真実の愛

 

 気付いたら昼だった。


 ディアのマッサージ効果で、午前中だというのに眠ってしまったようだ。昨日、ヴァイアが目覚めるまで起きていたから仕方ないと思う。ベッドの掛布団によだれを垂らしたのも仕方ない。とりあえず、あとでヴァイアとハインに謝っておくか。


「マッサージを受けたみんなが寝ちゃうってどういう事かな? 私の事は誰もマッサージしてくれないの? ものすごく寂しいんだけど?」


 どうやら私だけじゃなく、ヴァイアもリエルもディアのマッサージを受けて寝ていたようだ。そして最後にディアが残り、そのまま起きていたらしい。なんだか悪いことをしてしまった。


「分かった、午後はディアをマッサージしてやる。見よう見まねだが、それっぽい所を力の限り押せばいいんだろ?」


「フェルちゃんは力の加減が怪しいからやらないで」


 確かに自信はない。そういう気持ちがあるだけは知っていてもらいたいところだ。


 窓の外を見ると相変わらずの吹雪だった。これは午後も出かけることは無理。午後もダラダラと部屋で過ごすことになるのだろうか。なんと贅沢な時間の使い方だ。ちょっともったいない気がするな。


 私だけでもどこかへ出かけようか。見聞を広めたいという気持ちもある。せっかく王都という人族が多くいる町に来たんだから、なにか面白い技術とか見つけて魔界へ持ち帰りたい。


「午後は私だけでもどこかへ出かけようと思うんだが――」


「却下」


 ディアに一蹴された。かなり食い気味に。どこかいい場所を知らないか、と言う前に否定されるとは。


「しかしだな、せっかく王都まで来たのに部屋でゴロゴロしているのもどうかと思うんだが?」


「そんなフェルちゃんに朗報です。さっきハインさんが来てね、ちょっとお話したんだ。この屋敷には結構な量の本があるんだって。本当は今日、王都にある大図書館と言う場所に行く予定だったんだけど、吹雪で行けないから屋敷で本を読ませてもらおう!」


「そんな予定だったのか。そしてこの屋敷に本がある、と」


 本好きとしては見逃せないな。大図書館というのも気になるが、クロウは魔法大好きとか言ってた気がするから、そういう関係の本が多いかもしれない。これは読まないと。


「たまには俺も本を読むかな。知的に見える女ってモテるよな?」


「わ、私もノストさんに飽きられないように知識を増やさなきゃ!」


 動機が不純だ。男のために本を読むなよ。


「クロウさんに本の閲覧許可を貰っているからいつでも行けるよ。お昼を食べたら行ってみよう!」


 この吹雪の中をどこかへ行くよりはいいかもしれないな。それにこういうところに面白い本があるかもしれない。お宝発掘だ。おっと、その前に昼食だ。腹が減っては戦ができないからな。




 昼食が終わって屋敷の書斎へ移動している。ハインが案内をしてくれるということで後を付いて歩いている。


 今日の昼食はサンダーバードじゃなかったな。さすがに連続だと飽きるかもしれない、という理由らしい。


 パンの中に色んな具材をいれて、それをフライにするような料理だったな。料理の名前を聞かなかったが、状況から推理すると、パンフライか? それともフライパンかな?


 まあ何でもいいか。ただ、食べ物をフライにするのはお金が掛かるとかニアが言っていた気がする。サンダーバードの肉を渡したから奮発してくれたのだろうか。ありがたいことだ。


「こちらが書斎になります」


 昼食の事を考えていたら書斎に着いたようだ。ハインが鍵を使って書斎の扉を開けた。


 書斎に足を踏み入れると本の香りが充満していた。いい匂いだ。深呼吸したくなる。


 開発部の奴らが、本の臭いと言うのはカビの臭いです、とか風情のない言いやがった時はちょっとキレそうになったな。インクの臭いとかもあるだろうが。アイツらは何も分かってない。


 部屋はかなり広い。二十メートル四方ぐらいかな。その部屋の壁に沿って本棚がずらりと並び、中央には机と椅子がいくつかあった。


「こちらにある本は貴重な物が多いので取り扱いにはご注意ください。状態保存の魔法を使ってから読んでいただきたいのですが、皆様はその魔法を使えますでしょうか?」


 私以外の三人とも問題なく使えるようだ。ディアだけは魔力量が少々心もとないが、ヴァイアがやれば問題ないだろう。


「では、何かありましたら机にあるベルを鳴らしてください。近くのメイドが参りますので」


 ハインはお辞儀をしてから書斎を出て行った。他にも色々と仕事があるのだろう。


「これは凄いな。時間がいくらあっても読み切れない。何冊か貸してくれないかな?」


「クロウに頼めばいいんじゃねぇか? フェルに貸しができるとか言って喜んで貸してくれると思うぜ?」


 可能性はあるが、そんなことで貸しを作るのもいやだな。それにオルウスには声明の件で貸しがあった。どこかで返さないとな。


 さっそくヴァイアが本棚から本を取り出した。


「うわあ、すごいよフェルちゃん。高難度術式理論の本とかあるよ!」


 リーンの町で買った術式理論の本は読んだけど、あれぐらいなら問題なく理解できた。ヴァイアが見つけた本をちょっと見てみよう。


 ……私にはまだ早いな。なにが書いてあるか分からん。忌憚ない言葉で言えば、ミミズの絵だとしか言えない。これはパス。


 ディアも本を本棚から取り出していた。


「どの本も私には無理だね。もっと簡単というか、物語的な本はないかな? すごく簡単なヤツ。できれば勧善懲悪みたいな……えっとこれは『真実の愛』? 恋愛小説かな?」


 さすが最も売れている恋愛小説。こんな場所にもあるのか。その本は持ってるから読む必要はないな。そういえば、セラはどこに行ったのだろうか。アイツ、私の本を勝手に魔道具にしやがって。魔力を込めすぎて原型を保てなくなったらどうするつもりだ。


「えっと、三巻まであるんだね。でも、恋愛小説を読むとじんましんが出るから読むのは止めようっと」


「恋愛小説をよんでじんましんがでるなんて、女としてどうなんだ――今、なんて言った?」


「恋愛小説を読むとじんましんが出るって言ったんだけど?」


「そうじゃない、三巻まであるだと?」


「え? うん、この本棚にあるよ」


 ディアのいる本棚に近寄った。そしてディアが指している部分を見る。確かに真実の愛の二巻、三巻がある。


「本当だ。こんなところにあるなんて」


「え、なに? この本はレアなの? いくらぐらい?」


「ディアちゃん、多分それは値段がつけられないぐらいだよ。どこにもないんだから」


 ヴァイアとリエルもいつの間にか私の背後にいたようだ。


「ヴァイアに二巻の概要は聞いたけど、三巻の概要も知ってるんだよな?」


「商人ギルドでたまたま話をしているのを聞いたことがあるんだ。本当かどうかは分からないけど、知ってはいるよ」


「言うなよ。これから私が読むから」


 本棚から二巻と三巻を取り出して状態保存の魔法をかける。その本を持って机の方へ移動した。


「俺は読まねぇから後で教えろよ。気にはなるんだよ」


「私もあとで教えてほしいな。ギルドでの話が本当かどうか知りたいし」


「聞くだけならじんましんはでないかな?」


 他力本願すぎる。まあいいけど。よし、早速読んでみよう。まずは二巻だ。ヴァイアから聞いた内容と同じだろうか。楽しみだな。




 二巻を読み終わった。


 ヴァイアから聞いていた通り、公爵令嬢の視点で話が進み、なんやかんやあって兄と刺し違える形だった。だが、最後、意識を取り戻すところで終わっていたな。助かったということか。


 ふと気づくと、三人とも本を読んでいるようだ。


 ヴァイアはなにか難しそうな術式理論の本。ディアはよく分からないが、なにかの物語なのかな。リエルはいい女になるための本だった。この書斎にはなんでもあるんだな。


 よし、三巻を読むか。これで終わりのようだけど、どうなるんだろうな。




 三巻も読み終わった。面白かったとは思う。


「お、フェルも読み終わったか? 俺達も読み終わったから本の感想でも話し合おうぜ。あと、三巻の内容を教えてくれよ」


「私もヴァイアちゃんから二巻までの内容を大体聞いたから三巻の話を聞きたいな」


 まだ夕食まで時間があるからそれでもいいな。


「よし、三巻の内容を教えてやる。えっと、その前に、だ。とりあえず、二巻の内容はヴァイアから聞いていた内容と同じだった」


「やっぱり正しかったんだ。じゃあ、三巻の内容を教えてくれる?」


 一度頷くと、三人が身を乗り出すような姿勢になった。気にはなるんだな。


「簡単に言うと公爵令嬢が公爵家の嫡男に転生した」


 ディアとリエルが首を傾げた。そうだよな。私も三巻の最初の数行で首を傾げた。二巻の最後で意識を取り戻したというのも、赤ん坊の状態で目が覚めた、という状況だったらしい。ヴァイアが首を傾げないところを見ると聞いていた内容と同じなのだろうか。


「転生ってなんだよ? あれか? 生まれ変わりみたいな話か?」


「そうだな。記憶がそのままで王子と逃げた嫡男、つまり兄になった。しかも赤ん坊からだな。時間が巻き戻ったというか、ループしているというか、まあそんな感じだ」


 その後、年月が過ぎると一巻と同じ展開になる。今度は兄として行動し、王子に妹の婚約を破棄させて国の反乱分子を一網打尽にした。そして愛している王子と共に逃げる。だが、追ってきた妹に刺される展開まで同じ。今度は兄として死ぬことになる。


「なんだよそれ。なにが言いたい小説なんだ? 歴史は変えられないとか、そういうことなのか?」


「まあ、最後まで聞け。その後な、今度はまた令嬢に転生するんだよ」


「……なんで?」


「それはそういう話だから、としか言えないな」


 作者じゃないから何とも言えん。


「もしかして、また同じことが繰り返されるのかな? また婚約破棄されて、王子が兄と逃げて、追いかけて刺しちゃう?」


「正解だ。同じことを何度も繰り返すことになる。一応、同じ結果にならないように色々と対策するんだが、どうしても同じ結果になる。結果的に王子とは兄としても妹としても一緒になることはない。必ず相手が邪魔をして終わってしまうんだ」


「軽くホラーじゃねぇか。恋愛小説じゃねぇよ」


「私もそう思った。だが、続きがある。何百回と同じことを繰り返して主人公は一番不幸なのは王子ではないか、と思うようになるわけだ。どんな展開でも、兄妹が死んで王子が一人になるからな。自分は転生しているが、自分が死んだ後、王子がどうなっているかは分からない。もしかしたら、何百回も王子を一人にしているんじゃないか、そんな風に思うようになって考えを改める」


「えっと、どんな風に?」


 ディアとリエルがさらに身を乗り出してきた。


「自分と王子が結ばれるのではなく、自分でないほうが王子と結ばれればいいんじゃないか、と思うようになるんだ」


「えっと、王子を相手に譲るという事かな。まあ、譲った相手は自分なのかもしれないけど」


「そうだな。そして、自分が兄の時に婚約破棄をさせず、二人の結婚を祝福した。反乱分子も人知れず対処した。二人の幸せのために身を粉にして働くわけだな」


 もともと、二つの人生を何度も繰り返しているから大体の問題はほとんど解決できる。大した苦労もせずに色々やってた感じだ。


「それでどうなるの?」


「最後は誰とも結婚せずに、王子と妹の幸せを願いながら老衰で永眠するわけだな。亡くなる時には王子も妹も駆けつけてくれて、二人が主人公の手に手を重ねて看取ってくれる。そこで初めて幸せな死を迎えられるって思いながら目をつぶるんだ」


「私は又聞きだったけど、いい話だよね。自分の幸せじゃなくて相手の幸せを願うっていうところがいいよ!」


「そうかぁ? 俺なら相手が幸せよりも自分が幸せじゃねぇとな」


「リエルちゃんはそんなんだから結婚できないんだよ。もう、来世に期待するしかないね。ループしちゃう?」


「お前ら、ここで暴れるな。怒られるぞ」


 貴重な本がある以前に他人の家で暴れちゃダメだ。それに私が怒られそう。


「私が聞いていた内容と同じだったね。あとで読ませてもらおうかな」


 あれ? なんだか話が終わった感じになってる?


「えっと、もうちょっと続くぞ?」


「え? 本当? 私が聞いているのはここまでだよ? 続きがあるんだ?」


「そうだな。主人公は老衰で亡くなるわけだが次も転生する」


「なんだよ、結局ループから抜けられねぇのか。今度は妹が兄と王子が結ばれるのを頑張るのか? それはそれでちょっと嫌な感じだな」


「違う違う。今度は全然関係ない奴に転生するんだ」


「まさか王子とか? もう、ハーレム作っちゃいなよ」


「なんでだ? そうじゃない。今度は別の世界、なのかな? 文明がかなり発達している平和なところに女の赤ん坊として転生する」


「そんな続きがあったんだ? それでどうなるの?」


「主人公は普通に大きくなって高等学校という教育機関へ行くことになる。そこで王子によく似た男に会うんだ。その男に『どこかで会ったことがある?』と声を掛けられるところで終わりだ」


 話し終わったのに三人が黙っている。色々考えているのだろうか。捉え方は色々ありそうだからな


「どう思う?」


「王子も転生してきたんだね! 記憶はないみたいだけど、なんとなく覚えている感じだから、今度は結ばれるんじゃないかな! そうあるべきだよ!」


「転生したかどうかは知らねぇが、いい男なら捕まえるべきだな」


「実は主人公に兄がいるんじゃない? また同じことを繰り返すんだよ、多分」


「お前らの性格がよく分かる回答だな。そこで終わりだから何とも言えないが、私もヴァイアと同じ意見だ。私はハッピーエンド派だからな」


 それにしてもこの小説、婚約破棄して、転生して、性別が変わって、ループもするのか。盛り込み過ぎじゃないだろうか。

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