説得
四人でヴァイアの部屋に戻ってきた。
私とリエルは部屋に置いてある椅子にそれぞれ座り、ヴァイアはベッドに腰かける。ディアは暖炉に近づいて部屋を暖めてからヴァイアの隣に陣取った。
部屋は静かだ。窓が風でガタガタと鳴っている程度で誰も言葉を発しない。ここは私が沈黙を破るしかないな。
「ヴァイア、あれはどうかと思う。人として」
「だ、だってノストさんが護衛をしてくれるんだよ! これは引き受けるしかないんじゃないかな!?」
そんな考えだとは思っていた。だが、それで将来の事を決めて良いのだろうか。いや、良くない。
本当にやりたいならいい。でも、あれはどう見てもノストという特典に釣られた。放っておいてもいいような気がするが、そういう訳にもいかん。将来的に後悔したとしてもノストとか関係なく自分で決めて欲しい。
「いいか、ヴァイア。そんな安請け合いをして、もし大変なことになったらどうする? もしかしたらノストを恨む時が来るかもしれない。そうならないようにちゃんと将来の事を考えて決めるべきだ」
「わ、私がノストさんを恨むなんてありえないよ!」
「可能性の話だ。自分が決めていないことで物事がうまくいかなくなると、原因を作った奴を恨むというのはよくある話だぞ? こんなはずじゃなかった、アイツが悪いってな」
「そうだぜ、ヴァイア。俺も聖女になったのは安請け合いだったと後悔してるんだ。結婚できないと分かってたら聖女なんかになるもんか。今でも勧誘した奴を恨んでるぜ?」
ものすごい身近に参考例があった。結婚できないのは聖女と関係ないと思うけど言わないでおこう。
「そ、そうなのかな……?」
「そうだって。俺の場合は知らねぇ奴だから恨んだって別にいいけどよ、ヴァイアがノストを恨んだりするのは辛いもんがあるんじゃねぇか?」
「じゃ、じゃあ、うまくいかなかったらクロウさんを恨めばいいかな?」
「そういう意味じゃない」
ちゃんと考えろ、という形に持っていきたいんだけど変な風にはぐらかされているな。
クロウの奴め。ヴァイアに対してノストというカードはものすごい効果を発揮すると知られた。下手したら、クロウはノストを使ってヴァイアをいいように操るかもしれん。それは阻止しないとな。
しかし、どうするべきか。うまいこと説得できる言葉が思いつかない。
「まあまあ、みんな。ここは私に任せてよ」
ディアが笑顔でそんなことを言い出した。不安だがヴァイアを説得するような事を言えるのだろうか。
「いい? ヴァイアちゃん、自分の考えがない人って男の人に好かれないよ? なんでもかんでも男性に依存するような女性はね、こう言われるんだ……」
ディアが言葉を溜めた。ヴァイアが唾をのみ込むようなリアクションをする。私も後学のために聞いておこう。なんと言われるんだ?
「都合のいい女ってね!」
ヴァイアが目を見開いている。
都合のいい女、か。確かに本にも良く出てくるフレーズだ。
「それにノストさんが『ヴァイアさんは将来の事を何も考えていないんだな。やっぱり結婚は無理。別の子にしよう』とか考えちゃってもいいの? 都合のいい女なんて、振られたらそこで試合終了だよ? 敗者復活はないね」
モノマネが上手いな。でも、ノストがそんなこと言うか? ちょっと強引すぎるような気がするけど。
「ど……」
ヴァイアの体が震えているようだ。部屋の中は暖かいけど、寒いのだろうか。
「ヴァイア、どうした? 『ど』ってなんだ?」
「どうしようフェルちゃん! ノストさんに捨てられちゃう!」
ヴァイアって頭いいのか悪いのか分からないな。あらゆる優秀な部分がなにかで相殺されているって奇跡だ。だが、これはチャンス。言いくるめよう。
「安心しろ。ディアが言った通り、何も考えないで決めたらそうなる可能性が高いだけだ」
実際のところ、そんな可能性は低い。ノストは真面目で責任感が強いから、あそこまで言った以上、どんなことがあってもヴァイアの味方だろうし、捨てるような事もないだろう。
「ノストと結婚を前提に付き合っているんだろ? ならノストに相談してみたらどうだ? 護衛うんぬんの話じゃないぞ。ヴァイアがグランドマスターとなって仕事をすることになったらどうなるか、とかも考えておく必要はあるだろうし」
「えっと、私がグランドマスターの仕事をするとどうなるのかな? なにか問題ある?」
「それは仕事内容によるから分からん。だが、仕事が忙しいと旦那とのすれ違いが多くなって、会話もなくなり、子供の教育方針も違ってきて、最後は刃傷沙汰、という結果になった本を読んだことはある」
「いたっ」
ヴァイアが座ったまま隣のディアにヘッドバットするように倒れ込んだ。ディアがそれを躱せずに食らった。ショックが大きすぎたのかもしれない。脅しすぎたか。
「リエル、治癒魔法を使ってやってくれ」
「精神的なモノには俺の治癒魔法も効かねぇよ」
「いや、治癒魔法って私にだよね? ヴァイアちゃんの頭が当たった所がちょっと腫れてるでしょ? ちゃんと見て?」
リエルがディアに治癒魔法をかけて、ディアがヴァイアをベッドに座らせて背中をさすっている。ヴァイアの息が荒いというかなんというか、呼吸がちょっと止まっていたようだ。危ない。
「ちょっと話しただけでも色々と問題が出てきただろ? だからちゃんと考えてから決めろ。ノストと相談するべきだし、ギルドの事ももっとクロウやオルウスに聞くべきじゃないか?」
「そ、そうだね。ノストさんの護衛の事は別にして考えないとダメだったね……」
理性的なヴァイアが帰って来た。良かった。やるにしろ、やらないにしろ、しっかり考えた上で決めてくれるだろう。
「時間はあるんだ。ゆっくり考えるといい。さて、この話は一旦終わりだ。今日の予定はどうなっているんだ? またどこかへ狩りにいくのか?」
ディアが窓の方を指して、「外を見て」と言った。
なにかサプライズ的なモノがあるかと思ったが窓の外は単なる吹雪だ。特に面白いモノは見えない。
「外は吹雪で何も見えないのだが、なにかあるのか?」
「だから、外は吹雪でしょ? 今日は外に出れないよ」
この程度の吹雪で外に出れない? ……そうか、魔族と人族はスペックが違うからな。この程度の吹雪でも人族には危ないのだろう。
残念だ。それなら今日は何をするのだろう。部屋で雑談するだけだろうか。このメンバーで一日話をしていたら疲れそうなんだけど。
「それじゃあ、フェルちゃん、ベッドにうつぶせになって。あ、ジャケットは脱いでね」
「なんでそんなことをするんだ? 例えマウントを取られたとしてもディアに勝つ自信はあるぞ?」
「戦いから離れて。そうじゃなくて、マッサージしてあげるよ。お疲れでしょ? 体をほぐすと気持ちいいよ?」
マッサージ。聞いたことはある。肩を揉んだりする行為だな。だが、ディアの指の動きがちょっとキモイ。私の知っているマッサージと同じ物だろうか。
「ディアちゃんはマッサージが得意だよ? 私は肩が凝るからよくやって貰うんだ」
ヴァイアの肩が凝る理由は聞かないでおこう。ディアが殺し屋のような目をしてヴァイアの一点を見ているからな。藪はつつかない。
マッサージはもてなしの一つなのかな。受けたことはないからお願いしてみようか。何事も経験だ。
「よし、心は決まった。頼む。ヴァイア、ベッドを借りるぞ」
ジャケットを亜空間にしまって、ベッドにうつぶせになった。
「始めるけど、痛かったら言ってね」
「安心しろ。素の防御力は高い方だ。物理耐性スキルはないがな」
「そういう意味じゃないんだけど」
なにやら背中というか肩の付近を強めに押されている感じだ。痛みはないが、なんとなく気持ちいい感じはする。
「うっわ。フェルちゃん、肩がすごく硬いよ?」
「防御力が――」
「そのボケはもういいよ。そういう硬さじゃなくて肩が凝っているってこと。昨日、温泉に入ったけど、あれぐらいじゃダメなのかな?」
ボケたつもりは無いのだが、硬いというのは防御力の事じゃないのか。
「これはやりがいがあるね、負けないよ!」
何の勝負か分からないが、さっきよりも力を込めているように思える。少し痛みがあるかな。効いているって感じがする。
「ディアのマッサージを初めて見るけど、なんとなく上手い気がするぜ。次、俺な?」
「やってもいいけど、交代で私にもやってよ? 明日はギルド会議だし気分からして肩凝るんだから」
そう言えば、明日は私もギルド会議とやらに出るんだよな。面倒くさいが約束だから仕方ない。後で予定を確認しておくか。
「マッサージならヴァイアにやって貰えよ。ヴァイアもいい経験になるだろ?」
「えっと、いい経験になるって、どうしてかな?」
「あん? ノストにやってやればいいじゃねぇか? でも、俺の前でやるなよ。そんなのを見たら背骨を叩き折るぞ?」
「ハ、ハ、ハレンチじゃないかな!? 私がこう、ノストさんの体を、さ、さ、触るなん――」
ヴァイアの言葉が途切れたと思ったら、なにか鈍い音がした。
「痛い! ヴァイアちゃん、もしかして私に恨みでもあるの!? 倒れる時に頭突きしないで!」
「お前ら、うるさい」
せっかくいい気持ちなのに周りがうるさすぎる。でも嫌な感じではないな。むしろ安心できるというかなんというか。
このまま眠れたら気持ちいいんだろうな。そんな無防備な姿はさらせないけど。仕方ない、眠らないように午後の予定でも考えていよう。
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