第九章
気遣い
目を覚ますと鳥の鳴き声が聞こえてきた。窓からは日が差し込んでいる。
今日はいい天気なのだろうと思って窓を開けると、外は雲一つない快晴だった。
外はこんなにいい天気なのに、ため息が出た。
なんというか昨日は色々あった。まあ、ヴァイア達のおかげでそれほど悪い感じではない。だけどなんとなく、モヤッとするな。こう、歯になにか挟まっているような感じだ。
いかん。朝っぱらからため息をついていたら幸せが逃げる。
今日は一日休みを取って部屋に引きこもろうかと思っていたけど、そんな気分でもない。なにかこうストレスを発散するようなことをしようかな。
とりあえず、朝食か。また、目玉焼きの黄身が二つとかにならないかな。
食堂へ来ると、ヤトとメノウが走って近寄ってきた。
「おはようございますニャ!」
「ぐ! おはようございます、フェル様」
ヤトが優越感に浸った顔になり、メノウは悔しそうにしている。
「おはよう……というか、まだやってんのか。言っておくが、先に挨拶したほうが優秀とか思わないぞ?」
「これはお互いのプライドをかけた勝負ニャ。絶対に負けられないニャ」
「その通りです。優秀かそうでないかではありません。やるかやられるかです」
何言ってんだろう、コイツらは。でも、これくらい人生を楽しんでいる方がいいのかもしれないな。私もつまらないことを考えてないで楽しいことを考えていた方がいいのかもしれない。
楽しい事……食事か。
「よし、今日は朝食を二食分頼む。それぞれに頼むから一人前ずつ持ってきてくれ」
朝から二食分。豪遊だ。ストレス発散のために、たまには贅沢をしよう。ヤケ食いだ。それくらいやっても問題ないくらい頑張ったはずだ。
二人が急いで厨房の方へ向かった。そして二人ともニアに怒られているような声が聞こえる。食堂で走っちゃダメだよな。
少し待つと、ニアが二人を連れてテーブルまで来た。二人はしょんぼりしている。
「おはよう、フェルちゃん。今日はどうしたんだい? 朝食を二食分だなんて?」
もしかして心配してくれたのだろうか。それは悪いことをしてしまった。少しモヤっとしていただけなんだが。
「おはよう。すまない、心配させたか? ちょっと色々あってストレスが溜まっていたから朝からヤケ食いしようかと思っただけだ。深刻な話じゃないから気にしないでくれ」
「よく知らないけど、セラって人と戦ったり、商人と駆け引きしたりと大変だったみたいだね。それで疲れちまったのかい?」
確かにそれもある。一番の心のつかえは魔王様のことだけど。だが、それは言わないでいいや。相談自体はヴァイア達にしたんだし、対策に日記魔法も覚えた。大霊峰で魔王様に教えてもらえるという話にもなっているからな。
「まあ、そんなところだ。ニアのうまい料理を食べれば元気になるから安心してくれ」
「嬉しいこと言ってくれるね。じゃあ、今日の夜はスペシャルな料理を用意してやるから期待してなよ?」
「スペシャルな料理?」
「皆で食べるような料理だけどね。まあ、たくさん食べておくれよ」
それは楽しみだ。たったそれだけなのに気持ちが軽くなった気がする。
「それで二人とも、あんまりフェルちゃんに迷惑をかけるんじゃないよ? フェルちゃんに何かしてあげたい気持ちは分かるけど、押し付けは良くないからね?」
二人とも項垂れている。
「ウェイトレスとしてあるまじき行為だったニャ……申し訳ないニャ」
「思い出してほしいんだけど、お前は開拓部の部長だからな? ウェイトレスやアイドルが本職じゃないぞ?」
「メイドとしてギロチンされても仕方ない振る舞いでした……申し訳ありません」
「頼むからメイドとして命を絶つとか言うなよ?」
二人はテーブルに料理を置くと、ニアと一緒に厨房の方へ戻って行った。後姿に覇気がない。
まあ、これでちょっとは静かになるかな。
よし、気持ちを切り替えて朝食だ。今日の朝食はパンと野菜スープと卵。
だが、今日は目玉焼きじゃなくてゆで卵か。さすがにこれにトマトソースはない。少量の塩かショーユ、この二択だ。どちらも捨てがたい。
おっと、いかん。頭を柔軟にしないと。今日は朝食を二食分頼んであるんだ。ゆで卵も二個。両方味わえるじゃないか。ならどちらを先にして、どちらを後にするかだな。
よし、初手は塩。締めにショーユ。その間をパンとスープでローテーション。完璧な計画だ。
おいしかったな。それに今日は卵の殻がツルッとむけた。しかも二つとも。もしかしたら今日はいい日になるかもしれない。
さて、今日は何をしよう。特に仕事をする必要ないくらいお金はある。今日一日くらいは好き勝手にするか。
アビスで強そうな魔物を作ってもらうという手もあるな。こう、フルパワーで何かを殴りたい気はする。
そう思って立ち上がろうとしたら、村長が食堂へ入って来た。私を見ると笑顔になったが、どうしたんだろう。それに村長が朝から来るなんて珍しい気がする。
「おはようございます、フェルさん。よかった、いらっしゃいましたか」
「おはよう。私に用か?」
村長は私が座っている正面に座った。
「ええ、実は――」
村長の話によると、ヴィロー商会のローシャとラスナが朝早く村長の家にやって来て、この村に支店を出したいと言ってきたらしい。
土地は購入するし、店を建てる仕事は村にまかせたい、さらに毎月税金として売り上げの一割を収めるとの提案を受けたようだ。
まだ返事はしておらず、村長の家に二人を待たせているらしい。
「話は分かったけど、私に何の用なんだ?」
「フェルさんの意思を確認したいと思っています」
「私の意思って?」
「聞いた話では、あの商会はアビスを乗っ取ろうとしたとか。フェルさんからすればあの商会にいい感情はないでしょう? フェルさんが嫌だと言うなら、村としてもそんな商会の支店を置かせるわけにはいきませんので」
なんで私の意思で決めようとしているのだろうか。村の事なんだから村長が決めればいいと思うんだけどな。
「確かに、あの商会にいい感情はないが、村に恩恵があるなら支店をだしてもらってもいいんじゃないか?」
村長は首を横に振った。
「この村は確かに裕福ではありません。夜盗に襲われることもあるし、魔物だって近くを徘徊しています。それでもみんなはそれなりに幸せな生活を送れているのです」
それはたしかにそうだな。すくなくとも絶望しているような奴はこの村で見たことはない。ほとんどの住人は笑顔だ。
「それに以前も言いましたが、フェルさんが来てくれてから村はかなり良くなりました。はっきりいってヴィロー商会の支店なんか目じゃありません」
「でも、私は税金とかを払ってないぞ? 私が来たからって村の収入が増えたわけじゃないんだろう?」
「お金による恩恵なんて村には必要ないのです。そんなことよりも支店を置いたらフェルさんが村から出ていってしまった、なんてことがあったら私は無能な村長として村のみんなに責められてしまいます」
ああ、なるほど。私と確執がある商会の支店を村に作ったら、私が村を出ていくと思っているのか。
そんなことはないんだけどな。どちらかというと私が追い出される方が可能性としては高いと思う。
村長は私を真剣な眼差しで見ている。なら、ちゃんと言っておこうか。
「フェルさん? 周囲を気にしているようですが、どうかしたのですか?」
「いや、あまり聞かれたくないんでな。村長も誰にもいうなよ?」
村長は真面目な顔で頷いた。そこまで真面目な話でもないんだけど。
「私はこの村が、みんなが好きだ。村から追い出される以外で私が出ていくことはない。それにこの宿の部屋をずっと使っていいという契約をしたからな。だから、私の事は気にせず村のためになることをしてくれ」
「嬉しいことを言ってくださいますな。分かりました。そういう事でしたら、商会の支店を村に出す許可を出しますぞ。迷惑料としてかなりぼったくってやりますがね。それで支店を出さないというならそれでも構いませんからな」
「そうだな、それくらいやってもいいと思う。そうそう、アイツらは多分エルフとの取引のために支店を作るんだと思う。取引するかはエルフ達が判断することだから、特に妨害とかしなくていいぞ。そもそもしないだろうけど」
なぜか村長が不思議な顔をしている。
「どうかしたか?」
「確かにそれもあるでしょうな。ですが、商会が一番懇意にしたいのはエルフではないと思いますぞ?」
「そうなのか? そういえば、目を付けられている奴がいるようだな。かわいそうに」
なんだろう? 村長が私を残念そうに見ている。なんでそんな目で見る?
「まあ、フェルさんらしいですな。とりあえず話は分かりました。では戻って商会の方と話をしてきます」
村長は席を立ち、食堂を出て行った。
村長は私の事を気遣ってくれたようだな。その気持ちには感謝しないと。
さて、アビスへ向かうか、と思って、席を立ち上がろうとしたら、今度はディアがやってきた。
「あ、フェルちゃん、おはよう。ちょうど良かった」
「おはよう。珍しいな、朝からここへ来るなんて」
ディアがここで朝食を食べるのは見たことがない。ギルドの営業時間中だと思うんだが、どうしたんだろう?
「ねえねえ、フェルちゃん、しばらく暇だったりする? 明日から一緒にオリンの王都へ行かない? 私の護衛としてなんだけど。もちろん護衛料は払うよ!」
王都か。モヤモヤしているから旅行にいくというのはいいかもしれないな。一緒に行くのがディアということに不安はあるけど。
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