報告と出発準備

 

「どうかな? フェルちゃんが護衛してくれるなら安全だし、話し相手になってくれるから楽しいと思うんだよね」


 チューニ病的な話を聞かされるのだろうか。それは嫌なんだけど。


 問題は魔王様に呼び出された時だな。でも、大霊峰ならオリンから入れるみたいなことをドワーフの村で聞いた。カブトムシに近くにいてもらえばすぐに行けそうな気がする。


 それに村の中でじっとしていてもモヤモヤするだけだしな。ちょっと遠出をしてリフレッシュするのもいいかもしれない。


「分かった。護衛を引き受けよう」


「やったね、そうこなくちゃ!」


 ディアは随分と嬉しそうだ。そんなに一人で行くのが嫌だったのだろうか。


「王都にある冒険者ギルドの本部へ行くんだよな?」


「そうだよ。ギルドの会議があってね、色々報告しなきゃいけないんだ。一日ぐらいはそれで潰れちゃうんだけど、何日かは観光しようよ。カブトムシさんなら早く行けそうだし、向こうでも余裕があると思うんだよね」


「そうだな、たまには羽を伸ばすことも大事か」


「私、その道のプロだから、まかせて!」


「それ、サボりのプロって意味じゃないよな?」


 目を逸らされた。まあいいけど。


「じゃあ、詳しいことは夜にね!」


 ディアはそう言って食堂を出て行った。


 護衛と言ってもたいしたものではないだろう。行き帰りはカブトムシに乗るんだし襲われる心配はない。良くは知らないが王都も治安はいいと思う。楽な仕事だ。


 よく考えたら私も冒険者ギルドの本部には行かないといけなかった。ちょうどいいかもしれないな。アダマンタイトの奴らが襲ってこないように話をつけないと。


 そういえば、ユーリを見てないな。アイツ、どこに行ったんだ?


 探索魔法で――そうか、アイツは探索魔法を無効化できる。探しても分からないな。


 今日はアビスの中で暴れようかと思ったけど、明日の準備をするか。持っていくものとかは大丈夫だから王都へ行くことだけ知り合いに伝えておこう。


 まずは魔王様だな。




 部屋に戻り、念話用魔道具を取り出す。


 魔王様はいつもの魔王様だ、とは思っていてもなんだか緊張するな。どちらかと言えば私の方が問題なんだろう。はやく大霊峰に呼んでほしい。そして全部教えてほしい。それまではずっとモヤモヤが続くんだろうな。


 一度深呼吸をしてから、魔道具のボタンを押した。


『フェルかい? どうかしたのかな?』


 いつもの魔王様だ。よし、用件を言おう。


「お忙しいところすみません。実は村の人を護衛してオリン国の王都へ行くことになりました。大霊峰の準備は時間が掛かりますか? すぐに準備が整うなら止めておきますが」


『ああ、そうなんだね? こっちはまだ時間が掛かりそうだから問題ないよ。準備が整ったら連絡――というよりも準備が整ったら分かるかな。まあ、こっちの準備が終わったら連絡するよ』


 準備が整ったら分かるってなんだろう。いや、連絡してくれるとおっしゃっているのだから特に問題ないだろう。


「畏まりました」


『フェル、こっちからもちょっといいかな?』


 念話を切ろうとしたら魔王様から引き留められた。


「はい、何でしょうか?」


『余計な心労をかけさせて申し訳ないね。大霊峰で話をするからそれまでは待ってもらえるかな』


 魔王様も私を気遣ってくれているのだろう。ありがたい話だ。


「正直なところ、心の中がモヤッとしていますが、魔王様がそうおっしゃるなら待ちます」


『すまないね。じゃあ、何かあれば気兼ねなく連絡して。遠慮は必要ないからね』


「はい、何かありましたら連絡いたします」


 念話が切れた。


 魔王様も私を気にしてくださっている。それが分かっただけでも良しとするか。


 よし。他のみんなにも王都へ行くことを言っておこう。




 まずはニア達かな。


 食堂まで戻ってくると、ヤトとメノウが掃除をしていた。私を見かけて走って来ようとしたが、思い直してくれたようだ。ニアの説教が効いているようだな。


「フェル様、お出かけですかニャ?」


「まあ、そうだな。ニアかロンはいるか? ちょっと話があるから呼んでほしいんだが」


「ならニアさんを呼んできます。厨房にいらっしゃいますので」


 メノウはニアを呼びに厨房へ向かった。ヤトは「失礼するニャ」といって、掃除を再開させたようだ。


 しばらくすると、ニアが厨房から顔を出した。


「メノウちゃんから聞いたんだけど、話ってなんだい?」


「ああ、明日、ディアと一緒にオリン国の王都へ行ってくる。その話をな」


 三人が驚いているようだ。驚くようなことかな?


「ずいぶんと急だね? 準備は大丈夫なのかい?」


「準備と言っても持ち物は亜空間にいれられるからな。特に準備は必要ないんだ」


「私は行ったことないんだけどね、オリン国の王都といったらここよりも寒いよ? 今の時期なら雪も積もっているだろうから、なにか暖かくする準備が必要だと思うけどね?」


 そういえば、昔、村長からそんな話を聞いたことがあるな。北に行くほど寒いとか。自分を魔力コーティングすれば寒くはないと思うけど、一応暖かくする準備を用意しておくか。


「いいことを聞いた。準備をしておく」


「そうした方がいいよ。でも、またどっかにいっちゃうのかい? もう少し村でゆっくりすればいいのに」


「まあ、なんだ。ゆっくりしているよりも、体を動かしている方がいいんだ」


 余計な事を考えなくて済むしな。


「では、私も準備しておきます」


 メノウがいきなりそんなことを言った。


「準備ってなんの?」


「私も一緒に王都まで行きますので、その準備です」


「メノウはここでウェイトレスやってるだろ? それにメイドギルドの支部を建てるんじゃないのか?」


「そんな正論は通じませんよ!」


「いや、正論なんだから通じろよ」


 メノウは泣く泣く諦めてくれたようだ。一時的な契約とは言え、ウェイトレスの仕事はメイドギルドの契約なんだから、一方的に解除できないよな。ルールを変えて見せます、とか言っていたけどそんなことできるのか?


 代わりに王都にあるメイドギルドに連絡しておきますから、と言われた。何の連絡をする気なのだろうか。深くは聞かないでおこう。


 よし、次はヴァイアの店で必要な物を買うか。




 ヴァイアの雑貨屋に来た。防寒具とかなにか寒さ対策の物が置いてあるだろうか。


「たのもー」


「フェルちゃんいらっしゃい。今日はどうしたの?」


 ヴァイアは相変わらず石に魔法を付与している。なんというか、もはや作業だな。石を二、三秒持つだけで発火の魔法が付与された。こんなのなんでもないという感じにタダの石に魔法を付与してる。もっと難しいスキルなんだけどな。


「実はディアの護衛で王都へ行くことになった。あと、王都は寒いらしいから、念のため防寒具的な物があったら買っておこうかと」


「二人で王都へ行くんだ――そういえば、王都にはノストさんがいるんだよね」


「そうらしいな。まだ、帰ってこないのか?」


「なんだか色々忙しいみたい。まだしばらくは会えな――」


 ヴァイアが何かを思いついたような感じになった。私でも何を思い付いたか分かる。


「まさかついて来る気じゃないだろうな? 王都までノストに会いに行く気か?」


「ど、どうかな? 急に行ったら重たい女って思われちゃうかな?」


 私は魔王様に重たいって言われた。本で恋愛関係の知識も得てはいるが、裸エプロンが効果的みたいだし、最近は自分の知識に自信がない。恋愛小説やハウツー本をそれなりに読んだんだけどな。


「リエルに聞いてみたらどうだ? 私じゃ分からん」


「そうだよね。フェルちゃんには分からないよね……」


「おう、コラ、なんだか馬鹿にされた感じだぞ? お互い分からないんだから同等だろうが」


「ば、馬鹿になんかしてないよ。フェルちゃんはそんな気持ちにはならないだろうなって思っただけ。で、何だっけ? 防寒具?」


 話題を変えられたが、続けられても困るからちょうどよかった。だいたい、男女の関係は専門じゃない。リエルが専門と言われても納得はできないが。


 そんなことを考えていたら、ヴァイアが色々と用意してくれた。


 頭もすっぽり覆えるフード付きローブと、魔力を流すとじんわり温かくなる石、あと、手袋とマフラー。確かに温かそうだ。念のため全部買っておくか。


「全部買う。いくらになる?」


「えっと、ローブは大銀貨五枚、暖かくなる石は大銅貨五枚、手袋が小銀貨一枚で、マフラーが小銀貨三枚だね。ローブを買ってくれるなら、他はタダでいいよ?」


「いいのか?」


「ローブは全然売れないんだよね。買ってくれるならすごく助かるよ。あ、でも、今ならヴィロー商会の人達が来てるからもっといい物があるかもしれないよ?」


 アイツらか。まあ、ここにあるものよりもいい物はあるかもしれない。でも、特にアイツらから買いたいとは思わないな。


「いや、これを買う。本当に大銀貨五枚だけでいいのか?」


「もちろん。利益は減るけどマイナスなわけじゃないからね」


 大銀貨五枚払って防寒具を手に入れた。準備はこれで大丈夫かな。


 次は村長の家に行くか。




「たのもー」


 村長の家の扉をノックしてから中に入った。


「おお、フェルさんではありませんか! 村に支店を出す許可をくれて感謝しておりますぞ!」


 ラスナが大げさな身振りで感謝を示している。面倒な奴らがいるな。まだ村長の家にいたのか。

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