魔素の研究

 

 太陽が西の城壁に隠れたのだが、ジョゼフィーヌ達は戻ってこないな。大丈夫だとは思うが念話で連絡してみるか。


「ジョゼフィーヌ、今はどんな感じだ? 今日は戻らないのか?」


『連絡が遅くなりまして申し訳ありません。トランの軍隊に関しては死者無しで追い返したのですが、少々問題が起きまして判断に迷っていました』


 仕事が早いな。とはいえ、トランは魔法を使わないらしいから、魔物達も簡単だっただろう。でも、問題か。なにがあったんだろう?


「どんな問題だ?」


『はい、トランの軍隊は魔物達を使役していました。魔物達には隷属魔法が使われています。トランの軍隊は魔物達に攻撃命令を出してから去りましたので、どうしたものかと悩んでいました』


 魔物達を使役、しかも隷属魔法か。あれ? おかしいな、トランは魔法を使わないのでは?


「トランの軍隊じゃないという可能性は?」


『ありません。ドッペルゲンガーに司令官の記憶を見させました。間違いなくトランの軍隊です』


 なら間違いないか。


「それで今はどんな状態なんだ?」


『魔物達は気絶させました。ただ、目が覚めたら追跡される可能性がありますので、放置も出来ずに困っています』


 そうか、魔物なら匂いを追ってくるだろう。そうなるとこの町まで来る可能性が高い。確かに問題だな。


 だが、疑問がある。一度、間者の奴に聞いてみるか。


「状況は分かった。とりあえず待機していてくれ。こっちでトランの奴に話を聞いてみる。判断はそれからだな」


『はい、よろしくお願いします』


 念話を終えると、クリフが心配そうな顔で近寄って来た。


「なにかあったのか?」


「ああ、ちょっと問題というか、なんというか。間者の奴に話を聞きたい。リーダーの奴だけでいい。呼んで来てくれないか」


 昼間のうちに牢屋に閉じ込めたから、いまは広場にいない。わざわざ牢屋まで行くのは面倒だ。領主の奴にも会いたくないし、連れてきてもらおう。


「分かった。おい、間者のリーダーを連れて来てくれ」


 クリフが近くの兵士に命令すると、兵士は一度敬礼をしてから城の中に入って行った。


「一体、何があったんだ?」


「トランの軍隊に魔物がいたらしい。だが、隷属魔法が使われていてな。どう対処するか悩んでいたみたいだ」


「そんなもの殺してしまえば――いや、すまん。殺すなという命令だったし、魔物同士は仲間みたいなものだろうから、命は取れないか」


 それもあるのだが、問題は隷属魔法だ。聞いていた話とちょっと違うような気がするんだけど。


 大した話ではないかもしれないが、確認しておかないとな。


 そうこうしていると、兵士が間者のリーダーを連れて来た。


「なにかあったのか? 話があると聞いたのだが?」


「魔物達がトランの軍隊と戦い、死者無しで追い返した」


「そ、そうか! 感謝する!」


 悪い奴じゃないんだろうな。間者だけど。だが、話をしたいのはそこじゃない。知っているかどうか分からないけど、確認しないとな。


「トランは魔法を使わないんだよな?」


「ああ、その通りだ。国が定めた法律でそうなっている」


「トランの軍隊に魔物達がいたそうだ。そして、その魔物達には隷属魔法が使われている。どういうことなのか説明してくれ」


 間者は目を見開いている。この驚き方は演技じゃなさそうだな。本当に知らなかったようだ。


「そんな、馬鹿な……いや、まさか……」


「なにか心当たりがあるのか?」


「あると言えばあるのだが、それはその……」


 国家機密とかそういうものなのだろうか。無理に聞く必要はないかな。


「言いにくいなら言わなくていい。トランの軍隊がその魔物達に攻撃命令をしてから引き返したらしいから、どう対処するか困っていただけだ。最悪、殺してしまうが構わないな?」


「それは仕方ないだろうな……わかった。トランの事について少し話をする。その、なんだ。独り言だと思ってくれ。お前達には恩があるからな。魔物達をどうするかの判断材料にしてくれ」


 間者は一度深呼吸をした。国の情報を漏らすから緊張しているのかな。


「トラン王国は魔法の使用を禁じているが、魔素の研究は盛んなんだ」


 魔素か。魔法を使わないのに魔素の研究はするんだな。


「その研究の一つに魔力を使わずに魔素を反応させる、というものがある。成功したという話は聞いていないが、もしかしたらその技術を使ったのかもしれない。その言いづらいのだが、魔物は魔素の含有量が多いから実験された可能性はある」


「そんなことが可能なのか?」


「技術的な事は分からん。ただ、そういう研究をしていると聞いたことがあるだけだ」


 魔素を魔力以外で反応させる技術か。出来るのか分からないが、魔物達への隷属魔法はその技術が使われている可能性が高い、と。


 そういえば、トランが魔法を使わないのは機神の啓示だとか言ってたな。


 魔王様は以前、第三世代の奴等に管理者達が情報を提供したとか言っていたような気がする。もしかして機神がそういう技術を提供したのだろうか。


「機神からそういう技術を貰ったという事か?」


 間者の奴にものすごい変な顔をされた。何言ってんのお前、という顔だ。そんなに変なことを言っただろうか。


「機神ラリス様がそんなものをくれる訳ないだろう。神とは信仰だ。実在はしないとされている」


「いや、トランで魔法を使わないのは機神の啓示だとか言わなかったか? いるんだろ?」


「それはそういう形にしているだけだ。本当は魔素の研究で分かったことがあったから、それを神の啓示だ、と摂政が決めたんだよ」


 紛らわしいな。しかし、魔素の研究で分かったことか。魔法を使わなくなるほどのことを発見したのか?


「魔素の研究で何がわかったんだ?」


「それは……いや、独り言だったな。知っている範囲で言うと、魔素というのは魔力に反応して魔法という現象を起こす、というのは知っているな? ただ、それだけじゃないらしい」


 それだけじゃない?


「なんでも、全ての情報が集まる場所、という場所に様々な情報を送っているらしい。魔法に使われた魔力を利用して、情報を送る魔法も同時に使われている、と言っていたな。眉唾だが、摂政はそれを信じているんだろう」


 全ての情報が集まる場所? 魔眼で見れる場所の事か? なんだっけ、アレだ。図書館。


 魔法が使われるたびに、魔素が図書館に情報を送っている、ということか?


 あり得る、のか? これは魔王様に聞いてみるべきだろう。多分、魔王様ならご存じだろうからな。


 でも、摂政とやらは何故それを信じたのだろう? それに情報が送られて困るわけじゃないと思う。私やリーンの本屋にいた店主はその情報を見ることができるが、大半の者には見る事すら叶わない。情報があっても見れないなら、集められても困らないと思うけど。うーん?


 おっと、随分と話がそれた。そういうのを考えるのは後だ。


 まずはトランの魔物達の事だ。間者の話では魔素研究の実験にされたのではないか、ということらしい。なら、殺すべきか、それとも……。


 迷うことはないな。魔物達が自分の意思で攻撃してきたわけでもないし、食べもしない魔物を無駄に殺す必要はない。こっちに連れてこさせよう。


 隷属の魔法に関してはヴァイアが解除できる魔道具を作れるはずだ。問題はなにもない。


「方針は決まった。トランの軍隊にいた魔物達を、逃がす、もしくは私の配下にする。一旦、この町に連れて来るからそのつもりでいてくれ」


「そんな事だろうとは思った」


 呆れられた。顔は笑っているけど。


「問題ばかり起こして済まないな」


 本当だよ。トランは本当に面倒な事をしやがる。というか笑うな。反省の色がないぞ。


 気を取り直して、改めてジョゼフィーヌに念話を送る。


「ジョゼフィーヌか?」


『はい、連絡をお待ちしていました。いかがいたしましょうか?』


「魔物達は気絶させたまま連れて来い。隷属の魔法を解除して、そのまま野に下るか、お前の下につけるからそのつもりでいろ」


『フェル様ならそうおっしゃると思っていました。では早速連れて帰ります。帰りはおそらく深夜になるかと思います』


「わかった。ヴァイア達と一緒に待ってる。気を付けて戻ってこい」


 ジョゼフィーヌが「分かりました」と言うと念話が切れた。


 これでいいだろう。あとはヴァイア達に夜更かししてもらうか。


 買い物から戻って来ていたヴァイア達にこの旨を伝えると、「うん、いいよ」と軽い返事で承諾してくれた。


「じゃあ、今日は遅くまで女子会だね! ニアさんとヤトちゃん、あとルネちゃんとアラクネちゃんも呼ぼうよ!」


「よし、なら俺が女とは何たるかを教えてやるぜ! 先生と呼べよ? リエル先生だ」


 お前ら緊張感を持て。……最近、こう思うことが多いな。

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