大問題

 

 ローシャとラスナが少し口を開けて微動だにしない。かくいう私も。


 アビスの奴、何てことしやがる。まあ、村を襲うようなマネはしないだろうから安全と言えば、安全なのだが。でも、どう考えてもやり過ぎだろう。殴るとか蹴るとか言っていたから、その程度のことだと思っていたのに。


 私がため息をつくと、ローシャが私を睨みつけた。


「貴方! 何をしたの!」


「私じゃない。私はやりすぎるな、とアドバイスしたくらいだ」


 むしろ、最初はなにをする気だったのか知りたい。


 ローシャは目を瞑り、人差し指で眉間をグリグリしている。


「まずいわ……ダンジョンを管理しているのに魔物暴走を止められないなんてことになったら、遺跡機関が私達を認めない。なんとかしないと……」


「連れてきているメンバーには冒険者もいます。護衛依頼しかしてませんから、すぐに冒険者ギルドで討伐依頼に切り替えましょう。例え魔物暴走でも金額が高ければやってくれるはず。金は掛かりますが仕方ありません」


「そうね、それが一番手っ取り早いわ。貴方、冒険者ギルドに行って依頼の手続きを」


 ローシャがここへ魔物暴走を伝えにきた奴に指示をだした。ソイツは一礼して外に飛び出していく。


 ギルドの受付嬢はそこにいるんだが。言った方がいいかな。


「おい、ギルドなら――」


「貴方はちょっと黙ってて!」


 ローシャに睨みつけられた。慌てていると冷静な判断ができないタイプか。私よりは年上だがまだ若そうだしな。どちらかと言えばラスナの方が落ち着いている。そういう演技かもしれないけど。


「フェルさん、お聞きしたいのですが、この魔物暴走は、その、ダンジョンが……いえ、アビスが行っていると?」


「そうだな。魔物達に指示を出しているのはアビスだ」


 実行部隊は私の従魔達なのだろう。村の防衛隊だし、四天王も決まったからな。多分、張り切ってる。


 もしかしたらドワーフの大坑道で発生した魔物暴走みたいに、アビスが作った魔物なのかもしれないが、見てないから分からないな。


 食堂の扉が勢いよく開いて、冒険者ギルドへ向かった奴が戻って来た。


 息を切らせつつ「ぼ、冒険者ギルドに、だ、誰もおりません!」とローシャに報告していた。


「な……! 冒険者ギルドに誰もいないってなによ!」


 ローシャはまた私を睨みつけた。


「これも貴方の差し金なの? どうあってもダンジョンを渡す気はないみたいね……!」


 何もしていないんだけど。お前達が勝手にやって勝手に慌てているだけなんだが。


「まず、話を聞け。冒険者ギルドの受付嬢なら、そこのテーブルにいる。さっきダンジョンの手続きをしたか聞いていただろうが」


 ローシャが立ち上がり、ディアのいるテーブルへ近づいた。


「貴方、冒険者ギルドの職員なのね? 依頼の切り替え手続きをしたいのだけど?」


「あ、私、午後休を取っているから。やるなら明日ね」


 ローシャ絶句。見ていて可哀そうになってきた。


 ここでディアが仕事すればギルドの稼ぎになると思う。だが、そんなことよりも休みの方がいいのか。というか、夢のシステムってもう使えないのでは?


「何を言っているの、貴方! 職務怠慢でギルド本部へ連絡するわよ!」


「甘いね。私にとってはいい村だけど、こんな辺境に来る職員なんていないんだ。でも、ここは東と西を結ぶ場所だから重要視されているんだよね。だから、多少の職務怠慢は見逃されているんだよ!」


 威張っていう事じゃない。クビにはならないけどお給料を減らされるんじゃないのか?


「それにアビスちゃんを奪おうとしている人たちを助けるわけないでしょ? 村のみんなはフェルちゃんやアビスちゃんの味方だからね? 問題を解決したかったら自分たちでなんとかすることだよ。そう! 私はお金のために親友を売ったりしない!」


 ディアがそう言って立ち上がり、椅子に片足を乗せた。そして左手を腰にあて、右手の人差し指で天井を指し、天井を見上げている。何のポーズだ。だが、一応、周りから拍手が沸き起こった。といっても、店に来た五人とヴァイアだけなんだけど。


 ローシャが悔しそうにしている。なんだろう、助ける気はないんだけど、こっちまで胸が痛くなってきた。


「フェルさん」


 ラスナが私の名前を呼んだ。振り向くとラスナは頭を下げていた。


「大金貨十万枚払います。魔物暴走を止めてくれませんか?」


 想像できないお金を提示された。女神教を千回滅ぼす感じか?


「ラスナ!」


 ローシャがラスナに詰め寄っている。今にも飛びかかる勢いだ。だが、ラスナは私に頭を下げたままだ。


「会長、落ち着いてください。商会がダンジョンを管理する能力を疑われたら、私達が所有している他のダンジョンの権利も手放すことになります。それだけは絶対に避けなくては。それを考えたら安い物でしょう?」


「で、でも……!」


「危機を乗り超えなくては御父上のような商人にはなれませんぞ。今回はいい勉強だと割り切って、フェルさんに頭を下げましょう。高い授業料ですが、商人をやっていればこれくらいのこといくらでもあります」


 なんという変わり身。ついさっきまで私を脅していたのに、私に助けを求めるのか。


 とはいえ、無視するのもなんだしな。アビスの権利とやらをくれてやるわけにはいかないが、他のダンジョンの権利を失うのは可哀想な気がする。


「フェル様」


「メノウ? なんだ?」


「一度敵対したら死ぬまで敵です。慈悲を与える必要はありません。そんなことをすれば、フェル様が甘い、という認識が広まってしまいます。毅然とした態度を取るべきかと」


 いや、以前、メノウもファン獲得のために私に色々やったよな?


 どうしたものかな。私自身は特に被害を受けていない。色々脅されたけど、それだけだ。


 勝手に自爆している奴らを助ける必要はまったくない。ないんだが……ああもう、面倒だな。


『アビス、聞こえるか?』


『フェル様、どうかされました? もうちょっとで全員を追い出せるのですが』


『追い出すのは構わない。ただ、魔物達、いや、従魔達か? みんなをダンジョンの外には出さないようにしてくれ』


『理由を伺っても?』


『これからちょっと交渉する。決裂したら外に出ても構わない。それまでは待ってくれ』


『交渉ですか。分かりました。言いつけ通りに対応します。魔物達を外へは出しません』


『すまんな』


 さて、アビスの方はこれでいい。


 次はこっちだ。ラスナは頭を下げたままだし、ローシャは頭を下げるかどうか迷っている感じだ。


「ローシャ、そこに座れ。ラスナは頭を上げろ」


「それは助けてくれるという意味ですかな?」


 ラスナは頭を下げたままそんなことを聞いてくる。願いを聞くまで頭を上げない気か?


「交渉してやる。今、アビスに魔物達を外に出さないようにお願いした。だが、この交渉次第では外に出る。そうなればお前達はまずいのだろう? だから頭を上げろ、そのままじゃ交渉にならない」


 ラスナが頭を上げる。そしてローシャは椅子に座った。


「交渉ですか。大金貨十万枚では足りないと言う事ですかな? さすがにそれ以上の支払いは商会としても厳しい物がありますぞ?」


「慌てるな。お茶でも飲んで落ち着くといい」


 ラスナはいつものように指を鳴らさないようだ。じゃあ、私がやってやろう。


 指を鳴らすと、メノウが二人にお茶を出した。そして私にはリンゴジュースが用意された。おお、分かってる。そして心なしか嬉しそうだ。本当に私と主従契約を結びたいのだろうか?


 すこしだけリンゴジュースを飲む。二人はお茶を飲まないようだ。ジッと私を見つめている。


「こっちの要望を伝える。まず、アビスに関しては諦めろ。アビスは普通のダンジョンとは違う。あれを管理しようなんて無理だ」


「分かりました」


「ラスナ!」


 会長よりも副会長が先に答えた。別にいいんだけど、意思の疎通はちゃんとしてくれ。


「ダ、ダメよ! これは私が会長になって、初めての大事業なのよ! 最初から赤字を出すなんて……!」


「お気持ちはよく分かります。ですが、よくお考え下さい。魔物暴走を自由に行える者がいるのですぞ? そんなダンジョンを管理できるとでも? 一度でも魔物を外に出せば、商会のダンジョン管理能力を疑われます。ここだけでなく、他のダンジョンも手放すことになりますぞ?」


 ローシャは下を向いて涙目だ。歯を食いしばっているように見える。というかちょっと唇を噛んでる? 口元から少し血が出てる気がする。それほど悔しいのか。


「フェルさん、他にも何かあるのでしょう? 言ってくれませんか」


 ローシャは下を向いているが、話は聞こえていると思う。なら続けるか。


「私を足止めしていた時に切ったカード、あの内容は絶対にしないと誓え」


「もちろんです。助けてもらった恩を仇で返すわけはないですな」


「お前、金以外の信用なんてあってないものとか言っていただろう? 私もお前を信用していない。だから、もし、約束を反故にしたり、この村にちょっかいを出したりしたのが分かったら報復する」


「報復ですか。それはどんな?」


「お前達が管理しているダンジョンで魔物暴走を起こす」


「な……!」


 実際には他のダンジョンでそんな事できないけど、ブラフって大事。


「ダンジョンの管理事業というのがどれほどの利益を生み出しているのかは知らんが、先程からの慌てぶりを見ると相当なものなのだろう? もし私や村に危害を加えようというなら、それを天秤にかけるんだな」


「……商売なら魔族を出し抜けると思っていたのですが、それが間違いだったようですな。分かりました。肝に銘じておきましょう。他には?」


「ローシャが私に頭を下げろ。ここまで迷惑を掛けたんだ。商会のトップとして謝罪しろ」


 これくらいやらせれば、メノウが言ったような、私が甘いという認識はなくなるだろう。舐められたら困るからな。


 ローシャはものすごく葛藤している感じだ。プライドが高いのか。まあ、年下に頭を下げるのは難しいかもしれない。


「会長。ヴィロー商会のトップとして頭を下げてください。会長のプライドと商会と、どちらが大事なのですか」


「で、でも、私が頭を下げるということは、御爺様や御父様が築いたヴィロー商会が負けたようで……!」


「実際に負けたのです。私たちの情報が足りなかったせいでこの戦いは負けました。ならば今はどれだけ被害を減らせるかを考えなくてはいけません。生き残りさえすれば再戦も可能です。それすらできない状態になっても良いのですか? 賢明な判断をしてください」


 ラスナとローシャがどういう関係なのか知らないが、なんとなく先生と生徒のようだ。魔王様と私の関係に似ている気もする。


「……そうね、分かったわ。私がヴィロー商会を潰すわけにはいかない」


 ローシャはそう言うと、私の方へ顔と体を向けた。そして頭を下げる。


「フェルさん、ヴィロー商会のトップとして貴方に謝罪するわ。迷惑をかけて申し訳ありませんでした」


 気持ちの上ではどう思っているのかはわからない。だが、態度だけでも謝罪できたのは評価しよう……ちょっと偉そうだけど、迷惑をかけられたんだからこれくらいいいよな。


「分かった。謝罪を受け入れる。代わりに大金貨十万枚は免除してやるから、もう余計なことはするなよ?」


 二人は目を見開いて驚いている。


「い、いいの?」


「お金は欲しいがお前達から奪うつもりはない。結果的にたいした問題も起きてないしな」


 もし、村のみんなに何かあったりしたら容赦しなかったけど。


 これで一件落着と思ったら、念話の魔道具が鳴りだした。それを取り出してボタンを押す。


「魔王様? どうされました?」


『すまない、フェル。セラに逃げられた。アビスの意識が侵入者の方へ向いた隙を突かれたよ』


 ゆっくりとローシャたちの方を見た。


「お前ら、やっぱり大金貨十万枚払え」


 それでも足らないくらいの大問題だ。

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