皇帝と魔族

 

 ちょっと早いけどお昼にした。


 捕まえた兵士達はすでに戦意を喪失しているし、町の奴らは怖がって出てこない。道のど真ん中で食事をしても、誰も文句は言わないだろう。


 流石に食材は買えないかな。珍しい食べ物があったら買いたかったけど。


「お前達、今のうちに食事をしておけ。午後は西の町に進軍するぞ」


 腹が減っては戦ができぬ、という名言がある。戦をした後だが、誤差の範疇だな。


 よく見ると、魔物達は戦い足りないようだ。ニアをさらわれてから結構経っているが、その間にかなりストレスをためているだろう。


 だが、待ってほしい。満足のいく戦いが出来るように、相手に準備をさせている最中だ。奇襲なんてかけたら簡単に壊滅させかねない。相手に勝てると思わせてから叩き潰す。性格の悪い行為だが、ニアをさらったんだ。それぐらいしないと私の気が済まない。


 当然、負けたらまずいから相手の戦力は調査する。


 戦力として強いのは暁という傭兵団だ。帝都にいる奴らは精鋭らしいが、戦いを仕掛ける前に西の町まで来れないだろう。


 なら最初の標的は傭兵団だ。ニアをさらった実行部隊だしな。貴族の命令だからと言って逆らえないという訳でもあるまい。やったことの責任は取ってもらおう。


「おい、フェル、顔が怖くなってんぞ?」


 リエルが近づいてきた。どうやら頼んでおいたことが終わったのだろう。


「怪我してる奴らを治してくれたのか?」


「おうよ、魔物達も兵士達も治しておいたぜ」


「そうか、手間をかけるな」


「気にすんな。ほら、これの礼があるしな」


 そう言って、リエルは杖のような鈍器っぽいものを見せてきた。先端で鳥の羽が左右に開いている見事な鈍器だ。


「その鈍器がなんだ?」


「ほら、ドワーフに俺のメイスを頼んでくれただろ? 完成していたみたいでな、昨日貰った。どうよ? 魅力的に見えっか?」


 装飾が見事なミスリルの鈍器に見えるが、リエルが魅力的かどうかというと分からんな。一応、魔眼で見てみるか? スキルを見るだけなら頭痛はしないから問題ないだろ。


 ……魅力向上のスキルが付いてる。あと、消費魔力減少とか自動障壁とかついてた。すごいな。


「確かに魅力が上がるようだな。恐れ入った」


 でも、固定値向上じゃなくて、割合向上なのだろうな。一割増とか。あまり変わってない気がする。元に問題があるのかもしれん。


「やべぇな。俺の魅力で男達が黙ってねぇぜ。複数に求婚とかされたらどうすっかな?」


 それはない、と思ったけど言わなかった。余計な体力を使いたくない。


「あ、フェルちゃん、私のも見て! この腕輪!」


 ヴァイアがローブの腕部分をまくって見せてきた。腕にはミスリルの腕輪がつけられている。


「この間、ドワーフさんから渡されたんだ。フェルちゃん、ありがとうね」


「そうか、喜んでくれるなら何よりだ」


「お、ヴァイアのもいいじゃねぇか。あのドワーフって細工が上手いんだな。腕輪に彫ってある模様がすごくね?」


「でしょ? 渡されたときびっくりしちゃったよ。何の魔法を付与するか悩んじゃうよね」


 気にいっているなら良かった。それにあのドワーフは言いつけ通りこっちから作ったんだな。アンリの剣を先に作ってたら殴ってた。


「……フェル、かみさんも包丁を貰って喜んでた。傭兵達に連れ去られるときにな、かみさんの調理道具も持っていかれたんだが、その包丁だけは絶対に渡したくないって言ってな、俺に預けていったよ」


「……そうか」


 ロンは大事そうに布にくるまれたものを出した。


「実は持ってきた。早くかみさんに渡してやんないとな」


「そうだな。ニアがその包丁で作った料理を食べたいからな」


 ニアも包丁を大事にしようとしてくれたんだろう。


 そう思うと怒りが沸いて来た。ニアを無事に取り返して、二度とこんなことが出来ないようにしてやる。……そのためには落ち着こう、冷静に、クールに行かないとな。


 食事も終わったので寛いでいると、帝都へ連絡しにいった奴が戻って来た。何かを手に持っているようだが、なんだろう?


「そ、その、言われた通り連絡したのだが、こ、皇帝陛下がお前と話をしたいと……」


「私とか?」


 なんでそんなことになっているんだ? 皇帝って暇なのか?


「これは念話用の魔道具だ。帝都の会議室につながっている。他にもお偉い方が何人かいらっしゃるので、発言には注意してくれ」


 面倒だが仕方ないか。


「魔族のフェルだ」


『魔族、か。俺はルハラ帝国の皇帝、ヴァーレだ』


 皇帝はヴァーレという名前なのか。どうでもいいけど、コイツがディーンの仇か。


「そうか、ヴァーレ、私に何か用か?」


 そういうと、魔道具から私を非難する声が聞こえてきた。ヴァーレじゃない声で、不敬だとか、恥を知れとか勝手なことを言っている。ルハラの重鎮みたいのが文句言ってるのかな。


 そしてヴァーレの奴が周囲に対して静まる様に言っている。もっと早く言えよ。


『うるさくしてしまったようだな。だが、よく分かっていないのか? 俺はこの国の皇帝だ。例え魔族でも私に敬意を払うべきだぞ?』


 なんという上から目線。敬意を払う気すら起きない。


「知らん奴に敬意など払えるわけないだろう。だいたい、この国の貴族は人族をさらうような悪党だぞ? そんな国のトップに誰が敬意を払うんだ?」


 念話越しだから何とも言えないが、絶句している感じだ。


 その後、複数人が私に罵声を浴びせてきた。正直、何を言っているか分からないが、そんなに怒ると血圧が上がるぞ。ヴァーレの声は聞こえないが、今度は止める気がないようだな。


『私にそんな口をきいた奴らがどうなったか知りたいか?』


「いや、別に」


 また、絶句してる。どうせ殺したとかだろ。


『……全員、殺した』


 だから、言わなくていいと言ったのに。なんなんだコイツは? こんな奴が皇帝なのか。ルハラって駄目だな。


「だからなんだ? 私も殺すという事か? 人族に魔族の私が殺せるのか?」


 魔道具からヴァーレの笑い声が聞こえた。何が面白いのだろう?


『人族が魔族を殺すのは難しいだろう。だが、魔族が殺すならどうだ?』


「なに?」


 魔族が魔族を殺すということか?


 もしかして五十年前の生き残りでもいるのかな?


 ……ありえない話ではないな。あのとき人界に攻め込んだ魔族は誰も戻っては来なかったと聞いている。なら、人界で生き延びている可能性はあるのか? 当時二十歳未満の魔族は人界に行くことは無かったはずだ。なら少なくともいまは七十歳以上か?


『おい、アイツを連れて来い』


 どうやらその魔族と話をさせてくれるようだな。


 念話を中断して、ルネの方を見た。


「人魔大戦で人界に残された魔族がいるって話を聞いたことがあるか?」


「ええ? いるかもしれませんが、把握はしてません。あの頃の念話受信用魔道具は今でも稼働させてますが、念話が届いたことはないと聞いていますね」


 だよな。もし生き残っていれば何かしらの念話を送ってくるはずだ。それがない以上、生き残ってはいないはず。もしかすると記憶喪失という可能性もあるか? 人族に従っているようだし、自分が何者か分かっていないタイプかもしれない。


『なんだね、こんなところに呼び出して。私は研究で忙しいのだ。人界の魔道具は面白い物が多いので研究時間が足りないのだよ』


 念話の先で誰かが言葉を発しているようだ。コイツが魔族だろうか? 聞いたことがある声だけど。


『お前には無料で食事と研究材料を渡しているはずだ。そろそろ礼を返してもらいたい』


『それは構わないが、どうすればいいのだね?』


『今、念話中だ。その相手を殺してもらいたい』


『下らないが、世話になっている身だ。いいだろう。だが、殺しはしない。良くて半殺しといったところだ。止めは君達がやりたまえ。それで私も相手と話していいかね?』


『ああ、構わんよ』


『どこの誰だか知らないが、私がお前を半殺しにする予定だ。面倒だから帝都まで来てくれないかね? それか、すぐに謝って、皇帝に殺すということを撤回してもらいなさい。面倒な事はごめんだ。研究時間が削られるからな』


 思い出した。そこで何してんだ。


「そうか、お前が私を半殺しにするのか。なら、私はお前を殺そう。覚悟しておけ」


 人族じゃ無ければ殺してもいい。魔族が相手なら手加減はしない。


「それにお前、私に対して変なルールを作った奴の一人だったな? 念入りにやってやる」


『……もしかしてフェル様ですかな?』


「お前、ドレアだな? そんなところで何をしているのか知らんが、私に楯突いたんだ。それなりの覚悟があると見た。安心しろ、骨は魔界に埋めてやる」


『……先程の発言は、無かったことにして頂きたい』


「もう遅い。辞世の句でも考えておけ。それとヴァーレ、ドレアを私にぶつけるようだな? ソイツは魔族の中でも強い方だが私よりは弱い。勝てる見込みはないぞ? 私を殺したければ、ルハラの兵力をすべて投入するんだな。じゃあ、楽しみにしてる」


『フェル様、落ち着きましょう。知らなかったのです。このドレアがフェル様に逆らうなんて――』


 魔道具を握りつぶして破壊した。なにが、落ち着きましょう、だ。もう聞く耳持たん。本当に殺す気はないが、一度、痛い目に遭わせてやる。


 壊れた念話用の魔道具を兵士に返した。兵士が涙目になっているけど気にしない。


「フェル様、ドレア様の名前が出ていましたけど……?」


「なんか知らんが帝都にいるようだな。私を半殺しにするとか言っていた」


「おぅ……。開発部の部長は頭がおかしいと思っていましたが、そこまででしたか。私、総務部で良かった……!」


 アイツ、いつ人界に来たんだ? 開発部の奴だから、牛とか豚を運んでくれる予定だったと思うんだが。というか、なんで部長が来てるんだ? 部下に来させろよ。


 まあ、いいや。気持ちを切り替えよう。


「よし、お前ら西の町に向かうぞ」


 この分だと、帝都から軍隊が来るのは難しいかな。


 ディーンのために多少は兵を引きつけるつもりだったけど、ドレアが来るならあまり兵は来ないかもしれない。


 境界の森のためにも、皇帝はディーンに代わってもらいたいのだが。


 町を奪って立てこもったりした方がいいかな。それなら帝国兵を引き付けられる可能性があるし。


 まあ、まずはニアを取り戻してからだな。それから考えよう。

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