座標

 

 魔王様にセラから念話があったことをお伝えすると、詳しいことは食後に話そうということになった。


 その後は夕食が食べ終わるまで、まったりしていた。


 色々と問題が起きて疲れたからな。正直、きつい。ゆっくり休みたいな。明日は部屋から出ないというのはどうだろうか。ミトル達エルフを見習うんだ。食糧を持って部屋に引きこもる。いい案だと思う。


 アビスの件はまとまったようだし、ヴィロー商会の奴らと話すことはない。セラの件はどうしようもないし、魔王様の案件以外で部屋から出るのは止めよう。


 あれだな、ディアが使っている夢のシステム。お金はでないけど、そんな日が一日くらいあったっていい。いや、あるべき。身体的には問題ないんだけど、精神的に疲れた。


 明日は何も起きないことを願おう。


 さて、明日は休むつもりだから今日は頑張るか。魔王様のところへ行ってセラの件をお伝えしなければ。


 席を立ちあがると、ディアが不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。


「あれ? フェルちゃん、部屋に戻るの? 早くない?」


「いや、アビスの方へ行ってくる。食事中に話しただろ、セラの件を魔王様に報告しないといけないからな」


「そうなんだ。私はしばらくここでジャガイモ揚げを食べてるよ。もし報告が早く終わったら一緒に遊ぼう? 休みは満喫しないとね!」


 遊び……カードゲームのことか。


「ディアとババ抜きしても結果は見えてる。相手にならん」


「フェルちゃんはハンデとして、目をつぶるってどうかな?」


「目が見えないことを利用して、絶対にイカサマするだろうが」


 そう言ってから宿を出た。


 外は暗いが月とか星の明かりで良く見える。雨が降った後だからか、それなりに肌寒い。


 ローシャ達は近くで野営をしているようだが、寒いからといって村に招いたりはしない。そもそも村に入りきらない。まあ、ちょっとした仕返しだな。震えて眠れ。


 そういえば、遺跡機関はアビスを特例として認めたようだ。夕食前にそんな報告をアビスから受けた。


 ただ、書類上は村がアビスの管理を行っている、という形になったらしい。アビスが遺跡機関の奴を脅したようだ。


 また、ダンジョンコアに意思があること、アビスがダンジョンコアであること、この二つを言わないようにも脅したらしい。


 なんでも有名になるのは早すぎるようで、「有名になるのは力を蓄えてから」と指示したようだ。何の力を蓄えるつもりなんだろう。


 言わないことを条件にアビスは遺跡機関に所属したと言っていた。今は無理だが体を動かすのがうまくなったら他の遺跡調査を手伝うらしい。「戦いは情報戦です。絶対に勝って見せます」と言っていたけど、どうなったら勝ちなんだ。


 まあ、その辺りはアビスに全部お任せだ。私の管轄外。


 村長が「村がダンジョンの管理とはどういうことですか?」と食堂に乗り込んできても、アビスに聞いてくれ、で終わらせた。だって面倒くさい。


 はっきり言って魔王様の案件以外は私にとって重要じゃない。可能な限りそういう厄介ごとは他の奴にやらせる。変な事に気をまわして魔王様の案件が失敗したら問題だ。


 今日のセラがいい例だ。ローシャ達の商談なんて対応しなくてよかったんだ。あんなどうでもいいことしていたからセラに逃げられた。これは反省しないとな。


 そう考えると、メノウにそういうのを頼んだ方がいいのかな。主人になるつもりはないんだけど、こう、私の秘書的な行動をしてもらえると助かる。


 魔界から呼んでもいいけど、人族のことはメノウの方が詳しいからな。これは検討してみるか。


 そんなことを考えていたらエントランスに着いた。


 争ったような跡はないんだが、アビスはここで暴れたんだよな。


『フェル様、いらっしゃいませ。魔王様のところへ転移させますか?』


「その前に確認したいんだが、ここで暴れたのか? とくに被害はなさそうだが?」


『直したんです。私が』


 言い方にトゲがある。怒っている感じだ。聞いてはダメなのだろうか。いや、私が怒られているわけじゃないんだ。気になることは聞いておかないと。


「ヴァイアが壁を壊してもたいして怒ってなかったよな? 実際の被害を見たわけじゃないが、看板で注意する程度だっただけだし。なんで今回はそんなに怒ってるんだ?」


『ヴァイア様は魔力の塊です。吸収できる魔力が多いので、壊された壁を修復しても最終的な収支はプラスなのです。ですが、今日来た奴らは魔力も低い上に、壁に落書きしたのですよ。魔力を消費する一方です。直す方の身になっていただきたい』


 ダンジョンコアの気持ちは私もよく分からないけど、吸収できる魔力が少ないから怒ったのかな。


「そうか、まあ、私の魔力を吸収して怒りは抑えてくれ」


『もうやってます。いつもより五割増しで』


「先に許可を取れよ……いや、まあいいか。今日はアビスにも迷惑をかけたからな。それに順番が逆になっただけだ。さっそく、魔王様のところへ転移してくれ」


『畏まりました』


 一瞬で視界が変わり、牢屋のある部屋に転移した。


 確かに牢屋にはセラがいない。なんとなくモヤっとするな。どういう感情かよく分からないが、少なくともプラスの感情じゃない。


「やあ、フェル、来てくれたんだね」


「お待たせしました。先に連絡いたしましたが、セラから念話がありまして――」


 事細かにセラの発言を説明した。不敬すぎる内容だったが、ありがたいことに魔王様は怒ってはいないようだ。


「まあ、僕が魔王で彼女は勇者だからね。なんとなく嫌なんだろう。仕方ないことだよ」


 心が広すぎる。見習いたいものだ。私なんかはいっぱいいっぱいになると色々と放り出したくなるタイプだ。


「セラの方はここまでだね。治療はしておいたから、またセラがイブに接触しない限りは大丈夫だと思うよ。もし、何かあったら今度は僕を呼ぶようにね?」


 これはセラと戦う前に送った念話の件だ。あれはちょっとテンションが上がってしまっただけで、普段の私じゃないことを説明しないと。


「魔王様、あれはですね、ちょっと感情が高ぶってしまったと言いますか――」


「分かってるよ、フェル。村の人達が危ないと思ったんだろう? 念話では分からなかったけど、村の状況を見て嬉しくなったよ。みんなのために怒ってセラを倒そうとしたんだろう?」


「ええ、はい。まあ、そうなりますね」


 あれはセラが村のみんなを巻き込むのが悪いんだ。殺す気はなかったみたいだけど、あの時のセラは本気に見えた。だからあんな変なことを言ってしまったんだと思う。私は悪くない。


「それじゃ、僕はそろそろ行くよ」


「どちらへ行かれるのですか?」


「大霊峰だね。まだ、準備がやりかけなんだよ。準備が整ったらまた連絡するからその時はよろしく頼むよ」


「畏まりました。ただ、今日はもう遅い時間です。宿にお泊りになった方が良いのではないでしょうか? むしろ、明日ぐらいならお休みされた方がいいかもしれません」


 むしろ、一緒に休みたいです。届け、この思い。


「ありがとう、でも大丈夫だよ。セラの件がなくなったから、できるだけ早めに向こうへ行っておきたいんだ。大丈夫だとは思うんだけど、対応がやりかけだから問題が起きるかも知れないんだよね」


「そう、ですか」


 ダメだった。魔王様にはなかなか思いは届かないな。


「そんな残念そうな顔をしないで。無理はしないと約束するから」


 一緒に休みを取れないことが残念です。言いませんが。


「はい、では、約束ということで、適度にお休みを取ってください」


「うん、分かったよ。そうそう、この部屋はアビスに破棄させるからね」


「そうなのですか――あ! そうでした。セラに貸していた本を回収しておきます」


 牢屋の中にあるベッドの上に本が残されていた。牢屋の鍵は掛かっていないようだ。中に入って回収しよう。


 貸したものは全部あるな。よし亜空間に入れておこう。


「お待たせしました」


「うん、アビス、外へ出してくれるかい? あと、この部屋も破棄しておいて」


『畏まりました』


 次の瞬間にはアビスの外にいた。入って来た時と同じように外はひんやりしている。


「それじゃ、フェルも無理しないようにね」


「はい、魔王様の案件以外は無理しません」


「いや、全体的に無理しないようにね?」


 そういうと魔王様はこちらに手を振ってから、転移されてしまった。


 私も宿に戻ろう。意外と時間がかからなかったからディアと遊んでやるか。




 村の広場に戻って来た。食堂から明かりが漏れている。


『ねえ、フェル、今どこ?』


 セラか? また念話してきたのか、コイツ。


「お前な。何度も念話を送ってくるな。お前と私は友達じゃないんだぞ。お前からの念話を受け付けないようにするからな?」


 だいたい、いつの間にチャンネルを知られたのだろう? まあ、神眼を持ってるからすぐに分かるとは思うが。


『待って待って、重要な事なの。魔王君のことよ。近くに魔王君はいる?』


 魔王様のこと? 一体なんだと言うのだろう?


「近くにはいらっしゃらない。今、私は外にいるから寒いんだ。手短に言え」


『ああ、そうなのね? もちろんよ、手短に言うわ。実はフェルに借りていた本なんだけど、それに魔法を付与してメッセージを残してあるの。真実の愛って本』


「これ、好きなのか? もう逃げたんだから第二部以降は自分で探せよ? そして見つかったら寄越せ」


『考えておくわ。それでね、その本に魔力を通してみて。私が残したメッセージが読めるから』


 そんなことをしないで普通に念話をすればいいのに。いちいち面倒な事をしないでくれ。


 亜空間から「真実の愛」の本を取り出して魔力を流す。


 だが、何も起きない。


「おい、メッセージなんて読めないぞ?」


『そこね?』


「なに?」


 いきなり目の前の空間に亀裂が入った。そこから十本の指が出てくる。そして亀裂をこじ開けるように空間が開いた。


「セラ! お前……!」


「騙してごめんなさい、フェル。貴方のおかげで外の座標を知ることができたわ。でも、もうちょっと人を疑った方がいいわよ? まあ、それがフェルのいいところなんだけど」


 逃げたんじゃなくて、亜空間の中に隠れていやがったのか。

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