商人到着

 

「フェルさん、おはようございます」


「ニャ! フェル様、おはようございますニャ!」


 朝、二階の部屋から食堂に下りてくるとメノウとヤトに挨拶された。それはいいのだが、なんでヤトは悔しそうなのだろうか。


「二人ともおはよう。ヤト、朝からどうした?」


「ウェイトレスとしてメイドに負ける訳にはいかんのですニャ! メノウ! 先にフェル様へ挨拶したからって、勝ったと思わん事ニャ!」


 アホなことをしているのは分かった。だが、そもそも畑が違うような気がする。どうなったら勝ちなんだ? 挨拶の順番なのか?


「主人の行動に対してあらゆる対策を講じる、それがメイド。ウェイトレスには負けません」


「私がいないところで勝負しろ。あと、ヤト、朝食を頼む」


「分かりましたニャ!」


 ヤトがメノウに「ふふん」という顔をしてから厨房へ向かった。


「フェルさん! 何でヤトさんに朝食を頼むんですか! ここはメイドの私に頼むべきでしょう!」


「ここが食堂でアイツがウェイトレスなんだから、間違ってないだろ。というか、メノウは私のメイドじゃないんだからそういう事はしなくていい。そもそも、営業妨害じゃないのか?」


「実は私もこの宿で働くことになりました」


 なんでそんなことになっているのだろうか。


「メイドギルドの支部ができるまでの期間ですけどね。一応、しばらく困らない程度の生活費はあるのですが、支部がどれくらいで建てられるのか分からないので、今のうちからお金を稼いでおこうかと思いまして」


「メイド服でか?」


「一応、メイドギルドから派遣されている、という形ですので。それに店主のロンさんがむしろそれで働いてくれ、と」


「時給は?」


「住み込みで大銅貨十枚ですね」


 ヤトと同じ。つまり私のときよりも時給が高いわけだ。


「あの、フェルさん、どこへ行かれるのですか? もう朝食が来ますよ?」


「ちょっとロンに話があるんだが、アイツはどこだ?」


 猫耳とか尻尾とか語尾が普通でも高いじゃないか。問い詰めてやる。


「お待ちどうさまですニャ!」


 ロンを探しに行こうと思ったら朝食が来てしまった。ロンは命拾いしたな。朝食があるのに放っておくわけにはいかない。早めに食べよう。


 今日はシンプルにパンと目玉焼き、そしてサラダだ。スープも欲しいところだけど我慢しよう。


「フェル様、目玉焼きにコショウをどうぞニャ」


「いえ、こちらのショーユですよね?」


 二人がそれぞれ目玉焼きにかける調味料渡してきた。コイツ等は何もわかってない。


「私はトマトソース派だ。黄身と白身に赤のトマトソースが映えるんだろうが。というか、朝っぱらから疲れるからそういう事はしないでくれ」


 二人を追い払ってからゆっくり朝食を食べた。


 相変わらずの美味しさに満足だ。二人が掃除をしながらチラチラとこっちを見ているのがちょっとイラっとしたけど。なにか用事を察して飛びつく機会をうかがっているのだろう。どこの狩人だ。


 これはどこかへ行った方がいいな。でも、昨日程じゃないが今日も雨が降っている。あまり外を出歩きたくない。


 なら答えは一つだ。部屋で本でも読もう。今日は特に予定もないし、商人が来るって話だから極力会わないように引きこもればいい。


「フェルさん、どちらへ行かれるのですか?」


「部屋に戻る。今日は特に予定がないからな。本を読むつもりだ」


「分かりました。部屋までお供します」


「いや、掃除しろよ。ヤトもついて来ようとするな。普段、そんな事したことないだろ」


 不満そうな二人を置いて階段をのぼった。さあ、何の本を読むかな。




 なるほど。見てはいけないと言われたら、我慢するべきなんだな。でも、部屋から出てくるたびにやつれていったら心配するに決まってる。それに恩が重すぎる。命削ってまで恩を返そうとするなよ。


 あれ? よく考えたら、私も魔王様に対してそんな感じか? もしかして重い女とか思われてる?


 いや、大丈夫だ。恩を押し付けたりしてない……と思う。


 どちらかと言えば、重いのはメノウだ。なんかこう、たまにメノウの目が怖い。メイドって、主人のためなら死ねます、とか普通思わないよな? たまにメノウの目からはそういう雰囲気を感じる。そもそも私は主人でもないのに。


 あれも一種の洗脳だと思う。メイドギルドって大丈夫なのかな。女神教と同じ匂いがする。


 本を読んでいたらあっという間に昼になった。食堂へ行こう。


 食堂へ来ると、ディアが一人でテーブルに座っていた。私に気付くと手を振ってきた。


「ディアだけか? 珍しくはないが、ヴァイアはともかくリエルもいないのか」


 ヴァイアは自炊できるタイプだからな。拉致しない限りはあまり来ない気がする。だが、リエルは別だ。アイツは私と一緒で料理はできない。


「ヴァイアちゃんは料理の勉強だって。ノストさんに美味しいって言ってもらう料理のレパートリーを増やすみたいだよ」


「相変わらずだな。リエルは?」


「さっき来て、お弁当を買ってったよ。教会で司祭様と食べるみたい。結構問い合わせが多いから今日は忙しいんだって」


 珍しく仕事らしいことをしているのか。でも、教会で飲食していいのか?


 問い合わせが多いということは、女神教への不満を持っている同志が多いという事かな。まさかとは思うが、大金貨百枚の資金繰りをしていたりするのだろうか。


 大金貨百枚で女神教を潰してやると、ノリで言ってしまった部分もあるけど、いまさらやらないとは言えないよな。


 一応、魔王様に人族を殺さなければ問題ない、というような許可を頂いているけど、女神教を倒す大義名分がないとやりづらい。


 そうだ、忘れていた。よく考えたら女神教は女神を信仰しているんじゃないか。女神は管理者だ。魔王様も一度は女神に会いに行くだろう。そのとき、もう女神はいないとか因縁つけて女神教を潰せばいいような気がする。完璧だ。


「随分考えて込んでるけど、どうしたの? リエルちゃんだって仕事くらいするよ? 多分だけど」


「ちょっと色々考えてた。ところでディアの仕事は終わったのか? 資料を作っていたんだろ?」


「ふふ、聞いて驚いて! ちゃんと終わったよ! 今日はもう休みだ!」


「まだ昼だけどな。でも、そうか。それなら明日は晴れだな。雨の日も悪くないが続いてもらいたくはないからな」


「それはどういう意味かな?」


 親友だから意味は言わないでおこう。争いの火種になりかねないし。


「お二人とも昼食ですか? ご一緒していいですか?」


 メイド服のメノウがやってきた。こう見ると立ち振る舞いが優雅な気がする。


「ウェイトレスの仕事はいいのか? 仕事中だろ?」


「ヤトさんが先に食事を食べてほしいとおっしゃったので、お言葉に甘えてます」


 今日も雨だしお昼は込みそうな気がするけど、大丈夫なのだろうか。


「なに? メノウちゃん、ここで働いているの?」


「はい、今日から働いています」


「ヤトちゃんと同じように冒険者登録しようよ! そしてうちの支部の専属になって!」


 また、勧誘している。結構毒牙にかかっている冒険者が多いんだけど。私も含めて。


「私はメイドギルド所属なので無理ですね」


「あ、そうだったね……あれ? もしかしてライバル関係になるのかな? 商売敵?」


「いや、商売もなにも冒険者ギルドに仕事がないだろ。零から減ることはないから安心しろ」


「それもそうだね!」


 納得するのか。まあいい、とりあえず食事だ。




「メノウちゃんのファンは、メノウちゃんが冒険者じゃなくてメイドでも問題なかったの? ドワーフの村でファンの人達と会ったんだよね?」


「はい、私って冒険者というよりはゴスロリ服とメイクで売れた感じなので、そこはあまりこだわりがなかったみたいです。ただ、今度、ゴスロリメイド服にしてください、と言われましたけど」


 食後にディアとメノウがアイドルの話を始めた。


 私にはよく分からないが、アイドルというのは宗教だと思う。ドワーフの村で見たファンはどう考えてもメノウを信仰している。人を滅ぼそうとするかもしれない管理者を信仰するよりも健全だとは思うが。


 そういえば、昨日セラからもう一人の人気アイドルのことを聞いたな。セラの助言通り、メノウにも聞いておくか。襲われた時の対処をしたいからな。


「メノウと同じぐらいの人気があるアイドルってウェンディって奴でいいのか――近い近い。もうちょっと離れてくれ」


「フェルさんはあの人のファンなんですか!」


「違う違う。会ったことも無いし、お前のファンだと言っただろう――あ、うん、ヤトのファンでもあるから、影移動で背後から出てくるな」


 私がファンでなくてもいいと思うんだが、二人とも面倒くさいな。


「単純に、そいつがアダマンタイトだと言うから気になっただけだ。命を狙われているからな。知っているなら教えてくれないか?」


 メノウとディアから情報を聞いたが、セラに聞いた話と変わらなかった。


 結局、闇の精霊を使う魔法剣士という情報だけか。


 村に来るとは思わないが、念のため、従魔達に森を見張らせようかな。近くまで来たらダンジョンに籠るとかすれば戦いは避けられる気がする。


「ソイツはどんな容姿なんだ? 特徴でもいいんだが」


 はて、なんで二人とも黙るのだろう?


「聞こえなかったか? どんな容姿か、と聞いたんだが?」


「ええと、ウェンディというアイドルはアレです」


「アレってなんだ?」


「えっと、その、特徴的には露出が激しいと言いますか、なんと言いますか」


 露出が激しい?


「いつもビキニアーマーっていう種類の鎧を身につけているんだよ。表面積は少ないけど、保護魔法が付与されていて、へたな鎧よりもダメージを受けないんだって。それを愛用しているって聞いたことがあるよ。それを装備できるのは、羞恥耐性スキルをもってるからって噂」


「それとほとんどしゃべらないんです。声を聴いた人はいないんじゃないかって言われてます。でも美形な上に強いですから、露出と相まってものすごい人気です。九割以上は男性ファンらしいですね」


 そんな奴と戦いたくないな。絶対に逃げよう。


 ん? なんだ? 探索魔法にかなりの人数が引っかかった。三百人近いか?


 ヤトも気付いたようだ。外の方を気にしている。


「あの、フェルさんもヤトさんもどうされました?」


「いや、村の近くに三百人近い人がいる。もしかして商人か?」


「ええ? いままでそんな規模で商人が来たことはないよ? まさか、またどこかの傭兵団?」


 可能性はありそうだな。ジョゼフィーヌ達に念話を送っておくか。


 そう思ったと同時に、ヴァイアが食堂へ駈け込んで来た。


「フェ、フェルちゃん! 商人さん達が大勢で来たみたい! いま、村長さんが話しているんだけど、魔族と話がしたいって言ってるよ!」


 ご指名か。面倒な事になりそうだ。

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