商人ギルド

 

 シャルロットがアビスから何かのトロフィーを渡されていた。それを掲げると、周囲から拍手が沸き起こる。


 トーナメントは終わった。優勝はシャルロット、準優勝はロス、三位はカブトムシだ。


 これにジョゼフィーヌが加わって四天王になる。境界の森でも四天王というのがあったから、新しい四天王ということだな。


 村の防衛戦力として頑張ってもらいたい。まあ、この村を襲う奴がいるとは思えないけど。


 さて、宴もたけなわ。一度解散ということになった。二次会は夕方頃から森の妖精亭でやるらしい。騒がしいかも知れないが、いつものテーブルでのんびりしていよう。セラに会いに行くのも夕食後だしな。




 いつものテーブルに座ると、アンリが私の膝に座り、スザンナが横にくっ付く。そしてディアとヴァイアとリエルが座って来た。いつも通りの布陣だ。


 テーブルには全員分のリンゴジュースがあり、真ん中にはジャガイモ揚げとトマトソースが置かれている。


 周囲では皆がトーナメントの話をしているようだ。そして男達はこんな時間から酒を飲みだした。今日はお祭りだからいいけど。


「これ、無料チケットだよ。三人分ね」


 ディアがチケットをテーブルに置く。そうか。シャルロットの優勝に賭けていたから当たったわけだ。一回分の無料券だが嬉しいな。アンリとスザンナも嬉しそうだ。


「お前達は当たったのか?」


 チケットを亜空間にしまいながら尋ねる。三人は首を横に振った。


 どうやら三人は外れだったようだ。普通の人族に魔物の強さってよく分からないよな。でも、失うものがない賭け事だから外れてもそんなに気にしてないみたいだ。


 リンゴジュースで乾杯をした後、リエルがテーブルにちょっとだけ身を乗り出して全員を見た。


「お前等ってしばらくどうするんだ? 予定あるのか?」


 今後の予定か。私はしばらく村に留まる感じかな。魔王様から色々教わる必要があるし、セラの面倒をみないと。セラの件はとても嫌だが。


「私はお店を開かないとダメかな。しばらく留守にしてたから村の皆も困っていると思うんだ。あまり売れないけど日用品は必要だからね」


「私はギルドの仕事だね。もうちょっとでギルド会議があるからその準備をしておかないと」


「アンリはお勉強。いつか逃げて見せる」


「私はユニークスキルの訓練をしようと思ってる」


 皆それぞれ予定があるんだな。


「フェルは何か予定があるのか?」


「セラの件があるからしばらくはどこへも行かず村に滞在するつもりだ。そういうリエルはなにかあるのか?」


「いや、特にねぇんだ。ただ、フェルのおかげで色々な町に行ったろ? そのおかげで俺に対する問い合わせが来てるみたいでな。爺さんとその対応をするぐらいだな」


 意外とやることはやるんだな。皆もしばらくはどこへも行かず村に留まる感じか。最近は忙しかったしちょうどいいな。ゆっくりしよう。


 ヴァイアが軽く手を叩いた。


「そうだ、商人さんがルハラから来るみたいだよ。連絡があったって村長さんが言ってたからそのうち来るんじゃないかな。広場で市場みたいのが開かれるから楽しいと思うよ?」


 商人か。商人ギルドが絡んでくるかもとか言われたけど、どうなんだろうな。


 でも以前から商人が来るとか言っていながら全然来なかったよな? 私が村にいない時に来たのかな?


「商人が来るなんて久しぶりだね。私も布とか糸とかあったら買おうかな?」


「久しぶりなのか?」


「そうだね。フェルちゃんが村に来てからは初めてなんじゃないかな?」


「今までもそのうち来るとか言ってたのに来てなかったよな?」


 私が村に来てから二ヶ月ぐらい経ってる。それまで一度も見かけてない。商人がここを通ると言うのは、数ヶ月単位の話なのかな。


「これも村長さんから聞いた話なんだけど、ルハラ帝国が境界の森に攻め込むらしいって情報が商人ギルドで広がっていたみたい。私は知らなかったけどね」


「なんでだ? ディーンが私を狙って襲うとか言ってんのか?」


 そんなことするなら返り討ちにしてやるぞ。敵対するなら容赦しない。


「ちがうよ。以前の皇帝だった時の話。そういう情報があったからルハラからオリン国へ行くのをためらっていたみたいだよ。巻き込まれたら大変だもんね。でも、ディーン君が皇帝になったでしょ。もう安全だってことになったみたいだね」


 そういうことか。戦略魔道具のこともあったし、その情報を知っていたら森を通ったりしないか。


 それに商人ギルドか。ヴァイアがそこのギルドに加入しているって言ったな。ちょっと聞いておこう。


「ヴァイア、商人ギルドってどんな感じなんだ?」


「どんな感じと言われても商売する人ならほとんどの人が加入しているギルドだよ。ロンおじさんも加入してるし、冒険者ギルドの次ぐらいに人が多いんじゃないかな。主な仕事は商品や情報の売買かな。情報を売ったり買ったりできるんだよ」


 加入している人族が結構多いのか。それなら色々な情報もギルドに入ってくるだろう。この村に商人が来るとユーリが言うようなことがあるかもしれないな。


「それに冒険者ギルドみたいにランクがあるよ。桁数がランクになっていて、私はテンかな」


 テン? 十のことか?


「一番上のランクはトリオンだよ。帝都や王都、それに聖都なんかで大きな店を出しているような人がなれるランクだね。三人しかいないけど」


「あー、聞いたことあるな。聖都で俺に面会した商人はトリオンランクだとか言ってた気がする。なんだか頭が切れそうな感じだったぜ」


「リエルちゃん凄いね。トリオンランクの人なんて王族でもなかなか会えないとか言われてるんだよ。国よりもお金を持っているとか言われてるし」


 急にディアがため息をついた。なんだいきなり。


「私にもそれぐらいの財力があれば服を作り放題なんだけどな」


「ディアちゃんには私がパトロンになってあげるから、服を作るだけ作って」


「ありがとう、スザンナちゃん!」


 ディアがスザンナに抱き着いた。スザンナが苦しそうだぞ。


「ディアも服で商売をするんだよな? なら冒険者ギルドを脱退して商人ギルドに加入するのか?」


「まあ、そうだね。でも私は冒険者ギルドの美人受付嬢だけど、冒険者ギルドには加入していないから脱退する必要はないよ。単に美人受付嬢を辞めるだけ。あ、そうなると、ただの美人になっちゃうね!」


 相変わらずだが、自分で自分を美人と言えるメンタルがすごい。


「美人かどうかはどうでもいいけど、そうか、受付嬢やっていても冒険者ギルドに加入しているわけじゃないのか」


「私としては美人の部分を大事にして欲しいんだけど?」


 放っておこう。それに話がそれた。気になるのは商人ギルドの奴が私に接触してくるかどうかだ。そういえばリエルが会ったことあるんだよな。どんな理由だったのだろう。


「リエルが会ったというトリオンランクの商人は、リエルに何の用だったんだ?」


「あん? 単に顔つなぎだろ? 何かあった時に助けてくれっていう感じだったな。でも、さっきからどうした? 商人ギルドに興味があるのか?」


「ダメだよフェルちゃん! うちのギルドの専属でしょ! 二年経ってないから冒険者ギルドを辞めたら違約金取るよ!」


「冒険者ギルドを辞めるという話じゃない。ユーリが、私に商人ギルドが接触してくるかも、と言っていたからちょっと聞きたかっただけだ」


「え? どうして?」


「ユーリが言うには私は金のなる木らしい。エルフと取引できるから目を付けられるって話だったかな。正直、面倒くさいから何かしら対策しておきたいんだが」


 ディアが「ああ、そういうこと」と言って、頷いた。


「あるね。エルフと取引しているなんてのはフェルちゃんだけだからね」


「いや、村の皆も取引しているだろう?」


「それはフェルちゃんがこの村にいるからだよ。フェルちゃんがいなかったら取引なんてしてくれないんじゃないかな?」


「なんだ、知っていたのか?」


「え? 何を?」


「だから、もし私が村から追い出されたらエルフは取引しないってことを知っているんじゃないのか?」


「あ、本当なんだ? 私は知らなかったけど、そんなことになりそうだとは思ってたよ」


 ヴァイアも頷いている。そういうものなのか?


 エルフだってヴァイアの魔道具と交換しているし、ニアの料理に感動しているから、私なんかいなくても大丈夫だと思ってたけど、皆の考えは違うのか。


 私が不思議そうな顔をしていたのだろう。ディアがやれやれと言う顔をした。


「エルフの人達が村と取引してくれるのはついでだよ、ついで。フェルちゃんがいないなら村にも来ないんじゃないかな? あ、もちろん、長く付き合えば別だよ? 五年十年付き合えば信頼してくれるかもしれないけど、今はフェルちゃんがいないと無理だね」


 そういうものか。私は世界樹を元に戻したから信頼されているのだろう。


 でも、それだと罪悪感があるな。世界樹の件は自作自演でしたなんて、死んでも言えん。まあ、当時のディーン達を追っ払ったんだし、戦略魔道具も何とかしたんだから、バレたらそれで相殺してもらおう。


「フェルちゃんが金のなる木か。確かにそうだよね」


 ヴァイアがコップのふちを指でなぞりながら、そんなことを言い出した。


「リンゴをジュースにして飲めるってこの村ぐらいだよ? 商人ギルドの人が見たら卒倒するんじゃないかな?」


「よく聞くんだがリンゴってそんなに価値があるのか? まあ、私個人としてはかなり価値があると思うが」


 全員からため息をつかれた。アンリやスザンナも。もしかして常識なのか?


「フェルちゃんは魔界にいたから知らないと思うけど、リンゴは盗品でしか出回らないと言われているんだよ。本来、エルフは人族と取引しないから、盗むしかなかったんだ。それにこの森、魔物達であふれていたから、盗むのも命懸けで、ものすごい値段がついているんだから」


 そう言えば、ディーンがリンゴを小金貨一枚で買おうとしていたな。それが妥当な値段なのかは分からないけど、たった十個で大金貨一枚か。なるほど、ものすごく金持ちになるな。売る気はないけど。


「リンゴって価値があるんだな。面倒だから商人が村にいる間はダンジョンに籠っていよう。さすがにダンジョンまでは来ないだろうからな」


 我ながらいい案だ。煩わしいことは逃げる。いちいち対応していたら身が持たない。


 商人から食糧を仕入れるという考えもあるんだが、良く知らない奴から買いたくないしな。お金はあるんだからこの村で食糧を買ってもいいんだ。ルハラで買ったっていいし、リーンでも問題ない。


 うん、特に商人に会う必要はないな。広場で買い物できないのはちょっと寂しいが仕方ない。


 さて、そろそろ夕食か。早速無料チケットを使って食べよう。


 食べ終わったらセラに会いに行かないとな……ゆっくり食べるか。

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