コマーシャル

 

 巨大な壁にアビスらしい人族の女性が映っている。ダンジョンの中のように見えるな。今回作った闘技場なのだろうか。


 この壁がモニターという物なのだろうか。アビスがそんなことを言っていた気がする。


「……では、まず魔物達の紹介から始めます。全部で八名です。では、意気込みをどうぞ」


 八体の魔物が並んだ。シャルロット、大狼、アラクネ、カブトムシ、ロス、ミノタウロス、オーク、コカトリスの八体だ。


 シャルロットが前に出た。


「シャルロットです。洗濯が得意です。よろしくお願いします」


 意気込みを言わないとダメじゃないのか? 優勝狙ってますとか。


 あれ? なんだ? 村の皆が首を傾げているが……そうか、言葉が分からないのか。


 このモニターって向こうと繋がっているのだろうか?


 とりあえずモニターに近寄ってみる。


「アビス、聞こえるか?」


「……フェル様? どうされましたか?」


 どうやら聞こえるようだ。念話の上位版みたいなものかな?


「皆は魔物言語を理解できない。すまないがアラクネに通訳を依頼してくれ」


「……それは盲点でした。通訳だと大変ですので、魔物言語が分かる様に調整します」


 なにを調整するんだろう?


 モニターいっぱいに「恐れ入りますが、しばらくそのままでお待ちください」と文字がでた。背景にヒマワリやアルラウネが畑で風になびいている姿が。なんだこれ?


 首を傾げていると、アンリとスザンナがやって来た。手を繋いでいて、まるで姉妹みたいだ。


「何か問題?」


「今、シャルロットが自己紹介したのだが、お前達には分からなかっただろ? その対策をしているようだな」


「アンリは分かった。洗濯が得意だって言ってた」


 そう言えばアンリは魔物言語が分かるのか。


「アンリずるい。どうしてアンリは分かるの?」


「簡単に言うと、アンリは魔物言語を理解できるスキルを持っているからだ」


「魔物言語?」


 そっか、そこから説明しないとダメか。


「魔物言語というのは魔物達が使っている念話みたいなものだ。自身の声、例えば大狼なら唸り声とかだな、あれに魔力と一緒に意味を乗せて周囲に伝えているんだ。でも、それは魔物言語を理解できないと分からないようになってる」


「フェルちゃんはその理解するスキルを持っているの? 魔物言語を喋れる?」


「魔族や獣人、あと当然魔物はスキルを持ってる。でも、魔族や獣人は理解できるだけで魔物言語を使えるわけじゃない」


「そう言えば、フェルちゃんは魔物と話すときでも共通言語だよね?」


「そうだな。さっきも言ったが魔物言語を理解できても使えない。話すときは共通言語だ。でも、魔物達は共通言語を理解しているから会話は成り立つぞ。当然、スザンナの言うことも魔物は理解できる」


「魔物って面白いね。どうやって共通言語を覚えるんだろう?」


 魔物は共通言語を発声できないだけで、魔物言語を使っていても、意味は共通言語だから理解できる、と開発部の奴等が言っていた。正直何を言っているか分からなかった。突っ込まれたら困るし、ここは黙っておこう。


「あ、でも、アラクネちゃんとかは共通言語を喋ってるよ?」


「発声器官が人族に似ているタイプは共通言語を使えるんだ。アラクネの上半身は人族の女性と変わらないだろ? 喉とか口の形が人族と変わらないから喋れる。ほかにも、バンシーとかシルキー、ドッペルゲンガーとかも普通に共通言語を話せるぞ」


「そうなんだ。よく分かった。利口になった」


「うん、勉強になった。そういうのならいくらでも勉強するのに。算数とか滅びればいい」


 スザンナが、うんうんと頷いている。二人とも勉強はしとけよ。


「フェル姉ちゃん。そう言えば、何を言っているか分からない魔物もいるけど、あれは何?」


「それは下位魔物だな」


「下位魔物?」


「本能だけで生きているタイプの魔物だ。ワイルドボアとかだな。それを下位魔物と言って区別している。意思の疎通ができるタイプは上位魔物だ」


 これも一応教えておくか。間違うと危険だからな。


「下位とか上位とか区別はしているが、魔物の強さは関係ないから気をつけろよ? 下位だって強いのはいるし、上位だって弱いのはいる。それに大人しいとか、狂暴とかも関係ない。あくまでも知性を基準とした区別だからな? たまに勘違いして返り討ちに合う奴もいるから二人とも気をつけろよ?」


 二人は頷いた。ちょっと心配だけど大丈夫だろう。


 そんな話をしていたら、モニターの画像が変わった。そろそろ始まるのかな?


 画面にはまたアビスが映っていた。


「……申し訳ありません。準備に手間取っています。先にコマーシャルを流しますので、そちらでお楽しみください」


 またもや皆が首を傾げた。かくいう私も。コマーシャルってなんだ?


「フェル姉ちゃん。コマーシャルってなに?」


「宣伝とかの意味だったかな? 私も詳しくは知らん」


 モニターを見ていると、バンシーとシルキーが出てきた。さっきの八名にはいなかったけど、なにか出し物でもするのだろうか?


 そして何かの台も出てきた。台の上には食材が乗っている。厨房をイメージしているのかな?


 おもむろにバンシーが包丁を取り出し野菜を切り始めた。だが、野菜はまったく切れない。


「ねえ、シルキー。この包丁、最近、全然切れなくなったの」


「あら、バンシー。その包丁、研いだりしていないのかしら? 刃がボロボロじゃない」


 共通言語だからこれなら皆理解できるだろう。でも、これがなんだ? 演劇なのかな?


「包丁を研ぐのって難しいからやってないわ」


「あら、それなら簡単よ。できる人に頼めばいいじゃない」


「ええ? だれか頼める人がいるのかしら?」


「いるわ。アビスってダンジョンの工房にいるのよ?」


「えー、嘘? ダンジョンに工房なんてあるわけないじゃない!」


 いや、お前、知ってるよな? アビスに住んでるんだし。


「あらやだ、遅れてるぅ。この包丁なんだけど、そこで研いでもらったのよ。見てて!」


 シルキーがそう言って、野菜を切るとスパスパと切れた。


「わお! その切れ味! もしかしてミスリルなのかしら!」


「ふふふ、バンシー、それは貴方の、か、ん、ち、が、い! タダの鉄よ! でも、そんな錯覚をするほどの切れ味よね!」


「なら、早速、行かなくっちゃ! 一緒に来てくれる? そうそう、それはなんていう工房なのかしら?」


「その工房はね、グラヴェ工房と呼ばれているのよ! よーし、私が案内するから付いてきて!」


 そして二人ともフェードアウト。そしてモニターにはデカデカと文字が表示された。


『金属の事ならアビス内のグラヴェ工房まで。まずはご相談を!』


 グラヴェってドワーフのおっさんのことだな。なるほど、これが宣伝なのか。


 そして拍手が沸き起こる。村の女性陣が家に帰ろうとしているのだが、行く気か?


「アンリも早く行かないと」


「木剣は金属じゃない。研げないから落ち着け」


「コマーシャルって面白い。私も出たい」


「出たいか……?」


 なんか胡散臭い茶番だったけど、そういう劇仕立ての宣伝なのかな? まあ、知らない奴等が見たらなんとなく行きたくなるのかもしれない。


 それに金属の事で何かあったら相談しようという気持ちにはなる。それなりに効果があるのかな?


「フェル姉ちゃん、またなんか始まるよ?」


 モニターを見ると、キラービー、ヒマワリ、アルラウネが出てきた。


 キラービーが真ん中で、ヒマワリが向かって左側、アルラウネが右側だ。


 いきなりヒマワリがツルを使って小瓶を取り出した。中には金色の液体が入っている。


 そして、モニターの下部分に文字が出た。


『ハチミツならキラービー印のハチミツが最高! これを食べたら他のハチミツなんてもう食べられない!』


 キラービーが作りたいと言っていたハチミツができたのかな?


『今ならならたった小銀貨一枚で一瓶購入できます! ですが……』


 今度はアルラウネがもう一つ小瓶を取り出した。


『なんと! 今なら期間限定でさらにもう一瓶ついてくる!』


 それは凄いな。いきなり倍だ。これは買いか?


『だけど、それでも足りない……そんな貴方ご紹介したいのがこれ!』


 キラービーがさらに別の小瓶を取り出す。さっきのハチミツとあまり変わらない気がするけど。


『自信をもってお勧めするキラービー印のロイヤルゼリー!』


 おおー。食べたことはないが、体にいいとか本で読んだことがある。


『しかし、残念ながらこれは数量限定なのです。先着十名様で、お一人様一瓶かぎりです!』


 争奪戦か。負けられないな。


『値段もお高く大銀貨一枚です! でも、それだけ払う価値がある商品だと自負しております!』


 いける。それなら買える。買うべきだ。


『ご購入希望の方は明日の朝八時に森の妖精亭までお越しください!』


 おお、私に有利な条件だ。なんせそこに泊まってる。


 ハチミツを手に入れてロイヤルゼリーも手に入れる。強欲と言われてもいい。それだけの価値があると見た。


 文字の表示が終わると三人は礼をしてからフェードアウトした。


 そして村の皆は大盛り上がりだ。皆でお財布の中身を確認している。ガッツポーズする奴と肩を落とす奴がいる。普段からお金を貯めておかないとこういう時に問題があるんだな。私ももっと貯めておこう。


「明日は皆が敵。アンリは誰にも負けるつもりはない。ロイヤルゼリーを手に入れる。闇堕ちしてもいい」


「やめとけ。でも、お金はあるのか? 大銀貨一枚だぞ」


「お小遣いを前借する。駄目なら家出する」


「だからやめとけって」


「私は余裕で買えるよ。もし買えたらアンリにも分けてあげる」


「スザンナ姉ちゃんに一生ついてく」


 アンリがスザンナに抱き着く。安いな。


「じゃあ、私も買えたらアンリにも食べさせてやるぞ」


「フェル姉ちゃんの前でおいしい物を食べると、寂しそうな顔をするからそんなことはできない。トラウマになる」


 マジか。私ってそんな感じなのか。


「……皆様、お待たせしました。魔物言語をリアルタイムで翻訳し字幕に出す様に調整しました。では、改めましてトーナメントを開催します」


 ようやく始まるようだな。どんな結果になることやら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る