ヴィロー商会

 

 ヴァイアの後に村長が食堂へ入って来た。


「フェルさん、ヴァイア君から聞いたかもしれませんが、商人の方がフェルさんにお会いしたいと言っているのですが」


「わざわざすまないな。確認したいのだが、どんな理由だ?」


「エルフ絡みですね。どこで知ったかは知りませんが、エルフと取引している魔族、という指定でしたから」


 面倒なことになったな。そもそもミトル達と取引しているのは個人的なものだ。リンゴが欲しいからエルフが欲しい物を買ってきているだけなんだが。取引といえば取引なんだが商売目的じゃない。


 会わないとも言えるが、それはそれで村に迷惑をかけそうだな。


 それに気になる。この人数はなんだ? 村を包囲するような感じだ。魔族に対する警戒か、それとも脅しか?


「村長、いま来ている商人は、いつもこの村に来る商人なのか?」


「いえ、初めて来た商人ですね。知った顔はおりません。ただ、商会は知ってはいます。商会紋章を見た限りでは、ヴィロー商会ですね」


「ヴィロー商会って言ったら、ものすごく大きな商会だよ! 確か商会のトップは商人ギルドのトリオンランクだとか!」


 ディアが興奮しながらそんな説明をしてくれた。ヴァイアも頷いているから間違いはないのだろう。


 そんな大きな商会とやらが来るとは、本当に面倒くさいな。


「分かった。とりあえず会おう」


 どういう理由で三百人も来ているかも知りたいしな。


「いつまで待たせるのかね? 時間とはお金に替えられないぐらい貴重なものなのだぞ?」


 恰幅のいい人族の男が外から入って来た。これが私に会いに来た商人なのだろうか。なんだか横柄な感じだな。


「こちらがエルフの皆さんと取引している魔族のフェルさんです。ちょうどお会いする許可をいただいたところです」


「おお、そうかね」


 入り口からずかずかとこちらのテーブルに近づき、何も言わず私の正面に座った。一緒に入って来た二人のメイドがその背後に立つ。このメイドもメイドギルドの所属なのだろうか。


「ああ、君たち、私はこちらの魔族と商談があるのでね、ちょっと席を外してくれたまえ」


 村長とディア、そしてヴァイアにそう言って、手で追い払うような仕草をした。いちいち癇にさわる奴だな。


 三人はテーブルを離れて遠くの席に移った。なぜかメノウは私の後ろに立って、メイドっぽくしている。


「ヴィロー商会に所属しているラスナだ」


 自己紹介か。こちらも返しておくべきだろう。


「魔族のフェルだ。私に会いたいとのことだが、何の用だ?」


「これは話が早くていい。貴方がやっているエルフとの取引だが、ヴィロー商会で取り仕切りたい」


「断る」


 ラスナは一瞬だけ驚いた感じになったが、笑いを堪えるように目を瞑った。


「くっくっく、これは失礼した。私は商人なので笑いのセンスがなくてね、冗談だと理解するまでに時間が掛かってしまったよ」


「笑う必要はない。冗談じゃないからな。エルフとの取引をお前の商会に任せるつもりはない」


 今度は真面目な顔で私を見つめている。そして何かに気付いたような顔をした。


「ああ、貴方は魔族だったな。これはうっかりしていた。我がヴィロー商会は人界でも三本の指に入る商会だ。当然、タダでという話ではない。十分な報酬を出そう――おい」


 ラスナが後ろにいるメイドに顔を向けると、メイドは一度頷いてから布の袋を取り出した。それをテーブルに置く。


 メイドは「大金貨百枚です」と言ってから、元の位置に戻った。


「どうだね? 贅沢をしなければ遊んで暮らせるくらいの値段だ。これくらいは簡単に出せる商会だと思ってくれたまえ」


 大金だな。だが、リンゴより価値はない。


「何度言われても答えは変わらん。帰りの出口はあっちだぞ」


「交渉事を弁えているようだな。分かった。もう二つ出そう」


 またメイドが布の袋を出す。二つ出して計三つだ。大金貨が三百枚ということか。奮発しているとは思う。魔界のためにお金が必要でもある。だが、信用できそうにない奴に何かを譲ることなんてあるわけない。それにリンゴが手に入らなくなったら困る。


「金額を吊り上げるために断っているんじゃない。そもそもエルフと取引しているのはリンゴを貰うためだ。商売のためじゃないからいくら金を積んでも無駄だぞ。それにお前は勘違いをしている」


「ほう? 勘違い? それはどんな勘違いだ?」


「エルフと取引できるのは個人的な信用だ。私がお前に取引の権利を売ったところでエルフが商会と取引してくれるとは思えない」


「そこは貴方の口添えがあればいいだろう?」


「それは無理だな」


「なぜ? 理由を聞かせてもらおうか?」


「お前のことが信用できん。だから私がエルフに口添えすることはない」


 はっきりいって横柄な態度が気にいらないし、うさんくさい。


「信用? 金以外の信用なんてあってないようなものだろう? 金は裏切ったりしない。下手な相手よりも信用できる」


「お前がそういう信念を持っているならそれでもいいが、私は違う、ということだ」


 そもそも魔界にお金というシステムがない。お金があれば色々買えるのだろう。人界で生きるなら重要だとは思うが、魔界で重要なのは強さだ。重要視するものの価値観が違う。


 そんなことを考えていたら、外から村の皆が入って来た。


「今日も畑仕事はダメだな。よし、酒飲むか――おっと、なにか話し中か、フェル?」


「ああ、すまないな。そろそろ終わりだから気にしなくていいぞ」


「そうか。おーい、ヤトちゃん、昼食五人前ね! あと、酒も五人分!」


 昼間から飲むな。


「どうやら金の価値を知らないようだな。ちょうどいい。面白いもの見せてやる。金の信用、いや力か? まあ、そういった類のものだ。それを見れば貴方の考えも変わるだろう。おい、そこのお前」


 ラスナが注文していた奴を呼んだ。


「あん? 俺かい?」


「そうだ。お前はこの村の住人だな? 村に土地や家を持っているか?」


「まあな、この村の開拓を手伝った時に村長から土地を貰ったぜ。家は皆で作ったもんだが、まあ、俺の物だな」


 ラスナはテーブルにあった袋を一つ持ち上げた。


「ここに大金貨百枚ある。お前の土地と家を売ってくれ」


「大金貨百枚?」


 もしかして、これでお金の力を見せようというのだろうか。


「おい、聞いたかよ! 俺の土地と家が大金貨百枚だってよ!」


 一緒に来ていた仕事仲間にそう言うと、テーブルでは一瞬止まった感じになった後、大笑いになった。


「どうだね? 金の力とはすばらしいだろう? 金があれば大抵のものが買える。買えないものもあるだろうが、そんなものは些細なものだ」


 これはすぐに売ってしまうかもしれないな。だが、それは仕方ない。ちょっと寂しい気はするが、人族にとってお金は大事だろう。でも、それで金に力や信用があるとは思わないけどな。


 向こうのテーブルから声が聞こえてきた。随分盛り上がってる。


「やっす!」

「なんだ? 弱みでも握られてんのかよ?」

「俺ならその百倍貰っても売らないけどな」

「猫耳じゃないから、桁か硬貨を聞き間違えたんだろ」


 なにか思っていたことと違う方向で笑っている感じだ。私の記憶が正しいなら大金貨百枚は大金だと思うんだけど。女神教を潰せるぐらいのお金のはず。


 ラスナの方を見ると、呆然とした感じになってる。


「まあ、そういうわけだ。わりぃがそんなはした金じゃ、土地も家も売れねぇな」


「は、はした金だと! お前が一生働いても得られないほどの金だぞ!」


「計算はできねぇが、そうなんだろうな。でも、いま、この村に家と土地を手放して出ていく奴なんかいねぇよ。ここ以上に面白れぇ村は人界中探してもねぇんだからな」


 そう言った後、チラリと私の方を見てニヤリと笑った。


「この村はこれからもっと面白くなると思うぜ? 幸運なことに、それを身近で見られる特等席の権利を偶然にも手に入れたんだ。それを手放す奴は馬鹿だな。学はねぇが、それくらいは俺にでも分かる。まあ、縁がなかったと思ってあきらめてくれよ」


 去り際に私の肩を一度だけポンと叩いてから離れていった。そして向こうのテーブルで楽しそうに乾杯している。今日ぐらいは昼から酒を飲んでもいい気がする。むしろおごってやってもいい。


 ラスナはこめかみに血管を浮かばせて小刻みに震えているようだ。よし、追い打ちをかけよう。


「すまないな。考えは変わらなかった。それに私もセンスがなくてな。どこが面白いのか分からなかった。説明してもらえるか?」


 取り付く島もない感じの部分は最高に面白かったけど、そこじゃないよな。


 ラスナに睨まれた。だが、怖くもなんともないな。


「できるだけ穏便にすませたかったのだがな」


 いまのいままで怒っていた感じだったのに、すぐに落ち着いたようだ。


「なんだ? 村の周囲にいる三百人で脅しをかけるつもりか?」


「ほう? 村の周囲に冒険者を潜ませているのは分かっていたのか。そうだな、武力を使うのは商人として最悪の手だし無粋ではあるが、そういう手段も取れる」


 そういう手段も取れる、ということは他の手段も取れるということか。


「だが、それは最終手段だ。商人としてはまず交渉だ。持っている手札を一つ切ろう」


 何を仕掛けてくる気かな。正直、どんな手で来られても平気な気がするけど。


「ここの村を通る商人たちはすべてヴィロー商会の傘下に入った。つまり、この村の流通を全て止めることができる。資料で読んだだけだが、ここは畑で食べ物を作っているそうだな。だが、塩や砂糖はどうだ? それが買えなくなるとしたら村にとっては大打撃だろう?」


「村の住人が他の町へ買いに行けばいいんじゃないか?」


「本当にヴィロー商会の大きさを知らんのだな。我々が、村の住人に売らない、と言えば、例え商会の傘下でなくとも従うものだ。我々に睨まれたら商人としてやっていけないからな。どうだ? エルフと取引する権利を渡し、口添えしてくれれば、そういう事にはならないぞ。逆に権利を渡さないなら、貴方は村の厄介者ということだ」


 交渉じゃなくて脅迫じゃないか。さて、どうしたものかな。

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