閑話 闇と炎の加護

 

 迷宮都市の市長スタロは今日、何度目かになるため息をついた。


「なんでそろってしまうのですかね?」


 アビスの最下層で見つかった本。この検証のため、推薦された相手に依頼した。そうそうたる顔ぶれで交渉は難航すると思われたが、推薦したセラの言う順番通りに依頼をして、検証メンバーも伝えたところ、たいした交渉もなく全員から参加すると返事がきた。


 それだけなら問題はない。仕事という点では完璧にこなしたのだ。だれにも文句を言わせないだけの結果を出した。だが、その検証メンバーにスタロ自身も含まれているのが問題なのだ。せめて魔王あたりは断ってくれないかなと期待していたが、無駄だった。


 そんなことを考えながら、スタロはまた大きくため息をついた。


 問題は他にもあった。


 勇者から、本の検証をダンジョン内でやって欲しいと連絡があったのだ。


 もともとその予定ではあった。本の情報を外に漏らさないためにも、ダンジョンコアでダンジョンを作り、しばらくはそこで生活をしてもらう予定だ。


 だが、勇者の要望はどうも考えても怪しい。魔王のことを何度も聞いてくるし、部屋の広さなども指定している。戦えるぐらいの大きさで、との依頼だ。もうすこし隠そうとは思わないのか。一国の王女でもあるが、狂姫と言われるほどの戦闘狂でもある。どういう理由でそんな依頼をするのか予想がついたスタロは胃が痛かった。


 それ以外にも、魔王と冒険王はセラの情報をしきりに聞いてくる。どこへ行ったとか、どんな見た目だったとか、そんなことは冒険者ギルドに聞け、と何度叫びそうになったか。


 魔女は魔女で冒険王の部屋の隣にしろと言うし、聖女は魔女の部屋の隣にしろと言う。さらに聖女はスタロの妻のことを聞いてきた。なぜ、今回の件とは全く関係ない要望や話を聞かないといけないのだろうか、とスタロの精神は日々すり減っていた。


 教授だけは本の事を気にしているようで、絶対になくすな、と強く言われた。それだけならいいのだが、なぜか言葉に殺意を感じた。


 その上、怪しげな視線を感じるようになっていた。はっきり言って気が休まらない。本を受け取って以来、スタロは身も心もボロボロなのだ。


 心身ともに休めようと椅子に深く座ると、部屋の外から騒がしい声が聞こえてきた。


 妻と秘書の話し声だ。おそらく妻が乗り込んできたのだろう、とスタロは考えて、お茶の準備を始めた。


 お茶の準備が整うと、扉が勢いよく開き、妻と秘書が現れた。


「ダーリン!」


 スタロに向かってそう言った女性は、スタロに抱き着いた。激しい抱擁というよりはタックル。だが、スタロは転ばずに堪えた。


「やあ、ハニー、今日はどうしたんだい?」


 スタロの目にげんなりとした秘書の顔が映った。そして秘書がため息をつきながら扉を閉める。この光景は何度も見せているのであきらめてくれたのだろう。もしかしたら日々の苦労を分かってくれて、気を利かせてくれたのかもしれない。


 スタロは妻から離れて椅子に座るのを勧めた。


「聞いたよ! アビスの最下層で本が見つかったんでしょ!」


 アビスの最下層で何かが見つかったのは周知の事実だが、本が見つかったという情報は一部の者にしか伝えていない。もちろんスタロ自身も妻には伝えていなかった。大ブランドの四女と言う立場でも、それなりの情報網があるのだとスタロは感心した。


「そうだね。でも、それがどうかしたのかな? さすがにハニーにも本を見せることはできないよ?」


「もちろんそんなお願いはしないよ。でも、そのせいでダーリンが命を狙われている感じでしょ? ここに来るまでも怪しい人がいたみたいで、私の護衛があれは暗殺者だっていってたよ!」


 最近の怪しげな視線は、やっぱりそれなのか、とため息をつきそうになった。だが、妻の手前、そんな心配をさせる訳にもいかない、とスタロは笑顔を作った。


「心配してくれたんだね? でも、大丈夫。身を守るぐらいの護身術は習っているからね」


 スタロの家系は大ブランド「ニャントリオン」の護衛を代々務めている。元々は同じ先祖を起源としているようで、裁縫に特化した血筋と、戦闘に特化した血筋に分かれた、との話がある。スタロも市長になる前は父の後を継いでニャントリオン専属の護衛になることを考えていたので、戦闘訓練は積んでいた。


「でも、心配だよ! ここは懇意にしているメイドギルドに護衛を頼むべきじゃないかな!」


「メイドギルドか。あそこはなぜかこの都市とニャントリオンに対して友好的だよね。依頼をしても格安だ」


 メイドギルドは中立である、と言われているが、実際はそうでない。なぜかこの都市に対して敵対的な対応を取ると契約が破棄されるという話があった。


 特に大ブランドの「ニャントリオン」、聖母が作った孤児院「ローズガーデン」、老舗ホテル「妖精王国」、この三つに敵対すると、メイドギルドから大きな報復を受けると噂されている。


 かなり昔の話だが、実際にニャントリオンに敵対行為を働いた商会が、当時最大規模を誇る商会だったにも関わらず、メイドギルドに完膚なきまでに叩き潰されたという話がある。それ以降、冗談でもその三つには敵対しない、というのが迷宮都市で暗黙の了解であった。


「護衛を付けるなら君にだよ。こっちはどうにでもなるけど、もし君がさらわれたりしたら大変だからね。今の護衛は一人だろう? もっと増やした方がいいんじゃないかい?」


 スタロがそう言うと、妻は顔を横に振った。


「四女ではあるけど、私はニャントリオンの血筋だよ? そんなことしたらどうなるか、人界中の人が知ってるから大丈夫!」


 それもそうだ、とスタロは思った。


 メイドギルドに関しては、過去の事例と憶測、そして噂の類でしかない。だが、それを抜きにしてもニャントリオンに手を出して無事に済むことはない。


 ニャントリオンは魔族御用達の服飾ブランドでもあるのだ。魔界からここまで注文に来る魔族も多い。魔族の中では一種のステータスになっていて、ニャントリオンに服を注文することが高位の魔族である証明だとも言われていた。


 だからこそ、魔族は声明を出している。ニャントリオンに手を出したら魔族が報復する、と。それを知らない者はいない。魔族は普段大人しく礼儀正しいが、敵対する者に容赦しないことは子供でも知っていることだった。そんなこともあって、ニャントリオンに手を出すのはバカだと言われている。


「それに私には闇と炎の加護があるからね……!」


 スタロは「またか」と思ってしまった。妻の事は好きだ。だが、たまに出るチューニ病的な言動にちょっとついて行けない時がある。ほんのちょっと、隠し味的に言うのなら何の問題もない。むしろそれぐらいならかわいいと思う。


 しかし、右手や目がうずいたり、誰もいないのに誰かと喋る様になったりするとちょっと引く。今回の闇と炎の加護、というのもたまに出るフレーズだ。詳しく聞いたことは無いが、どうやら自分を守ってくれる何かがいるらしい。


 スタロは嫁を見て「その闇と炎の加護ってなんだい?」と聞いた。


 最近スタロは疲れていた。身も心も。嫁と話をするのは色々なストレスを解消してくれる。それが例えチューニ病的な話であっても。仕事中ではあるが、ちょっとくらいサボっても問題ない、と思い聞いてみた。


 嫁は目を輝かせて話し出した。


 話によれば、闇と炎の加護とはニャントリオンの守り神とのことだった。ニャントリオン創立時から店を守ってくれているのだと。ブランドが潰れそうになった時も助けてくれたという逸話があるそうで、代々、崇めているらしい。


「なんで闇と炎、なのかな? 光と炎でもいいと思うけど?」


「闇と炎の方が格好いいでしょ! それにね――」


 守り神は魔族らしい。燃えるような赤い髪をした女性の魔族だと。確かに魔族は闇というイメージがある。スタロは、分からないでもないかな、と思ったとき、一人の顔が浮かんだ。


「どうしたの、ダーリン?」


「赤い髪の女性をちょっと思い出しただけだよ」


「まさか浮気!? 浮気なの!?」


「ち、違うよハニー。知っている人の外見に似ていると思っただけだよ」


「誰の事? 私の知っている人?」


「うん、ほら、後援会との会食で会っただろ? 執事服なのに誰にも仕えていない感じの子がいたじゃないか」


 会食は立食パーティーであったが、誰とも話さずに食事をしている魔族の少女をスタロは思い出していた。不思議な感じはしたが、多くの支援者と話をする必要があったため、それ以降、少女のことを忘れていた。だが、赤い髪の魔族、ということで思い出した。あの少女も燃えるような赤い髪だった。


「あ、思い出したよ。あの若い子だよね? 十五、六歳くらい? そういえば、不思議なんだよね」


「何がだい?」


「着ていた服にニャントリオンのマークがあったんだけど、だれもその服に見覚えがないんだ。誰が作ったんだろうって話題になってたんだよ」


「まさか偽物を着ていたのかい?」


 大ブランドであるニャントリオンの服は、品質が保証されている。だが、偽物も多数出回っており、そういった物はおおむね粗悪品だ。粗悪品が出回ることでブランドイメージが損なわれるし、それの対策にお金も使っている。例え、騙されていたとしても、偽物の服を着ているなら、その少女に悪いイメージしかない。


「ううん、それはないよ。だって、どの職人よりもいい仕立てだったんだよね。多分、あれほどの服を作れるのは今のニャントリオンにはいないよ。もちろん私でも無理」


 スタロの妻は仕立ての腕に特化していて他の姉妹の追従を許さない。その妻が自分でも無理と言うことにスタロは驚いた。


「それは、すごいね。じゃあ、昔に仕立てた物を受け継いだものなのかな?」


「それにしては採寸通りの服だったよ。なんていうのかな、針の一本も隙がない服?」


「へえ、なんだかちょっと興味が湧くね。誰が作ったか分からない執事服を着る少女か。それに赤い髪で魔族ということは――」


「もしかして守り神だったりして?」


 スタロの妻がペロッと舌をだして、いたずらをした時のような顔をした。


「そうだといいね」


 本当にそうだといい。一応、自分もニャントリオンに関わっているのだから、ついでに本の問題を解決してくれないかな、とスタロはぼんやりと考えた。

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