第八章

協定違反

 

 周囲では皆が楽しそうに話をしている。だが、その声もだんだんと聞こえなくなってきた。


 私とセラの雰囲気がおかしいことに気付いたのだろうか。セラから目を離せないが、どうやら全員がこっちを注目しているのがなんとなく分かる。


「久しぶりって言ったんだけど? それに魔王君はいないの?」


 セラが笑いながらそう言った。


 久しぶり? そうか、半年振りか。以前会ったのは魔界だ。人界に来てからは初めて会った。だが、どうしてコイツがここにいる?


 それに魔王君だと? 魔王様と言え。


「久しぶりだな。魔王様はいらっしゃらない。質問には答えてやった。もういいな? じゃあ、帰れ」


 セラはニヤリと笑った。何が可笑しい?


「相変わらずね、でも、そうはいかないわよ? 貴方、いえ、魔族は私と協定を結んだわよね? どうしてルハラに攻め込んだの? それは協定違反じゃないの?」


 なるほど、魔族がルハラに侵攻した話が変に伝わっているんだな? 声明を出してもらえたはずなんだが。


「ルハラの貴族がこの村の住人をさらったから取り返したまでだ」


「そうね、それは知っているわ。村の人達にも聞いたしね」


「なら問題ないはずだ。少なくとも私が懇意にしている村から住人をさらったんだ。報復して当然だ」


「でも、貴方が襲われたわけじゃないでしょ? 協定では『襲われた時に反撃してもいい』という内容だったはずよ?」


「この村は私が懇意にしている村だ。この村の住人が襲われたなら、私が襲われたのと同じだ」


「それは詭弁ね。そんなのを許したら、魔族は適当な理由をつけてどこにでも攻め込めるわ。諍いがあった村と懇意にしている、と言うだけで攻め込む大義名分が得られるなんてダメよ」


「そんな理屈が通る訳が――」


「通るわよ。私が誰なのか忘れたの?」


 この野郎……どうする? 私ではコイツに勝てん。魔王様に助けを求めるか? いや、そんな暇は……。


「時間切れね……それじゃあ、楽しみましょう?」


 セラが醜く顔を崩した。あれは笑ってんのか?


 そう思った瞬間、何かしらの攻撃を受けて後方にふっ飛ばされた。宿の壁をぶち破って広場に放り出された。いかん、まず体勢を整えないと。


 ふっ飛ばされた衝撃を利用してバク転する。左手と両足を地面に着けたが、衝撃の勢いで地面を滑ってしまった。だが、上手く体勢を整えられた。セラはどこだ?


「フェルちゃん! 急に飛んでくるなんて危ないでしょ!」


「びっくりした」


 ディア? それにアンリか? やばい!


「私から離れろ! 巻き込まれるぞ!」


 一瞬だけ、ディアとアンリの方を見てから、宿の方に視線を戻す。セラが目の前まで迫っていた。


「アハ! アハハハ! フェェェルゥゥゥ!」


 セラが笑いながら長い髪を振り回して突撃してきた。両手に持っている短めの剣で切りつけてきやがる。なるほど、だから「黒髪」か。軽くホラーだ。


 うお、躱しきれん。こうなればやるしかない。攻撃は最大の防御だ。


 服も怪我も気にしなければ、一撃ぐらい入れられる。


 致命傷をさけつつ、最低限の動作で躱していく。セラが少しだけ体勢を崩した場所にボディブロー。


 当たった衝撃でセラは後方に吹っ飛んだが、着地するとまた突っ込んできた。ダメージがないのか? それに低い姿勢で地面を這うように移動するから怖いんだよ、この野郎。


「待て、セラ! お前と戦うつもりは無い! 引け!」


「アハハハ! 嫌よ! もっと楽しみましょう!」


 聞いてない。こうなるともう駄目か。それにお前本当に勇者か? 気持ち悪すぎる。


 でも、どうする? このままじゃ殺されてしまう。


「アハ……ハ? あら? 何かしらこれ?」


 なんだ? セラが止まった。動こうとしているのに動けない、そんな感じだ。


「なに!? なんなの!? フェルちゃん! この人怖い!」


 ディアが脇をしめて両手の指をセラに向けるようなポーズで固まっていた。よく見ると、ディアの手袋から細い糸のようなものが出てセラを捕縛している。もしかしてディアがセラの動きを止めたのか?


「へえ? 面白いわね? アラクネの糸かしら? なら力比べしましょうか?」


 セラが動き出そうとすると、ディアが引きずられた。


「ギャー! 助けて! 助けて、フェルちゃん! この人、ゴーレムみたいに力が強い! 引き留めておけない!」


「ディア! 糸を切り離せ! セラ! ソイツは人族だ! 手を出すな!」


 くそ! セラの奴、気分が高揚して見境が無くなっているのか? なんとかセラを気絶させないと!


 動きの不自由なセラに転移で近寄って右ストレート。だが、難なく躱された。動きが鈍くなっているにも関わらず物ともしないのか。


 しかもセラが無茶な動きをするからディアが引っ張られている。


「フェルちゃーん! 早く! もう持たない!」


「ディア、いいから糸を離せ! 危険だ!」


 義理堅いというかなんというか。邪魔だとは思わないが、ディアに何かあったら私が困る。


「フェル姉ちゃん、まかせて! 【劣化・紫電一閃】」


 アンリの声が聞こえたと思ったら、セラの動きが良くなった。そしてディアが後方に転ぶような姿が視界の端に捉えた。糸が切れた? そうか、アンリがディアの糸を切ってくれたのか。


「アンリ、よくやった! ディアを連れて離れていろ! ディアもアンリを守れ!」


 幸いなことにセラはディアの方を気にしていないようだ。そして、私の周囲を高速で移動しながら両手の剣で攻撃してくる。くそ、傷が増えてきた。服もボロボロだ。


「【治癒】【治癒】【治癒】」


 みるみる傷が塞がっていった。治癒魔法か?


「フェル! 大丈夫か!」


 今度はリエルか。助かるんだが、セラの気を引くなよ。


「アハハハ! これならいくらでも戦えるわね!」


 お前といくらでも戦うつもりはない。しかし、リエルに傷を治してもらってもジリ貧だ。いずれ負ける。どうする?


「フェルちゃん、離れて!」


 ヴァイアの声が聞こえた。そしてセラの周りに石が浮かんでいる。瞬間的に視線の先へ転移した。すると背後から冷気が感じられた。


 慌ててセラの方を見ると、広場に氷の山ができていた。もしかして、この中にセラがいるのか?


「大丈夫!? あの人は氷山に閉じ込めたからもう大丈夫だよ!」


 そうか。でも、こんなんで終わるような奴じゃない。だが、少しでも時間を稼げたのはありがたい。亜空間からグローブを取り出して装備する。ここはもっと本気を出しておこう。ジャケットをしまって、いつもの戦闘スタイルだ。


「フェルちゃん? もう大丈夫だよ?」


「ヴァイア、助かった。だが、アイツはこんなことで止まらない。すぐに出てくるから、皆と宿に戻っていろ」


 氷山にヒビが入った。内側から突き破ろうとしているのだろう。


「嘘……あれを壊せるの!?」


「アイツは勇者だ。それぐらいできる」


「ゆ、勇者!? 勇者とは戦わないって言ってたじゃない!」


「私にその気はないが、向こうはやる気らしい。巻き込まれる前に離れろ」


 そう言った直後、そこそこな威力で頭を叩かれた。なんだ?


 リエルが怒った顔でメイスを持っている。それで私の頭を叩いたのか? 何てことしやがる。


「勇者と戦う時は俺らを呼べって言っただろうが!」


 そういえばそんなことを言われた。セラと戦うことは無いと思ってたからいい加減に返事をしてしまったのが裏目にでた。


「あれは嘘だ。だから、お前達は離れていろ」


 今度はかなりの強さでメイスを振るってきた。危ないから躱す。勇者に殺される前にリエルに殺されそうだ。


「ああ、そうかよ。じゃあ、俺は勝手にやらせてもらうぜ」


 リエルは氷の山に向かって歩き出した。


「おい、リエル。危険だ、離れろ」


「うるせぇよ。親友を殺そうとしている奴がいるのに、離れていろ、なんて言う奴の命令なんか聞けるか」


 まずい、これなら後方支援をしてもらっていた方がまだマシか? 仕方ない。絶対に危険に晒さないようにして戦うしかないな。


「分かった。リエル、私の負けだ。後方から支援をしてくれ。アイツと戦うなら傷を治してくれる奴が必要だ」


 リエルはクルリとこちらを向いた。顔は笑顔だ。もう、怒ってはいないんだろう……いや、怒った演技だったのか?


「最初からそう言え、アホ」


 またアホって言われた。そしてこちらに近寄って、すれ違い様に私の右肩に右手を乗せてきた。


「一撃で死ななきゃ絶対に治してやるから、致命傷になりそうな攻撃だけは絶対に避けろよ。あと、魔法で血は作れねぇ。ポーションとか持ってねぇか? 血が流れたら出来るだけ飲んでくれ」


 エリクサーが一本あるぐらいでポーションの類は持っていない。そういう準備もしておくべきだったな。


「フェルちゃん、これ使って!」


 ヴァイアが亜空間からポーションを十本ほど取り出した。


「お店の商品だけど、気兼ねなく使ってくれていいから!」


「すまん、後で金は払う。ヴァイア、リエルと一緒に後方支援を頼む。アイツが躱す方向を妨害してくれればいい。変な攻撃をするとお前の方に向かうかもしれないから慎重にな」


「うん! 分かったよ! フェルちゃんのサポートだけに徹するね!」


「なんか二人ともフェルちゃんとの絆が強くなってない? 仲間外れは嫌だなー」


 ディアが大きな声で独り言を言っている。そしてこちらをチラチラと見ていた。


 さっきはあまり良く見てなかったけどディアも戦闘の心得はあるようだ。なら手伝ってもらうか。


「ディア、二人を守ってくれ。攻撃の支援は大変だろうからな」


「了解。二人の事は任せて」


 よし、これならセラを倒せなくても、引き分けにするぐらいはできるかもしれない。気絶させるか、体力を奪うか……どっちも厳しいな。


「フェル姉ちゃん、私は?」


 私の横でアンリが仁王立ちしていた。両手で木剣を地面に突き立てながら、氷山を見つめている。やる気かよ。


「アンリ、お前はまだ実力不足だ。宿の方に避難……いや、宿にいる皆を守れ。誰も外に出すな」


「心得た」


 アンリはすぐさま宿の方に向かい、入り口の前で仁王立ちした。凛々しい。


 ひときわ大きな音が聞こえて氷の山から腕が生えてきた。そこから氷の山が爆発する。


 セラがそこから出てくると、服に付いた氷を払っている。やっぱりダメージらしいダメージはないか。


「素敵なお友達を持っているわね?」


「……ああ、自慢の親友だ」


「……アハ! アハハハハ! 流石よフェル! 相手が人族だろうとなんだろうと仲良くなれる貴方のそのカリスマ! 私の予想通りよ!」


 予想? 何の予想だ?


「魔界で貴方を数日だけ見ていたわ。それだけでわかる。貴方は自分の事はどうでもいいけど、知り合いに優しすぎる。そして、敵対する相手には容赦しない。魔族と結んだ協定なんて、すぐに破ると思っていたわ」


「なんだと?」


「魔王君から聞いていたの。貴方を人界に連れて行き、多くの事を学ばせるつもりだって。貴方なら知り合いのために協定を破ると思っていたわ。数年はかかると思っていたけど、まさか半年とは……いえ、人界に来てから二ヶ月程度とはね」


 セラは右手に持っている剣を空中で縦に回転させては、柄の部分を上手くキャッチしている。


「お友達もそうだけど、貴方も素敵よ、フェル。私の望みを叶えてくれる、私の大事なお友達。そして私の飢えを満たしてくれる唯一の相手……さあ、戦いましょう?」


 サイコパスすぎる。


「お前の飢えなど知ったことか。そんなに飢えてるなら雑草でも食ってろ」


 一度、後ろを振り返り、皆に頷いて見せる。皆も頷いてくれた。準備は大丈夫のようだな。


 よし、第二ラウンドだ。こっちはセコンド達と共闘だがな。

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