化け物

 

 広場でセラを見つめながら深呼吸をする。


 以前、セラと戦った時は模擬戦だったし、魔王様が傍にいてくれた。あの時のような安心感はない。


 だけど、今は私の後方に皆がいる。守る必要があるので邪魔かと思っていたが、そんなことはないな。単純に支援してくれるというだけでなく、私自身の力が湧いてくる気がする。


 気のせいかもしれないが、嫌な気分じゃない。これは負ける訳にはいかないな。


「セラ、私を殺そうとするなら、私は親友達に助けてもらう。卑怯とか言うなよ?」


「変わったわね、フェル。自分一人でなんでも背負いこむタイプだったのに……いいわ、ハンデじゃないけど、それで貴方が強くなると言うならいくらでもどうぞ?」


 余裕だな。あの頃よりも強くなったし、今は一緒に戦う仲間もいる。前回の模擬戦のような結果にはならないと知れ。


「【加速】【加速】【加速】」


「【加速】【加速】【加速】」


 同じことをしてくるか。セラの方もスピード重視の戦闘スタイルだからな。だが、アイツに転移はない。それでなんとか有利に立たないと。


 それに守りに入るのはだめだ。アイツは高速で相手をかく乱する戦いが得意だ。動かれる前に動きを止める。


 セラが腰を落としていく。させるか!


 セラの目の前に転移して、左ジャブ二連。一発目を屈んで躱し、二発目は私の左側に回り込んできた。


 回り込んだ瞬間に、小さい爆発が起きる。驚いてひるんだところへボディブロー。掠った程度で後方へ回避された。だが、回避先でも爆発が起きる。


「さっきから何? 石? なんでこんなに浮いているの?」


 私とセラのいる一帯に多くの石が浮いている。セラが石にぶつかると爆発するようだ。ヴァイアのフォローがありがたい。大したダメージは無いだろうが、いちいちセラが行動を止めてくれる。チャンスだな。


 セラの懐に入り、左のボディブロー。持っている剣で受けられる。拳の方が痛いが、気にせずに左右の連打。多少の怪我ならリエルが治してくれる。左拳の痛みは我慢だ。


 セラは防御しているが、パンチの衝撃で少しずつ後退している。そうすると、またセラの背中で爆発が起きた。


「もう! なんなの! ……ああ、あの子ね?」


 セラがヴァイアの方をちらりと見ると、すぐさま左手の剣を投てきした。


「ヴァイア!」


 慌ててヴァイアの方を見ると、ヴァイアの目の前で剣が空中に浮いたまま止まっていた。


「ふっ、我が領域へ攻撃はすべて無効となる。そう、この絶対領域によって!」


 ディアが両手を顔の前でクロスさせるようなポーズでそんなことを言っている。よく分からないが、そういうことらしい。セラも驚いているようだ。だが、剣を投げた左手で引き寄せるような仕草をすると、空中で止まっていた剣がセラの手に戻って来た。もしかして魔道具なのか?


「本当に素敵なお友達ね!」


「ああ、知ってる」


 セラが左右の剣を上下で挟み込むように切りかかって来た。爆発を無視して攻撃してきたか。


 流石に強力そうな攻撃なので、右手によるパンチで迎撃。右手で上段と下段の攻撃を一瞬で弾いた。


 でも、その程度じゃひるまないか。両手による攻撃のスピードを上げてきやがった。


 くそ、右手の迎撃だけじゃ足りないか?


 あ、しまった! 右手を弾かれた。そして頭に向かって剣が振り下ろされる。慌てて左の前腕で庇う。


 痛! 左腕を斬られた。だが、腕はついてるし、剣は止めた。致命傷じゃない。まずい、離れないと。


 そう思った瞬間、腹部に痛みを感じてふっ飛ばされた。


 ふっ飛ばされて、地面を転がってる? いかん、立ち上がらないと。


 顔を上げるとセラが蹴りのモーションをしているのが分かった。腹を蹴られたのか。そして次の瞬間にはこちらへ突撃してきた。ヴァイアの爆発をものともしない。少しはひるみやがれ。


「アハハハ! 楽しいわねぇ!」


 楽しくない。このサディストが。でも、どうする? 片手だけじゃさっきと同じ展開だ。


「行け、お前達。フェル様を護衛しろ」


 そんな言葉が聞こえると、セラの背中からヤトが出てきた。ウェイトレスの服ではなく黒装束。戦闘モードのヤトだ。そして逆手に持ったナイフをセラに突き立てようとしていた。


 反射的にセラがヤトのいた場所に剣を振るう。切られたと思ったら黒い粒子になって消えてしまった。今度は地面からナイフが飛び出してセラを狙う。だが、それをセラはバク転で躱した。


 二回ほどバク転して距離を取った後、セラはヤトの方へ突撃した。剣とナイフがぶつかる音が連続で響く。


「魔界の獣人? フェルぐらいに強いのね?」


「節穴ニャ。私なんか本気を出されたフェル様なら足元にも及ばないニャ」


 本気? もしかして能力制限のことか。いや、そんな事よりも、まず治療をしないと。


「フェル様、私達で時間を稼ぎます。リエル殿のところで傷の治療をしてください」


 いつの間にかドレアが近くに寄って来ていた。そして隣には成人女性の姿をしたジョゼフィーヌがいた。コイツも本気バージョンか。


「相手が勇者なら時間を稼げても数分ですな。お早めに復帰してくださると助かります」


「分かった。頼む。お前達も無理はするなよ」


 二人は頷くとセラの方へ向かった。私はリエルの方へ転移する。


「リエル、左腕を治療してくれ。治癒魔法を受けるなら距離が近い方が治りは早いよな? できるだけ早く治してほしい」


「おう、任せろ。数分かかるがアイツらが止めてくれんだろ」


 セラの方を見ると、ドレア、ヤト、ジョゼフィーヌ達が戦っている。三対一でもセラの方が強そうだ。


「ユーリ、離して。フェルちゃんの味方する」


 宿の方からスザンナの声が聞こえてきた。


「駄目です。セラはアダマンタイトですよ。アダマンタイト同士で戦ったら最悪冒険者ギルドの資格をはく奪されます」


 どうやら、スザンナが私の味方しようとしているのをユーリが止めているようだ。


「別に構わない。ギルドなんてやめる」


「そう言わずに待って――」


 ドン、と音がした。アンリが両手で、木剣を地面に突き刺したようだ。


「スザンナ姉ちゃん。フェル姉ちゃんは勝つ。信じて待てばいい」


 スザンナはアンリをじっと見つめると、アンリのすぐ隣に立った。そして腕を組んで仁王立ちする。


「分かった。アンリの言う通り。フェルちゃんを信じる」


 スザンナがそう言うと、アンリは一度だけ大きく頷いた。


「負けられない理由が増えたな。年少組の期待を裏切んなよ?」


 リエルが笑いながらそう言って治癒魔法をかけ続けている。負けるつもりは全くないが、武器、いや、防具が足らん。左手を守れるような小手があればいいんだけど。


「フェル!」


 宿の空いた穴からロンの声が聞こえた。そして何かをこちら向けて投げてくる。右手で掴むとそれは黒い小手だった。


「俺の鎧の小手だ! それなりの強度だから多少は防御に使える! 大きいかも知れないが遠慮なく使ってくれ!」


 サイズはちょっと大きそうだが、使えないことはないな。ナイスだ。


「すまん、借りるぞ」


「おう、とっとと倒せ! もうそろそろ食事だぞ! 料理が冷めてから食べるなんて、カミさんに対する侮辱だからな!」


「……そうだな。料理が冷めないうちに食べるからちゃんと残しておけよ」


 セラを倒すのに時間制限まで課せられた。困ったもんだ。


 腕の方を見ると、リエルの治癒魔法が終わったところだった。そして傷があった場所をバシッと叩かれる。痛い。


「よし、完璧だ。でも、血を流し過ぎだ。ポーションを飲んどけよ」


 なるほど。必要だな。


 亜空間からヴァイアに貰ったポーションを取り出して飲み干す。意外と苦いな。


 そしてロンの小手を左手に装備する。うん、内側が何かの毛皮で覆われているのだろうか。ピッタリとは言わないが、それなりに使い勝手はよさそうだな。


 胸の前で両手の拳を突き合わせる。右手のアダマンタイト部分と黒い小手が当たり、鈍い音がする。確かにそれなりの強度だ。これならセラの剣も受けられそうだな。


 セラの方を見る。三人がセラ一人に押されている。すでに防御一辺倒だ。


「お前達、よくやった! 引け!」


 ドレアの体がすべて小さい虫になり周囲に飛散した。ヤトは影に潜り、ジョゼフィーヌはなぜか爆発四散してその場を離れた。


「フェル以外にも強いのがいるのね……でも駄目よ。私の飢えは満たされない。やっぱりフェルじゃないとね」


 やだやだ。ストーカー気質の勇者なんて実害以外のなにものでもない。


「負けられない理由ができた。お前を倒せないだろうが無力化させてもらうぞ」


「できるものならお願いしたいわね!」


 地面を這うように高速で移動してきた。セラが立ち上がって攻撃するところにカウンターだ。私はいくら怪我を負ってもリエルが治してくれる。なら、相打ち狙いだ。


 威力の低い攻撃は両手を使ってガード、隙の大きい攻撃だけにカウンターの的を絞る。


 金属のぶつかる音が連続で鳴り響く。くそ、全然手数が減らない。これはわざと隙を見せて大振りさせるべきか?


 左手のガードを緩くして、セラの攻撃にワザと弾かれる。左のわき腹が開いた。そこへセラの剣が迫る。気にするな、行け!


 左のわき腹付近を刺されたが、セラの腹部に右ボディブローをぶち当てる。


 セラは小さい声で「ぐぇ」と言いながら後方に吹っ飛んだ。手ごたえはあった。どうだ?


 セラは右手で腹部をさすりながら左の目をつぶり、険しい顔をしていた。痛みをこらえているのか?


「さ、流石はフェル。今のは効いたわ」


 チャンスか? わき腹は痛いがリエルが治してくれる。ここで畳みかける!


 セラの目の前に転移して攻撃を再開した。


「飢えてんだろ? おかわりをくれてやる」


 挑発しながら左右のコンビネーション。狙いも腹、顔を重点的に攻撃。


 セラは何度か防御した後、私の横に回って躱そうとするが、躱した先で小爆発。


「ぐぅ!」


 セラが大きく姿勢を崩した。


「終わりだ」


 セラの懐に飛び込んで、右ボディ。すかさず、左フックで顔を殴り、トドメに右ストレートを顔に放った。


 セラは剣を離して後方に吹っ飛び、仰向けに倒れた。ピクリとも動かない。そして十秒。私の勝ちだな。


 ちょっと格好つけたかったので、殴った右手を空に掲げた。その瞬間、周囲から歓声が上がる。


 皆が近寄って来たので、振り向いたが、その瞬間に皆が近寄るのを止めた。どうした?


「支援を受けているとは言え、強くなったわねぇ」


 振り向くと、セラが立っていた。そんな馬鹿な。死にはしないだろうが、かなり本気で殴ったぞ。


「じゃあ、前座は終わりね。次はお互い本気でやりましょうか。前回は魔王君の手前、本気を出せなかったしね」


 本気? 何を言ってる?


「その前に邪魔者には退散願いましょう」


 セラは両手で大きな物を持つような仕草をした。なんだ? 魔力が集まってる?


「【深き衝撃】」


 瞬間、大量の魔力が周囲に解き放たれた。


 皆が魔力酔いによって気を失ってしまったようだ。一部は膝をつく程度だが、ほとんど動けないだろう。


「普通ならこの魔力の中ではまともに動けないわよ。これで私と一対一ね」


「お前……関係ない奴まで巻き込むつもりか!」


「関係ない? 今の今まで支援されてたじゃない? それに聞いているわよ? ルハラに侵攻した時に兵士以外も貴方のスキルで巻き込んだんでしょ? それと同じよ」


 それを言われると言い返せない。だが、これは……。


「待て、分かった。本気で戦ってやるから場所を移そう。だからスキルを解け」


 セラは顎に手を当ててからニヤリと笑った。


「フェルに本気を出させる手を思いついたわ」


「なに?」


「私のスキルが解除されないと、皆死ぬわよ?」


 コイツは何を言っているのだろう?


「高濃度の魔力に晒され続けたら、最悪、死に至る。私のスキルを止めたければ、私を殺すしかない。だからフェルは本気出さないといけない。いい考えでしょ?」


 なにが? 考えがまとまらない。情報の整理がつかない。皆が死ぬ? 私が本気を出す?


「もっと簡単に言ってあげようかしら? 私を殺さないと、皆死ぬわよ?」


 セラを殺す? 殺さないと、皆が死ぬ?


「迷う事なんてないでしょ? 私と本気で戦えばいいのよ」


 セラと本気で戦う?


 ……そうか、セラと戦って殺せばいいのか。そうすれば皆助かる。なら簡単だ。


「ようやく理解した。セラ、お前を殺す」


「嬉しいわ、フェル」


 魔王様、申し訳ありません。約束を守れそうにありません。心の中で魔王様に詫びる。


 こんなことになるならすぐにでも魔王様に助けを求めるべきだった。今から来てもらっても、高濃度の魔力によって皆が死ぬ可能性が高い。なら私がセラを殺すしかない。勇者だろうが関係あるか。必ず殺す。


 だが、私が人族のセラを殺意をもって殺せば、呪いによって私は皆を殺す様になってしまう。呪いと言ってもすぐにおかしくなるわけじゃないだろう。セラを殺したら、すぐにここから離れるんだ。そうすれば、後は魔王様が私の命を絶ってくれる。


 亜空間から念話用の魔道具を出す。そして魔王様へ念話を飛ばした。


『やあ、フェル、どうかしたのかな?』


 いつもの魔王様だ。信頼を裏切るようで心苦しい。


「はい、セラを殺すことにしました。もし、私がセラを殺したら、魔王様の手で私を殺してください」


『フェル、何を言って――』


 念話を解除して、魔道具を亜空間に入れる。長く話せば未練が残る。そういう訳にはいかないからな。


「待たせたな」


「今のは魔王君? 私も久しぶりに話をしたかったわ」


「そうか。だが、その機会はもうない。お前は私に殺されるからな」


「アハ、アハハ! ようやく本気を出してくれるのね?」


「ああ、本気を出してやる。【能力制限解除】【第一魔力高炉接続】【第二魔力高炉接続】」


 セラが驚きの表情でこちらを見ている。そして今までにないほどの笑みを浮かべた。


「やっぱり! フェルは力を制限していたのね! ああ、嬉しいわ!」


「なにが嬉しいのか知らないが、手加減する気はないぞ」


「当然よ! これでようやく私も本気を出せるんだもの! ああ、フェル! フェル! 私と肩を並べられる唯一のお友達!」


 セラが狂気じみてる。こんなにおかしい奴だったか? 何か変だな? いや、そんな事よりも、ようやく本気を出せる? そう言ったのか?


「じゃあ、戦いましょう? でも、私にも準備があるからちょっと待って」


「準備? 何を言って――」


「【能力制限解除】【第六魔力高炉接続】【第七魔力高炉接続】」


「お前……!」


「ああ、あの方の言った通り! 私は今、ようやく孤独でないと実感できる! だって――」


 セラが私をどす黒い目で見つめる。


「化け物同士ですものね」

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