一対三万
ようやく町を目視できるくらいの場所まで来た。
三万の兵が滞在できる町なんてよほど大きいのだろうと思っていたが、入りきらなくて町の外に隊列を組んでいるようだな。あれも町で防衛すると言うのだろうか。
よく見ると軍隊は色分けされているような気がする。赤、青、黄、緑、白、黒、だな。なるほど、ロンが黒騎士団とかにいたとか言ってたな。あの黒いのがロンのいた軍隊か。
さて、見学はここまでだ。とっとと力の差を教えてやろう。
「じゃあ、行ってくるからお前達はここで待て。スキルの範囲は極力抑えるが巻き込まれると大変だからな」
「本当に大丈夫? その、信じてない訳じゃないんだけど心配だよ」
ヴァイアが心配してくれている。相変わらずいい奴だ。
「問題ない。お前達が近くにいる方が面倒だ。私の強さって言うのを見せてやるから、ここで大人しくしていてくれ」
「ヴァイア様、ご安心ください。我々もついて行きます」
スライムちゃん達がそんなことを言った。
お前等、来るの?
「いいのか? 使おうとしているスキルは敵味方関係なく影響を受けるぞ?」
「フェル様にそういうスキルがあるというのは知っていますが、受けたことはありませんので、可能であれば今のうちに経験をしておきたいと思います」
なんでだろう? もしかして私を倒すときのために経験しようとしている? 個人での戦いなら使わないぞ?
「なら私も一緒に行きましょう。向こうまでは距離がある様子。背中にお乗りください」
ロスまでそんなことを言ってきた。
お前も私の首を狙っていたりするのか? やらんぞ?
「フェルちゃん、なんでそんな嫌そうな顔するの? 皆、心配しているんだよ?」
ロスは知らないが、普段のジョゼフィーヌ達を見ていると、どうも私を超えようとしている節がある。向上心が高いのはいいんだけど、もうちょっと従魔として行動してもらいたい。
「死に至るようなものじゃないから別にいいけどな。ただ、二、三日は動けなくなる可能性はあるから注意しろよ」
スライムちゃん達とロスは頷いた。覚悟はあると見た。なら何も言うまい。
多分、動けるのは魔王様とか魔界の部長クラス。あとはあの嫌な奴も動けそうだな。気にいらないけど。
「じゃあ、行ってくる。制圧が終わったら合図するから。よし、ロス。あの軍隊の一キロ前ぐらいまで連れて行ってくれ」
「御意」
ロスに跨ると、勢いよく飛び出した。速いな。全速力で走るとこんなに速いのか。振り落とされないようにしないと。
「主の強さを他の魔物達に聞きましたが、なんでも能力を封印されているとか?」
走りながらロスがそんなことを言ってきた。
「誰が封印と言った。ソイツを殴る」
「皆が言っておりますが?」
本当にいう事を聞かない奴らだな。封印と言うなって言ったのに。
「封印とかそういう物じゃない。単純に能力を制限しているだけだ。絶対に封印とか力を解放するとか言うなよ。そういうチューニ的な言葉はダメだ」
平たく言うと恥ずかしい。
「チューニ……? よく分かりませんが、今回の戦いでその制限を解除されるのですか?」
「いや、それはしない。ユニークスキルを使うつもりだ」
「それは残念です。主の真の力をみられるかと思ったのですが」
「真の力とかも言うんじゃない」
なんで魔物達ってそういう言葉が好きなんだろう。魔物界では流行っているのだろうか。
もしかしたら魔眼とかも好きなのかも。魔物達の前では言わないようにしよう。
「主、この辺でよろしいでしょうか?」
ちょうどいい場所だな。魔法や矢が届かない位置だ。頑張れば届くかもしれないけど、そんなレベルの相手はいないだろう。
「よし、ここから先は一人で行く。お前達は下がっていろ」
ジョゼフィーヌ達とロスが頭を下げた。この位置なら確実に巻き込むけどいいのかな? まあ、自己責任だな。
さて、とりあえず、宣戦布告というか、攻撃することを宣言しないとな。
少し歩いて、相手の射程圏内に入る。そして、ヴァイアから借りてきた拡声魔道具を取り出した。
「私は魔族のフェルだ。ルハラの皇帝が、世話になっている村を攻撃するとかほざいたので、ぶちのめしに行く。邪魔をするなら力の差を見せつけるぞ。怪我をしたくなければ降伏しろ」
なんだろう、あんなにいるのに静まり返っている。そう思ったら、大きな笑い声になった。大爆笑だ。
そんなに面白い事言ったかな?
「あー、聞こえるかね、魔族のフェルとやら」
笑いが収まってから、大きな声が聞こえた。向こうも声が大きくなる魔道具を持っているようだ。
「私は黒騎士団の団長だ。君とその後方にいる魔物だけしか見えないが、それだけでこの軍隊と戦うのかね?」
「いや、私一人だ」
またも少し間を開けてから大爆笑になった。かなりの時間笑っているようだ。もう、戦い始めていいのかな。
しばらく待つと笑い声が無くなった。
「いや済まん。確かに魔族が強いことは知っている。だが、この三万の軍隊相手に勝つつもりかね?」
「弱い奴が三万いようが三十万いようが意味はないぞ?」
今度は静かなままだな。センスがないからどのあたりに面白さがあるか分からん。
「……いいだろう。一人相手に三万など大人げないにも程があるが、お前が先に一人で十分だと言ったのだ。弱い者いじめはしたくないが相手をしてやる。後でなかったことにするなよ?」
「奇遇だな。私も弱い者いじめは好きじゃない。だが、今回は特別だ。魔族の力を見ていくがいい。そうそう、お前達が負けたら皇帝に泣きつけよ? 皇帝にも恐怖を与えてやりたいからな」
「赤魔導隊! 全員であそこに打ち込め! 緑弓隊もそれに合わせて追撃しろ!」
赤いローブで身を包んでいる奴等から火球の魔法が飛んできた。あと、緑色の軽装している奴等からも矢が飛んできた。どっちも量は多いけど威力が足りないな。
結界の魔法を使ってやり過ごす。五分ぐらい火球と矢が降り注いだけど、結界を壊せるほどじゃないな。
「もう、終わりでいいな? 時間をかけたくないからそろそろ終わらせるぞ」
結界を解いて前に歩き出す。先頭にいる黒い鎧を着た奴らはすこし下がった。
「あれだけの攻撃を受けて無傷だと!?」
「だから言ったではないか。フェル様に勝つなら量ではなく質だと」
よく見るとドレアがいた。魔界にいた頃と同じように白衣を着て眼鏡をかけている。相変わらず銀色の髪がボサボサだ。
「ドレア、久しぶりだな。次はお前か?」
「そんなわけありませんな。お約束の戦略魔道具を持ってきたので許しを請いにここまで来たのです」
「き、貴様、裏切る気か!」
「裏切る? そもそもお前達も私を仲間だとは思っていないだろう。色々情報を与えてやったのに、それすらやらんではないか。フェル様の結界にダメージを与えられるか実験したかったのだが、時間を無駄にしてしまった」
コイツはこういう奴だよ。うん、諦めよう。
「くそ! お前達、あの魔族を殺せ!」
団長が鎧に身を包んだ奴らに命令した。
魔族って私の方か。結界を壊せないのに接近戦でなら勝てるとでも思っているのだろうか。
仕方がないので近寄って来た奴らを殴って吹き飛ばす。手加減はしたし、鎧が硬そうだから死にはしないだろう。
ある程度、ふっ飛ばしたら誰も近寄らなくなった。もう十分だな。
「さて、さっき魔族の力を見せると言ったな? よく見ておくといい。【死亡遊戯】」
私の足元から地面を這うように真っ赤な血のようなものが広がっていった。
見た目が良くないのが不満だ。それにこれも魔力を使い過ぎるな。一気に全魔力の三分の二は持っていかれた。
そんなことを考えている間に、血が広がっていく。そして兵士達の足元に到達すると、力を失ったように兵士達が倒れた。あらゆる弱体効果とバッドステータスのオンパレードだ。殺してはいないが、筋力の低下や麻痺、毒などで体に力が入らないのだろう。魔界の風邪程じゃないから安心するといい。
「な、なんだこれは! がはっ」
黒騎士団の団長も倒れた。だが、意識はあるようだ。
大半の兵士は意識すら失っているのに、団長はある程度抵抗できるんだな。
「おお! これがフェル様のユニークスキル! 一度受けてみたかった――ぐうぅ!」
アホがいる。だが、流石は魔族。片膝をついたくらいで済むか。
周囲の兵士達は倒れていく奴を見て怯えたのだろう。我先にと悲鳴をあげながら逃げ出していった。
だが、逃がさない。それに転んで死んだなんてのは困る。とっとと気絶させよう。
血の移動速度を速くする。あっという間に周辺を侵食した。町も巻き込んだけど仕方ないな。
ある程度まで血が地面に広がると、今度はドームのように薄くて赤い膜が空のほうに広がった。例え空にいても逃がさない訳だが、飛んでる奴はいないよな。落ちたら死んじゃうし。野生の鳥が何体か落ちて来たけど、人族じゃないからセーフ。
「素晴らしい! これがフェル様のユニークスキル! これはいいデータがとれそうですな!」
ドレアはメモを取り出した。結構余裕だな。
「おお、私が弱体魔法やバッドステータスに掛かるとは驚きましたな。耐性スキルを持っていても意味がないとは研究のし甲斐がある! さすがはフェル様ですな!」
自分に分析魔法をかけているのか? 興奮しすぎだ。この中で普通にできるんだから、お前の方が大したものなんだがな。まあいいや。放っておこう。
倒れている団長の方に近寄った。団長は仰向けでこちらを怯えるように見ている。
「おい、喋れるか?」
「き、貴様、一体……」
「言っただろう、魔族のフェルだ。そう怯えるな。死にはしない。死ぬほどの弱体効果を与えてはいるがな。まあ、しばらくすれば歩けるようになるだろうし、二、三日中にはもとに戻る」
目が怯えすぎている。信じてないのか。まあ、どっちでもいいけど。
「さて、三万の軍は無力化した。皇帝に泣きつくといい。念話用の魔道具はもっているか?」
どうやら意識があるだけで、ほとんど動けないようだな。仕方ない、魔眼で見るか。多分、持っているだろ。
……かなり小さいタイプの念話用魔道具が鎧の内側に縫い付けてあるようだ。
鎧を力任せにはぎ取って、その魔道具を取り出す。
「これは皇帝に繋がっている念話の魔道具か?」
団長は一度だけ頷いた。なら、魔力を通して念話をしてもらおう。
魔力を通すとどこかに繋がった感じがした。そして団長の口元に持っていく。
「状況をちゃんと報告しろ」
「……こちらは黒騎士団です。応答を」
『連絡を待っていた。魔族を殺したか?』
ヴァーレの声がした。意外と冷静だな。前に会話した時はかなり怒らせた気がしたけど。
「そ、それが、我が軍は……ほぼ壊滅しました」
『な、なんだと?』
魔道具を自分の口元に持ってくる。
「まあ、そういう事だ。言った通り、三万程度では私を止められん。帝都にはあとどれほど残っている? 十万か? 二十万か? どれ程いようが全部相手にしてやるぞ」
『貴様、フェルか! ド、ドレアは! ドレアはどうした! 魔道具があれば勝てると言っていたぞ!』
それを聞いたドレアが近寄って来た。
「ああ、皇帝かね。あれは嘘だ。フェル様が魔道具を欲しがったのでな。ここに持ってくるための方便だよ。だいたい、魔道具一つでフェル様に勝てるわけがないだろう? まあ、いい勉強になったと思う。礼はいらんぞ。食事と寝るところを提供してもらったからな。それで十分だよ」
ドレアは自然に相手を怒らせる天才なんだろうか。
『な……』
「今のドレアの言い方は、私もどうかと思うが、まあ、そういう事だ。じゃあ、これからそっちに行くから歓迎の準備でもしておいてくれ」
嫌味を言ったんだけど反応がないな。また怒ってしまったか。
『分かった。お前を相手にするには、クズが何人いようとダメのようだ』
「クズ? 兵達をクズと言ったのか? コイツ等はお前のために私と敵対したんだぞ? ねぎらいの言葉もないのか?」
『命令を遂行できない奴に価値はない。だが、そんなことはどうでもいい。今度は私が直接相手をしてやろう』
「お前ごときが私に勝てるとでも?」
『そっくりそのまま言い返してやる。魔族ごときが私に勝てるとでも思っているのか? 私には神から授かった力があるぞ?』
神、ね。本当に管理者がなにか手助けしているのだろうか。可能性は高そうだけど。念のため、魔王様に確認しておこうかな。
そうだ。助言をしてやろう。魔族の情けだ。
「念のため教えておいてやるが、その神は偽物だぞ?」
また、何かが壊れる音がして念話が切れた。皇帝は魔道具を壊すのが好きだな。私も一回壊したけど。
「フェル様、そろそろスキルを解いてもらえますかな? 私もちょっときつくなってきましたので」
私が魔道具を壊したのはドレアが原因だった。お前はもうちょっと空気を読んで欲しい。
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