元魔王

 

 ドレアとジョゼフィーヌ以外の顔が驚きの表情になっている。息もしていない感じだ。


「あ、あの!」


 ディーンの声がかなり高い。裏返ってる。


「フェ、フェルさん? い、今、なんと、おっしゃいました? き、聞き間違いの、可能性がある、ので、もう一度、ゆっくり、言って、くれませんか?」


 随分とつっかえつっかえだな。


「半年ぐらい前まで魔王をやってた。だが、今はただの魔族だ。気にしなくていい」


「フェルちゃん、魔王なの!?」


「ヴァイア、うるさい。耳元で大きな声を出すな。それに魔王じゃない。元、魔王だ。ちゃんと話を聞け」


「おいおい、嘘だろ?」


「リエル、私は嘘なんかついてない。お前が現役聖女である方が嘘っぽいだろうが」


 これはちゃんと話さないとダメかな。あまり言いたくないんだけど、仕方ないな。


「食事をしたら私の事を少し話してやる。料理を食べ終わるまで待て」


 お腹がすいた。話をするのは後だ。




 なんだか残念だ。料理が普通だった。不味くはないし、卵が使われていたのはポイント高い。だけど、普通だ。ニアやメノウ、ヤトの方が美味しいな。まあ、ディーン達が奢ってくれるのだから文句はないけど。


 しかし、食事中、誰もしゃべらなかったな。チラチラと私の方を見ているのがちょっと煩わしかった。


 どうやら皆の食事が終わったようだ。私が話し出すのを待っている感じだな。水を飲んで喉を潤してから話すか。


「さて、食事の前に言った通り、私の事をちょっと話してやる」


 そう言うと、皆の視線が集まった。期待しているところ悪いが、大した話じゃないんだけどな。


「三年前に私は魔王になった。そして半年前にやめた。それだけの話だ」


「おう、まてコラ。そんな説明で誰が納得すんだよ。もうちょっと丁寧に説明しろ」


「そうだよ、フェルちゃん! 大事なとこでしょ! 詳しく説明して!」


「お前等、顔が近い、ちょっと離れろ」


 リエルとヴァイアは私の両隣に座っているから位置的に近い。二人そろって顔を近づけるな。


 しかし、これ以上、何を詳しく説明しろというのだ。


「フェル様、ここは私が説明しましょう」


 ドレアがそんなことを言ってるけど、大丈夫かな? 変なことを言わないで欲しいんだけど。


「それはいいのだが、大丈夫か?」


「当然ですな。魔族の中でフェル様の事を説明できない者などおりません」


 それはそれで怖いんだけど。でも、まあ、任せるか。自分で自分の事をあまり言いたくない。


 しかし、ドレアに久しぶりに会ったけど、随分とまともになったな。昔は話が通じなかったんだが。


 ドレアが一度だけ咳をしてから周囲を見渡した。今度はドレアに視線が集まる。


「フェル様は三年前、ある事件に巻き込まれた。フェル様のご両親が殺された事件だ」


 周囲が息をのむように驚いた感じになった。同情とかはされたくないんだけど。というか、いきなりその話なのか。


「フェル様も満身創痍で発見されてギリギリのところだったが一命は取り留めた。ただ、一週間ほど目を覚まされなかった。だが、目覚められたとき、フェル様は魔王として覚醒されていたのだ。魔族であれば誰もが分かる、魔王の覇気。私も初めてだったが、その覇気をフェル様から感じて、この方が魔王になったと確信したのだ」


「覚醒したとか言うんじゃない。魔王になった、でいいだろうが」


 ところどころにチューニ的な発言を入れてきやがる。断固阻止せねば。


「五十年前に当時の魔王が討たれて以来の魔王だったのでな、魔族は皆、歓喜した。我々の王が降臨されたのだから、また勇者を殺すために人界に攻め込むのだと」


 降臨……。微妙にアウトだがスルーしよう。


「だが、フェル様は『人界には攻め込まない。勇者は私が何とかしよう』とだけしか言わなかった」


「フェルさんが人界には攻め込まない、と言ったのですか?」


 ディーンがそう言うと皆が私を見つめた。私じゃなくてドレアを見ろ、ドレアを。


「そうだ。そしてフェル様は勇者を倒すために色々な努力をされた。私のような年配の魔族に武術の訓練を受けたり、強力な魔物を倒したり、本を読んで知識を増やしたりと、傍から見ていても命の心配をするほどの事をしていたのだ」


 当時はガムシャラだった気がする。なんというか両親の死をあまり考えたくなかったというのが根本にあったからな。


「そして我々魔族はフェル様に知識を分けてもらった。もともと魔族は勇者を殺すということ以外、ほとんど協力はしなかったし、戦う以外の事もほとんどできなかったからな。簡単に言うと好き勝手に生きていたわけだ。だが、フェル様はそれを改善してくれたのだ」


 魔界にあった本を見よう見まねで試しただけなんだけど、思いのほか上手くいった気がする。


「それぞれ専門に特化した部と言うものを作り、我々に仕事を割り振ってくださった。私などは武具や術式の開発研究をする開発部だ。他にも戦闘に特化した軍部や、魔界で食糧を生産、管理する生産部、魔界の地表を調査する探索部等、フェル様の指示で作った物もあれば、部から派生したり新規に作ったりした部もある」


 いつの間にか増えてた。私が何もしなくても考えて行動してくれるのはありがたい。


「フェルさんは魔界でそういうことをされていたのですか……」


 なんだろう、ディーンがちょっと項垂れている感じがする。


「まあ、なんだ。本の知識だ。私が考案したものなどない」


「相変わらずの謙虚さですな。まあ、それはいいでしょう。さて、話を続けるが、フェル様が魔界での生活を改善するきっかけをくれたことで、魔族は魔王について勘違いしていたことに気付いた」


 その言葉にディーンが頭をあげた。


「勘違い、ですか?」


「そうだ。魔王は強ければいい、以前の魔族は皆そう思っていた。だが、違う。魔王とは魔族の王なのだ。魔族の生活や命を一番に考えてくれる方こそが王であると我々は思い知ったのだ」


「ドレア、昔の魔族達を否定するなよ。魔族は常に勇者の影におびえて生きていたんだ。力こそ全て、それを魔王に求めるのは正しいと思う」


「そうでしたな。それもフェル様に何度も言われていましたな」


 ドレアは謝罪するように頭を下げた。そんなことで謝る必要はないのに。


 ドレアが頭をあげると、今度はディーンの方に視線を動かした。


「さて、ディーン。全てではないがある程度はフェル様の事を語った。既にフェル様は貴様達の作戦を受け入れてしまっているが、お前が願い出たのは、我々魔族を導いてくれたお方だ。側近二人を倒せなどと言うのは、つまらないお願いだと言った意味が分かったな?」


 今度はウルの方に顔を向けた。


「そしてウル、と言ったな。貴様もだ。フェル様を呼び捨てにするほど、お前は偉いのか? いや、偉くなくてもいい。フェル様と同程度の何かを成し遂げているのか? 自分がフェル様と同等だと言えるのか?」


「ドレア、もうやめろ。過去の事を自慢するほど格好悪いことはない。それにもう私は魔王ではないだろう?」


 ドレアがものすごい不満そうな顔をしている。


「……そう、ですな。今は魔王ではないですな」


 私の事を立ててくれるのは嬉しいと思う。だが、古参の魔族はそういうのに厳しすぎる。まあ、悪い気はしないんだけど、全部、昔の事だ。


「ディーン、ウル、すまんな。私の過去の事はどうでもいい。作戦通りに側近は倒すし、今まで通り呼び捨てで構わない。変に気を遣うなよ?」


 ディーンが真面目な顔をしてこっちを見ている。なんだろう? もしかして尊敬した?


「フェルさんはエルフの森で、王としての振る舞いを語ってくれたんですね」


「何の話だ? そんな話をしたことはないぞ?」


「いえ、『皇帝になりたいのなら、最初に国民のことを考えろ』と言ってくれました。あれはフェルさんの実体験からの話なんですね?」


 あれか。確かに言ったけど別に王としての振る舞いなんてものじゃない。ただの責任だ。


「あんなものは常識であって、振る舞いじゃない」


「私はそんな常識も無かったという事ですね……」


 なんてネガティブ。これから皇帝になろうとしているのにそんなメンタルで大丈夫か?


「あのな、ディーン。お前は若いんだからこれから学べばいいだろ。いままではそんな暇はなかったのだろうが、これからは違う。いくらでも学ぶ機会はあるんだ」


「はい、そうですね」


「あと、ウルもな、皇帝らしい言葉遣いなんか教えてないで、組織の運営的な事を教えてやれ。国と傭兵団じゃ規模は違うし、やることも違うが参考にはなるはずだ」


「そうね、助言に感謝するわ、フェル……さん」


「鳥肌が立つからやめろ。嫌がらせか。だいたい、そんな苦々しい顔で言われたら言いたくないのが丸わかりだ。さっきから言ってるだろ。私はもう魔王じゃない。そしてお前達に敬意を払われる理由もないんだ。呼び捨てで構わない」


 本気でぞわぞわした。なんという弱体効果。戦闘中なら危なかった。


「じゃあ、私の話はこれで終わりだ。早速明日の予定を聞かせろ」


 まったく、ここまでくるのに時間が掛かり過ぎだ。とっとと作戦会議をしよう。




 今日泊まる部屋に来た。私とヴァイアとリエルとルネが泊る部屋だ。


 作戦会議は会議と言えるようなものじゃなかったな。やることはほとんど決まってた。


 なんというか、ディーンの霧によるスキルの使い勝手が良すぎる。


 どんな門だろうと扉だろうと霧になれば意味がないらしい。さくっと城に入れるそうだ。


 帝都に兵士はほとんどいないので、それも脅威とは考えていないらしい。


 ただ、ルートというディーンの影武者が捕まっているので、それを救出するチームと皇帝を襲撃するチームに分かれることになった。


 ディーン、ウル、私、ドレア、ルネが襲撃チーム。少数精鋭で皇帝とその側近を倒すチームだな。


 残りの傭兵団幹部は全員ルート救出チームになる。他の団員は主に城下町で陽動をするらしい。


 リエルとヴァイアは町の教会で住民の避難指示や治療などを行い、魔物達は帝都の外側で逃げる奴を確保する役目になった。


 特に帝都の北側に逃げられると面倒なので、それだけは絶対に阻止してほしいと頼まれた。団員も結構な割合で配備しているそうだが、是非にと頼まれたので魔物達にお願いした。


 ブーイングが酷かった。攻め込みたいのは分かるけどこれも大事な仕事だと説得したら納得してくれた。とても疲れる。


 北側に逃げられると困るというのは、なんでも帝都の北側には遺跡があって皇族だけが入れる仕組みになっているらしい。どうやらソドゴラ村で見せてもらったペンダントを使うそうだ。


 ヴァーレも同じペンダントを持っていて遺跡に入ることはできるらしい。だが、ディーンが持っているペンダントも欲しがっているようで、それが見つかるまでは影武者が殺される可能性はない、と言っていた。


 なお、その遺跡は砦としても使えるらしい。無数のゴーレムがその遺跡を守っているので攻めるには時間が掛かるとのことだ。なので北側には逃げられたくないと、何度も言っていた。


 色々と面倒くさいな。明日は早いからとっととシャワーを浴びて寝よう。


「あのー、ヴァイアっちもリエルっちも、なんでそんな難しい顔をしているんですか? 何かありました?」


 そうだ。さらに面倒くさいのがいた。


「私が元魔王だったからショックを受けているんだ」


「え? 言ってなかったんですか?」


 前の役職的なものを言う奴いないだろ? 元カノです、みたいに自己紹介する奴はいない。


「フェル、ショックはショックだが、魔王だったからという意味じゃねぇんだよ」


「それ以外に理由があるのか?」


「ある。俺とヴァイアにお前が教えてくれたことが頭に引っかかってる」


 私が二人に教えたこと? なんだっけ?


「それを今から問い詰める。フェルはそこに座れ」


「そこは床だろうが。正座でもさせる気か?」


「心情的にはそうだけど、ベッドの上でもいい。とにかく座れ」


 仕方がないので部屋にあるベッドに腰かける。そしてヴァイアとリエルはその隣にあるベッドに腰かけて、私と正面から向き合う形になった。必然的にルネは私と同じベッドに腰かけた。


「一体なんだ?」


 リエルとヴァイアが真面目な顔をして私を見つめている。本当に何だろう?


「以前、言ったよな? 勇者を倒すには、魔王がさくっと殺されればいいとかなんとか」


 その件か。もしかしてその件で説教されるのだろうか。明日は早いからもう寝たいんだけどな。

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