脱走

 

 セラが脱走した。だが、どうすればいいだろう?


 よし、まずは状況確認だ。闇雲に動いても仕方ない。魔王様に状況を確認してから行動しよう。


「セラはなぜ逃げられたのですか? あの部屋から外に出るのは不可能なのではないでしょうか?」


『おそらく空間魔法で別のフロアに転移したんだろうね。あの空間の座標は分からないと思うから、相対的な空間座標には転移できないはず。どこかに絶対的な座標となるものを計算してあったんだと思う』


 座標となるものか。先に特定の空間座標を計算しておくという事かな。大量の魔力を使うけどそれならいけるのかも。


「セラが逃げたのはいつ頃でしょうか? まだアビスの中にいる可能性がありますか?」


『そうだね、まだいるかもしれない。すまないね、アイテム作りに集中していてセラが逃げたことに気付かなかったんだよ。いなくなったのがいつ頃なのかもわからないんだ。一時間ぐらいの間としか言えないね』


 一時間。ちょうど私がラスナに絡まれていた頃だ。でも、その頃ならローシャが検問所を作っていたはず。


「おい、ローシャ、アビスに作った検問所を女性が通らなかったか?」


「え? なによ、いきなり?」


「いいから答えろ」


「そ、そうね。いたとしても分からないと言うのが答えよ。三百人近い人を連れて来て突貫工事をしたのよ? 分かるわけないじゃない」


 なら人ごみに紛れて外に出たか?


 ここはアビスに確認する方が早いか。


『アビス、聞こえるか?』


『交渉は決裂ですか? 決裂ですよね?』


『そんなことはどうでもいい。セラが逃げた。まだダンジョン内にいるか?』


『そんなばかな。私に気付かれずに逃げ出すなんてマネはできないはずです』


『じゃあ、アビス内のどこにいるか調べてくれ』


『お待ちください……馬鹿な、ありえない。セラの反応がありません』


 くそ、もう外か。なら探索魔法で調べるしかない。


 村を中心に周囲五キロほどを探索しよう。それ以上離れていたら追い付けない。


「……駄目か」


 調べてみたが反応が無かった。もうすでに遠くへ逃げた後なのだろう。


 おっといかん。魔王様と念話中だった。


「魔王様、申し訳ありません。探してみましたが、ダンジョンの中にも外の周囲五キロ範囲にもセラの反応がありません」


『いや、謝るべきは僕の方だよ。すまない。セラが大人しいから安心しきっていた』


 色々話をしてやったのにあれは大人しい振りだったのだろうか。仲良くなったわけじゃないが、木の実ぐらいの友好はあったと思うのだが。


 そうだ。大事なことを確認しておかないと。


「セラの治療はどうなっていたのでしょうか? また、私に襲い掛かってくる感じでしょうか?」


『セラの治療は終わっているよ。フェルに対する思考誘導みたいなものはもうない。多分だけど、フェルを襲ったりはしないと思うよ』


 多分、か。アイツは素面でも襲ってきそうな感じではあるんだが。でも、ここは魔王様を信じるしかないな。


『問題はまた洗脳というか、魔素をいじられた時だね。そうなるとまた同じことをするかもしれない。そうならないためのアイテムを作っていたんだけど……逃げるならそれを渡した後に逃げて欲しかったよ』


 セラのアホは空気が読めないから仕方ないと思います。


「では、セラの件はいかがいたしますか?」


『もう、どうしようもないね。治療自体は終わっていたから、同じことにならないように祈るだけだよ』


 ずっといられても困るけど、いきなりいなくなるのも困る。最初から最後まで困る奴だな。隕石でも当たればいいのに。


『フェル、後でここへ来てくれるかい。夕食の後でいいんだけど』


「今で問題なければすぐに向かいますが」


『いや、フェルは色々忙しいようだからね。そっちが終わってからでいいよ。こっちも色々準備するから』


「畏まりました。では夕食後に伺います」


『うん、よろしくね』


 魔王様がそう言うと念話が切れた。


 次はアビスに話をしておこう。なんだかショックを受けていた感じだし。


『アビス、聞こえるか?』


『聞こえています。どうやってセラは逃げ出したのでしょう?』


『私に分かるわけないだろ。侵入者に気を取られて、見逃したんじゃないのか?』


『可能性はありますが、そんなことで……?』


 随分と不思議そうに言うんだな。かなり自信があったのか?


『まあいい。まずは侵入者たちの事だ。交渉は上手くいった。従魔達を住処に戻してやってくれ』


『畏まりました。ショックでどうでも良くなってしまいました。引き揚げます』


 やっぱりショックを受けていたか。とりあえず、魔物暴走の方はこれでいいとしよう。


 しかし、セラが逃げた、か。いなくなってせいせいすると言う気持ちもあるが、なんだか色々疲れたな。そう思ったら、盛大なため息が漏れた。


 それに対してローシャがびくっとなる。ラスナはこっちを見つめているが、私に何があったのか見極めているような感じだな。


「大金貨十万枚は払わなくていいのよね? やっぱり払えってなによ?」


 お前はそっちが気がかりか。もう、どうでもいいな。早く終わらせたい。


「お前達のせいで別の問題が起きた。その詫びをさせたい気分だ。だが、安心しろ、いまさらお金を払えなんて言わない。さっきのは冗談だ」


 ローシャは大きく息を吐きだした。あからさまにホッとしたようだな。商人なのにそんなんでいいのか。


 ラスナが「よろしいですかな?」と言って話しかけてきた。


「こうしたらどうでしょうか? 大金貨十万枚は払いませんが、ヴィロー商会がこの村でそれに見合うだけの貢献を致しましょう」


 ラスナが眩しいぐらいのいい笑顔だ。とてもうさんくさい。


「例えばですが、この村で商会の支店を出す、もしくはこの村の店を商会の傘下につけるとかですな。我々の流通ネットワークを使えば色々な物が手に入るようになりますぞ? もちろん迷惑を掛けた分、割安で提供いたします」


「お前はうさんくさい。何を企んでいる? いや、何となく分かるな。ダンジョンが無理だから本格的にエルフと取引しようと考えているんだろう? 村に滞在してエルフ達と友好的な関係を築くつもりか?」


「それもありますが、一番関係を結びたいのは別の方ですな」


「誰だか知らんが、お前みたいな奴に目を付けられるとは不幸な奴だな」


 ラスナは驚いたような顔をしてこっちを見ている。珍しく感情を顔にだしているようだ。いや、これも演技か。


 背後から「コホン」とわざとらしい咳が聞こえた。


「メノウ? 喉の調子でも悪いのか?」


「いえ、フェル様。ラスナ様が言った関係を結びたい方と言うのは……その、お分かりになりますよね?」


「いや? 特に興味もないから分からん。まあいい。ラスナ、店を出したいなら村長とでも話をしろ。私は関係ないし、お前達にいい感情もない。好きにするといい」


 なんでメノウは困ったような顔をしているのだろうか。そうか、ヴィロー商会のことだな。確かにコイツらには困ったもんだよな。


「そうだ、忘れていた。遺跡機関とかの奴にアビスの事を紹介する。誰がそうなのか教えろ」


「何をする気よ?」


「私にダンジョンを管理できる権利があるんだろう? それを譲渡してアビスに管理させる」


「我々が立ち会ってもいいのですか?」


「むしろお前らが事の経緯を説明して、アビスに権利を譲渡できるようにしろ。できなかったらお前達の所有しているダンジョンで魔物暴走を起こさせる。懸命にやれよ?」


 ローシャが悔しそうにしている。だが、しぶしぶではあるが従ってくれるようだ。


「最初から一番強いカードを切るのは感心しませんな?」


「私は商人じゃない。だから駆け引きもない。一撃必殺だ」


 商人に向かないんだろうな。やりたいとも思わないけど。




 外はすでに雨がやんでいた。ディアが休みを取ったからだろう。


 アビスの入り口周辺には多くの人が座っていた。畑に座ろうとするとカカシゴーレムが攻撃するようで、開拓していない北側の森の方で休んでいるようだ。


「お前ら、邪魔だから村から離れて野営しろよ?」


「この村に泊めてくれたっていいじゃない!」


「こんな人数を泊められるか。野宿しろ」


 森にいた強そうな魔物達はほとんどダンジョンの中だ。森で野宿したところで危険は少ないだろう。頑張って外で寝ろ。


 騒ぐローシャを放っておいて、遺跡機関の奴を探す。


「フェル様、あちらの方ではないでしょうか?」


 メノウが指した方を見ると、それっぽい男がいた。腕章をつけていて、そこには「遺跡機関」と書かれている。アピールが激しいな。


 私達に気付くと近寄って来た。簡単な挨拶を済ませてから、ラスナがその男に色々と説明を始める。


 私はその間にアビスを呼び出そう。


『アビス。聞こえるか?』


『はい、聞こえています。それにしても不思議です。状況を調べたのですが、セラは急にいなくなりました。どうやったのでしょう?』


 セラが逃げ出した件を調べているのかな。魔王様にも気付かれずに逃げたからな、なにかこう、すごいことをしたんだろう。


『そっちは後で調べてくれ。人型になって外に出て来てくれないか?』


『それは構いませんが、どんな理由でしょうか?』


『お前にはアビスを管理してもらいたい』


 反応がない。またかよ。


『すみません。どういうジョークなのでしょうか? 私が私を管理する? そんなことは既にやっていますが?』


『すまん、色々と端折りすぎた。人族のルールでは、ダンジョンを管理する奴がちゃんと決められているらしい。今はなぜか私がアビスを管理していることになっている。だから、アビスがダンジョンの管理をしている形に変更してもらうつもりだ』


『なるほど、手続き上の話ですか。仕方ありませんね。人族のルールに合わせましょう。すぐに向かいます』


 こっちはこれでいい。ラスナたちはどうだろうか。


「そっちはどうだ? 話はついたか?」


「ええ、なんとか。それで、その、アビスと言う方はどちらに?」


 ラスナはいまだに半信半疑のようだ。まあ、私もダンジョンコアが人になるって他人から聞いたら頭を疑うから分からなくはない。


「すぐに来るからちょっと待て――ちょうど来たな」


 ダンジョンの入り口からアビスが現れた。そういえば、外に出るのは初めてか? 大丈夫だよな?


 だが、大丈夫じゃないのは周囲にいた奴らの方だった。


「ひい! 魔物の女王が出てきた!」

「た、助けてくれ!」

「クッ、やるならやれ!」

「俺は無事に帰って幼馴染と結婚するんだ!」


 アビスの奴、どんなことしたんだ?

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