進化

 

「なんで皆がいないかと思ったら、そんなことになってたんだ」


 ヴァイアとリエルが戻って来た。そして手には何か美味しそうなものを持っている。私の分は無いのだろうか。無いと暴れるぞ?


「これ、フェルちゃんにお土産。ソフトクリーム。ルハラは暑いから、冷たい食べ物のお店が多いんだ。あと食材ね。特産品を買ったけど詳細はニアさんに聞いてみて」


 ヴァイアは亜空間から食材とソフトクリームを取り出して渡してくれた。食材は赤い物が多いな。見た目が辛そうだ。辛いのは苦手なんだけど。


 お土産で貰ったソフトクリームというのは、ニアに食べさせてもらったアイスクリームとは違うのかな? 似てるけど。


「なんでクリームがらせん状に巻いてあるんだ?」


「遊び心……かな?」


 不思議だ。こんな形にしなくてもいいと思うんだけど。まあいいか。食べよう。


 冷たくて甘い。そして柔らかい。これはデザートとして食べるものだな。


 だが、食べ進めたら螺旋の秘密が分かってしまった。クリームの真ん中を空洞にするためだ。量が多いと見せかけて中身がない。ハリボテだ。なにか損した気がする。


 さらにアイスの土台であるコーンと呼ばれているものにもアイスが入ってなかった。詐欺で訴えたら勝てるんじゃないだろうか。


 ヴァイアとリエルにそのことを言ったら、ソフトクリームとはそういう物だと言われた。


 お前達は騙されている。これは意識改革が必要だな。


「そんな事よりも、魔物達がいなくて大丈夫なのか? 一応、俺達はルハラに攻め込んだわけだし、魔物達がいなかったら、報復されたりするんじゃないか?」


「そんな事とはなんだ。大事な事だろうが。美味いもの食べて損した気分になってどうする。断固戦うぞ?」


「わかった、わかった。それは夜に話そうな。んで、大丈夫なのかよ?」


「さっき言っただろ、戦争を回避するためにジョゼフィーヌ達は戦いに行ったが、終われば戻ってくる。私達に何かあったら、その戦力でまた攻め込まれるぞ。それぐらい、クリフは分かってるはずだ」


 クリフの方を見ると、神妙な顔をして頷いた。ほら、分かってるという顔だ。


「なにか勘違いしているな? 確かに魔物達も怖いが、一番怖いのはお前達だからな? 一人は東の壁を壊せるほどだし、一人は怪我を一瞬で治せる、そしてフェルはアダマンタイトのレオールを子供扱いしたんだろう? 誰がお前達に戦いを挑むんだ。事前に知っていたら戦ったりしない」


 ヴァイアとリエルが照れてる。いいのか? どちらかというと化け物扱いされたんだぞ?


「ところで……そこの魔物は放っておいていいのか?」


 クリフの指したところを見ると、アラクネがいじけていた。


「皆に置いて行かれたクモ……」


 地面にある石をクモの足で蹴っている。重症だな。


「アラクネ、お前には町の治安維持という仕事を任せるからいじけるな」


 アラクネは私の方を見たが、顔を逸らしてため息をついた。言いたいことがあるならちゃんと言え。


「ア、アラクネちゃん! 服! 服を見に行こう!」


「服クモ……?」


 アラクネがちょっと食いついた。興味はあるみたいだな。


「ほら、食材を買いに行く途中、服屋さんがあったじゃない? これから町の治安維持を兼ねて見に行こうよ!」


 ヴァイアがアラクネを熱心に誘っている。


 なぜかリエルが近寄って来て肘で攻撃してきた。やんのかコラ。


「ほら、アラクネに小遣いでも渡せよ。このままだとグレるぞ。上司ならこういう時のフォローが大事なんだろうが」


 リエルが小声でそんなことを言ってきた。フォローか。確かに大事だ。


「なるほど。お金を渡してご機嫌を取るんだな?」


「言い方! 行為はその通りだけどよ、上司ならなにか褒美として渡してやるもんだろ? アラクネはかなり役に立ってるんだし、小遣いくらい渡してやれよ」


 言われてみたらそうだ。最初の町では一番槍を任せたし、人族を拘束するために糸を使ってる。さらには壁を直すのにも貢献してもらった。


 ならばリエルの言う通り、褒美を与えるべきだな。


「アラクネ。お前の働きに感謝している。褒美として小遣いをやるから、服でも何でも好きな物を買うといい」


「フェル様がくれるクモ?」


「もちろんだ。褒美として大銀貨一枚を渡そう。服の相場は知らないが買えると思う」


「大丈夫だよ。高価な物じゃなければ、三着くらい買えるよ」


 アラクネは考え出した。もうひと押しか?


「フェル様、褒美と言うなら、お金じゃなくてお願いしたいことがあるクモ」


 お願い? 私にか? 褒美だから私にできる事ならやってやらんことはないが、何をお願いする気だろう?


「出来る範囲の事ならやってやるが、何をしてほしいんだ?」


「魔力で私を強化してほしいクモ。ジョゼ達はフェル様の魔力で強化されたと聞いたクモ。私にも同じことをして欲しいクモ」


 魔力付与のことか。でも、これは……ちゃんと説明しておくか。


「いや、それはお勧めできない。魔力付与のスキルは対象を別の物に作り変える。私の魔力を注入して体内の魔素を全部入れ替えるようなものだな。アラクネはクモだから痛覚は無いかもしれないが、魔力付与による痛みは避けられん。痛覚がまったくないジョゼフィーヌ達も体が引き裂かれるような痛みだったと聞いた。下手すれば痛みに耐えられず死んでしまう事もある。やめた方がいい」


「そんなに危険なのに、ジョゼ達には魔力付与をしたのは何故クモ?」


「想像できないかも知れないが、アイツ等は魔界で生きていけるほどの力がなかった。このままではいずれ死ぬ、なら少しでも生きられる可能性に賭けたい、と言ってきたんだ。それに応えてやっただけだ。そしてアイツ等は誰一人欠けることなく生き延びた」


 確率的には三割くらいだったと思う。後は「生きる」という意志の力で乗り越えたのだろう。


「アイツ等が生き延びるにはそれしかなかった訳だな。アラクネはそれほどの意思があるか? 失敗したら死ぬだけだが」


「無いクモ。なら地道に進化の方法を探すクモ」


 進化? そうか、アラクネは進化したいから魔力付与をして欲しいと言ったのか。魔力付与によって強制的に進化させるのは可能だけど、意味がない気がする。これは裏ワザというか、邪道だ。


「そうした方がいい。苦労して進化したほうが喜びは大きいと思うぞ」


「分かったクモ。でも、大狼もカブトムシもドッペルゲンガーもダンゴムシも進化済みクモ。私だけが進化していないのは劣等感を感じるクモ」


「カブトムシ以外が進化していたというのは初耳なんだが?」


「初耳も何もフェル様が会った時から進化済みクモ」


 そうなのか。よく考えたら色々と特殊なことが出来るからな。進化していてもおかしくないか。しかしそうなるとアイツ等はネームドか。名前を聞いたことがない。今度聞いておこう。


「アラクネちゃんは進化してないんだ? 進化してないのに皆と同じくらい強いんだね!」


「そ、そういう事になるクモ?」


 アラクネが満更でもない顔をしている。ピンときた。これはおだてる作戦だ。アラクネをおだててご機嫌を取るんだ。


「そうだぞ、アラクネは他の奴らに劣らず強い。進化したらもっと強くなるだろうな。アイツ等なんて目じゃないんじゃないか?」


「そ、そんなことないクモ。でも、可能性はあるクモ」


 顔が得意げになっている。これなら大丈夫だろう。


「話は終わったか? ならフェルから褒美の小遣いをもらって服を買いに行こうぜ!」


「分かったクモ。戦いに行けなかった分、こっちで楽しむクモ」


「そうか。ならアラクネ。褒美を取らせる。大銀貨一枚だ。好きに使うといい」


 アラクネが恭しく頭を下げて受け取った。


 うーん、頑張った従魔達にはちゃんと褒美をあげないと駄目だったな。そういう事をしてなかったから蔑ろにされていたのだろうか。


「それじゃ、もう一度町の方に行ってくるね。あ、フェルちゃんも一緒に行く?」


「いや、私はいい。ディアから何か連絡が来るかも知れないし、ここで待機していた方が何かと都合がいいからな」


「そっか。じゃあ、三人で行ってくるね」


「ああ、気を付けてな」


 三人は広場を出て町へ向かった。心なしかアラクネの足取りが軽そうに見える。よかった。これでグレないだろう。


 三人を見送った後、ふと気づくとクリフがこちらを見ていた。


「どうかしたのか?」


「お前達の金銭感覚がよく分からん。あれだけのことが出来るのに褒美は大銀貨一枚か。三千人を追い返すのに小金貨三枚だったし、随分と格安だ」


 そんなこと言われても、魔族も魔物もお金という仕組みがなかったからな。どれくらいの価値があるか判断できない。それに私自身がお金をそれ程持っていないからな。魔界へ食糧を送るためのお金だし、褒美だとしても大事に使わないと。


 よし、今後のために金銭感覚も身につけておこう。必要になる可能性があるからな。


「クリフはどれくらいの給与を貰っているんだ? 人族も大体月単位で貰う事が多いんだろ?」


「私か? あまり言うものではないが、月に小金貨四枚だ」


「なんだ。三千人を追い返せるくらい貰っているじゃないか」


「十倍の大金貨四枚もらっていても無理だからな?」


 お金って難しいな。

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