げた。
「じゃあ、次は私だね。私が読んだのは高位術式理論の話でね、ものすごい複雑な術式をできるだけ簡単な物に置き換えるという――」
ヴァイアが色々と話をしているが、何を言っているのか分からない。魔物言語を理解していないときの魔物達はこんな風に言っているのだろうか。ミノタウロスとかはモー、オークはブヒブヒだった気がするけど。
「――という訳なんだよ。すごいよね!」
「ヴァイア、すまんが何を言っているのか分からなかった。十文字ぐらいでまとめてくれ」
「えっと、難しい術式は簡単にしよう、かな?」
「それなら分かる。確かにそうだな。簡単な術式の方がいい」
ディアとリエルも頷いていた。ディアは途中、目を開けて寝ていたと思う。
「そっかぁ、じゃあ、そういう研究をしてみようかな。術式のパッケージ化とか」
それはよく分からないが、頑張ってもらいたいところだ。
「次は俺な。いい女になるための百箇条みたいな本を読んだぜ。目からうろこが落ちた」
「病気か?」
「分かってて言ってんだよな? 本当に目からうろこが出るわけじゃねぇよ。モテる女になるにはどうすればいいかが書かれていたんだ。おれはこれをやってないからモテなかったんだな」
一応聞いてみるか? なんとなく後悔しそうだけど。
「どんな事をやる様に書いてあったんだ」
「そうだなぁ、例えばこんなのがあった。押してダメなら押し倒せ、だな。いい言葉だぜ」
「最悪だろうが。いい女以前に人として最低だろう。目を覚ませ。というか、その本はろくでもないな。燃やしてしまえ」
なんて本を置いているんだ。クロウはダメだな。女だから許されるなんてことはない。そんなことをリエルにやらせるわけにはいかん。
「落ち着けって。本当にやるわけないだろ? そういう気持ちってことだよ。恋愛ってのは我慢比べだ。例え相手が嫌がったとしても相手が根負けするまでアタックをかけるんだよ」
「それ、ストーカーって言うんだぞ」
リエルが心外、という顔をしているが、もう、放っておこう。疲れる。
よし、そろそろ夕飯だな。本を戻しておこう。
「あー、そこそこ。もうちょっと強めに押して……あー」
ディアがベッドにうつぶせになって、ヴァイアに背中を押されている。
夕食後にヴァイアの部屋へ戻って来た。なぜかこの部屋にみんなで集まった。そして、午前中の約束通り、ディアをマッサージしているようだ。
「次は俺が足踏みマッサージしてやるよ。聖女に踏まれるなんてそうないぜ? レアだぞ、レア」
足踏みマッサージ。確か体重をかけて踏むようなマッサージだった気がする。
それにしても聖女に踏まれるのは希少価値があるのだろうか。聖女関係なくリエルに踏まれるのはなんとなく屈辱的だから、私なら絶対に拒否する。魔族としてもなにか変なダメージを受けそうだしな。
「えぇ? それならヴァイアちゃんにお願いするよ。ヴァイアちゃんの方が重い――いだだだだ! それは押してるんじゃなくてつねってるよね!?」
ヴァイアがディアの太ももをつねっている。しかも内側。あそこは痛覚が半端ない。あんなえげつない行為に及ぶとは。相当な怒りと見た。
「ディアちゃん、言葉には気を付けようね。心無い言葉が他人を傷つけるんだよ?」
「私は今、物理的に傷つけられてるんだけど……?」
痛み分けかな。私も言葉には注意しよう。
さて、そろそろ明日の事を確認しておくか。明日はギルド会議とやらに参加するわけだから、もう少し詳しく聞いておかないとな。
「ディア、そのままでいいから教えてくれ。明日のギルド会議って具体的にはどんなことをやるんだ? 一緒に行く立場としては色々と知っておきたい」
「んー? そんなに難しい事はしないよ。ギルドマスターが集まってね、現状の問題点とかを報告するだけ。全部で四十人ぐらいかな? それに護衛が一人ずつ。八十人ぐらいの規模が一つの部屋に集まるんだ。なかなか壮観だよ」
ギルドマスターが四十人。ということは冒険者ギルドの支部も四十か所ぐらいしかないのかな。意外と少ないような気もするけど。
「作った資料を渡してあるから、その内容を補足するぐらいでダラダラと話すようなことはないかな」
「ちなみにソドゴラ村のギルドだと、どんな問題点があるんだ?」
「依頼がない、かな? 前回までは売り上げもなかったけど、フェルちゃんやヤトちゃんのおかげで売り上げがあるからね、肩身の狭い思いはしないよ」
依頼がないのは確かに問題だな。私もほとんどギルドの依頼をしたことがない。一応、ヤトが毎日ウェイトレスをしているから、依頼が全くないわけじゃないんだろうが、冒険者らしい仕事かどうかといえば、答えはノーだ。
「ヤトに感謝しろよ? まあ、私にも感謝していいが」
「もちろん感謝してるよ。あ、そうそう、ヤトちゃん、ランクがアイアンに上がったから。フェルちゃんの一つ上だね」
「なんでだ。どちらかと言えば、私の方が先にランクが上がるんじゃないのか?」
くやしくはないが、先に冒険者ギルドに登録したし、ちょっとはギルドの仕事をやった気がする。先にランクが上がるなら私だろう。
「アイアンに上がるためには難度の低い依頼を何度も達成しないとダメなんだよ。フェルちゃんの場合は難度が高い依頼を達成しているけど、数が少ないからアイアンに上がらないんだ」
なんという罠。ウェイトレスをしていたのも一週間程度だった気がする。もっとやっておかないとダメだったか。
「ところで、フェルちゃんは魔物ギルドにも加入してるよね? あれはどういう事かな? 掛け持ち? 二股?」
「知らん。勝手に加入されてた。だが、あそこで仕事をしたことはないぞ。だいたい、ディアだって受付嬢の面接を受けたんじゃないのか? 魔物じゃないから落ちたみたいだけど」
「儲かりそうな匂いがしたからね! でも、種族の壁は超えられなかったよ。仕方ないから魔物ギルドの美少女受付嬢はバンシーちゃんに譲ったんだ」
バンシーが受付嬢なのか。受付嬢をやっているところを見たことは無いけど。
そういえば、ズガルでトランの部隊を追い返すときにクリフに依頼票を書かせていたな。あれも魔物ギルドの儲けになるんだろう。派手にやらなければ別にいいんだけど何となく不安だ。
おっと、話がそれた。いま気にするのは明日の事だ。
「話を戻すが、ギルド会議で何か気を付けることはあるか?」
「特にないかな。フェルちゃんなら何があっても大丈夫でしょ? あ、でも、フェルちゃんはアダマンタイトの冒険者に狙われているんだっけ?」
「まさか、ギルド会議に来るのか?」
「来ないよ。ネヴァ先輩のとこにいるウェンディさんぐらい。それ以外だとユーリさんくらいだね」
それなら襲われることもないかな。グランドマスターが襲ってくるかも知れないけど。
そうだ、ディアにグランドマスターの事を聞いておこう。
「ディア、グランドマスターってどんな奴なんだ?」
「フェルちゃんはグランドマスターと話をするんだっけ? どんな人と言われても、見た目は強面のお爺ちゃんと言う感じだね。七十は超えているはずなんだけど、結構、体ががっしりしているかな。それに色々と豪快な感じ」
ユーリの奴が自分より強いとか言っていたからな。信じられないがかなり強いんだろう。
「もともとは女神教にいる勇者と一緒に戦った冒険者の一人だったらしいよ。唯一魔族に抵抗できたパーティだったって聞いたことがあるね」
「俺も聖都で聞いたことがあるな。あの世代ってなんで昔話が長いんだろうな? 当時の武勇伝は確かに称えられるようなものだけど、同じことを何度も聞かされる身にもなってほしいぜ」
「複数人とはいえ、魔族に抵抗できたというのは確かにすごいな。まあ、今でも魔族を倒せそうな強い奴は何人か見かけたが」
全員のアダマンタイトに会ったわけじゃないが、ユーリとかスザンナは強かった。私や部長クラスはともかく若い魔族は負ける場合があるかもしれない。魔界の魔族達も一度鍛え直した方がいいかな?
そうだ、大事なことを聞いてなかった。
「グランドマスターってなんて名前なんだ?」
「確か、ダグさんだよ」
「ダグ、か」
ユーリの話では私の事を叩き切ってやるとか言っていたらしい。魔族に対していい感情はもってないんだろうな。当然といえば当然だが、なんとかアダマンタイト達に出した依頼を取り下げさせたい。友好的とまではいかなくても、敵対的な行為をしない程度まで関係を改善できればいいんだけどな。
まあいい、なる様になるしかない。真摯に話をすれば分かってくれるだろう。分かってくれなかったら、殴って分からせる。
「フェルちゃんの質問は終わりでいいかな? 私はこのまどろみを楽しみたいんだけど」
「ああ、邪魔したな」
「明日は朝食を食べたら出かけるからね、寝坊しちゃダメだよ。あー、ヴァイアちゃん、そこはもっと強めにやって」
ディアがだらしない顔をしている。ヴァイアも結構マッサージが上手いのかな。今度はヴァイアにお願いしてみようか。
そんなことを考えていたらノックが聞こえた。
「夜分すみません。ヴァイアさん、いらっしゃいますか?」
「は、はい! ものすごくいます! すぐに開けますので!」
「ぐぎょ!?」
ノストの声が聞こえてきたら、ヴァイアがディアをベッドにめり込むぐらいに押した。そして素早く扉の方へ移動する。
ディアは女性が出してはいけない声を出したけど大丈夫だろうか。
「リエル、治癒魔法を使ってやれ」
「おいおい、ディアの奴、気を失ってるぞ。大丈夫か、これ?」
「そのまま寝かせてやった方がいいのかもしれないな。私が部屋に運んでやる」
ヴァイアとノストの邪魔をするのもなんだし、今日はお開きだな。さあ、明日のためにもう寝るか。
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