信用

 

「亜空間の中にいたのか!」


 セラが亜空間の中から出てきた。


 だが、亜空間の中に入れても、外に出る事なんて不可能だ。そもそも亜空間の中から思い通りの場所へ空間を繋げることはできない。訳の分からないところに繋がる可能性が高いはずだ。空中なんかに繋がったら死ぬしかない。


「不思議? 実はその本に魔法を付与していたのよ。現在の空間座標を調べて私に念話で送るっていう魔法をね」


 右手に持った本「真実の愛」を見た。


 これに魔法を付与した?


「そうか、さっきのメッセージの話は嘘なんだな?」


 メッセージが見れる魔法じゃなくて、空間座標を調べる魔法とやらを私に使わせたのか。そして、その座標を使って空間を繋いだ。


 くそ、やられた。なんてマヌケなんだろう。コイツのことを信用するなんてどうかしていた。


 念話で話したときは、嫌な奴じゃないかも、と思ったのに。


「そんな怖い顔はしないで? 言っておくけど、フェルに危害を加えるつもりもないし、村の人を巻き込むようなこともしないから」


「私を騙したくせに、そんな言葉を信用できるか」


「まあ、待ってよ。それは謝るわ。それに念話で話した件は嘘じゃないわよ? 魔王君の近くにいたくないからこういう手段を取ったの」


「だから、どうしてそれを私が信じると思うんだ?」


 だが、どうしよう。今の私ではセラに勝てない。かといってこの距離で魔王様を呼べるだろうか。魔道具を取り出した時点でセラに壊される可能性もある。それは避けたい。


「ちょっとだけ時間を頂戴。いままで通り話をしましょう? もちろん話題は私の方から提供するわ。今日の話題は魔王君のことよ」


「魔王様のことだと?」


「そう、魔王君がいないところで魔王君の話をしましょう? いままではずっとそばにいたから言いたいことも言えなかったのよね」


 どうする? 話をしながら時間を稼ぐか? いや、時間を稼いだところで何も好転しない。なら、話をしながら探索魔法の印をセラにつけておこう。これならどこへ逃げても見つけられる。


 それに魔王様のことで何を話すのかも聞いておきたい。


「いいだろう。話を聞いてやる」


「私は魔王君のことを信用していないと言ったけど、フェルは信用しているの?」


「念話で言ったと思うが、当たり前だ。私は魔王様に命を救われた。それだけで忠誠を誓うには十分だろうが」


 セラが私を鋭い目つきで見つめている。まさか神眼を使っているのか?


「別に怪しいバッドステータスは無いわね。洗脳の類があるのかと思ったけど」


 バッドステータス? 私の状態を見たのか? そもそも私は自分のステータスを見れる。そんなものがあったらすぐに分かる。


「一つ聞きたいんだけど、その記憶って本物?」


「記憶が本物ってなんだ? 偽物の記憶なんてあるのか?」


「あるわよ。魔王君は記憶を操作したりできない? フェルの記憶も改ざんされているって可能性があると思うのだけど?」


 魔王様が私の記憶を改ざんしている? そんな馬鹿な。


 確かに魔王様は記憶を消すことができる。だが、改ざんは――そういえば、ユーリにそんなことをしたな。戦った場所の記憶を変えた。


 つまりなにか? 私のこの記憶は魔王様が改ざんしたものだと言うのか?


「どうやらできるようね?」


 考えすぎたか。セラに見抜かれた。


「全部が全部改ざんされたとは言わないわ。でも、フェルの魔王君に対する忠誠度って信じられないのよね。そもそも命を救われたってなにがあったの?」


 セラに言ってもいいものだろうか?


 もし記憶が嘘だという証拠があったりしたら……いや、私は自分の記憶に自信がある。ならば言っても問題はない。


「私は半年前まで魔王だった。だが、お前が来る数日前に魔王様が現れて、私と魔王の座を争ったんだ」


「フェルが……魔王?」


「私は負けた。だから魔王様に魔王の座を譲ったんだ」


「ちょっと待って。理解が追い付かない。フェルが魔王、だった?」


「そうだ。三年前、瀕死の重傷を負って、目が覚めたら魔王だった。それから魔王様がいらっしゃるまで私は魔王だったんだ」


「……そう、そうなのね。でも、それは命を救われたっていう話じゃないわよね? どういう理由で魔王君に命を救われたの? 戦った結果、殺されるところを助けられたってこと?」


 これも言わないとダメだろうな。まあ、知っているかもしれないから隠すことでもないだろう。


「魔王と勇者の戦いを調べて分かったことがある。勇者は魔王を殺すと、一週間以内に死ぬ」


「え?」


「私は魔王としてお前に殺されるはずだった。だが、魔王様はその代わりをしてくれたのだ。それが命を救われた理由だ。まあ、魔王様はお前に殺されることなく撃退してしまったがな」


 ちょっと挑発気味に言ってみた。


 セラが眉を吊り上げて怒りの形相になっている。そんなに怒るところか?


「……あの女! フェルが私を殺せると言ったのはそういう意味だったのね!」


「どうした? 私の挑発がそんなに頭に来たのか?」


「違うわ。私に魔界と貴方の事を教えてくれた奴が、フェルなら私を殺せるって言ったのよ。その理由が分かったから頭に来ただけ」


 それはイブが言った、ということになるのか? なんで私がセラを殺せるんだろう? 殺すつもりは無いし、そもそも勝てない。イブって奴は一体何がしたいんだ。


「まあ、それは気にしないでいいわ。そっちは私の問題だから。でも、ようやく分かったわ。フェルが魔王君に命を助けられたことも、私がフェルと同じ化け物である意味も」


「私は化け物じゃないと言っているだろうが。だが、これで分かっただろう? この記憶は魔族達が共有している記憶だ。もし私の記憶が改ざんされているなら、魔族達も全員改ざんされていることになるからな」


「そう、なのかしら? そもそも他の魔族がどういう認識なのか知らないけど」


 私がもう魔王じゃないのがそれを証明している。たまに間違えて私を魔王と言う魔族もいるが、すぐに訂正してくれるからな。


「じゃあ、記憶の方はいいわ。もう一つ聞きたいんだど?」


「なんだ? 寒いんだから早くしろ」


「魔王君の容姿を言ってみて」


「魔王様の容姿? 何でそんなことを言わなくてはいけないんだ? そもそも知ってるだろ?」


「いいから言ってみて。命の恩人の姿ならすぐに思い出せるでしょ?」


 セラは何を言っているのだろう? 魔王様の容姿なんて簡単だ。


「右手が義手だ」


 セラが顔をしかめた。


「そうなの? 初めて知ったけど。でも、それだけ?」


「左手が光る」


「ちょっと。馬鹿にしてたりする?」


「そんなわけあるか」


 何だろう、言葉に出てくるのが手の事だけだ。そういうイメージが強かったのかな。


「魔王君の髪は何色?」


「なんだいきなり? 魔王様の髪か? 確か――」


 色? 何色だ? 私は火のような赤い髪、セラは漆黒というぐらいの真っ黒。でも、魔王様の髪の色は?


「分からないのね?」


「いや、待て、ド忘れしただけだ。今、思い出すから」


「じゃあ、髪型でもいいわ。目の色でも肌の色でも……そうね、どんな服を着ているかでもいいわよ?」


 髪型? 目の色、肌の色、着ている服……なんで思い出せないのだろう?


「ダメみたいね? もちろん私も思い出せない。フェル、貴方、思考制限されているんじゃない? それとも認識阻害をしているのかしら? どちらにしてもフェルが魔王君を信用できるような状態じゃないと思うけど?」


「たまたま……だ。今日は疲れている、から、な」


「じゃあ、魔王君の名前を教えて?」


 名前? 魔王様の? 魔王様の名前は……なんだっけ? そもそも聞いたことがない?


「……もういいわ、フェル。貴方のその顔で分かった。フェルの方も、私が魔王君を信用できない理由を分かってくれたわよね?」


 返す言葉がない。


 だが、そんなことよりも息が苦しい。視界が歪む。地面が揺れている感じがする。


「フェル! 大丈夫!?」


 あ? セラがいる。なんでここに? いや、話をしていたのか? そうだ、捕まえるんだ。


 しまった、私では無理だ。魔王様に連絡をしないといけない。


 急に頬に痛みが走った。


 あれ? なんだ? セラにひっぱたかれた?


「なにをする? それは宣戦布告か?」


「あのね、魔力が暴走しそうだったわよ? 気をしっかり持ってよ」


 気をしっかり? ああ、そうか。魔王様のことでショックを受けたのか。いかん、心が弱い証拠だ。


 よく考えろ。魔王様が私に何かしていたとしよう。だからなんだ。魔王様のために命を捧げる、そう誓ったじゃないか。


「すまん、取り乱したな」


「フェルがあそこまで変になるとは思わなかったわ。一応フォローしておくと、魔王君は悪い人じゃないと思うの」


「何のフォローだか知らないが、そんなことは私が良く知ってる」


「さっきまで泣きそうな顔だったわよ?」


「お腹がすいただけだ」


「……まあ、いいけど。それはともかく、悪い人じゃないけど魔王君はフェルに対して何かしら隠し事をしていると思うわ」


「……例えそうだったとしても、だ。私の魔王様への忠誠心は変わらない」


「分かったわ、もう何も言わない。それに、もし魔王君がフェルに危害を加えようとするなら、私が黙っていないしね」


 いきなり何言ってんだコイツ。お前が私に危害を加えようとしていたんだろうが。


「私の方も状況が変わった。色々調べなきゃいけないし、私に変な事を吹き込んだ奴にも報復しないといけない。だから……もう行くわ」


 セラは私を見つめながら、逃げると宣言した。


 よく分からないが、私の許可が欲しいのだろうか。


「どうせ私じゃお前を止められない。逃げるならとっとと行け。魔王様に報告はするが、追いかけたりはしない」


「ありがとう。助かるわ」


「礼なんかするな」


「分かったわ、じゃあね」


 セラは一気に跳躍して飛んでいった。あんなことができるのか。


『あ、フェル、ちょっといい?』


 セラからの念話だ。話があるなら戻ってくればいいのに。


「またか、何だよ?」


『探索魔法の印を付けたみたいだけど解除しておくわね。代わりに私の念話チャンネルを教えておくから。寂しくなったらいつでも連絡して。またね』


「寂しくはならないが覚えておいてやる……またな」


 追跡もダメか。まあいいや、特に会いたい奴じゃないし。


 さて、魔王様に報告するか。そうだ、お名前を聞いておかないと……いや、魔王様の話を聞かないとな。

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