お祭り
これだけ料理がたくさんあると何から手を付けていいか迷うな。
だが、それは悪手。本来なら野菜、肉、デザートと順番で食べるのが王道だが、ニアの料理はすぐなくなってしまう。目についたものから口に放り込まないと。
まずはキャベツっぽい食べ物だ。
これはロールキャベツとか言ってたな。刻んだ肉をキャベツで包んでトマトソースで煮込んだとかなんとか。キャベツ、肉、トマトのコラボか。卵もそのコラボに入ってほしいんだけど、それはダメなのだろうか。
うん、うまい。噛むたびにキャベツや肉からトマトの味がしみだして口に広がる。ちょっとトマトの主張が激しいかな。こう、脇役が主役を食っちゃうみたいな。それとも、トマトが主役なのか? うーん?
「おいおい、フェル。あの渋いエルフって誰だよ? 紹介してくれ」
リエルが近寄って来た。目の前に料理があるのに、話題は男か。嘆かわしい。
「いきなり来てなんだ。渋いエルフと言うと、エルフの隊長か? ルハラの件で礼を言いに来たらしいぞ。なにか提供してくれるらしい。おいしい物だといいな」
「フェルはいつも食い物のことばっかりだな」
リエルに言われたくはないが、ここは我慢。怒っていたら今後の戦いに支障が出る。料理を一通り食べ終わってから怒ろう。
「紹介ならミトルにして貰え。お互い知ってるだろ?」
「いや、ミトルは俺を見る目に怯えがある。ちゃんと紹介してくれるか怪しい」
大して変わらないから安心しろ、と言いたい。だが、一応親友だからな。ルハラでもセラとの戦いでも世話になった。ならちょっとぐらい手伝ってやるか。
面倒な事はすぐに終わらせるのが一番だし。
「隊長。ちょっと来てくれないか」
村長と話していた隊長を呼ぶ。隊長がこちらに気付き、村長へ頭を下げてからこちらへ来た。
「フェル、どうかしたのか?」
「村長と話をしていたのに悪いな」
「ちょうど話は終わった所だったから、気にしなくていいぞ。で、どうした? 厄介ごとか?」
ものすごくな。私じゃなくて隊長が、だけど。
「私の隣にいるのがリエルだ。一応、紹介しておく」
「はじめまして。女神教で聖女をしています、リエルと申します。以後、お見知りおきを」
気持ち悪いリエルが出た。鳥肌が立つ。激しい弱体効果に眩暈がした。
「ああ、貴方が。私はエルフの部隊を率いているテオと申します。こちらこそよろしくお願いします」
「私の事をご存じなのですか?」
「ええ、貴方のおかげでミトルの女好きが大人しくなりまして。なるほど、理由は知らなかったのですが、貴方のような清らかな方と接して、ミトルの奴も思うところがあったのでしょう」
相変わらずの節穴。だれも思考誘導なんてしていないのに。まあ、見た目だけならリエルは完璧な聖女だから、分からんでもないが。
そしてリエルがちょっといたたまれない感じだ。
「そ、そうでしたか。な、何かのお役に立てたのなら、こ、光栄です」
「ええ、フェルと同様に今後とも私達エルフとお付き合いして頂けるとありがたいです」
「は、はい、もちろんです……ああっとフェルさん。そう言えば大事なお話がありましたね! では、テオさん。本当に紹介のみでしたが、私達はこれで」
「はい、今度、女神教の事でも教えてください。では、私も他に挨拶をしておきたい方がいますので、これで失礼します」
テオはここから離れてミトルの方へ合流した。
「リエル、その、大丈夫か? さっきから小刻みに震えているぞ?」
「お、おお。テオはなんというか苦手なタイプだ。女神教にもああいうタイプがいるんだよ。俺を本気で清らかで汚れを知らない聖女だと思っている奴が」
「そういうタイプはダメか」
「ダメだな。ずっと聖女モードで騙しきる自信がねぇ」
じゃあ、なんでやった。第一印象が良くても、徐々に本性がバレるぐらいなら、最初から普通にしていればいいのに。
「なんか疲れた。ちょっと飯くったら爺さんとでも話してるわ」
「そうか。まあ、ゆっくり休んでくれ」
リエルは適当に料理を取るとフラフラと女神教の爺さんの方へ歩いて行った。
色々と面倒な奴だな。だが、これで一人脱落だ。リエルの分は私が食べてやろう。
次の料理はナスが主体かな?
ナスとひき肉が赤みのある液体に浸ってる。ちょっとカレーに似ているな。でもご飯がない。このまま食べるのか。
取り分け用のスプーンでマイ皿に盛る。ちょっとドロッとしてるな。カレーよりも液体に近いけど、匂いは食欲をそそる感じだ。
うん、これもうまい。ナスからジュワっと液体がでて口の中で広がる。ひき肉とナスが柔らかいからいくらでも食べられるな。
ちょっと辛いのが問題か。これもカレーみたいにご飯にかけて食べた方がいいと思うんだが。でも、辛さはこれぐらいが普通なのかな。私が個人的に辛い物が苦手なだけで。それとも熱いから?
食べ終わって周囲を見ると、ヴァイアとディアも同じものを食べてたようだ。
「ヴァイアちゃん、それは食べ過ぎだと思うんだけど」
「ディアちゃんが辛い食べ物を食べると痩せるって言ってたんだよね? それを止めるということは、私に太っていろという宣戦布告なのかな?」
「そのスタイルで太っていると言ってしまうヴァイアちゃんが、私に宣戦布告してるのを自覚して?」
相変わらず仲がいいな。もうちょっとで開戦しそうだけど。
巻き込まれる前に、次に行こう。私は中立国だ。
これは何だっけ? フライって奴か。でも魚じゃなくて肉がフライってる。肉フライ?
まあいい。まずは食べ――危ない。これは罠だ。
周囲に茶色っぽい物と黄色い物が置いてある。おそらくタレなんだろう。これをつけて食べるのが正解。どちらかをつけて食べる。もしくは両方か。
いや、鉄板焼きの時はタレのブレンドは邪道だと教わった。つまりどちらか片方のみ。どっちだ? どっちが正解だ?
迷っている暇はないな。こうしている間にも料理は減っていく。判断ミスもダメだが、考えすぎもダメだ。
決めた。黄色い食べ物は初めて見る。なら答えは決まってる。黄色のタレをたっぷりつけて食べよう。
肉フライに黄色いタレをつけて口に放り込む。
「フェルさん、こちらにいらっしゃいましたか」
「あら、どうしたんですか? すごく涙目ですけど……」
結婚男と結婚女が近寄って来た。
だが、待ってほしい。今は喋れない。端的に言うと口の中が痛い。ちょっと待ってほしいジェスチャーをして待ってもらう。
ようやく飲み込むことができた。ちゃんと噛んでから飲み込んだ。ドワーフの塩辛い料理だって食べることができたのだ。ニアの料理が食べられない訳がない。だが、辛すぎると思う。ちょっとユニークスキルを使いそうになった。
「ああ、トンカツですか。ソースと少量のからしをつけて食べると美味しいですよね。あ、もちろん、君の料理の方が美味しいよ?」
「ふふ、嬉しいわ。でもね、それは貴方のために作っているからなのよ?」
周囲から舌打ちが聞こえる。私も舌打ちしたいが我慢。口の中が痛いし。
だが、いいことを聞いた。この料理はトンカツと言うのか。そしてタレは二種類つけていいようだ。ソースとからしを少々。それが黄金比と言う事か。配分を間違えたからあんなことになったのだな。次はそれで試そう。
「すまなかったな。からしとやらをつけすぎて食べたら喋れなかった。なにか用だったか?」
「大した用ではないのですが、フェルさんの言いつけ通り、沢山の食材を準備しましたから、楽しんで頂けているか確認しに来たのですよ」
言いつけ? そうか、ニアを連れ戻したら宴会するから食材を準備しておけとか言ったっけ。食材の原型は分からないけど、おそらくこれらの料理にその食材が使われているのだろう。
「もちろん楽しんでいる。料理を作ったのはニアだろうが、そのための食材は揃えてくれたんだろ? まだ少ししか食べていないが満足してるぞ」
「そう言ってもらえるのは嬉しいですね。ですが、ニアさんも律儀と言うかなんというか。さっきの一言でもあったのですが、ニアさんは食材を全部購入してくれたんですよ。こっちは無料で提供する予定だったのですが」
「ニアらしいと言えばそうなんだろうが、迷惑をかけた詫びも入っているのだろう。受け取っていいんじゃないか? 私も詫びとして昨日奢ったし」
「ははは、フェルさんもニアさんも似てますね。そういう律儀なところですが」
「私もそう思いますわ」
二人して笑っている。
ニアと私が似ている、か。そんなことを言われたのは初めてだが、まあ、嫌な気分じゃないな。
「おっと、邪魔してしまいましたね。引き続き食事を楽しんでください。食事中のフェルさんにはあまり声を掛けてはいけないのが村のルールなので」
「なんでそんなルールがある」
魔界の奴等といい、なんで私には知らないうちにルールが増えるのだろうか。事前に承諾をとってほしいのだが。
まあいいか。とりあえずトンカツだ。
完璧な比率のソースとからしをつけてトンカツを食べてから思い出す。魔王様に連絡してなかった。
これはまずい。お祭りに呼ばれなかった上司と言うのは拗ねると聞いたことがある。魔王様は人見知りが激しいけど、参加の可否は確認しないと。
よし念話で確認だ。
『やあ、フェル。どうかしたのかな?』
「お忙しいところすみません。実は村でお祭りみたいなことをしています。連絡が遅くなって申し訳ないのですが、こちらへいらっしゃいますか? いらっしゃるなら料理を確保しておきますが」
『そうなのかい? でも、ちょっと無理かな。セラの治療が難しいから忙しくてね』
残念だ。魔王様にも楽しんでもらいたいのだが。本当にセラって邪魔ばかりしやがる。
「では、料理をそちらへ届けますか?」
『それも不要だよ。僕もセラも食事の心配は必要ないから、こっちは気にせず楽しんでね』
それはそれでちょっと寂しい。だが、魔王様がそうおっしゃるならそうしよう。
「畏まりました。では、何かありましたらご連絡ください」
『うん、そうするよ。そうそう、夕食を食べ終わったらこっちへ来てね。セラも待ってるから』
「はい、そちらの件も畏まりました」
セラが待っていると言うだけで精神的にキツイ。魔王様がいるから大丈夫だとは思うけど。
よし、次の料理に移ろうかな。
そう思った瞬間、広場に巨大な黒い壁みたいなものが現れた。ちょうど冒険者ギルドの目の前だ。なんだ?
村の皆もザワザワしている。
急にその壁に何かが映った。人族の女性が映っている。ドレアみたいに白衣を羽織っているな。服は黒っぽい。でも、誰だ? 村にはいない奴だよな?
「……ソドゴラ村の皆さん。初めましての方は初めまして。私は最高で最強のダンジョン、アビスです。これから魔物達によるトーナメントを行いますので、娯楽の一環としてお楽しみください」
村の皆は盛り上がっている。でも、ダンジョンコアが人族になれることには誰も触れないのか?
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