理想郷

 

 今日は野営をすることになった。


 帝都からやって来たドレアの話では、あと半日ぐらいは町などないらしい。夜通し進んでもいいが、魔物達が疲れてしまうので、ここでゆっくりすることになった。


 シルキーやバンシーに作らせた料理は相変わらずそこそこだった。まあ、ニアやヤトと比べるのは良くないな。だけど、私が笑顔になるかどうかで、料理が美味しいかどうかを判断してほしくなかった。ちゃんと味見しろ。


 魔物達は見張りを交互にするということで、すでに休んでいる者もいる。


 私が結界を張ろうか、と言ったらそこまで必要ありませんからゆっくりなさってください、と言われた。


 力を温存しろ、ということかな。ならその言葉に甘えよう。


 さて、まだ寝るには早い。何をしようかな、と思っていたら、ドレアとルネが近づいてきた。


「フェル様、よろしいですかな? ……なぜそんなに嫌そうな顔をされているのです?」


 ドレアの話はよく分からないから嫌なんだが。


「お前の話はよく分からない時がある。頼むから簡単な言葉で話してくれないか? それならいくらでも話してやるんだが」


「ああ、安心してください。研究や術式の話ではありません。ジャンルとしては人族の話ですかな」


 人族? 何の話をする気なんだろう?


 ヴァイアやリエルは朝方に見張りをするからと言って既に寝てる。もしかして二人には聞かれたくない話なのだろうか。


「さて、何から話しますかな。そうそう、人界でのフェル様には驚きました。フェル様と対等に話をしている人族がいましたからな。対等どころか説教までされている始末。魔界の者に言っても信じてはもらえないでしょうな」


「アイツ等は、まあ、なんだ。私の親友らしいからな。気兼ねなく言いたい放題言える相手ではある」


 ドレアが完全に停止している。息をしているよな?


「おい、ドレア、大丈夫か? いいから早く要件を言ってくれ」


「いきなり驚きましたな。なら、さっそくお伺いします。ヤトからの定期連絡で人族と友好的な関係になる、との話を聞いています。そしてルネにも確認したのですが、フェル様の行動からそれは間違いではない、と裏も取れました」


「ああ、その通りだ。それがなんだ?」


「なぜ、でしょうか?」


「それもヤトから聞いていないのか? 簡単に言えば食糧事情だ。魔界は魔族や獣人が増えた。そして人族は襲っていない。五十年前を最後に奪った食糧も尽きかけているだろう? 生産部の奴等から聞いてないか?」


「そうですな。最初は部長会議で保管している食料に状態保存の魔法をかけるのが楽になったという話だったと記憶しています。そこからだんだんと食糧が減ってきているという話に変わってきましたな」


「そうだ、だから食糧を人界から魔界に送るために、人族と友好的になろうとしている。今回初めてルネに食糧を持たせて魔界に帰らせるつもりだった。残念ながら色々と事情が重なってまだ帰れていないがな」


「そこで、なぜ、ですな」


 ドレアの言っていることが分からない。なにが、なぜ、なんだろう?


「人族など、支配してしまえばいいのでは? 魔族が人族に負けるとは思いません」


 なにを言っているんだろう、コイツは。一番大事なことを忘れている。


「勇者がいるだろう? 魔族がそんなことをしたら殺されるぞ?」


「しかし、勇者を撃退したではありませんか。殺せなくとも相手から譲歩を引き出す程度には戦えたのです。なら次に戦えば――」


「やめろ」


 ドレアが口をつぐむ。表情は変わらないが不満があるかもしれない。だが、次に戦うという選択肢はない。


「言ったはずだ。私達はもう勇者と戦わない。戦うとしたら向こうから理不尽な要求を突き付けられたときだけだ」


「しかし――」


「何度も言わせるな。勇者と戦えばそれだけ被害が出る。無駄に命を散らす必要はない」


「……前の戦いで誰の被害も出ておりませんが?」


「誰も? 誰が勇者と戦ったと思っている? 無傷で済んだと?」


 魔王様が命を賭けて勇者と戦ってくれたからこそ、今の私達がある。その魔王様が決めた方針に背くというなら体に分からせるぞ。


「……申し訳ありません。失言でした」


「いや、こっちこそすまん。こういう風に意見を止めさせてはいけないな。分かった、言いたいことがあるならこの場で全部言え。聞いてやれるかどうかは分からないが、どういう考えを持っているのかは知っておきたい」


 上司として部下の意見を聞けなくなったら終わりだ。ちゃんと聞いてやってから判断を下そう。


「はい、では、私の考えといいますか、気持ちですな。それをお聞きください」


 ドレアは一度だけ大きく深呼吸をした。めずらしいな。コイツでも緊張するのか。


「簡単に言えば、人族に嫉妬しました」


「嫉妬?」


「はい。人界に降り立ち、迷子になりながらも人界を散策しました。……人界は魔界とはなにもかもが違う」


 そういうことか。私も人界に来た時はそんな感じだった気がする。


「汚染されていない地表、暖かさを感じる太陽、さわやかな風。ここが、我々魔族が求めてやまない理想郷だと、そう感じましたな」


「そうだな。私もそう思った」


「迷子になっていた時、空腹から食べられそうな果実を取って口に含みました。味のある果実です。魔界でも味のある食べ物はありますが、その味はとても薄い。人界の果実を食べて、恥ずかしながら涙を流しました」


 それほどか。分からんでもないけど。


「喜びと同時に怒りが沸きましたな。魔族が魔界であのような暮らしをしているのに、人族は人界でのうのうと暮らしている。到底許るものではありません」


 それも分かるな。魔族だけがなぜあのような暮らしをしなくてはいけないのか。それは人界に来る前によく考えていた。


「ですが、人族と友好的になるという方針がありましたので、その怒りを隠して人族の世話になっていたのです」


 私は人界や人族に対して怒りを感じなかったが、ドレアは感じたのか。年齢のせいかな。確かに四十年も魔界に住んでいれば、この環境を見ただけで怒りが沸くかもしれない。


 私やルネなんかはその半分程度しか生きていない。思うところが違うのだろう。


「そして、昨日、フェル様のユニークスキルを受けて確信しました。フェル様と一緒に戦えるなら人界すべてを支配できると」


「お前の気持ちは分かった。だが――」


 ドレアに手を前に出されて、喋るのを遮られた。


「皆まで言わずとも分かっております。昨日からフェル様と人族との関係を見て、人族を支配するような真似はされないということも確信しました。ただ、それでも進言したかったのですよ。なぜ私達よりも人族を優先されているのかと。フェル様の同族として、少々寂しいと感じましたからな」


「……すまないな。お前達よりも人族を優先しているわけではないのだが、そう捉えられても仕方ない」


 ここは頭を下げておこう。そういうつもりは全くなかったが、そう捉えているなら謝罪するべきだろう。


「フェル様、頭を下げる必要などありません。人族を支配するという進言は、寂しさを感じたから、というのもありますが、本当のところは欲が出ただけなのです」


「欲?」


「この三年で魔界は見違えるほど暮らしが良くなりました。本来、魔族は勇者を殺すことだけを考えるはずが、フェル様に生きる喜びを教わったのです。私が研究に打ち込めるのも、宝物庫の番人が宝を愛でるのも、ルネが酒好きなのも、すべてフェル様から教えられたことです。その喜びをもっと得たい、いい暮らしがしたい、そういう欲が生まれたという事ですな」


「私はお前達に余計なことをしてしまったか?」


「なにをおっしゃいますか。我々魔族はフェル様に感謝しております。私のように年齢の高い魔族はとくにそう思っているでしょう。何も成せずに死んでいくしかない我々に、生きる喜びを与えてくださったのですから」


 そう言ってもらえるなら、私がやったことは間違いではなかったんだろう。


 だが、欲、か。


 そうだよな。魔界に比べたらここは理想郷だ。死の心配が極端に低いし、食べ物もおいしい。支配したいと考えるのは当然か。


 だが、ドレアはまだ人族の事を分かってないな。


「ドレア、やはり人族を支配するというのは駄目だ。代わりに、しばらく人界に滞在して人族を観察するといい」


「それはどういう意味でしょうか?」


「そうだな……ルネ」


 ルネはさっきから真面目な顔をしている。部長クラスがいるなら緊張しているのかな。


「はい、なんでしょうか?」


「お前は人族を支配したいか?」


 単刀直入の質問。したい、と言われると困るけど、私の想像通りなら期待する答えを返してくれるはずだ。


「いえ、支配するよりも同等の存在として一緒にいる方が楽しそうです。というか、楽しいです」


 よし、完璧な答えだ。


「ドレア、聞いたな? 魔族の大半は人族など支配してしまえばいいと思っているだろう。だが、人界に来たルネは支配するよりも共生したほうがいいと思っているんだ。そして私もそう思っている」


「つまり人族を観察すれば、私もそう考えるようになる可能性が高い、と?」


「そうだ。人族は面白いぞ。支配したところで面白いとは思えない」


 ドレアは顎に手を当てた。そして目を瞑る。


「分かりました。フェル様がそうおっしゃるなら人族を観察してみましょう。私もフェル様やルネと同じように人族を面白いと感じるかもしれませんからな」


 頷いて肯定する。ドレアも人族が面白いと思ってくれるに違いない。


 それにしても魔界か。よし、ルネにも指示を出しておくか。


「ルネ、お前は皇帝を倒す件が片付いたらすぐに魔界へ帰るんだ」


「え! もっと遊び――じゃなくて、えーと、観察したいです!」


「お前な。遊びたいと言ったのがバレていないとでも思ってるのか? さっきドレアが言ったように魔界の皆を優先していないと思われたくない。食糧やお土産をしっかり持って帰ってくれ」


「あー、それがありましたね。亜空間が食糧とお酒でいっぱいでした。残念ですが仕方ないですね。あ、でもまた来ていいですか?」


 同じ奴ばかり来ていたら贔屓したことになるよな。慣れている奴の方がいいけど、ローテーションしないと。


「今度は総務部の違う奴にしろ。お前ばかり来ていても仕方ないからな」


「そ、そんな……こうなったら総務部の皆を闇討ち……!」


「心の声が漏れてんだよ。ルネは滞在が長すぎたけど、一週間ぐらいで交代するように言っておくから耐えろ。それに私の国があるからな。それなりに魔族を呼んでも問題ないはずだから、すぐに番が回ってくる」


「あ! あ! それじゃズガルの町に総務部の人界窓口を作って立候補していいですか!」


 人界窓口か。それはアリかもしれないな。


「それは総務部の部長と相談してくれ。決まったら連絡をくれればいい」


「うぉし! 頑張りますよ! 他の候補者を闇討ちに……!」


「やめろ」


「フェル様、国とはなんでしょう?」


 おっと、そう言えばドレアは知らなかったな。


「私がズガルの町にいた時にな、皇帝が町ごと私にくれるというから貰った。私の国だと認めてくれるそうだ。だから、何人かの魔族に運営してもらおうかと思ってる。魔族が住める町としてな」


「ほう! そんな話があったのですか! さすがはフェル様ですな、我々の事もしっかり考えてくださっていたとは。このドレア、そうと知らずにフェル様に人族を優先しているなどと言ってしまい、申し訳ありません」


「気にするな。私はお前達の本音を聞いておかないといけない立場なんだ。そういう意味では、ドレアの気持ちを聞けて良かったと思ってる。今後も何かあれば何でも言ってくれ。期待に添えることができるかは分からんがな。さて、随分と時間が経った。もう遅いから寝ることにする。お前達もちゃんと寝ておけよ」


 ドレアとルネが二人とも頭を下げてから離れた。


 ドレアがあんなことを考えていたとはな。人族の事も魔族の事も同じように考えておかなければいけなかった。ちょっと人族の事にウェイトを置き過ぎたか。


 人界で色々やっているのは、結果的に魔界のためになることだ。だが、過程を全く伝えないというのは駄目だな。魔族は私が強いから従ってくれているが、不満があるならできるだけ解消してやらないと。


 ルネにもっとお土産を持たせよう。魔族なら食べ物でご機嫌を取る作戦が一番効果的だろうからな。私なら一撃だ。

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