最後のカード

 

「どうするかね? 私としては村を潰すつもりはないが、この村だけでは生きてはいけないだろう? 賢い選択をしたほうがいいと助言してやるぞ?」


 助言か。なにが賢い選択なのか全く分からんが、ここで私が嫌だと答えると村は結構厳しくなるのかな。


 残念ながらそのあたりの情報がない。もしかしてニアの料理が美味しくなくなる、ということだろうか。それは困る。


「問題ありません」


 急に背中側から声がしたと思ったらメノウがいきなり発言していた。私も含めて全員がメノウを見る。


「何だね、君は? メイドのようだが?」


「フェル様に仕えるメイドでございます」


 いや、違うだろ。雇った覚えはないし、今はこの宿で働いているのでは? ロンとかニアが主人じゃないのか。


 ラスナは少し顔をしかめてからため息をついた。そして改めて私の方を見る。


「メイドが主人の代わりに答えるのかね? それは貴方の発言と受け取っても?」


「一つ言っておくが、メノウは私のメイドではない。だが、私もメノウが言ったことが気になる。なにが問題ないんだ?」


 メノウが音もなく一歩前に出る。


「この村、いえ、フェル様に害を成そうとすれば、ヴィロー商会にもかなりの損害が出るということです。ラスナ様も賢い選択をするべきだと助言させていただきます」


 脅迫には脅迫ということだろうか。でも、ヴィロー商会に損害を与えるなんてできないんだけど。従魔達をけしかけるのかな。


「メノウ……? どこかで聞いたことはあるが……まあ、それはいい。そちらのメイドは面白いことを言うな。我がヴィロー商会に損害を与える? そんなことが可能なのは、二つの商会、ラジットかシシュティぐらいだ。もしかして、関係者なのかね?」


 ラスナは私を見てからメノウの方へ視線をずらした。私にはそういう縁がないと思ったのだろう。メノウの方を疑っているようだ。私も良く知らないが、もしかしてメノウのファンに関係者がいるのかな?


「いえ、その二つの商会とはまったくの無関係です」


「ほう? では、どうやって損害を与えるのかね?」


「それは実際にそうなりませんとお答えできません。ですが、ヴィロー商会で一番利益を上げているものに打撃を与える、とだけ伝えておきます」


 そう言うとメノウはラスナに微笑んだ。微笑んではいるんだけど、なにかこう重圧的な何かを感じる。


 ラスナは「ふむ」と言って顎に右手で触りだした。


 メノウが何を言っているのか良く分からない。もしかしてブラフなのか? それ以前に私が蚊帳の外なんだけど。


 それにラスナの方もなにかを考えているようだ。どういう方法があるか考えているのだろう。


「詳しい方法は思いつかないが、魔族ということで力を振るうということか? こちらの調査では、よほどのことをしない限り、そんな手段を取らないと言うことは知っている。なんでも人族と信頼関係を結ぼうとしているとか? ただ、貴方や村に害を成そうとすれば、武力による反撃を受けるという話も聞いてはいる」


 ラスナが指を鳴らすと、後ろにいたメイドがカップを取り出してテーブルに置き、そこにお茶のようなものを注ぎ始めた。さっきの袋といい、もしかして亜空間から出しているのか。あれか、魔道メイド。


「何度も言っているが、我が商会は大きく、影響力が強い。そして人界中にコネがある」


 ラスナはお茶を少しだけ飲んだ後、こちらを見つめた。


「貴方が我々に力を振るうというなら、人界中に魔族が攻め込んできたという事を広めることが可能だ。人族との信頼関係は結べないことになるぞ?」


 どこまで知っているんだろう? というか、どのあたりから情報を得ているんだ? 結構な情報網だな。


「もう一つカードを切っておくか。さっきも言ったが我が商会は人界中にコネがある。つまり、情報操作なんて簡単にできる」


「情報操作?」


「魔族が人界に攻め込んで来た、と吹聴することもできる、ということだ。実際に被害がなくても、な」


 なるほど、それは困るな。私が懸命に魔族のイメージアップを図っているのにそんなことをされたら大問題だ。


「それも問題ありません」


 また、メノウに視線が集中する。私が悩んでいるのにメノウは全く悩んでないな。強気すぎないか?


「フェル様に関わっていない方は、そもそも魔族に対して良い感情はありません。元々魔族とはそういうものだと教えられていますので、これ以上評判が悪くなってもたいして変わりませんね」


 いや、困るんだけど。今後のイメージアップが難しくなる。難易度を上げないでもらいたい。


「関わっていない者はそうだろうが、関わった者の評判は悪くなると思うがね? こちらの調査では魔族、というよりもフェルという個人の評判がはかなりいい。だが、それは人族を騙すポーズだったと言えば評判は覆る」


「フェル様に関わっておいて評判が悪くなるなんてありえません」


「なんで?」


 なぜか私が聞いてしまった。そもそもメノウが自信満々に言うのがおかしいのだが。私よりも私のことを分かってますって顔がちょっと怖い。そこはかとなくセラと同種の匂いがする。


「それは言わぬが花」


「いや、言えよ」


「仕方ありません。簡単に言えば、フェル様の行動に心を打たれる者が多いのです。どこ、とは申しませんが、とある町に関しては、全面的にフェル様を支持されるでしょう。例え、ヴィロー商会からの言葉であろうと信じる者はおりません。他にもフェル様に恩のある方に関しては同じことが言えます」


 メノウはそう言い切った後に、目を瞑り、ちょっと得意げな顔になった。


 ラスナがぽかんとしている。そして私も。一瞬、何も考えられなくなった。


 ただの憶測じゃないか。なんであんな自信満々に「問題ありません」と言ったんだ?


 とある町とはメーデイアのことだろう。確かにあそこでは頑張った気はする。どちらかと言えば、私よりもリエルが頑張ったんだと思うけど。


「なかなか面白いメイドを雇っているようだ。だが、貴方との商談には邪魔だな」


 ラスナが背後のメイド達の方へ顔を向けた。


「あのメイドを排除しろ」


 メノウは私のメイドじゃないけど、他人のメイドって排除していいのか? 魔界にある本に書かれていたメイドと全然違うんだが。


 ラスナに指示されたメイドはなぜか微動だにしない。やっぱり排除してはダメなんだろう。本に間違いはなかった。


 だが、ラスナは不思議そうにしている。


「どうした? 命令は聞こえただろう?」


 メイドは少し笑いながら「お戯れを」と言った。


「な、なに?」


「私達ごときでは、その方を排除することはできません」


「何を言っている。お前達はアマリリスの魔道メイドと戦闘メイドだろう。相手は見たところ一般メイドだ。一般メイドなどランクが低いと相場が決まっている。なぜ排除できない?」


 アマリリス? メイドギルドのランクの事か?


「メイド服を良くご覧ください。その方はメイドの最高峰、ファレノプシスですので、私達に排除することは不可能でございます」


「ファ、ファレノプシスだと!」


 その、いまいち、すごさが分からないんだけど。驚き方からするとすごいのかな。


「い、いや、だが、そのメイドは一般メイドだろう! 戦闘でも魔道でも暗殺でもない! 戦闘力を持たないメイドのはずだ! お前達が負ける理由はないだろうが!」


 いま、聞き捨てならない種類のメイドが聞こえたんだけど。


「ご存じないのかもしれませんが、一般メイドとは全てをそつなくこなせるメイドのことでございます。我々のように一点特化して他の技能を犠牲にするようなメイドではなく、全ての技能を持つメイドなのです。それは戦闘でも魔道でも暗殺でもこなせるという意味になります。だからこそ、普通の一般メイドは低ランクしかおりません。ですので、その状態で最高ランクに上り詰めることなど、ほぼ不可能でございます」


 メノウは不可能を可能にしているようだ。昨日言っていたことは本当だったな。この村には異常な奴が集まってくる。


「歴史の浅いメイドギルドではありますが、一般メイドでファレノプシスに至るなど、過去に三例しかございません。そしてそのメイド達は誰もが一騎当千だったと聞いております。どうしても、とおっしゃるのであれば排除を試みますが……いかがいたしますか?」


 メイドに一騎当千というのはおかしいよな? 誰かおかしいと言ってほしいんだけど。メノウの方を見ても微笑んでいるだけで何もしていない。確かに隙がない感じはするが一騎当千?


 ラスナはまたこめかみに血管を浮かせている。血圧が上がるぞ。


「……分かった。そのメイドの排除は必要ない」


 どうやら怒りを抑え込んだようだ。感情のコントロールは上手い方なのだろうか。


「メイドの言葉ではなく、念のため本人にも確認しておくが、どうだね? 我が商会がこの村への流通を止め、さらに魔族に悪いイメージを植え付ける工作をしよう。それでもエルフとの取引の権利を売らんかね?」


 そういうのって秘密裏にやるんじゃないのか? 本人の前で言っていいのだろうか。


 何かおかしいな。もっとうまいやり方があると思う。こんなことをするぞ、と脅しをかけるのではなく、実際にやって、私が泣きつくのを待つという手もあるはずだ。


 もしかしてブラフか? 実際にそんなことはできない?


「確認したいのだが、お前、本当にヴィロー商会の奴なのか?」


「今頃になってそんな疑問か? まあいい。ちょっと待て」


 ラスナはギルドカードを取り出すと、それに魔力を通した。ギルドカードが青白く光る。本人の物ということは証明されたようだ。


 そしてそのカードをテーブルの上に置いた。


「確認するといい」


 ギルドカードには色々と情報が書かれているが、「ヴィロー商会」と書かれているのが確認できた。だが、気になるものも確認した。「副会長」と書かれている。


 良くは知らないが、会長とか頭取というのがトップだと思う。副会長ということはナンバーツーということか?


 なら、会長はこの取引を知らないという可能性はあるかもしれない。


「会長とやらはこの件を知っているのか?」


「当然知っている。そもそも会長から頼まれた仕事だ」


 ラスナの顔に変化はない。ラスナの独断でやっているわけでもないのか。だが、この取引において、ラスナが商会の権限がどこまで使えるのかは分からないな。ラスナが言っていた脅しが商会としてできない可能性がありそう。


 魔眼を使って確認する方法もあるが、かなり深くまで見ないと分からないだろう。変に情報を見て昏睡状態になるのは困る。


 仕方ない、全て憶測でしかないができない方に賭けよう。


「どうしたのかね? まだ確認したい事でも?」


「いや、もういい。やはりエルフとの取引を譲るつもりはない」


 ラスナはカップに残っていたお茶をゆっくりと飲みほした。


「そうかね」


 随分とあっさりしているな。諦めたのか?


「なら最後のカードを切ろう」


 まだなにかあるのか。でも、何をする気だろう?


「勇者をこの村へ呼ぶが構わないかね? 当然、商会は女神教にもコネがあってな、四賢の勇者を呼ぶぐらいできる。例え魔族でもタダでは済まんだろうな。無粋ではあるが力に頼ることにしよう」


 一番使えないカードを切りやがった。

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