説教と術式談義

 

 日差しが暑い午後三時。


 町のど真ん中で、私は怒られている。目の前にいるヴァイアに。かれこれ一時間くらい。


「フェルちゃん? ちゃんと聞いてる!?」


「聞いてる」


 どうやら私のユニークスキルはとても極悪なので使ってはいけない、ということらしい。


 特に無差別に影響を振りまくところが駄目で、町の住人や味方を巻き込んだのがお気に召さないようだ。ヴァイアだってズガルの壁を壊したのに、それは棚上げされている。まあ、あれには町の住人は巻き込まれてないけど。


 確かにスキルを使用後、町は大変だった。うめき声がひっきりなしで、リエル曰く、メーデイアの状況よりも酷い、とのことだ。


 リエルは「町の奴等を治してくるから、ヴァイアに説教されてろ」と言い、女神教の教会へ行ってしまった。その後、うめき声みたいなものは治まったから、ある程度は治してくれたのだろう。


 そして私はヴァイアに説教されている。だが、私にも言い分はある。


「私はコイツ等に広い所で戦おうと、手紙を出したんだが却下されたんだ。町の住人がスキルに巻き込まれたのはコイツ等のせいだと言いたい」


 そう指摘すると、黒騎士団の団長がびくっとなった。


 各軍隊の責任者だけ町に呼んでおいたのだが、全員戦意喪失の上、私を見る目が酷い。化け物扱いの目だ。


「兵士の人が、フェルちゃんがこんな極悪スキルを持ってるなんて分かるわけないでしょ! 話を聞いていた私だって動けなくなる程度だと思ったのに、毒になったり、麻痺になったり、頭痛や嘔吐までしてるじゃない!」


「いや、まあ、そうなんだけど。というか極悪スキルって言うな」


 だいたい、初見の相手に自分のスキルを言うわけないじゃないか。スキルは生命線だぞ?


 相手にバレているかバレていないかで勝率がかなり違う。


「いい? そのスキルはよほどのことがない限り使っちゃ駄目だよ? そういうスキルは悪者が使うんだからね?」


 よく分からない理論を持ち出された。確かに見た目は血っぽいし、いいイメージはないけど。


「私は魔族なんだが。カテゴリーとしては悪者だと思うぞ? 使ってもよくないか?」


「言い訳しない!」


「あ、はい」


 言い訳じゃないんだけど、空気、というか流れを読もう。下手にヴァイアに意見しても怒られるだけだ。素直に頷いてやり過ごす。嵐が過ぎるのを待つんだ。


「フェルちゃん、スライムちゃん達を見てよ。ジョゼちゃんはともかく、シャルちゃんとマリーちゃんは原型を留めてないでしょ? ロスちゃんなんて、首が三つとも痙攣してるよ。かわいそうに。すごくつらかったんだね……」


 スキルの影響だろう。幼女の形態をしているのはジョゼフィーヌだけで、シャルロットとマリーは幼女の姿をしていない。二人はデロっとしている。スライムって本来こういうものだと思うけど。


 そしてケルベロスのロスもぐったりしている。三つの首が全部泡を吹いていたしな。


 だから離れていろって言ったんだけど。


「えーと、コイツ等には離れていろって助言したつもりなんだが。というか、ヴァイアが心配してるんだから連れてけって言わなかったか?」


 素直に頷こうかと思ったけど、反論するところはしておかないと。


「う……それは、そうなんだけど、こんなになるとは思ってなくて……でも、そうだね。これは私の責任だね。後で謝っておくよ。でもね、フェルちゃん」


 いきなりヴァイアが真面目な顔をした。何だろう?


「フェルちゃんは人族と仲良くなりたいんだよね?」


 急になんだ? 確かにその通りだけど。


「そうだな。仲良く、というか信頼関係を結びたいとは思ってる」


「フェルちゃんに助けられた人ならね、魔族だろうがなんだろうが、フェルちゃんを信用していると思うんだ」


 まあ、助けたのに敵対されたら困る。


「でも、フェルちゃんを知らない人からしたら、ただの魔族なんだよ? その魔族が、こういうスキルを使ったら、昔の魔族と同じに思われちゃうじゃない? それはフェルちゃんが誤解されているみたいで嫌なの」


 涙目になって訴えられてる。そういうものなのだろうか。


「フェルちゃん、約束して。このスキルはよほどのことがない限り使わないって。このスキルを使う状況にならないように、私だって皆だって絶対に力を貸すはずだから。……前に言ったけど、フェルちゃんは一人で何でもできると思う。でも、私達の事をもっと頼ってほしいの。フェルちゃんが一人でやろうと、私達が手伝おうと、結果は変わらないかもしれないけど、フェルちゃんが悪者になるような事だけは絶対させないから」


 いや、頼っているけどな。基本的に私は戦う事しかできないし。


 だが、ヴァイアの言っていることは何となく分かる。このスキルは戦略スキルだ。しかも敵味方関係なく巻き込む。味方や兵士じゃない奴等を巻き込む可能性があるなら使わない方が良かったかな。範囲指定や対象指定ができるならいいんだけど、できないんだよな、これ。


「分かった。約束する。よほどのことがない限りこのスキルは使わない」


 ヴァイアが笑顔になって頷いた。


「うん、絶対だよ? じゃあ、次は町の人の誤解を解かなくちゃね! でも、謝るというのは違う気がするね、どうしようか?」


 やったのは間違いないんだから、誤解でもなんでもない。今回はもういいんじゃないかな?


 それをヴァイアに言おうとしたら、ジョゼフィーヌがいつもよりも精彩が欠ける動きで近づいてきた。さすがにスキルの影響が出ているな。


「フェル様のユニークスキルがこのようなものだとは知りませんでした。あの赤いドームの中でなら私は手も足も出せずに負けるでしょう。転移が出来なければ雑魚と言ったこと、撤回致します」


「スライムなんだから手も足もないよな? そもそも、あのスキル中の私と戦う予定でもあるのか? というか雑魚扱いしたのは冗談じゃなくて本気だったのか?」


 突っ込みどころが多くて疲れた。やっぱり、ジョゼフィーヌは下剋上を……?


「あの、フェル様。助けてください……!」


 急にルネから懇願された。多分、ドレア絡みだな。


 ドレアの奴は私のスキルを食らってよく平気でいられるな。腐っても部長クラスということか。


「ルネ君。人形との交換転移を百回ほど実施してくれないかね? ルネ君や人形に劣化が見られないかを確認したいのだが」


 ルネが泣きそうな顔でこちらを見ている。


 ちょうどいい。私もヴァイアの説教から逃げたい。話題を変えよう。


「ドレア、お前に依頼していた戦略魔道具を渡してくれ」


「おお、そうでしたな。こちらです」


 ドレアが亜空間から魔道具を出してこちらに渡してきた。


 掌における程度の四角くて青白い箱だ。材質はオリハルコンか? 炎のマークみたいなものがついている面が上なのかな。


「それに目をつけるとはフェル様もやりますな。実はそれを帝都で調査していたのです。なかなか複雑な術式のようなので、解析には至っておりませんがね。しかし、人界の魔道具は素晴らしい物ですな、複数の術式が掛け合わせてあるようですし、セキュリティも難解、魔界に持って帰りたいですな! そもそも複数の術式を――」


 始まった。こうなると面倒くさい。放っておこう。


「ヴァイア、これを解析して無効化できるか?」


「この魔道具? うーんと……なんだ、六面体の複合術式による立体術式だね。……あれ? 立体術式なのに展開される魔法陣が二次元だよ。これじゃ威力が弱いんじゃないかな。三次元の魔法陣を作ればもっと威力を出せるけど、どうしようか?」


「何を言っているか分からないが、変なことをしようとしているのは分かった。いいか、威力をあげるんじゃなくて、無効化してくれ。それを使えなくしてほしいんだ」


「それなら簡単だよ。えい! これでタダの箱だね。術式を全部潰したからもう、起動しないよ」


 魔道具、というかタダの四角い塊を返された。よし、ミッションの一つは終わったな。あとは皇帝をぶん殴るだけだ。


「フェル様、ちょっとお待ちください」


 戦略魔道具だったものを亜空間にしまおうとしたら、ドレアに止められた。


「なんだ?」


「その、いま、そちらの人族は何をされたので?」


「この魔道具を使えないようにしてもらったんだが?」


 ドレアがメガネを外して眉間辺りを指で押している。寝不足か? いや、考えているのか?


「私が一週間近く解析しても解明に至らなかったのに、たかが数秒でそんなことが出来るのですか?」


「ヴァイアが無効化するところを見てただろ? もう一度この箱を見てみるか?」


 箱をドレアにほうり投げる。ドレアがそれを受け取ると、箱を食い入るように見つめた。


「……なんと、本当に起動しない……」


「お前、魔力を流すなよ。危ないだろうが。間違って起動したらどうする」


「大丈夫だよ、フェルちゃん。術式は完璧に無効化しているからね!」


 その辺りはかなり信用しているけど、間違いっていうのはあるからな。


「聞いていいかね? これはどういう形で術式が組まれていたのだろうか?」


「えーと、六面体のそれぞれの面に魔法陣を作る術式が付与されていて、箱の中心で全部の魔法陣が立体的に重なると炎の竜巻が出来るようになってましたよ」


「なるほど……! 魔法陣を立体的に作るのか! しかし、魔力を全部の面に行き渡らせるのは難しいのでは? 魔力供給が面によって偏ると暴走する可能性があると思うが?」


「それは炎のマークが全体の管理をしていて、全部の面に均等に魔力を流す制御をしていましたね」


「そうか! タダの装飾ではなく、これにも術式が使われていたのか! ……そういえば、より威力をあげれるような話をしていたようだが、それはどうやるのだね?」


「立体的に作られる魔法陣が二次元なんですよ。せっかくの立体術式なんですから、作る魔法陣を三次元で作ればいいんです。威力は三倍くらいになると思いますよ。それに魔力の消費を減らす術式も組み込みやすくなるから最終的にはリーズナブルになりますね」


 なんかヴァイアとドレアが盛り上がっている。


「ルネ、アイツ等の言っていること、分かるか?」


「リーズナブル、だけはなんとか」


 私と同じレベルか。


「三次元魔法陣の魔道具を見てみたいですな! フェル様、他にこのような複雑な魔道具を持っておりませんか!」


「無茶言うな。そんな戦略魔道具レベルの魔道具がゴロゴロしているわけないだろう」


 メテオストライクの魔道具はあるけど、あれがそうなのか分からないし、ヴァイアがなんかやらかしそうだから出さない。


「ありますよ?」


 皆が黙ってヴァイアを見つめる。この人族の娘は何を言っているんだろうか。


「ジョゼちゃん、空飛ぶ魔道具をとちょっと借りていいかな」


 ジョゼフィーヌが体内から四角いミスリル製の箱を取り出した。


「これは私が作ったんですけど、重力遮断とか念動とか空気抵抗無効化とかの魔法陣を作る術式を組み込んでいるんです。これが三次元の魔法陣になって、空を飛べるんですよ。試作版なので魔力の消費が多いのがネックなんですけどね。でも、ミスリル製ならこれが限界だと思います」


 ドレアがその魔道具を受け取ると、ものすごい目に力を入れて見ている。穴が開くぞ。


 たっぷり五分くらい箱を見つめた後、その箱をヴァイアに返した。


「ヴァイア君、と言ったかな? 魔界に来て開発部の部長をやらんかね?」


「お前、何言ってんだ?」


 他の部長達の承諾なしに勝手に決めるな。というかヴァイアを部長にするな。


「フェル様はこれを見ていないのですか? こんな革命的な魔道具を作れる人材をなんで放っておいたのです? 魔界にさらっていいくらいの頭脳ですぞ。このドレア、生まれて四十年、初めて自分よりも頭がいい奴がいると思いました。フフフ、人界に来た甲斐があるというものです」


 あれ? ドレアが人界にいるのはともかく、どうして帝都にいたんだ?


「ドレア、お前はなんで帝都にいたんだ? 人界にいるのは畜産の件だよな?」


「そうですな。魔界から牛と豚と鶏を連れてきたのですが、人界に着いた途端に逃げられまして。探しているうちに迷子になり、ルハラの兵士達に捕まったのですよ」


 この魔族の男は何を言っているのだろう。お前、部長クラスだよね?


「事情を話したら牛と豚と鶏を帝国で用意してくれると言うので、その間、魔道具の解析を手伝っていたのです。そういえば、帝国は用意してくれませんでしたな。これから帝都に行くならついでに貰っていきましょう。それくらいは働いたと思いますので」


 頭痛くなってきた。よく考えたらドレアは研究以外の事に関しては無能だった。開発部もなんでコイツを送ったんだ。……邪魔な奴を送ったとかじゃないといいんだけど。


「納得はできないが、事情は分かった。よし、リエルが戻ってきたら、スライムちゃん達を治癒して帝都を目指すか」


「うん、そうだね。それまではフェルちゃんを説教だね」


 説教って終わってないのか? せっかく話題を変えたのに逃げられなかった。

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