心配

 

 リエルの目が怖い。怒っているというか睨んでいる。


 ヴァイアは泣き出しそうな顔だ。


 ルネはそんな二人を見て、不思議そうな顔をしている。


 確かにリーンの町で二人に魔王と勇者の関係を話した気がする。勇者が魔王を殺すと数日中に死ぬという内容だったはず。


 前提として私が魔王だったことを言わなかったから怒ってるのかな?


「フェル、あの時の話はどういう意味だよ? もしかしてフェルが勇者に殺されれば魔族が助かるって意味なのか?」


「正解だ。察しがいいな」


 魔王様がいらっしゃらなかったときはその予定だった。私が一人で勇者と戦い、そして死ぬ。そうすれば魔族の犠牲はない。


 魔界にある文献や歴史を片っ端から調べたから、十中八九間違いないはずだ。


「お前! ふざけんなよ!」


 リエルが顔を真っ赤にして怒鳴った。もしかして私を心配してくれているのだろうか。


 これは今のうちに説明しないとこじれるな。


「待て、リエル。それは半年前までの話だ。今は状況が違う」


「……どういう意味だよ?」


「ディーン達に話をしたとおり、今の私は魔王じゃない。それに勇者は一度撃退して、お互いに人族や魔族を襲わないという協定を結んでいる。つまり私が勇者に殺される理由がない」


 まあ、あの嫌な奴が理不尽な要求をしてくる可能性はあるけど、魔王様がいらっしゃる間は大丈夫だろう。


「それは本当なの? 嘘じゃないよね?」


 ヴァイアの目に涙が溜まっている。こんなことで嘘をつくわけないだろうが。


「本当だ。勇者とは手打ちが済んでる。だから安心しろ」


 二人とも肩の力を抜いたようだ。落ち着いてくれたのだろう。説教されなくてよかった。


 リエルの目つきが普通に戻ると、私ではなくルネの方を見た。


「なあ、魔族達はフェルの勇者への対応って知ってたのか?」


「知らない魔族はいないですね。最初は部長クラスの魔族にしか伝わってなかったのですが、最終的には全魔族に伝わりました」


「誰も止めなかったのかよ?」


「もちろん止めましたよ? でも、魔王であるフェル様の命令には逆らえなかったので……ヴァイアっちもリエルっちもフェル様にもっと言ってやってください。フェル様はなんでも一人で決めて、一人でやっちゃうんですから。まあ、フェル様に頼りきりだった私達のせいでもあるんですけどね」


 最近、そう言われることが多いな。皆の意見は聞いているし、頼ってもいるんだけどな。


 今度はリエルとヴァイアから半目で見られている。呆れている目だ。そんな目で見るんじゃない


「フェルちゃんは昔からそうだったんだね。一人で全部やったら駄目でしょ?」


 最近、ヴァイアが私の保護者気取りだ。同い年だよな?


「いや、効率的な対応をするならそれが一番なんだ。私一人の命ですべての魔族が助かるならそれが一番いいじゃないか」


 急にリエルが立ち上がって、私の頭にチョップを繰り出した。


「何をする」


 余りにもスムーズだったから躱せなかった。


 さらにリエルと入れ替わる様にヴァイアも立ち上がって同じようにチョップしてきた。なんなのお前等。


「二人とも何をするんだ。痛くはないがちょっとイラっとする」


「イラっとしてんのはこっちだ、このアホ」


 アホって言われた。そんな事言われたのは初めてだ。


「そうだね、フェルちゃんはアホだね。アホアホだよ」


 アホアホ。これも初めて言われた。


「フェルが死んだら皆が悲しむと思わねぇのかよ? 例えば、ルネ。フェルが魔王として勇者と戦い、殺されたらどうする?」


「確実に生き残った勇者を襲いますね」


 即答しやがった。それじゃ意味がないだろう。


「それこそアホだろう。私が魔王として殺されたなら勇者も死ぬんだ。それまで勇者なんて放っておけ」


「それは無理ですね。実を言うとフェル様に内緒でそういう作戦を決行する予定でした」


 初耳なんだけど。


「なんでそんな意味のないことをするんだ。魔族が存続しなければ意味がない。出来るだけ多くの魔族が生き残ることが大事なんだろうが」


「どちらかというとフェル様がいなくなることのほうが意味ないんですけどね。言っときますけど、その作戦に参加しないと言った魔族はいませんからね? 獣人達や魔物達も参加すると言ってましたし」


 昔、あんなに私が一人で戦う理由を言って聞かせたのにまったく意味がなかった。時間返せ。


 もし、勇者と戦うことになったらどこか誰も入ってこれない閉鎖空間で戦おう。ダンジョンなら可能かな。アビスに頼もう。


「これでわかったでしょ、フェルちゃん。今は状況が違うだろうけど、もし、フェルちゃんが勇者に殺されでもしたら、私達だって勇者に報復するよ」


 その言葉にリエルも頷く。


 何を言っているんだ、コイツ等は。無意味なことはしないでほしい。


「勇者は人族だ。同じ種族で争うなよ」


「おいおい、人族同士で争うなんてどこでもやってることだろ? 復讐っていう理由があるだけで正当性を証明できるぜ」


 そうだろうか。まあ、魔族も魔王がいないときには、よく争いをしていたという記録はあった。でも勇者と戦うのは話が違うよな。うーん、なんと言って説得しようか。


「だからな、フェル。もし、いつか勇者と戦うなら俺を呼べ。絶対お前を殺させねぇから」


「……は?」


 間抜けな声を出してしまった。


「そうだよ! その時は私も助けるよ!」


「あ、もちろん私達魔族も全員一緒に戦いますからね! 今度は抜け駆けなしですよ!」


 気持ちは嬉しい。だが、魔王様以外にあの嫌な奴は倒せない。


 そもそも何で私が勇者と戦う話になっているのだろう? 私はもう魔王じゃないんだけど。


 それに、もし、一緒に戦うとなったら、正直なところ足手まといだ。いない方がまだ勝てる可能性がある。でも、それを言っても通じないんだろうな。


 まあいいか。どうせ戦わないなら、適当に約束してしまおう。


「分かった。勇者と戦うなんてことはないと思うが、戦う事になったらお前達の力を借りる。これでいいか?」


「よし、言質は取ったぞ? 嘘ついたら針を飲ませるからな。ディアなら沢山持ってるだろうし」


「沢山も飲ませるな」


 一本でも嫌だ。


「そうだね。制約魔法を使っておこうか? 超強力なヤツ」


「やめろ」


 ヴァイアがやるとかなりの誓約になりそうだから嫌だ。多分、破ったら死ぬレベル。


「魔界の総務部に今の言葉を念話で送っておきましたので、もう取り消せませんよ」


「なんでこんな時だけ仕事が早いんだよ」


 まあ、悪い気はしないかな。私の事を心配してくれているのだろう。でも、私だって同じくらい心配というか、守ってやりたいと思っているんだけど。


 もっと強くなりたいな。そうすれば、魔王様をお助けできるし、魔界の奴等やソドゴラ村の奴等を守れる。それに、あの嫌な奴にも一人で勝てるかもしれない。前みたいに技術を教わったり、強い魔物と戦ったりするべきかな。


 そうだ、魔王様で思い出した。ヴァーレが神から力を授かったとか言っていた件を聞いておこうと思ってたんだ。


「ちょっと出かけてくる」


「もうそろそろ夕食の時間だよ? どこに行くの?」


 魔王様との念話は聞かれたくない。なんとかごまかそう。


「昔の事を思い出したからな。ちょっと外の空気を吸ってくるつもりだ」


 三人が何かを察する顔になった。もしかして私が家族の事を思い出したとか考えていないよな? ごまかしただけなんだけど、ちょっと罪悪感があるな。……あとで食べ物を奢ってやろう。


 宿の外にでてから宿の屋上に転移する。結構高い。


 西の方を見ると沈みそうな夕日が見えた。もう、こんな時間か。


 なんだろうな、あまり夕日を眺めたことは無かったが、今日は綺麗だと思う。適当に言ったつもりだったけど、昔のことを色々話したから、いつの間にか本当にセンチメンタルな気持ちになっていたのだろうか。


 まあいいや。もう昔の事だ。過去は変えられないんだから悩むだけ無駄だ。


 よし、魔王様に連絡しよう。


『やあ、フェル。どうかしたのかな? 村の人は助けられた?』


 すぐに念話が繋がった。魔王様の声を聞くのも久しぶりな気がする。そう言えばニアの事を連絡していなかったな。


「はい、救出は成功しました」


『うん、それは良かった。フェルも人族を殺さなかったようだし、問題はなかったようだね』


 問題は無かったけど、これから問題があるんだよな。覚悟を決めて報告しよう。


「魔王様、申し訳ありません。実は今、ルハラの皇帝を倒そうとしております」


『まあ、なんとなくそんなことになるとは思っていたよ。以前も言った通り、人族を殺さないのなら許可するよ』


 これこそ寛大と言うものだ。私とは器が違う。


「ありがとうございます。実はその皇帝なのですが、神から力を授かったと言っていまして、ちょっと気になりました。魔王様はその神とやらに何か心当たりはありますでしょうか?」


『ルハラで神となると、無神ユニかな。確かその地域にいるはずなんだけどね』


「その神が皇帝に力を貸しているということはあり得るのでしょうか?」


『可能性はあるね。ルハラの皇族はルハラ周辺を統一した人物の血筋なんだけど、その時にユニが力を貸しているんだ。いや違うか、ユニに言われてルハラ周辺を統一したというのが正解かな』


 そんなことがあったのか。一度人族の歴史も調べてみたいな。


『うーん、ちょっと気になるね。分かった。僕もそっちに行こう。先にユニを停止させた方がいいかもしれない。大霊峰の方は時間が掛かりそうだからね』


「こちらにいらしてくれるのですか?」


『うん、そうだね。あ、言っておくけど、皇帝を倒すことは手伝えないよ?』


「もちろんです。そんな雑用はさせられません」


 それこそ不敬すぎる。そんなことはディーンにやらせればいい。


『ははは、皇帝を倒すことは雑用なのかい? ユニから力を借りているなら強敵かもしれないから注意するようにね』


 皇帝が神から力を借りていたら、そもそもディーンは倒せるのかな? 最終的には私がやらないとダメな気もするな。


「私は手を出さないつもりなのですが、注意だけはしておきます」


『そうだね。それじゃ、二、三日で着くと思うから、またその時に』


「はい、お待ちしております」


 念話が切れた。


 魔王様とお会いできるのは嬉しいな。メーデイアの病院であったのが最後だった気がする。なんか夢でもあったけど、あれはノーカンだ。


 よし、念話も終わったし、食事も近い。部屋に戻ろう。




 部屋に戻ったらなんだか三人がベッドに腰かけて頭を寄せ合っていた。なにしてんだ?


「あ、フェルちゃん、おかえり!」


「ただいま。どうかしたのか?」


「皆で色々決めてたんだ」


 決めてた? 何を?


「私の事、お母さんて呼んでいいよ!」


 何言ってんだ、この胸オバケは?


「俺の事は頼れる姉貴でいいぜ! リエル姉って呼んでみ?」


 このアホ聖女も何を言っているのだろう?


「あ、私も姉枠でお願いします。ルネお姉ちゃんと呼んでください。どうぞ、さん、はい」


 とりあえず、三人とも手加減して殴った。


 コイツ等は三人いてもロクな事を考えないな。多分、私が家族の事で落ち込んでいるとでも思ったのだろう。


 私の事を心配してくれたと思うから嫌な気分ではない。でも、お前らはどう考えても手のかかる妹枠だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る