本当の狙い

 

 正直なところ、目の前にいる奴が哀れになってきた。


 魔族が恐れる勇者は、いまアビスの中だ。しかも魔王様がそばにいて脱出はできない。


 女神教の勇者というのは偽物だ。以前、ユーリが女神教の勇者は相当な歳だとか言っていた。もしかしたら勇者候補なのかもしれないが怖くはない。もっと簡単に言えば、呼ばれても特に問題がない。


 なんと言ってやればいいのだろうか……いや、よく考えたら気をつかう必要もないな。


「さすがに驚いたかね? 金の力とはそういう物だ。値は張るが、それ以上の利益があるなら金に糸目はつけんよ」


 驚いたけど、別の意味で驚いただけだ。


「分かった。好きにしろ。じゃあ、話は終わりだ。帰るといい」


「嘘だと思っているのだな? 確かに、今日、明日で呼ぶようなことはできん。だが、二週間もあればこの村へ連れて来ることは可能だぞ?」


「だから好きにしろ。じゃあな、出口は向こうだ」


 ラスナは口をパクパクさせている。そして目を閉じてから深呼吸した。


「いかんな。またうっかりしていた。よく考えたら貴方はお若いな。もしかして勇者の事を知らないのか? 勉強不足だぞ?」


 女神教の勇者に関しては確かに知らん。だが、本物の勇者の事は知ってる。嫌な奴だ。


「いいかね? 女神教の四賢、つまり勇者、賢者、聖女、使徒。このうち、勇者と賢者に関しては、五十年前の戦争で魔族と戦った。そして魔族を倒し、魔界へと追い返したのだ。ご両親から教わっていないのかね?」


 そもそも認識が違う。魔界で魔王が倒されたから、人界にいた魔族は魔界に引き返しただけだ。女神教の勇者なんて魔界の本にも書かれていない。等しくタダの人族だ。多少なりとも強い個体がいたのだとは思うが、魔族が気にするほどでもなかったと思う。


 だが、これを言ったらダメだよな。なんて言えばいいのだろう。


「回答が無いと言うことは知らなかったようだな? なら理解できただろう? その勇者をこの村に呼ぶ、と言っているのだ。少しは事の重大さが分かったかね? それを踏まえて考えてみたまえ」


 ラスナがまた指を鳴らすと、メイドがお茶を入れた。


 もしかして私もメノウにそれをやれば何か飲み物が出てくるのだろうか。しないけど。


「ふむ、考えているようだな。時間はまだあるのだから、ゆっくり考えて賢明な判断をするといい」


 ラスナはそう言ってお茶を飲み始めた。


 どうやら勘違いしているようだ。別の事を考えていただけなのに。


 あれ? でも、おかしなことを言ったな。時間はまだある? 何の時間があるんだ? それにコイツ、時間はお金に替えられないぐらい貴重なものだと言っていたような?


『フェル様、今よろしいでしょうか?』


 アビスか? 急にどうしたのだろう?


 念話は言葉を発して伝えるほうがやりやすいんだけど、今は止めた方がいいだろう。頭の中だけで返事するか。


『どうした?』


『人族が大量に入り込んできたのですが、これは何でしょうか?』


 人族? アビスに入って来たということか? あれか、商人が連れていた三百人ぐらいの奴等。


『ソイツ等は何をしているんだ?』


『入り口あたりでなにか検問所のようなものを作り出しましたね』


 検問所?


『あと、エントランスにも色々な物を運び込んでいます。改築でもする気でしょうか。殴っていいですか? せめて蹴ってもいいですよね?』


『違いは分からないが、ちょっと待て』


 人族はラスナが連れて来たはずだ。脅しに使うという話だったが、最後に切ったカードは女神教の勇者。なら、この人族は何のために連れてきた?


 脅しが目的ではなく、別の理由か? そしてさっきは時間があるとか言っていた。まさか、時間を稼いでいる? 商談自体はタダの時間稼ぎで本来の目的はアビスか?


 だが、アビスで何をする気だ? それが分からないな。


 こういう時は皆に話を聞いた方が早いな。


「すまんが、私には相談役がいるんでな。ちょっと席を外すぞ」


「もちろん構わんよ。じっくり相談するといい」


 時間をかける分には問題なく許可を出すな。よく考えたら話を終わらせようとすると、脅したり引きのばしたりしているような気がする。まあいい、とりあえず相談してみよう。


 村長達がいるテーブルへ移動した。ヴァイアもディアもいる。話を聞いてみよう。


「フェルさん、どうされたのですかな?」


「ちょっと聞きたいのだが――」


「お待ちください。【防音空間】【光学迷彩】」


 メノウが魔法を使った。音が漏れないようにする空間魔法か? 光学迷彩って見た目をぼかす魔法だったか?


「主人の密談が外に漏れないようにしました。おそらく向こうのメイドは聞き耳や地獄耳のスキルを持っていると思いますので。あと読唇術スキルがあるかもしれません。念のため、その対策もしました」


「主人じゃないが助かる。意外とメノウはすごかったんだな」


「お褒めに与り光栄です。では、この用紙に主従契約のサインを――」


 流れるような動きで、ものすごい契約力のある用紙を渡された。こんなのを契約したら死ぬまで付きまとわれる。念のため、破いて捨てた。


「ああ!」


「それが目的だったのか? そういう事はするな。面倒くさい」


「フェルさん、私達になにか相談事ですかな?」


 村長とディアとヴァイアが私を見つめてきた。


「実は気になることがある。あの商人はエルフとの取引に関して権利を寄越せと言うような商談に来たらしいのだが、アイツが連れて来た人族がアビスになだれ込んでいるらしい」


 三人が不思議そうな顔をした。


「アビスにですか? なんでそんなことを?」


「それが分からないから聞きに来た。なにか知っていることはないか? どうも、私をここに留めておきたいような気がするんだが」


「あー、もしかすると」


 ディアが何かに気付いたようだ。なんとなく不安だけど、念のため聞いておこう。


「なにか知っているのか?」


「えっと、ダンジョンの利権、かな?」


「ダンジョンの利権?」


「うん、以前、ダンジョンを見つけたら報奨金が出るって話をしたじゃない?」


「ああ、確かそんな話を聞いた気がする」


「その報奨金は冒険者ギルドから出るんだけど、その後、遺跡機関っていうところに引き継ぐんだよ」


 遺跡機関?


「遺跡機関はね、遺跡とかダンジョンを調査したり保護したりする機関なんだ。でも、調査や維持にはお金がかかるじゃない? だからお金があるところにダンジョンの維持を頼むんだよ。大きな商会とかだね。そして、維持や調査のお金を出す代わりに、そこで出土されたものに関しての利権を得ることができるんだ」


「利権を得るって例えば?」


「簡単に言うと出土品の売値一割を受け取れるんだよ。出土品でなくても、魔物の素材とかも含まれるね。はっきり言って一割だけでも相当な額になるよ。大きいダンジョンなんかは、それこそかなりの値段になるんじゃないかな?」


「しかし、アビスはこの村にあるんだぞ? 村の物じゃないのか?」


 そもそもアビスは私が作ったんだけど、村の土地に作ったんだから村の物だろう。


「人界のルールでは村の物にならないのです。遺跡やダンジョンは誰の物でもない、というのが基本でして、例え村のなかにあっても村の物ではないのですよ」


「国の所有物というところもあるよ。ルハラのダンジョンとかそうじゃなかったかな?」


 面倒なルールがあるんだな。


 だがちょっと気になる。


「よく分からないのだが、遺跡機関と言うのはそんなルールを決められるほど力を持った機関なのか? ダンジョンの所有者を決めれるほどの権限を持っているのが変なような気がするが」


「フェルちゃん、内海って知ってる? 大陸の南側にある半円の海なんだけど」


「いきなり何の話だ? 知ってはいるぞ。以前、村長の家で地図を見せてもらったことがある」


「あれができた説は隕石とか色々あるんだけど、その一つにあそこの中心には遺跡があって、それが暴走した結果なんだって」


 ロクでもない遺跡だな。地図を見た限りだとかなり大陸を削ったことになるぞ。


「でもね、その程度で済んだのは当時の遺跡機関が頑張ったおかげだって話になっているんだよ。本当だったらもっと被害があったって。その功績から遺跡やダンジョンに関しては遺跡機関が絶対的な権限をもってるんだよね」


 嘘か本当か分からないが、かなり昔からそういう地位を築いていたわけだ。


 何となく分かった。でも、この状況はなんなのだろう?


「アビスの利権を狙っているとして、なんでアイツは私をここに引き留めたいんだ?」


「もしかしたら、フェルちゃんがアビスの発見者になっているのかも? 一応、発見者に最初の利権が発生するんだ。たいていの人は管理が面倒だから手放すけどね」


「例えそうだとしても、引き留める理由が分からん。そもそもこんなことをせずに、アビスの利権を渡せ、と言うんじゃないか?」


「そうなんだよね。それ以前に、ダンジョンのことをギルド本部へ連絡してないんだけど。ヴィロー商会の人はどうやって知ったんだろう?」


 不思議ではあるが、まあそれはいい。


 問題はヴィロー商会が何をしているか、ということだ。


「アビスの話では検問所を作っていると言っていた。なにか思い当たることはあるか?」


「もしかしたら既成事実を作ろうとしているのかも?」


「既成事実?」


「うん。自分たちがアビスを管理しているよって遺跡機関の人に示せれば、フェルちゃんが発見者だったとしてもなんとでもなりそうじゃない? というか、機関の人を連れて来てるんじゃないかな?」


 雑だな。そんなことで上手くいくのか?


 いや、遺跡機関に多額の寄付とかすればいけるのかもしれない。遺跡機関だって私のような個人よりも大きな商会にダンジョンを維持してもらいたいだろう。


 うん、何となくではあるが、状況が分かってきた。


 エルフとの取引について権利を寄越せと言っているのは、私をアビスに行かせないための作戦か。ヴィロー商会の本当の狙いはアビス。その利権ということだな。


 だが、失敗したな。私を行かせないようにしても意味はない。


 アビス本人がどう思うかだ。

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