やりすぎ
ラスナのいるテーブルに戻ってきた。ラスナは優雅にお茶を飲んでいるが目は鋭いな。
「相談事は終わったかね?」
「ああ、終わった。エルフとの取引に関しては譲らないし、口添えもしない」
ラスナはため息をついて、改めてお茶を飲んだ。
「やれやれ、まだ分かっていないようだ。勇者というのが最後のカードとは言った。それよりは劣るが、他のカードもまだあるのだぞ?」
「そうか。だが、その前に一つ教えてやる」
「ほう? 何を教えてくれるのかね?」
「お前はカードを切る相手を間違っている」
エルフとの取引なら確かに私だ。だが、アビスのことなら私じゃない。
「貴方はエルフと取引している魔族なのだろう? なら間違いないはずだが?」
「そこに間違いはない。だが、私にいくらカードを切ってもダンジョンは手に入らないぞ?」
ラスナが一瞬だけ動揺した……ような気がする。慌てて取り繕ったようだが、見抜かれた、と思い直したのだろう。ラスナは見下すような笑みを止め、普通の顔になった。
「これは驚いた。どこで気づかれたので?」
「時間はまだある、と言った時だ。他にも色々あるが、最初の違和感はそこだな」
その後すぐにアビスが連絡してきたから分かったようなものだけど。
「これはいかんですな。余計な事を口走ってしまった。魔族との商談ということで緊張してしまっていたのでしょう。よほどのことがない限り手は出してこないとは思っていましたが、貴方なら一瞬で私の命を奪えそうですからな」
ラスナはそう言って笑い出した。だが、次の瞬間には真面目な顔になる。もしかしてコイツ、顔の表現が自由自在なのか?
「さて、聞かせてもらえますか? 貴方はカードを切る相手が違うとおっしゃった。どういう意味ですかな?」
「そもそもなんで私を足止めしているかは知らん。だが、あのダンジョンには所有者がいる。所有者というよりは、ダンジョンそのものと言ってもいい。もし、ダンジョンが欲しいなら本人に言うべきだ」
ラスナは「本人?」と不思議そうに言った。
「どういう意味か理解できないが、この村にあるダンジョンの発見者は貴方になっている。だが、ダンジョンに関して魔族の貴方は何もしていないだろう? ならヴィロー商会が見てくれだけでも管理していると機関に思わせれば、ダンジョンは私たちの物になるぞ?」
だいたい予想通りだな。交渉しに来たわけでもなく単純に奪おうとしただけか。
「ダンジョンがお前達の物になる、か。お前達が真摯に頭を下げていれば、アビスも気を悪くすることは無かっただろう。だが、お前達が変な事をしたから怒っている感じだったぞ?」
「アビス? それは、ダンジョンにつけた名前だろう? ダンジョンが気を悪くするというのか?」
その疑問に答える前に宿の外から誰か入ってきた。
メガネをかけた二十代後半ぐらいの女性だ。スラっとしていて佇まいが何となく凛々しい。デキる女って感じだ。
「ラスナ、そっちはどう?」
「足止めがバレてしまいましたな」
「そう、でも十分よ。こっちの対応はほぼ終わったわ」
女性は足音を鳴らしながらこちらに近づいてきた。
「ヴィロー商会の会長を務めているローシャよ」
会長? ラスナの上司ということか? でも、「ヴィロー」商会なんだよな? おっと、まずは挨拶か。
「魔族のフェルだ。ところで、お前が会長なのか? ヴィローって奴が会長なのでは?」
「ヴィローは私の祖父の名よ。それを父が受け継ぎ、最近、私が受け継いだわ」
ローシャはギルドカードを取り出して魔力を通した。カードが青く光る。それをテーブルに置きながら、椅子に座った。
確かにカードにはローシャの名前とヴィロー商会の会長であることが書かれている。私がカードから視線を戻すと、ローシャはカードをしまい、こちらを見つめてから少し笑った。
「悪いけど、あのダンジョンは貰ったわ。今、あのダンジョンを管理しているのは私達ヴィロー商会。すでに遺跡機関の調査も始まっている。あと数十分もあれば、正式に認められるわ。今から邪魔してももう手遅れよ」
そう言うと、ローシャはいつの間にか用意されているお茶のカップに口をつけた。
「そうか。だが、残念だったな。こんな森の中まで来て何も得ることなく帰るとは。まあ、次の機会に頑張ってくれ」
「それは負け惜しみ?」
「いや、そもそも私を足止めしても意味がなかったというだけだ。どれだけの金をかけたかはしらないが大損したな」
ローシャがラスナの方を見た。ラスナは私を見ながら顎に手を当てている。
「フェルさんが言うには、アビスが気を悪くした、とのことですが」
「なによそれ? ダンジョンに意思があるという意味?」
「正解だ。ダンジョンのエントランスを勝手に改築しようとしたのだろう? かなりおかんむりだぞ?」
良くは知らないけど、アビスはこだわりがありそうだしな。変な事したら怒りそうだ。まあ、ヴァイアの壁破壊でも怒ったりはしなかったみたいだけど。
あ、よく考えたら、ちょっと待て、と言ったままだな。
『アビス、聞こえるか?』
『お待ちしておりました。なんかまた変なのが入って来て、調査っぽい事を始めたんですが。やっていいですか? やっていいですよね?』
『ああ、うん。何をするか知らないけど、殺したりするなよ?』
『大丈夫です。この中ならどんなに暴れても死にはしませんから。フフフ』
『ちょっと待て。追い返すだけだぞ?』
返事がない。
『おい、アビス、お前は私の部下という訳じゃないが、少なくとも私がこの村に作ってやったんだ。それに魔王様にバージョンアップというのをしてもらった恩があるだろう? なら魔族の方針に従え。絶対にやりすぎるな』
『そうですね。分かりました。魔王様やフェル様には恩がありますからその指示に従います』
よかった。これで酷い事にはならないだろう。
「ちょっと、聞いてる? 教えてもらえるかしら? 誰が怒っているというの? ダンジョンに意思があるなんて、魔族はそんな風に思っているの?」
どうやら、ローシャに話しかけられていたみたいだ。念話していて気付かなかった。
「そもそもあのダンジョンは魔界のダンジョンコアを使って私が作った物だ。自律モードとかいうもので動いているから意思や思考はあるぞ?」
実は私もよく分かってない。まあ、ゴーレムみたいなものだろう。
ローシャとラスナは、二人そろって目を見開いていた。
「貴方はダンジョンを作れるの? いえ、その前にダンジョンコアって……?」
「ダンジョンコアはダンジョンコアだ。疑似永久機関とかいう名前もあるがな」
二人は黙ってしまった。こっちからも質問しようかな。
「お前達、ダンジョンを管理して利権を得ようとしているんだろう? なんでこんな面倒なことをしているんだ?」
「それを貴方に教える必要があるのかしら?」
「いや、ないな。結果が出るまで暇つぶしをしようとしただけだ。どうしても知りたいわけじゃないから別に言わなくてもいい。ゆっくりお茶でも飲んでいてくれ」
ローシャとラスナはこちらを伺うように見ている。見極めていると言う感じか。
「いいわ、こっちも自信がある。貴方の暇つぶしに付き合うわ。どこから言えばいいかしらね、まず、冒険者ギルドに貴方がダンジョンの発見者である、との情報があるわ。私達には冒険者ギルド上層部へのコネがあってね、そこから聞き出したのよ」
コネはどうでもいいが、その発見者が私と言う情報が分からん。そもそもこのダンジョンは発見した物じゃなくて作成した物だ。ギルドからしたらどっちでも同じことなのだろうが。
だが、冒険者ギルドとなると、関係しているのはディアしかいないんだよな。
「メノウ、ディアを連れて来てくれないか?」
「そんなこともあろうかと、連れてきておきました」
なんと準備がいい。これが最高峰のメイドか。
「フェルちゃん? メノウちゃん? 私は何もしてないよ? なんで犯罪者みたいな扱いなの?」
「冒険者ギルドにアビスの発見者が私だという情報があるらしいんだが、なにか手続きをしたか?」
「やだな。私がギルドの仕事をするわけないじゃない。面倒くさいよ」
「分かった。信じよう。ディアが仕事するわけない。メノウ、戻しておいてくれ」
「そこはもっと疑って!」
メノウはわめくディアを脇に抱えて村長達がいるテーブルへ向かった。
どうやらディアがやったわけじゃないようだ。そもそもそんなことを隠したところで意味はない。どこからかギルドへ情報が渡っているのだろう。
「すまんな。情報の出所を確認していたんだが分からなかった。で、私が登録されているからなんだというんだ?」
「ダンジョンの発見者には、そのダンジョンを管理する権利も与えられるの。でも貴方は魔族。管理なんかしないだろうし、管理の権限を誰にも譲渡していないと思ったわ」
まあ、その通りだ。そもそも発見者であることも知らなかった。
「そこに私達が目を付けたのよ。何もしていないならダンジョンを管理する権利を奪っても構わないでしょ?」
その通りではあるんだが、奪われた方が何もしないと思っているのだろうか。まあ、それは後だ。
「ダンジョンの権利の事は分かった。でも、なんでラスナを使って私を足止めしていた?」
「貴方に気付かれる前にすべてを終わらせたかったからよ。遺跡機関が認めてしまえば、貴方が後から何を言ってもそれは覆らない。何もしていないダンジョンなら、二、三時間で私たちが管理していると認めさせられるわ」
「私が異議を申し立てるとは思わなかったのか? 商会に不当に奪われたとか遺跡機関に言えばなんとかなりそうだが?」
「貴方の事は調べたわ。ダンジョンの保護には結構なお金がかかるのよ。正規の方法以外でダンジョンの権利を奪われたとしても、お金のない貴方の異議は認めてくれないわよ」
お金がなくては異議も認めてくれないのか。これがラスナの言うお金の力とか信用のことなのかな。魔族としてはイマイチよく分からない価値観だけど。
でも、私にお金がないのが分かっているなら、そもそも遺跡機関が私に対してダンジョンの権利を認めないんじゃないのか?
「念のため聞きたいのだが、そもそも私にお金がないのは知っているんだろ? それを遺跡機関が知って、私の権利を認めないならどうなっていたんだ?」
「貴方からの譲渡と言う形でオークションにかけられるわ。オークションで余計なお金を払いたくないし、他の商会と争うなんて嫌だから、こんな雨のなかを強行軍でここまで来たのよ。森に魔物が少なかったのが幸いだったわね。かなり早く来れたわ」
オークションにかけられる前にダンジョンを奪おうという魂胆だったわけか。それ、泥棒っていうんだけどな。
魔物が少なかったのは、もしかしたらロス達が何かしていたのかも。
でも、三百人だよな? 確かに集団という報告は間違っていないけど、人数が多いことを気にしてほしい。それだったらもう少し別の対応ができたかもしれない。魔物達にも人族の勉強とかをさせた方がいいのだろうか。
「そうか、おおむね分かった。私の事は色々調べたのかもしれないが、森やダンジョンのことを調べなかったのがまずかったな」
「……どういう意味かしら?」
「あのダンジョンを管理するなんて、お金がいくらあっても無理だと言うことだ」
「それは一体――」
ローシャが何かを言いかけた時に食堂に誰かが駆け込んできた。
「か、会長! 大変です! ダ、ダンジョンで、アレが発生しました!」
「落ち着きなさい。アレじゃ分からないわ。何が発生したの?」
「ま、魔物暴走です! 大量の魔物がダンジョンの出口に押し寄せています!」
やりすぎるなって言ったんだけどな。
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