眉間のしわ

 

 アビスの人型にみんなが怯えている。


「アビス、お前、何をしたんだ? 周りの奴らの怯え方が尋常じゃないぞ?」


「……普通に戦っただけですが?」


 何も言わずにアビスを見つめた。


「……ちょっと張り切ったことは否定しません。しかし、大きな怪我はさせていませんし、トラウマになるようなことは何もしなかったと断言できます」


 私のやりすぎと、アビスのやりすぎには違いがあるはずだ。やりすぎるなと言ったのに、魔物たち総出で侵入者を追い出したのだろうし、周りがアビスをみて魔物の女王とか言っている。なんというか……不安だ。


 近くで震えている奴に聞いてみよう。


「コイツが何をしたのか教えてくれ」


 震えている奴は怯えた感じで話し出した。


 要約するとアビスは「悪魔」だったらしい。


 なんでも魔物達を率いてエントランスにやって来たと思ったら、いきなり変身したらしい。


 背中から黒い翼が生えてきて飛び回り、人を片手で掴んでは出口の方へ放り投げたそうだ。


 その光景に周囲の魔物達もドン引き。むしろ魔物達はアビスを抑えようとしていたらしい。クモの魔物が糸でアビスを押さえながら「フェル様に怒られるからやめてクモ!」と叫んでいたとか。


 なるほど。私もドン引きだ。悪魔って想像上の凶悪な生物だぞ? そんなものに例えられたのか。魔族だってそんなことはない。


「……フェル様、エントランスの壁にあんなセンスのないマークを描き出したら私だって怒ります。これ以上無理、というぐらい冷却装置をフル稼働させたんですよ?」


 アビスが何を言っているのか分からない。


 そんな私をよそに、アビスが亜空間から木の板のようなものを取り出した。そこには、盾のようなものが書かれていて、その盾には首の長いドラゴンのようなものが書かれている。


「それ、うちの商会紋章なんだけど……センスないの?」


 ローシャが肩を落としてその木の板を見ている。センスに関しては私もないからよく分からない。


「……お前が元凶か?」


「待て待て、背中から翼が生えてる。抑えろ。コイツらとは交渉したと言っただろう。もう、そんな事はしないし、させないと話はまとまった。だから落ち着け」


 ローシャが腰を抜かした感じで尻もちをついているだろうが。地面は泥だらけなのに。


「とにかく、これでお前たちも分かっただろう? このダンジョンを管理するのは無理だ。二度と手をだすなよ? それと遺跡機関の奴にもアビス以外に管理は無理だと分からせろ」


「そのあたりの話は既に解決済みですぞ。ダンジョンの管理はアビスさんと言うことで手続きは完了しています。私たちは知りませんでしたが、どうやらダンジョンコアというものを遺跡機関で調査している最中だったそうですな。先程からアビスさんと話をさせてくれと、うるさいぐらいです」


 向こうで騒いでいる奴をよく見たら遺跡機関の奴だった。確かに叫んでる。昔のドレアみたいな感じだ。どこにでもいるんだな、ああいうのは。


「細かい取り決めに関しては、機関とアビスさんで直接行いたいと言っていますが、そのあたりはアビスさんにお任せしてもよろしいですかな?」


「アビス、大丈夫だよな?」


「……面倒ですが、仕方ありません。ですが、理不尽な要求などがあれば即座に排除しますよ?」


「やめろ……というわけにもいかないな。正直、管理って何をするのかよく分かっていないから、無茶な要求があったら物理的に排除していいぞ」


「管理と言ってもそれほど難しい事はありませんぞ。金はかかりますがね」


 そこが一番問題なんだろうが。


 ラスナが右手で二本だけ指を立ててこちらへ向けた。ピースか?


「重要なのは二つです。一つは魔物暴走が起きた時に魔物たちを外へ出さないこと。次にダンジョンが崩壊しないように整備すること。この二つを恒久的に守れるなら遺跡機関に認められますぞ」


「それなら問題ないな。アビスはその二つを一人で行える。金もかからん」


「そう、それです。アビスさんはダンジョンの魔物暴走を自由自在に操れる。そしてダンジョンの整備も行えるようですな? 実は商談があるのですが、よろしいでしょうか?」


 ラスナが怪しげな笑みをしている。厚顔無恥って言葉を知らないのかな?


「嫌に決まってるだろ? お前たちと商談をする気はない。さっきまで私を陥れようとしていただろうが」


「なら直接アビスさんと交渉する許可を頂けますかな?」


「好きにしろ。だが、アビスに危害を加えるマネをしたら、商会を潰すぞ?」


「もちろんです。そもそも物理的に勝てんでしょう。安心してくだされ、アビスさんに協力してもらいたい、というだけですから。アビスさんが何を欲しがるか分かりませんが、十分な礼を用意するつもりですぞ」


 アビスは頭がいい感じだから騙されるようなことも無いだろう。


 なら、私がやることもここまでだな。


「それじゃ、アビス。後は任せるから」


「……畏まりました。あの、フェル様。もしかして、私がセラを逃がしたことを怒ってます?」


 怒ってる? 私が?


「別にアビスに対しては怒ってないぞ」


「……そうでしたか。いえ、失礼しました。後はお任せください」


 変な奴だな。さあ、宿に戻ろう。




「フェル様、眉間にしわが寄っています。怒っておいでですよね?」


 宿に戻る途中、メノウがそんなことを言った。


「あのな、まず、フェル様と言うのは止めろ。ラスナ達がいた時ははったりでメイドっぽいことをさせていたが、私はお前の主人ではなく、友達、いや、知り合いだろ。様づけされる理由はない」


「なんで言いなおすんですか。友達、友達ですよ! じゃあ、フェルさん、ということでお願いします」


「それなら別にいいぞ。で、さっき言ったことだが、眉間にしわが寄ってる? そうか、睨んだ感じになっていたか?」


「はい、ちょっと怖いです。怒っているのはヴィロー商会のことではないんですよね? なにか問題が起きたとかいってましたけど……?」


 そうか、メノウにはセラの事とかダンジョンの中に閉じ込めてたことは話してなかったっけ。


「セラという勇者をダンジョンの中に閉じ込めてたんだが、今回の騒動で逃げてしまった」


「え? 勇者? もしかして監禁ですか?」


「人聞きの悪いことを言うな。どちらかと言えば治療だ」


 治療自体は終わっていたようだが対策をしていない。それが問題だ。またおかしくなってアイツが襲撃してきたら困る。


「そのセラさんが逃げたから怒っているのでしょうか?」


 まあ、そうだな。


 別にアイツがどこへ行こうと構わない。だが、逃げ出す必要はなかったはずだ。治療を受けて対策を施し、大手を振って出て行けばいい。


 気にいらないのはそこだ。逃げるということは、何かしら嫌なことがあったのか、魔王様や私を信じていないのだろう。


 別に信じてもらうような間柄ではないが、多少なりとも話をして、ちょっとだけお互いの理解を深めたはずだ。


 それが全部演技だったと思うと怒りが沸いてくる。時間を返せとは言わないが、無駄にした。


 まあいい。もうセラの事なんか知らん。


『フェル、聞こえる? セラだけど』


 セラからの念話か? なんだ、このタイミング。どっかで見てんのか?


「お前、今、どこにいるんだ? 戻ってくればお咎めなしにしてやるぞ?」


『それは無理ね。フェルの事は信用してるけど、魔王君の事を信用してないのよ』


「お前の治療をした魔王様に対して、不敬にもほどがあるぞ」


『まあ、聞いてよ。魔王君は何者なの? 魔王なのは分かるけど、強すぎるし、知識量もおかしいわ。魔王という括りの中にあるようには思えない。というか、生物としての範疇を超えてないかしら?』


「お前も大概だぞ」


『だからよ。私やフェルが化け物なのに、さらにその上を行くのよ? 正直、神以上なんじゃないの?』


 私が化け物なのは否定したい。


 魔王様については神殺しをしてるからな。偽物の神だけど。神以上なのはまさにその通りだが、ここでそれを言う必要はないか。


「だからなんだ? 神以上でも、魔王様は魔王様だぞ? 信用できるだろうが」


『フェル、その狂信的な部分はちょっとおかしいわよ?』


 狂信的? 言われてみたらそうかもしれないな。だが、メノウファンクラブみたいな奴らと一緒にされるのは心外だ。


「私は魔王様に命を救われた。だから魔王様のためにこの命を使うつもりだ。多少、信用しすぎの部分は認めるが、狂信と言うほどじゃないぞ」


『ああ、そういうこと。でも、さっきも言った通り私は魔王君を信用していないの。魔素を浄化してくれたのは感謝しているけどね』


「それだけじゃなくて、お前がまたおかしくならないように対策用のアイテムを作ってくださっていたんだぞ?」


『そうなの? それを貰ってから逃げるべきだったわね。でも、大丈夫よ。なにかしらの耐性スキルを覚えたと思うし、次はおかしくならないわ。あ、そういえば、フェルや村の人達に悪いことをしたんだったわね。ごめんなさい、約束してた直接の謝罪はできないけど、謝っていたって村の人たちに伝えてもらえるかしら』


 おお、ちゃんと治っている感じだ。これならもう襲ってこないだろう。


『今度はちゃんとフェルが一人の時に襲うわね』


「二度とくんな」


『冗談よ。まあ、そういう訳だからこれ以上魔王君の近くにいたくなかったのよね。だから逃げ出したの。決してフェルと話をしたくない訳じゃないのよ?』


 私と楽しそうに話をしていたのは演技じゃなかったのか。多少、留飲が下がった気がする。


「そうか。時間を無駄にしていたと思っていたところだが、多少は意味があって良かった、ような気がする」


『ふふ、久しぶりに楽しい時間を過ごせたわ。また、お話ししましょう?』


「断る。どうしてもというならお前が話題を持ってこい」


『そうね。今度は私が用意しておくわ。ああ、そうそう、借りていた本だけど、牢屋の中に置きっぱなしだから後で回収しておいて』


「汚していないだろうな?」


『汚すようなものを持っていなかったわよ。じゃあ、もう行くわ。またね』


「……ああ、またな」


 念話が切れた。


 後で魔王様に報告しておこう。


 それにしても魔王様が信用できないとは。まあいいか。勇者が魔王様を信用できるわけないし。


「フェルさん、念話は終わりましたか?」


 メノウがこちらを伺うようにこちら見ている。


「ああ、終わった」


「なにかいいことがあったんですか? 眉間のしわが取れましたよ?」


「そうだな、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけいいことがあった……ような気がする」


 時間を無駄にしてなかったということが良かったのだろう。うん、そうに違いない。

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