素晴らしい人材

 

「いい、フェルちゃん。仕立て屋にはね、自分の作った服を着ていない人を見たら、ひん剥いていい法律があるの」


「私のこと馬鹿にしてんのか? 人族に疎くたってそんな法律がないことぐらい知ってる」


「それぐらいの気持ちだってことだよ!」


 いや、気持ちを法律にするなよ。なんで真面目な顔をしてすぐばれる嘘をつくかな。


 まあ、そんなことはどうでもいいか。どうにかしてディアを落ち着かせないと。これから食事だと言うのに面倒事はごめんだ。


 しかし、この面倒事もメノウが来てからだ。もしかして、こういう日が続くのだろうか。魔王様との勉強はともかく、村で色々あった上に、セラとも話をしなくてはならないと思うと心に安息が訪れない。しばらくゆっくりしたいんだけどな。


「ディアさん、お待ちください」


 メノウがディアに話しかけている。火に油を注ぐようなマネはしないでほしいのだが。


「このゴスロリ服は私が勝手に作った物です。フェルさんからの依頼ではありません」


 やっぱり勝手に作ったのか。


「実はスザンナちゃんへのお礼で服を作ってやってくれ、とフェルさんが言いましたので、それに便乗して作っただけなんです」


 ディアが疑いの目で私とメノウを見ている。


 メノウはそんなディアに微笑んだ。


「ディアさんならおわかりでしょう? フェルさんがこういう服を注文する訳ないですよ。だから落ち着いてください」


「フェルちゃん、本当?」


「当たり前だ。私がゴスロリ服を注文するわけないだろ」


 ヒラヒラすぎる。そういう服は戦いに向かない。


「でも、以前、ウェイトレスの服を着てたよね? 系統としては同じでしょ? それで可愛い服に目覚めたとか?」


「好きで着ていたと思ってんのか。仕事着だから着ていただけだ。というか、執事服にエプロンじゃダメって言ったのは、お前だろうが」


 あれは私の黒歴史というヤツだ。早く忘れたい。


「じゃあ、フェルちゃんが服を頼んだのは私だけ?」


 ディアがチラチラと伺うような視線で私を見ている。珍しいな。


「ああ、ディアだけだ」


 そういうとディアは笑顔になった。ノストの事を話すヴァイア並みに眩しい。


「フェルちゃん、信じてたよ!」


「さっきまで浮気だって騒いでた奴の名前を言ってみろ」


 この調子の良さがディアなんだが、自分が対象だとイラっとするな。


「騒いだのはごめんって。自分の服以外で最初から仕立てた服を作ったのはフェルちゃんが初めてだったんだよ。だから他の人にも服を頼んでいたって思ったら、頭に血がのぼっちゃった」


 最初に? いままでも色々と服を仕立てていた気がするけど。


「ウェイトレスの服とか、結婚式のときの服は違うのか?」


「あれは既製品のサイズを調整したり、アレンジしたりしただけ。最初から作ったのはフェルちゃんの服が初めてだよ。ニャントリオンブランドの第一号だね! アンリちゃんのマントは二号!」


 始めて作ったにしてはよくできてるけどな。ああ、自分の服以外に、と言っていたか。自分用には何着も作っていたんだろうな……いつも同じ服を着ている気がするけど。


 しかし、第一号か。そう聞くと悪い気はしない。お気に入りだし、大事にしよう。


「メノウちゃんもごめんね」


「いえいえ、気になさらないでください。では、この服はフェルさんにあげてもよろしいですか?」


「もちろん。タダのプレゼントだから問題なし!」


 どうやら、ディアは落ち着いたようだ。さっきからニコニコしているし、これで問題は解決だな。


 でも、ゴスロリ服は受け取らないとダメなのか。


「分かった。ありがたく貰っておく。そういえば、スザンナには渡したのか?」


「いえ、まだです。スザンナちゃんはここへ来ますか?」


「どうだろうな。アンリの家で食事をしているみたいだから来ないかもな」


 アンリとスザンナは最近よく一緒に行動しているから、今日もアンリの家にお泊りかもしれない。


「お待たせしましたニャ」


 そうこうしているにヤトが料理を運んできた。


 ヴァイアは来ていないが待っていても仕方ないので先に食べてしまおう。色々あってお腹がすいたし。


 ワイルドボアのステーキだな。いつ見ても美味しそうだ。今日もタレが違う気がする。同じ料理が多いが、タレで変化をつける演出がにくい。飽きさせない工夫を感じる。今日はダイコンおろしがタレに入っていると見た。


「う!」


 メノウから変な声が聞こえた。驚きの表情でステーキを見ている。


「メノウ? どうした?」


「い、いえ、あまりの美味しさにびっくりしてしまって。これはこの宿の方が作っているのですか?」


「ああ、ニアが作ってる」


 メノウがゆっくり息を吐いた。


「この村ってすごいですね」


 私もディアもリエルも首をかしげてしまった。メノウは何を言っているのだろう?


「すまん、メノウの言っていることがよく分からん。なにがすごいんだ?」


「色々です。この料理だってそうですし、ディアさんの裁縫技術もそうです。その上、治癒魔法が得意な聖女様もいるんですよ? どこにこんな素晴らしい人材がそろった村があるんですか」


 素晴らしい人材といわれて、ディアとリエルが喜んでいる。調子にのるからそういう事は言わないでほしい。


 だが、そう言われてみるとそうかもしれないな。普段が普段だけにすごさをよく分かってなかった。普通の人から見たら異常と言うほどの人材がこの村に揃っているのか。


「近くにいすぎて気づかなかったが、言われてみるとそうだな。何か異常な奴が集まる村なんだろう」


 三人に呆れた顔で見られた。なんだ?


「フェルちゃんがその筆頭だからね?」


「フェルに比べたら俺等なんか普通だよ、普通」


「フェルさん、もうすこし自分を理解してください」


 なんて失礼な奴らだ。私は強いだけで普通だ。私は料理も裁縫も治癒魔法もできない。強い、なんてよりもそっちの方がすごいに決まってる。


 まあいい、今は食事中だ。食べることに集中しないと。いつの間にか食べ終わっていた、とかになったら悲しすぎる。味わって食べよう。




 食事も終わってまったりし始めた。食後のリンゴジュースがいい感じだ。こう、幸せを感じる。


「普通、食後にリンゴジュースなんて出ないんですけどね……」


「エルフの森が近いからな」


「フェルちゃん? エルフの森が近くたっていままでリンゴジュースなんて出てなかったからね? 誰のおかげかよく考えて?」


 私のおかげかもしれないな。でも、それを言うなら魔王様のおかげだろう。


「魔王様のおかげだな。感謝しろよ?」


 三人にため息をつかれた。シンクロ率高いな。いや、その前に不敬だぞ。魔王様のことなのにため息つくな。


 リエルが「ところで」と言って、メノウの方を見た。


「メノウはメーデイアからここへ直接来たのか?」


「いえ、実はドワーフの村を経由してきました」


「へぇ? ドワーフのおっさんは元気だったか? 宿、潰れてねぇよな?」


 そこは私も気になる。


「元気でした。あと宿も健在です……ただ、私のファンぐらいしかお客はいませんでしたが」


「そういう売りで行くことになったか」


「そのようです。ルネさんのお願いで服を届けたら、食堂に飾りだしまして、その、全員が拝んでました」


 アイツ等、狂信者だからな。正直、関わりたくない。


「そして食事を振る舞ったら、泣いたり、気絶したり、大変でした。なにか食べてはいけない食材でもあったのかと……」


 大変というか、営業妨害レベルだと思うのだが……ああ、ファンしかいないからいいのか。


「ねえねえ、なんでドワーフの村にある宿がファンクラブの拠点になっているの?」


 そうか、ディアは経緯を知らないよな。


 メノウが説明すると言って、宿がメノウファンクラブの拠点になった経緯を教えた。そして、そうなったのは私のせいとも説明した。なぜだ。


「フェルちゃんは相変わらずだね」


「相変わらずってどういう意味だ?」


 ディアは微笑んだだけで答えてくれなかった。


「服を渡したときに、フェルさんのファンクラブカードができたと渡されたんです。名誉顧問というのは何ですか?」


「それは私が聞きたい。ファンクラブの奴等にカラオの事を説明して、これから向かうと言ったらそんな役職を貰った。返していいか?」


「いえ、それはそのままで。でも、そういうことだったんですね。宿に行ったとき、最初に弟の事を聞かれましたから」


「すまなかったな。個人的な情報だったかもしれないが、メノウのいいところを言ってみろと言われて、弟のために頑張ってるいい奴だと、説明した気がする」


 なんだ? メノウの顔が真っ赤になってる。息でも止めてるのか?


「たらし! たらしだよ! リエルちゃん!」


「天然だな。養殖にあれはできねぇ」


「お前等、何言ってんだ?」


 メノウは私に背中を向けて深呼吸している。大丈夫か?


 振り返ったメノウは普通の顔に戻っていた。どうやら落ち着いたようだ。


「ふう、フェルさんの攻撃力は高いですね。一撃で持っていかれるところでした。女性であることが惜しいです」


「メノウも何言ってんだ?」


 コイツ等、たまにおかしいよな。


「そうだ、カラオの奴はどうしたんだよ? 俺の治癒魔法に間違いはねぇと思うが大丈夫なんだよな?」


「はい、カラオもあれからは元気にしています。あ、フェルさん、すみません。カラオと一緒にお礼に来ると言ったのですが、私だけで来てしまいまして」


「いや、気にしてない。でも、いいのか一人にして。しばらくは一緒にいた方がいいんじゃないか?」


 メノウからため息が漏れた。ものすごく落ち込んでいる様子だ。


「どうした?」


「カラオが元気になってからというもの、ククリちゃんが毎日のように家に来て色々面倒を見てくれているので大丈夫です。その、あまりの仲睦まじさにちょっと近寄りがたいと言いますか」


 リエルから舌打ちが聞こえた。


「いえ、いいんですよ? 私が家を離れている間、ククリちゃんが面倒見てくれてましたし、感謝してもしきれませんから。それに二人ともいい子で、私の事を良く気遣ってくれるのです。どこへ行くのも一緒に行こう、と誘ってくれますし。実はここへも三人でこようとしてましたから」


 いい内容とは裏腹にメノウの顔が曇ってく。そしてメノウはテーブルに肘をついて、手を組み、そこに額を当てた後、目をつぶった。


「でも、お姉ちゃん、あの二人の空間に耐えられない……」


 ものすごく切実な言葉を吐いている。深いというか重いというか。


 リエルがそんなメノウの背中を軽くさすっている。聖女っぽい。


「そんなわけで二人は置いてきました。それに、この村にメイドギルド支部を作る話も出ていましたから、ちょうどいいかな、と思いまして」


「色々あるんだな」


「もう少し落ち着いたら二人でここへ来ると言ってましたから、お礼はそのときでお願いします」


 別に礼なんていらないけどな。魔族も信用できるということが伝わってくれれば十分だ。


 話も終わったので部屋に戻ろうとすると、ヴァイアがやってきた。


「ずいぶん遅かったな?」


「うん、ノストさんとの念話が長引いちゃってね!」


 そして流れるようにヴァイアのノスト話が始まった。脱力的な弱体効果が周囲にまき散らされる。


「ヴァイアさんもすごいですね。カラオとククリちゃんが二人掛かりで作るあの空間を一人で作れるんですか……」


「私も似たようなことができるけど、ヴァイアに止められてるんだ。まず、自分で実践してほしいんだが」


 二時間ぐらいで解放された。私のスキルより凶悪な気がする。

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