修行

 

 夕食を済ませ、畑へやって来た。


 皆は引き続き二次会をするようだ。食堂に小さいステージを作ってヤトが歌ったりしていた。そしてバックダンサーにディアとアンリがいて、さらにはスザンナも一緒に踊っていた。スザンナはニャントリオンに入るのだろうか。


 一曲だけその踊りを見てから抜け出した。あれはあれで楽しいが、セラに会うのは魔王様に頼まれていることだし、個人的にセラの事も気がかりだから後ろ髪を引かれる気持ちで宿を出てきた。


 外はかなり暗い。だが、そんな状況にもかかわらず、従魔達が畑で集まって何かを言い争っているようだ。今日はトーナメントで戦っていたのに元気だな。


「我はもう行くつもりだ。そこをどいてくれ」


「フェル様に何も言わずに行くつもりか?」


 大狼とジョゼフィーヌの声? 私の名前も出ていたが何の話をしているのだろう?


「お前達何をしているんだ?」


 声を掛けながら近づく。ほとんどの従魔が集まっているようだ。


 大狼は私の姿を確認すると、バツの悪そうな顔をして顔を横に向けた。


 そしてジョゼフィーヌは私に近寄ってくる。


「実はナガルが村を出て修行の旅に出ると言っています」


 修行の旅? 大狼が?


「フン、我は自身の実力を思い知った。だから強くなるために修行に行きたい。それをコイツ等が止めようとしているだけだ」


 なるほど。トーナメントの結果からすれば四天王になれなかった訳だしな。強さに関して思うところがあるんだろう。しかし、修行か。


「聞きたいのだが、修行に関して何か当てがあるのか? その、師匠がいるとか」


「師匠とは教えを乞う者のことか? 人族じゃないのだ、そんな者がいるわけなかろう」


 ものすごく呆れられた。いや、狼界隈のことは良く知らないから聞いたんだけど。


「なら、修行って何をするんだ?」


「強い魔物と戦うつもりだ。ああ、なるほど。安心しろ、人族やエルフ族などを襲うつもりはない。食うか食われるかの戦いだ。戦うのは魔物だけだと誓おう」


 そういう心配はしていないんだけどな。


「ダンジョンの中で修行するのはダメなのか? アビスに言えば強力な魔物を作ってくれる可能性があるぞ?」


「詳しくは知らんが、ダンジョンの中では我々が死なないように、セーフティというものが掛かっているらしい。命の危険のない場所では、それなりにしか強くならん」


 大狼は一度大きく息を吐いた。


「我はジョゼすら凌駕する強さを手に入れたいのだ」


 周囲がざわっとなる。その中でジョゼフィーヌだけは凶悪な笑みになった。


 そうか。私がセラを超えたいと思うように、大狼もジョゼフィーヌを超えたいと思うのか。


 なら、応援してやらないとな。


「分かった。私の許可が必要かどうかは知らんが、修行の旅に出ることを許す」


「……ありがたい」


「すぐに行くのか?」


「そうだな、決心が鈍らぬうちに行くつもりだ。それに出発は夜がいい。長く夜だけで生きていたからか、月があると気持ちが昂る。すぐにでも駆け出したい気持ちだ」


 そういえば、昼間はダンゴムシに操られていたっけな。ふと見ると、ダンゴムシが丸まって防御態勢を維持している。いまさら報復はされないだろ。


 すぐに行くなら、なにか餞別を……そうだ、参考になるか分からないが、修行の目指すところを教えておいてやろう。


「魔界に魔族でも手を出すなと言われている魔物が何体かいた。いや、いたかも、だな。大昔の文献にしか載っていないから実際にいたかどうかは分からん」


「何の話をしている?」


「まあ、聞け。その魔物の一体に狼の魔物がいる」


「ほう? それはなんという魔物だ?」


「魔狼フェンリル。全てを飲み込むと言われている狼だ。元々そういう魔物だった可能性もあるが、進化したその先に至れる魔物だとも本には書いてあった」


「魔狼フェンリル……進化の、その先か」


「お前が目指すならそこだ。その魔狼になる必要はないが、まだ伸びしろがあると思えば修行にも力が入るだろ? お前には強くなって帰ってくることを期待しているからな?」


「そうか、期待してくれるのか。情報に感謝しよう。では、行ってくる。我のわがままで迷惑を掛けて済まんな」


 大狼が従魔達の方を見て謙虚にも頭を下げた。従魔達はそんなことを気にしていないようだ。狼達は悲し気な声で鳴いているが。


「では、またいずれ会おう! ジョゼ、次に会う時はまた勝負してもらうぞ!」


 大狼は一度だけ大きく遠吠えをしてから、森の中に駆けて行った。暗いと言う事もあるが一瞬で見えなくなったな。


「さて、お前達。今日のトーナメントだが、村の皆は喜んでいた。ご苦労だったな。明日にでもニアに美味い料理を頼んでおくからしっかり食べてくれ」


 ちょっとしんみりとした雰囲気だったが、その言葉に少しだけ明るくなったようだ。お金はかかるけどそれで元気がでるなら安い物だ。


「フェル様、質問があるのですが」


「ジョゼフィーヌ? 質問? なんだ?」


「先程ナガルに言った話ですが、本当の事でしょうか?」


「フェンリルのことか? 魔界にある文献には確かにそう書いてあったぞ。ただ、古すぎて真偽はわからん。私としては大狼に可能性を示してやりたかったんだが、余計なことだったか?」


「いえ、そんなことはありません。ただ、話を聞いて思ったのです。私にも可能性がある、と」


 スライムの最終形態ということか。可能性はあるな。名前は忘れたが、確かに魔族でも恐れるスライムがいたということが文献に載っていた気がする。


「お前も修行の旅に出るとか言うなよ? 私の従魔なんだからこの村で魔物達を統率してくれ」


「はい、もちろんです。ただ、いつか強さを極めたいと思ったのです。それこそフェル様のように」


 私のように? 強さを極めるなら私程度じゃダメだな。


「私程度で満足なのか? 強さを極めたいのなら魔王様レベルでないと無理だぞ?」


 ジョゼフィーヌは不思議そうな顔で私を見ている。なんでそんな顔で私を見るんだろう?


「魔王様? ああ、なるほど、確かにその通りですね」


 よく分からないが納得がいったのだろうか。魔王様の事を話すと皆が不思議そうな顔をするな。ちょっと不敬だぞ。


 さて、思いのほか時間を取られた。はやく魔王様のところへ行こう。


「では、私はアビスへ行く。お前達も今日は大変だったろうから早めに休めよ」


 従魔達は畑で今日の事を話すらしいので、しばらくここに留まるようだ。


 よし、アビスに入ろう。




 アビスのエントランスに来ると、人型をしたアビスがいた。


「アビス、なんだよな?」


「……はい、アビスです」


 モニターに映ったアビスをみていたが、近くで見ると本当に人族だな。ボサボサの黒い髪に眠たそうな目、黒い上下の服に白衣を羽織っていて手はポケットに入れっぱなし。なんだろう、徹夜明けのドレアみたいだ。


「どういう経緯で人族になった?」


「……ここで作った魔物達と同じです。純度百パーセントの魔素集合体ですよ。服は別ですが。それを遠隔で操作しています」


 純度百パーセントの魔素集合体ってなんだ? 魔素でできていると言う事か?


「そうか。よく分からんが、分かった。ところで何で会話がワンテンポ遅れるんだ?」


「……遠隔操作の弊害ですね。瞬時に体を動かすことに重点を置いているので、会話シーケンスを犠牲にしてます」


「そうか。それも何を言っているのか分からんが、分かった。じゃあ、魔王様がいる部屋に転送してもらっていいか」


「……分かりました」


 一瞬で背景が変わる。




 白い空間に牢屋。魔王様とセラがいるのが見えた。


「魔王様、遅くなって申し訳ありません」


「いやいや、遅くないよ。ちゃんと来てくれたんだね。セラが絡んでいるから来ないかも知れないと思ってしまったよ」


「魔王様との約束を破ることなど致しません」


 何でもという訳じゃないが、魔王様の命令ならある程度は何でもやる。セラと話すぐらい問題ない。


「ああ、フェル、来てくれたのね。魔王君が酷いのよ。私に注射するし。ねえ、友達でしょ、ここから出して? そして戦いましょ? アハ! アハハハ!」


 もう帰りたい。仮病の方法を考えるべきか。


「セラ、狂った振りは止めたほうがいい。フェルがげんなりしているだろ? 友達じゃないと言われてしまうよ?」


 言うもなにも友達じゃないんですが。まさか魔王様も私がセラと友達とか思っているのだろうか。三日ぐらいかけて否定したい。


「だって、フェルって困った顔が可愛らしいんですもの。いじりがいあるって言うか」


「おう、コラ、牢屋から出て来い。ぶん殴ってやる」


「そうよ! 出して魔王君!」


「あはは、二人とも仲良くなって嬉しいよ」


 不敬ですが、心の中だけで言わせてもらいますと、節穴すぎます、魔王様。今のやり取りでどうして仲が良いように見えるのでしょうか。


 でも、魔王様はなんでセラと話をさせようとするのだろう? 正直なところ意味が分からない。魔界でセラと模擬戦をした時も意味が分からなかったけど。


 分からないが、魔王様にはなにか考えがあるのだろう。ならば話をするまで。


「セラ、とても嫌だが、魔王様のご命令だ。お前と話をしてやる」


「うれしいわ、何の話かしら?」


 昨日の夜、ガールズトークで仕入れた話だ。どれに食いつくのかは知らんが百もあればなんとかなるだろ。




「ピーマン無効のスキルは無いわね」


「なんとなくだが、知ってる」


「でも、千種類以上の料理を食べると『グルメマスター』っていう称号がついて、味覚調整というスキルが手に入るわよ。それならピーマンも美味しく食べられるかも」


「マジか。でも千種類か。ニアの料理ってそんなにあるか分からんな」


 むしろ私が欲しい称号だ。不味い料理が出た時の対策に欲しい。


「ニア? ああ、貴方が助けたあの女性ね。宿に滞在していた時に料理を食べたけど、あれは凄いわね」


「当たり前だ、不味いとか言ったらぶっ飛ばすぞ」


「ふふ、怖いわね。でも、料理レベル四という天才に会えるなんてフェルは運がいいわよ?」


 運がいい? 確かにそうだな。というかこの村があること自体、私は運がいいのだろう。魔族なのに村に来てからずっと良くしてもらっているからな。イラっとするときもあるけど。


「楽しかったわ、フェル」


 セラがちょっと眠そうにこちらを見ている。


「もういいのか?」


「ええ、薬が効いてきたみたい。もう眠いわ」


 セラは腰かけていたベッドに横になって毛布をかぶった。


「おやすみなさい、フェル。明日も待ってるわ」


「……ああ、おやすみ」


 なんだろう? コイツと就寝の挨拶をするとは思ってなかった。なんかこう、心がザワザワする。


「ありがとう、フェル。セラは心を落ち着けられたようだよ」


 魔王様が私のそばに寄り、小声でそうおっしゃった。セラの睡眠を邪魔しないように話していらっしゃるのだろう。なら私も小声で返さないと。


「これで良かったのでしょうか?」


「十分だよ。今の彼女には心の安定が必要なんだ。それにフェルとの会話が随分と楽しかったようだよ?」


 終始、笑顔だった気はする。他愛ない話だったが、そんなものでも楽しいのだろうか。正直なところ、私ではなく同じ人族の方がもっと楽しいと思うのだが。


「さて、フェル。君にシステムへ介入する方法を教えると言ったね? アビスに訓練用の部屋を作って貰ったからそっちへ転移するよ。そこで教えるからね」


「はい、よろしくお願いします」


 私のこれも修行だな。大狼も修行の旅に出て頑張っている。アイツには負けられん。頑張ろう。

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