記憶
まず深呼吸。これから魔王様に報告するからな。たとえショックを受けるような回答を貰っても気をしっかり持たないと。
念話用の魔道具を取り出してボタンを押す。
『フェルかい? どうかしたのかな? まさかセラが襲ってきた?』
「いえ、実は報告したいことがありまして」
魔王様にセラがどうやって逃げたのかを説明した。
『亜空間の中に入るとはね。座標さえ分かればできなくはないかな。状況は分かったよ。言っておくけど、フェルのせいじゃないからね。アビスも気付かなかったし、そもそもセラの一番近くにいたのは僕だ。責任があるなら僕だからね?』
「はい、分かりました」
私を気遣ってくださっているのだろう。やはり魔王様はお優しい。
だが、聞かなくては。
「魔王様、質問があるのですが」
『うん? なんだい?』
「魔王様のお名前を教えてください」
反応がない。いきなり過ぎたか。ここはセラとの会話についてもちゃんと説明しよう。魔王様が私に言えないことがあったとしても、私が魔王様に言えないことはない。
魔王様からの応答はなかったが、セラとの会話を全部話した。
「なぜ、私は魔王様の名前も容姿も覚えていないのでしょうか?」
まだ、反応がない。もしかしてお怒りになっているのだろうか?
心臓が動き過ぎて痛い。なにかおっしゃって欲しい。
『アダムだよ』
「え?」
『僕の名はアダムだ。本当の名前は別にあるんだけど、その名前は捨てた。今はアダムって名乗ってる。皮肉を込めてね』
何の皮肉かは分からない。でも、魔王様の名前だ。頭に刻み込もう。
『まず、謝っておくよ。こんなことをしてすまない。フェルだけじゃなくて、僕に会った人は全員、僕の事を思い出すことはできないんだ。魔王という概念として僕のことを記憶することはできるけど、容姿は覚えておけないだろうね』
「理由を伺ってもよろしいでしょうか?」
『答えなきゃいけないだろうね。でも、今はダメなんだ……そうだね、大霊峰で説明するよ。それでいいかな?』
「はい、それで問題ありません。ただ、一つだけ教えてください。私の記憶を改ざんしていますか?」
『信じてくれるか分からないけど、記憶の改ざんはしていないよ。僕のことを深く考えようとするとセキュリティが働いて、思考が分散するようにはしているけど』
改ざんはしていないけど、思考が分散する?
「思考が分散するとは何でしょうか?」
『そうだね、考えていること自体を忘れてしまう、と言った方がいいかな』
「……なぜ、そんなことを?」
『それも今は言えない。すべては大霊峰で話すよ』
言えない理由は分からないが、大霊峰で教えてくれるのだろう。それに記憶は改ざんしていないとおっしゃってくれた。それを信じるしかない。
「分かりました。大霊峰で教えてくれるのを待ちます」
『すまないね。本当なら全部が終わってから教えようと思ったんだけど、そうもいかなくなってしまったようだ。たた、一つだけ言えるのは、決してフェルに害を成そうとしているわけじゃないんだ。それだけは分かってほしい』
信じよう。魔王様に無茶ぶりされることはあっても、危害を加えられたことはない。魔神城でも、図書館でも私を助けてくれたんだ。それに何かする気なら、こんな遠回しな事はせずに力で私を倒せる。
それに魔王様が私に何かをしていたぐらいでなんだ。それに誰にだって内緒にしておきたいことぐらいある。
これはアレだ。セラによる精神的な揺さぶり。魔王様と私の関係を壊すための策略だ。
「私は魔王様に忠誠を誓っております。たとえ魔王様に殺されたとしてもそれは揺らぎません。内緒にされたのはショックですが、なにかお考えがあるのは分かりました。その理由を話してくださるのを楽しみにしておきます」
『……ありがとう』
なぜか礼を言われてしまった。
「礼なんて必要ありません。この記憶が改ざんされていないのなら、私は魔王様に何度も救われているのです。なら、何をされていても問題ありません。むしろ命を差し出す覚悟です」
『フェルは、その、なんといえばいいかな――』
「はい、なんでしょうか?」
『ちょっと重いよね? いや、嬉しいんだけどね、うん。じゃあ、えっと、続きは大霊峰でね。お休み』
「え、あ、はい、お休みなさいませ」
魔王様に重い女だと思われてしまった。話の流れから考えて、物理的ではなく精神的に重い。
いかん、私もメノウみたいな感じになっているのだろうか。もうちょっと抑えないと。
まあいい、気持ちを新たに頑張ろう。セラの言う事なんかよりも魔王様のお言葉だ。
しかし、記憶の改ざんか。魔王様はそんなことはしていないとおっしゃっていた。それを信じるしかないが、対策をする必要があるかもしれない。
セラが記憶の改ざんをしているかも、と言ったからには、何かしらの方法があるのだろう。魔王様ではなく、私の敵になるような奴がそんな攻撃をしてきたらかなりまずい。魔王様じゃない奴を魔王様と崇めたりしたら大変だ……そうだ、その対策が必要なんだ。
魔法ならヴァイアに聞いてみるかな。何か知っているかもしれない。
おっと、こんなに寒いのも忘れてずっと外で念話をしてしまった。早く宿に戻ろう。
一階の食堂へ足を踏み入れると、いつものテーブルにヴァイアとリエルが増えていた。ディアと一緒になにかカードゲームをしているようだ。ババ抜きか?
「フェルちゃん、おかえり。今、ゲーム中だからちょっと待って」
ディアは既にあがっているようで、ヴァイアとリエルの一騎打ちになっている。
最終的にリエルが負けた。
「くそ、また俺の負けかよ!」
「ディアちゃんは強いよね。フェルちゃんが入ると負けるけど」
「私は運だけはいいんだよ!」
裁縫の腕もいいと思うぞ。いや、そんなことはどうでもいい。記憶のことだ。
「ヴァイア、聞きたいんだが、記憶を操作する魔法とかってあるのか?」
「え? 記憶を操作する魔法? 大昔にそういう魔法があったって聞いたことはあるけど、廃れてなくなったみたいだよ。人道的じゃないとかで禁術指定されたとか本に書いてあったかな? あと、記憶を操作しても思い出す確率が高かったみたい」
「あることにはあるんだな?」
「うん。記憶魔法っていうのがあったらしいんだ。もう誰も術式を知らないと思うけど」
セラが言っていたのは、その魔法のことなのだろうか。対策とかあるのかな?
「フェルちゃんが何を言いたいか分かったよ」
ディアがいきなりそんなことを言い出した。何が分かったのだろう?
「神経衰弱で勝負したいと言う事だね? 安心してよ。記憶を操作したりできないからイカサマはないよ!」
「お前は何も分かってない――テーブルに並べるな」
「いきなりどうしたんだよ、記憶を操作する魔法なんて。あれか、男に使うのか? 恋人の記憶を植え付け――ハッ!」
「その手があったかみたいな顔をするんじゃない」
「でも、本当にどうしたの? なんとなくだけど、フェルちゃん、いつもと違う感じだよね?」
こういうのが顔にでるのはまだまだと言うことか。たとえ魔王様に隠し事をされていても忠誠は変わらない、と決意したばかりなんだけどな。
コイツらに相談してみようかな。悩みを相談する、うん、親友っぽい。
「実はな――」
魔王様とセラの件について話せるだけ話した。
とりあえず最後まで聞いてくれたけど、どうだろう? なにかよさそうな案がでるだろうか。
「なるほどな。男が隠し事をする。つまり浮気を疑っているんだな?」
「真面目に相談した私がバカだった。なんでそうなる」
「冗談だよ、冗談。話からすると、フェルは自分の記憶に自信がねぇのか? いや、今後、魔王に記憶を変えられるかもしれないと思ってんのか?」
えぐいところを突いてきやがる。確かにそれもある。
魔王様は記憶を改ざんしていないと言っていた。それは信じるしかないが、この先、改ざんしないという訳ではない。
魔王様以外からそんなことされた時の対策と自分に言い聞かせながら、魔王様のこともちょっとだけ疑っている……情けないな。私の忠誠なんて口だけということだ。
「フェルちゃん」
ヴァイアが私の手を両手で握ってきた。なんだ?
「少なくとも私は魔王さんに会ったことがないから、記憶を変えられていないからね!」
「まあ、そうなんだろうけど、問題にしているのは私の記憶だぞ? 話を聞いていたか?」
「もちろんだよ! だから私達が親友なのは紛れもない事実だからね! この記憶だけはぜっっっったいに間違ってないから!」
ヴァイアが鼻息を荒くしてそんなことを言っている。
「いや、そこを疑ってるわけじゃないんだけど」
「ならいいじゃねぇか。フェルの魔界の頃の記憶とか、魔王と一緒にいる時の記憶なんてちょっとくらい違ってても別に問題ねぇよ」
そうなのか? そんなことないよな? お前らにはともかく、私にはすごく大事だぞ?
「そうだよ、フェルちゃんがこの村に来てから頑張ってるのは私達が知ってるんだから。多少記憶が違ってたって何の問題もないよ。むしろ有休が残ってないのを忘れてた私の方が問題だってば」
そうなのだろうか? いや、もしかしたら、たとえ記憶が違っていても気にするな、と言ってくれているのかな。
ディアが手を叩いて笑顔になった。
「そんなフェルちゃんに朗報です。本魔法の一つ、日記魔法を教えてあげるよ!」
「日記魔法?」
「そう。以前、魔物図鑑で本魔法って見せたでしょ? アレの中に日記魔法って言うのがあってね、自分の記憶と本をリンクさせて、印象に残った内容を文字で書いておいてくれる魔法があるんだよ」
「そんなことができるのか」
「うん、ギルドの日誌とかそれで書くんだよね……今日の午後、仕事していたように記憶を変えたいんだけど、ヴァイアちゃん、記憶魔法って使えたりする?」
「ごめんね、術式を知らないんだ」
ディアが落ち込んでいる。
それはさておき、そんな便利な魔法があるのか。それなら記憶を変えられても日記には残るということだろう。思いがけないところから対策方法が出てきた。
日記ならいままで書いてきた物がある。それとリンクさせよう。
「さっそく日記魔法と言うのを教えてくれないか?」
「よーし、なら私が最高の術式を組んであげるよ! 一日、本一冊ぐらいの量で出力される感じにする!?」
「普通でいいぞ、普通で。あ、できればリアルタイムで書くような感じにしてくれ。できれば日付や時間も記述されると嬉しい」
ヴァイアが「まかせて!」と言って頑張りだした。紙を取り出して、頭が拒否しそうな複雑な術式を書き込んでいる。それを覚えろと言うのか。
「じゃあ、これでフェルの記憶に関しては問題ねぇんだな?」
「まあ、そうだな。その、なんだ、感謝してる」
三人とも照れながら「気にするな」的なことを言ってくれた。リンゴジュースを奢らされたけど。
なんだかんだ言っていい奴らだ。もし記憶が変えられても、コイツらとこの村の記憶だけはずっと覚えておきたいな。
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