過去
この空気をどうすればいいのだろうか。
まさかドレアが喧嘩腰で何かを言うとは思わなかった。
言われてみれば確かに私が受けるような話ではないんだけど、ここまで来たら勢いでやってあげてもいいような気がするんだが。
「つまらないお願いとはどういう事かしら?」
ウルが口を開いた。ドレアを睨んでいる。魔族に対してそういう目を出来るのは流石だ。
「言葉通りの意味だ。それと貴様にも言いたいことがある」
「……私に?」
「なぜフェル様を、敬称を付けずに呼んでいるのだ?」
「ドレア、私に敬称をつける必要は――」
「フェル様は少しお黙り下さい」
ええ? 敬称うんぬんより扱いが酷いような気がするんだが。
「ここに来る途中、ヴァイア殿とリエル殿に貴様らの話を聞いた。はっきり言って、フェル様が貴様達のお願いを聞く必要はまったくない」
ゴンドラの中でヴァイア達に色々と聞いていたのは、ディーン達の事を聞いていたのか。
今日は復活したロスの背中に乗っていたから話の内容までは分からなかった。
「聞けば貴様達はフェル様を陥れようとしたのだろう。まず、貴様らの命があるのは、フェル様のお慈悲であることを理解しろ」
「おい、ドレア、それはもう――」
終わったことだ、と言おうとしたら、今度は手をこちらに向けて遮られた。どんどん私への扱いが酷くなっている気がする。
「それに貴様達はすでにフェル様に助けられているな? フェル様から渡された黒竜の牙をソドゴラ村というところで加工していたと聞いた」
ヴァイアの情報かな? 壁ドンしてたみたいだし、見ていた可能性はある。
ディーン達が村にいた期間は短いと思うけど、ある程度は加工できたのだろうか。
「その上でフェル様にお願いという雑用を押し付ける気かね? もし、冗談ではなく本気でそんなことを言っているなら――」
ディーン達の背後に人型の黒いモヤが現れ、首元に手刀を突き付けた。
「――この場で殺すぞ?」
この馬鹿。黒いモヤは虫か。ドレアのスキルだな。
「ドレア、召喚した虫をしまえ。ディーン達を脅すんじゃない」
「フェル様の命令でも聞けませんな」
ならもっと強気で言おう。多分、聞いてくれるはず。
「ドレア、私はやめろと言ってる。三度目の命令は無いぞ?」
ドレアがゆっくりとこちらを見る。怒っているわけじゃないようだけど、感情が読めない表情だな。
「フェル様の命令に背いている以上、愚か者として死ぬことも覚悟の上ですな。止めたければ私の命を奪ってくだされ」
この馬鹿は何を言っているのだろう。死ぬとか簡単に言うんじゃない。
「そんなことが出来るわけないだろう。私に同胞の命を奪えと言ってるのか?」
「……そうでしたな。フェル様は周囲の死を極端に嫌がりますから。できないと分かっていて言うのは卑怯でしたな」
黒いモヤは消え去った。ディーン達は殺気から解放されたのか、肩で息をしている。
ドレアをここに呼んだのは間違いだったかな。もうちょっとソドゴラ村の奴等で慣らすべきだったか。
「ディーン、すまなかったな。大丈夫か?」
「え、ええ、問題ありません。ちょっと、いえ、かなり驚きましたが」
殺されそうになって問題ないと言えるのも凄いな。
「改めて発言させてもらってもいいですかな?」
懲りないな。今度は何を言うつもりだ。開始十分でかなり疲れているんだけど。
「ディーンとやら、よく聞け。フェル様は寛大なお方だ。どんな願いも嫌とは言いながらも聞いてくれるだろうし、どんな不敬も許してくださるだろう。だが、他の魔族がフェル様のように寛大だと思わぬことだ」
いや、別に寛大なわけじゃないんだけど。大したことじゃないと思っているだけで。
「教えておくが、我々魔族や配下の獣人、魔物もフェル様に無茶なお願いや不敬な事をしている。なので、フェル様になにかを願い出ること自体は咎めたりしない」
不敬な事をしている? ああ、ルールの事か。そういえばドレアはルールを決めた奴等の一人だっけ。状況が落ち着いたら制裁しよう。
「お願いや不敬な事をするのは、フェル様が、自分に敬意を払う必要はない、とおっしゃったのが主な理由だが、それにはちゃんとしたルールが存在するのだ」
アレだな。能力の制限を解除したら最大限の敬意を払えとかいうアレ。
「フェル様のために命を差し出せる覚悟がある者しか、何かを願い出ることも不敬をすることも許されない、だ」
「ちょっとまて」
何言ってんだ、このマッド野郎は。
「フェル様、最後まで言わせて頂けませんかな? 止められるとどこまで言ったのか分からなくなりますので」
「あのな、私が知らないルールが出ているのに止めないわけないだろう? 大体なんだ、そのルールは」
私に対するルールっていくつあるんだ。私が知らないものばかりじゃないか。
「ルールというよりは暗黙の了解ですな。特にルールとして明言はしておりません。ですが、魔界の住人なら全員がそう思っております」
ジョゼフィーヌの方を見ると、こくりと頷いた。マジなのか。
「ディーン、貴様はフェル様の親友でもなければ、懇意にしている村の住人でもない。タダの知り合いだ。その程度の関係でフェル様の手をわずらわせるつもりなら、貴様の命を差し出せ。貴様がお願いをしようとしている方は、それほどの方なのだ」
ドレアとジョゼフィーヌ以外は皆ドン引きだよ。当然私も。
「……私はここで死ぬわけにはいきません」
ディーンが絞りだす様にそんなことを口にした。ちょっと怯えている感じだ。
「命を差し出せというのは、この場で死ね、という意味ではない。生きている内はフェル様に忠誠を誓い、フェル様が望めば命を差し出せ。もっと簡単に言えば、残りの人生をすべてフェル様に差し出せ、と言っている。それができぬなら、フェル様に願いを申し出るな」
「ドレア、もうやめろ」
「やめるわけにはいきませんな。この者たちはフェル様をあまりにも軽視しすぎです。私の対応はまだ緩い方ですぞ? 軍部の部長なら有無を言わさず首をはねていると思いますからな」
それはそうだろうけど、そんなのを比較しても意味ないだろ。
「いいからやめろ。ドレアがディーンに言ったことは奴隷になれと言っているのと同じじゃないか。私が一度でもお前達にそんなことを望んだか? そんな考えを持っているなら即座に捨てろ。私に命を差し出すなど、それこそ愚か者だ」
仕方ない。あまり言いたくないけど、これも言っておかないとな。でも、何度も言ってるんだけどな。
「私がお前達のために死のうとしたのは、そんな事をしてほしいからじゃない。それが私のするべきことだったからだ。恩を感じる必要はないと何度も言っただろう? 私が助けようとした命を簡単に捨てることは許さんぞ」
「そう、でしたな。それは何度も聞いております。……私だけでなく他の者も考えを捨てるのは難しいでしょうな。ですが、分かりました。考えを捨てるように努力いたします」
ドレアは私の方に頭を下げた後、目を閉じてしまった。もう、何も言わない、というポーズだろう。
でも、この空気をどうしろと。ディーンのお願いを了承して休憩にするしかないか。
「ディーン、私の部下が失礼した。お前の提案、側近二人に関しては私が請け負う。ヴァーレの方はよろしく頼むぞ」
「え、あ、はい。その、ありがとうございます……」
なんだか私を見る目に怯えが入っている。一緒に帝都へ攻め込むんだからなんとかしないとな。まずは空気を変えよう。
「すこし休憩したい。すまないが帝都へ攻め込む詳細な話は後だ。先に食事にしてくれないか?」
「そ、そうですね。一旦、休憩にしましょう。ベル、料理を頼むよ」
ベルは頷くと部屋を出て行った。料理を持ってきてくれるのかな。
まずは食事だ。お腹が膨れればいい考えが浮かぶかもしれない。いい宿だから食事も美味い可能性がある。楽しみだ。
「なあ、ちょっと聞いていいか?」
リエル? そう言えばコイツも空気が読めない。質問の内容によるけど、大丈夫だろうか?
「ええと、なんだ?」
「魔界だと、フェルって偉いのか? ルネとかヤトとか魔物達はなんとなく分かるんだけど、ドレアがフェルを敬うのは、なんというか違和感があるぜ?」
偉くはないな。役職による差はあるけど、偉いのは魔王様だけだ。それ以外の魔族は皆同じだ。
「偉くない。ドレアが私に対してこういう態度なのは、昔ちょっとあったからだ」
「ちょっとではありませんな。我々魔族はフェル様に救われたも同然です」
お前、もう喋らないんじゃないのかよ。
「しかし、今のリエル殿の質問で状況を理解できました。このディーンとやらの態度がなれなれしいのも、そもそもフェル様の事を知らなかったのですか。ならこの状況も頷けますな」
「確かに知りませんね。フェルさんは魔界ではどういう立場なのですか?」
余計なことは言いたくないな。でも、コイツ等には言っておいてもいいか。ドレアがすぐに言ってしまいそうだし。
「今の私は普通の魔族だ。ただ、半年ぐらい前まで魔王をやってた。それだけの話だ」
また、空気がおかしくなってしまった。私のせいじゃないと思いたい。
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