乾杯

 

 冒険者ギルドの建物から外に出た。


 アンリは一度村長のところへ行くらしい。お泊りの成果を報告するらしいが、何を報告するのだろうか。


 スザンナは宿にいるユーリを呼んでくるそうだ。意外と仲いいのか。


 ディアは服を片付けてから来るそうだ。あと賭け事の準備があるらしい。行動的なのはいいけどなんかやらかす気がするのはなぜだろう。


 そんなこんなで、一人になってしまった。よし、ここはお祭りの攻略を考えよう。


 まずは朝食時と同じように偵察。


 広場にはテーブルがいくつもあり、その上には料理が置かれている。立食パーティーというヤツだな。結婚式と同じだ。


 テーブルの上に見える料理のいくつかは食べたことがなさそうだ。食べられる前に食べなくては。皆には悪いが例え人族相手でも弱肉強食だ。転移してでも取る。


 だが、宴会はまだ始まっていない。フライングはダメだ。それはつまみ食いというマナー違反。怒られる。


 これはスタート位置が大事だ。少しずつ未経験の料理が多いゾーンに移動しておこう。戦いとは始まる前までの準備が重要なんだ。


「よー、フェル! 元気だったか?」


 背中側からチャラそうな声が聞こえた。ミトルか。相手をする暇はないんだが、まだお祭りは始まらないようなのでちょっとは相手をしてやるか。


 後ろを向くとミトルがいた。だが、その後ろにエルフの隊長がいる。珍しい、というかこの村には初めて来た気がする。


「フェル、久しぶりだな。今回、礼をしたいので連れて来てもらった」


「ミトルも隊長も久しぶりだな。こっちは元気だ。だが、礼ってなんだ? もしかして木彫りの件か? 新作があるぞ」


「本当か! あ、いや、その件ではない。戦略魔道具やルハラ帝国の事だ。フェルが色々と解決してくれたと連絡があったからな。長老に代わり礼をしに来たんだ」


 そんなこともあったな。だが、戦略魔道具を無効化したのは私じゃなくてヴァイアだ。


「そうか、ヴァイアなら……どこだ? 多分、その辺にいるから礼をしてやってくれ」


 隊長とミトルが不思議そうな顔をした。なんだ?


「いやいや、フェルに礼を言いに来たんだって。なんでヴァイアちゃんが出てくるんだ?」


「戦略魔道具を無効化したのはヴァイアであって私じゃない。あんな複雑な術式を私が何とかできるわけないからな。だから礼をするならヴァイアにするのがスジだ」


 今度は二人とも複雑そうな顔をした。さっきからなんだよ。こっちは位置取りが大変なんだ。露骨に移動するとバレるから。


「フェルらしいって言うか、なんと言うか。でも、ルハラ帝国が攻め込んでくることが無くなったのはフェルのおかげだろ? そっちの礼もあるから、それなら礼を受け取ってくれるよな?」


「ルハラ帝国が攻めてこないのはディーンの判断だ。礼ならディーンに言うといい。私には無用だ」


 ミトルはポカンとして、隊長は笑い出した。


「あれほどの事をしておいて礼はいらない、か。だが、こちらも恩を受けて礼も返せない種族と思われたら困る。フェル自身には返さなくても村の人族に提供するのはいいだろう? お祭りだと聞いたからな。森で採れたものを持ってきた。是非食べてくれ」


「そうか、それなら貰おう。それとリンゴを持ってきたか? ストックを切らして困ってたんだ。さっきも言ったが新しい木彫りや装飾品を買ってきた。交換してくれ」


 そう言うと、隊長とミトルの間を割って、女性のエルフが数人で周りを取り囲んだ。なんだ? やる気か?


 話を聞いてみると魔界の宝物庫にあった宝石や装飾品の事だった。村に持ち帰って長老も交えて話し合ったが、リンゴじゃ換算できないらしい。そこで千年樹の木材ならどうだろうか、という話になったそうだ。


 千年樹の木材は人族なら高値で取引しているので、価値的にはいい物らしい。


「いや、木材じゃ食べられないだろ? リンゴがいい」


 泣かれた。何故だ。


「あー、リンゴだと一年の収穫量を百年ぐらい渡す試算になってなー。俺らは長生きだから払い続けることはできるけど、フェルは受け取れないだろ? ダメなら諦めようって話になってな」


 そうなのか。リンゴだって結構価値があると思うんだけど、そんなに貰えることになるのか。


 でも、リンゴは村の皆にも評判いいし、私が独占しちゃだめだよな。なら木材を貰ってどこかでお金に替えるか。それで食材を買って魔界に送ればいい。


「そういう理由なら仕方ないな。木材でもいいことにしよう。でも、少しはリンゴも付けてくれ」


 女性のエルフ達がバンザイをしている。そんなに嬉しいのか。


「なら残りの宝石とメーデイアという町で買った木彫りの置物と装飾品を持って帰って換算してみてくれ。一度に払う必要は無いから、無理のない支払いを頼む」


 亜空間から置物と装飾品をだして、ミトルに渡す。


「ここで渡すの……か……よ……?」


 なんだ? ミトルが目を見開いて止まってるんだが。木彫りの置物を見つめてる? そして隊長も置物に目が釘付けだ。


「どうした?」


「……フェルはエルフの村を滅ぼしたいのか? こんなのを持ち帰ったら血の雨が降るぞ?」


「そんなつもりは全くないんだが」


 どうして木彫りの置物で血の雨が降るのだろうか。エルフの感性は相変わらず分からない。


 そうだ、後ワインがあったな。メノウに選んでもらった一品だ。多分、おいしい。


「ワインも買ってきた。これはお土産だ。量は少ないが受け取ってくれ」


「おー、わりーな! ワイン好きな奴が多いから助かるぜ。俺達エルフが作るとあまりおいしくなくてなー」


「私が預かろう」


 ミトルに渡したのに隊長が横から奪いとった。そして空間魔法が付与されたウエストバッグにしまった。あれってヴァイアが作ってエルフに試作品として渡した物か。エルフは皆持ってるな。


「隊長? 俺の亜空間ならまだ余裕がありますけど?」


「何らかの理由でバッグを失くしたら大変だろう。いくつか分けて持っていた方がいい」


 なんとなく隊長が無茶言っている感じだが、出しゃばる必要はないな。多分、エルフ達の問題だ。


 おっと、結構時間が経ったな。そろそろ始まるかも。


「じゃあ、また後でな。お前達も楽しんでくれ」


 そう言ってミトル達と別れた。


 そして未体験料理ゾーンの近くに移動する。完璧な位置取り。後は開戦の狼煙を待つだけだ。


「フェルちゃん、おはよう……どうしたの? 目が鋭い感じだね? ハンター?」


 ヴァイアが現れた。今は誰もが敵だ。油断はできない。だが、警戒を悟られるのもなんだしな。普通に話そう。


「おはようって、もう昼だぞ? いままで寝てたのか?」


「昨日は遅かったからね。リエルちゃんはまだ寝てるんじゃないかな?」


 リエルは普段でも良く寝てるからな。まあ、私が全品食べ終わるまでは寝てるがいい。


 さて、私の準備は整った。いつでも始めて構わない。普段は先手を譲るがこういう時は先手必勝。開始されたらすぐに食べる。


 そんなことを考えていたら、村長が家から出てきた。


「さて、本日はさらわれたニアがフェルさんのおかげで戻って来たので、それを祝うための祭りという宴会をしたいと思う」


 周囲で大きな拍手が上がった。これは私もやるべきか。


「では、ニアに一言貰いたいと思う。ニア、こっちへ」


 呼ばれたニアが、村長に近づいていった。そして、村の皆を一度ぐるりと見渡す。


「今回はアタシのせいで皆に迷惑をかけたね。本当にすまなかったよ。謝罪という訳じゃないが、腕によりをかけて料理を作ったから楽しんでおくれよ。もちろん材料費は全部ウチ持ちだからね、残したりするんじゃないよ!」


 ニアがそう言うと皆が大盛り上がりだ。だれも迷惑だとは思ってないんだろうな。


「ニアさんも色々と問題が無くなって、以前よりも生き生きしている感じだね!」


「私にはそういう細かいところは分からない。だが、ヴァイアが言うならそうなんだろうな」


 長い付き合いだからこそ分かるようなものがあるんだろう。私も魔王様に対してそういう小さいことに気付けるようになるだろうか。


 ……魔王様にお祭りの事を言ってなかったな。いかん、念話しておこう。


 念話の魔道具を取り出したところで、なにか歓声が上がった。


 なんだ? 皆が私を見ている気がするが。


「フェルさん、どうぞこちらへ」


「なんだ?」


「ええ、フェルさんの活躍でニアが無事に戻れましたので、一言頂きたいのですが。それと乾杯をお願いします」


 なんという罠。ここに陣取ったと言うのに。しかも何か言わないとダメなのか? 今度、アドリブには弱いと言った方がいいのだろうか。


 仕方ない。盛り上がりに水を差すのは何だし、空気が読めない奴と思われたくない。


 村長の方へ近寄っていき、ニアの横に並ぶ。ニアは笑顔で私を見ている。そしてリンゴジュースが入ったコップを渡された。


「あー、その、なんだ。この村の皆には私だけでなく他の魔族やヤト、そして従魔達も世話になっている。だから、その、恩返しみたいなものだ。今後ともいい関係を築きたいと思っているから、まあ、よろしく頼む……えーと、乾杯」


 そう言ってコップを掲げた。皆もそれに合わせてコップを掲げ、「乾杯!」と言ってくれた。よかった。盛り下がったりしなかった。乗り切った。


「世話になっているのはこっちなんだけどねぇ」


 ニアが笑いながらそんなことを言っている。そして私のコップに持っているコップを当ててきた。


「お互い様と言う事だ。それにニアの料理が食べれなくなったら困るからな」


「そこまで私の腕を買ってくれているのはありがたいね。じゃあ、今日の料理をいっぱい味わっておくれよ!」


「ああ、もちろんだ」


 ものすごく出遅れたけど、それぐらいハンデだ。いつも通り先手を譲っただけ。さあ、これから挽回するぞ。

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