三位決定戦と決勝戦

 

 モニターにはアビス内の名所案内が映っている。


 この場所はこういう魔物がいて危ないとか、ここは景色が綺麗だとか、正直どうでもいいような情報だと思う。それにこれをアピールしてどうだと言うのだろう?


 まあいいか。まずはアイスを食べよう。準決勝を見ていたらアイスがちょっと溶けてしまった。


 アイスを木製のスプーンですくいあげる。黒と白のコンストラクトが素晴らしい。


 意を決してゆっくりと口に入れた。


 甘い。最初にガツンと来た。アイスの甘さとチョコレートの甘さが重なり合って暴力的な甘さだ。これは食べ過ぎると体に悪そうな甘さだな。だが、スプーンが止まらない。すぐにもう一口が欲しくなる。


 気付いたら全部食べてた。ジャガイモ揚げと交互に食べるつもりがアイスだけで食べきってしまった。


 これは魔性だ。魔性の食べ物。鋼の心を持って我慢しないと。


「アンリ、これは食べ過ぎると良くないぞ? なんというか、ずっと食べていたいって気持ちになる。危険だ」


「うん、でも大丈夫。ニア姉ちゃんに聞いたら材料費も掛かるし、そんなにたくさん作れないから、こういうお祭りの時だけしか作らないみたい。絶望した」


「大丈夫じゃないだろうが。目が死んだ魚の目みたいになってるぞ」


 甘い物は他にもあるから、それで凌いでもらうしかないな。私としてはちょっと甘すぎるところがある。リンゴぐらいの甘さがちょうどいい。リンゴ最高。


「アンリはまだお子様。こういうのはたまに食べるから美味しい。いつも食べていたら飽きちゃう」


「うん、一理ある。ここは我慢する。忍耐スキルを覚える」


 食べたいものを我慢するだけで覚えられるようなスキルなのだろうか。


「あ、フェルちゃん、始まるみたいだよ?」


 スザンナがモニターを指すと、アビスと大狼とカブトムシが映っていた。


「……では、三位決定戦を始めます。なお、この戦いに勝利すると四天王の座が渡されます」


 そうか、決勝の二人はすでに四天王で、この戦いで四人目の四天王が決まるのか。あれだな。四天王の中でも最弱っていうやつ。


 でも、この戦い。カブトムシが不利だと思う。さっきの試合で体に雷を纏うというスキルを見せたけど、それだけじゃ大狼のスキルは破れないだろう。それに屋内じゃカブトムシの飛行能力も制限されるしな。


「青雷よ、我はこの戦いでユニークスキルは使わん」


 なんだ? 自分が不利になるようなことをしてどうするんだろう?


「理由を聞かせてもらっても? まさか私相手なら本気を出すまでもない、と?」


 青雷が怒っていると言うよりも、不思議そうに尋ねているな。


「違う。我はスキルに頼り過ぎているところがある。しばらくスキルを使わずに戦うつもりだ。決して本気をださないという意味ではない」


 アラクネには勝ち、ロスには負けたけど、スキルはほとんど破られていたからな。なにか思うところがあるのだろう。魔物達も強くなりたいと思っているんだろうな。


「わかった。なら私も空を飛ばない形で戦うことにする。あとで難癖をつけられたら困るからな」


「そんなことはしないが、好きにしろ。だが、そちらも後で文句を言うなよ」


 カブトムシの方は飛ばない、か。ひっくり返ったらどうするんだろう?


「……話は済みましたか? では三位決定戦の開始です」


 アビスが鐘を鳴らすと戦いが始まった。




 戦いはカブトムシが勝利した。


 大狼はスキルが使えないから力勝負になった。さすがにカブトムシには勝てなかったか。というかカブトムシの装甲が硬すぎる。噛み付きも爪もほとんど効いていなかった気がする。もしかしたら大狼がスキルを使ったとしても攻撃が通じなかった可能性が高いな。


 これで四天王はカブトムシだ。大狼も頑張ったんだがな。


「我は弱かったようだな……」


 こちら側では皆が拍手しているのだが、大狼はトボトボと歩いてコロシアムを後にした。あとで声を掛けてやろう。大狼だってまだまだ強くなれるんだから。


 だが、それは後だな。次の決勝が終わってからだ。


 モニターにアビスが映る。


「……では決勝戦を始めたいと思いますが、その前にインタビューをしてみましょう」


 今度はロスがモニターに映る。


「シャルロット殿は強敵だ。だが、負けるつもりはない」


 やる気十分だな。だが、シャルロットを倒せるだろうか? 物理攻撃をしても、体が飛び散る程度でダメージはない。スライムの核となる部分が露出したとしても魔力のある攻撃でないとダメージは無いと思う。


 次にシャルロットが映った。


「ロスさんは攻撃方法が多彩ですからね。まだ見ていない奥の手があるかもしれないので、注意して戦います」


 シャルロットは行儀よく話をしている。でも、シャルロットはなぁ。感情を爆発させないといいんだけど。


「フェル姉ちゃんはどっちが勝つと思う? やっぱりシャルちゃん?」


 アンリがこっちを見ている。スザンナも興味があるのかこっちを見つめているな。


「そうだな。ロスには悪いがシャルロットには勝てないと思う」


「どうして?」


「純粋に強い。シャルロットはパワータイプのスライムでな。力だけならジョゼフィーヌよりも強いと思うぞ。捕まったら抜け出せない」


 多分、私も抜け出せないだろう。そもそも、ジョゼフィーヌにもエリザベートにも捕まったら抜け出せないけど。


 ユニークスキルも持ってるけど、今回は使えないかな。まあ、使わなくてもロスより強いと思う。


「ならロスを応援する」


「私も」


「二人とも私と一緒にシャルロットに賭けたよな? いいのか?」


「うん、応援は不利な方をするのが醍醐味。頑張ってほしい」


 アンリの言葉にスザンナも頷いている。


「そうか。なら私はシャルロットを応援するか。どっちも私の従魔だが、付き合いが長いのはシャルロットだからな」


 それに食事の無料チケットがかかってる。頑張ってほしい。


「……では、決勝戦開始です」


 アビスが鐘をならした。


 ロスとシャルロットはお互いに動かないようだ。先に動いたら負ける、というのは無いと思うんだけど。


「……この試合の見どころはどこでしょうか?」


「はっきり言うとロスはシャルロットに勝てないと思います」


「……ずいぶんとはっきり言うのですね?」


「付き合いが長いですから。ただ――」


「……ただ?」


「ロスの力がいまだに未知数なのが見どころと言えるでしょう。ロスがどれだけの力を隠し持っているのか、そして力を持っていたらどのようにシャルロットを倒すのか、という部分を見るべきかと」


 そうだな。ロスはかなり強い。奥の手もありそう。あの超音波というのもユニークスキルではない。もしかしたら強力なユニークスキルを持っているのかも。


 でも、シャルロットもユニークスキルを持ってる。もし使えたらその場で試合が終わるほどの威力があるヤツを。


 そんなことを考えていたら、試合が動いた。


 シャルロットが右手の粘液を伸ばしてロスを攻撃した。


 ロスはそれを素早く躱し、シャルロットの方へ炎を吐く。


 なるほど。物理攻撃は効果が薄いが炎なら別だ。粘液が燃えたら核がむき出しになるからな。唯一の弱点を晒すわけにはいかないだろうから、シャルロットも躱す必要があるだろう。


 シャルロットは幼女の姿を止めて床に広がった。水たまりのようになって高速で移動し炎を躱す。


 ああやって地面を這い寄られるとやりづらいんだよな。セラなんかも地面スレスレを高速で移動するからやりにくい。


 ロスは周囲の地面に炎を吐いた。近づけさせない作戦なのかな。


 これは攻められないな、と思った瞬間にシャルロットが地面から炎の方へ飛びかかった。


 炎ごと粘液で取り込む作戦なのだろうか。危なすぎる。


 炎を取り込んだまま幼女の姿になってロスを殴った。さすがにロスもこれには面食らったようで、普通に顔を殴られた。


 シャルロットは燃えている部分に粘液を何度も被せて火を消した。そしてパンチで少し距離の離れたロスを見る。炎なんか全然効きませんよ、という感じの顔だ。


「さすがはシャルロット殿。ただの炎ではダメージを与えられぬか」


 殴られた首を左右に振りながら、シャルロットに話しかけている。


「ええ、フェル様に力を頂きましたので」


 魔力は付与したけど、強くなったのは自分達の実力なんだけどな。


「伺ってもいいだろうか?」


「なんでしょうか?」


 試合中に話をするのか? ダメージの回復に努めているのかな?


「フェル様に力を頂いておいて、忠誠を誓っているように見えないのは何故だろうか? ジョゼフィーヌ殿にも言えることだが、そういう態度が正直気にいらん」


 そういうのは後でやってくれないかな? モニター越しに皆に聞こえているんだけど。


「あれほどの主がいると言うのに、アンリ殿を優先されているように思える。我々を家族と言ってくれた方だ。素晴らしい方だとは思うが、優先するべきはフェル様ではないのか?」


 ロスは私への扱いについて怒ってくれているのだろうか。


「我々にとってフェル様の命令は絶対だ」


 シャルロットが絞り出すような声でそんなことを言った。それを行動で示してもらいたい。


「ならばなぜ――」


「羨ましい」


「――なに?」


「ロス、お前は命令を受けていない。だが、私達は命令を受けた」


「何を言っているのだ?」


「フェル様はこう命令された。『私に敬意を払う必要はない』と。私達はそれを忠実に守らなくてはならない――ロス。その命令を受けていないお前が羨ましい。そして妬ましいぞ!」


 あ、まずい。やる気だ。


「【凡人苦悩】」


 シャルロットの体が大きく膨れ上がる。そして大きな門になった。粘液でできた門だ。ちょっとグロい。


「……あれは何でしょうか?」


「シャルロットのユニークスキルですね。嫉妬の感情がないと使えないのですが、ロスとの会話でスキルが使えるだけの感情が溢れたのでしょう。シャルロットはああなると意識がなくなり、全てを飲み込む感じになるから危険です。以前聞いたのですが、嫉妬ですべてが欲しくなるようです」


 なに呑気に解説しているのだろうか。あれはものすごく危ないと思うんだが。


 シャルロットが変化した門が少しずつ開き始めた。あの門が全部開いたら吸い込まれて終わりだ。それまでに何とかしないといけないのだが。


「これがシャルロット殿のユニークスキルか。ならば私もお見せしよう」


 ロスにもユニークスキルがあるのか? どんなのだろう?


「【赤い絨毯】」


 ロスがそう言うと、地面に火の線で描かれた魔法陣が浮かび上がった。シャルロットの門を中心に魔法陣ができた感じだ。


「魔力を限界近くまで使うし、発動も遅いから使い勝手は悪いのだが、今のシャルロット殿には使えるだろう」


 段々と魔法陣が赤みを帯びていく。なるほど、確かに発動が遅い。


 だが、シャルロットの門もまだ開き切っていない。どっちが先に発動するのだろう?


「終わりだ」


 ロスがそう言うと、魔法陣から大きな火柱が立った。なんだあれ。どれだけ高熱なんだ。


「……コロシアムが燃えてしまいますね。いくらエネルギーが使い放題でも直すのは私なんですが」


「あの高熱ではシャルロットも危険ですね。ちょっと心配になります」


「……ご安心ください。コロシアム内で死ぬことはありませんので」


 コロシアムの観客席辺りが熱でちょっと溶けている感じだ。そもそもロスは大丈夫なんだろうか。


 しかし長いな。どれだけの時間、火柱が立っているのだろう。


 火柱を眺めていると、中から重い物が動く音がした。


「む?」


 ロスが警戒すると、火柱が徐々に消え去っていった。門の中に炎が吸い込まれていくような状態だ。門は多少溶けているが原型は残している。


「ぬう!」


 今度はロスが門に吸い込まれそうになっている。シャルロットの魔力が無くなるまで耐えればロスの勝ちだが。


 ロスは地面に爪を立てて踏ん張っているが、これは時間の問題かな?


「ぐ、ぐぐっ! がぁ!」


 ロスが踏ん張り切れずに門の中に吸い込まれていった。そして門が閉まる。


 門だったシャルロットが徐々にいつもの幼女に変わった。そして体内からロスを吐き出す。ロスはぐったりして気絶しているようだ。


「……ロスの気絶を確認しました。優勝者はシャルロットです」


 村の皆はボケッとしていたが、アビスのその言葉を聞くと騒ぎ出した。


 アンリとスザンナは立ち上がって拍手している。


 いや、でもあれって魔物同士の戦いなのだろうか?


 ユニークスキルを見せ合っただけのような気もするけど……まあ、盛り上がっているからいいか。


 あとで参加者全員にねぎらいの言葉をかけておこう。

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