初陣

 

 一日かけて境界の森を西に抜けた。


 今は朝の十時くらいだろうか。かなりの強行軍だったが、狼達が私達を背中に乗せて運んでくれたので時間をかなり短縮できた。


 なぜか大狼が「乗れ」と言って私を運んでくれた。特に必要なかったけど、乗せてくれるというなら断る必要はない。モフモフして触り心地が良かったな。言わないけど。


 食事はシルキーが作ってくれたし、狼達がワイルドボアとかを狩ってくるし、それなりに快適だった。だがそろそろ本番だ。


 森を抜けた場所から西に進むと町が見えた。


 ヤトの情報ではあの町からさらに西に二日程歩いた町にニアがいるらしい。


 あの町は今回の件に関係ないが、ルハラ帝国に所属する町だ。なら、あそこで宣戦布告しておこう。もしかしたら傭兵団の奴らがいるかもしれないからな。


「フェルちゃん、あの町を通るの? 町を襲ったりしないよね?」


「ヴァイア、私をどんな目で見てるんだ。そんなことするわけないだろう? あの町は関係ないんだから通りはするけど襲ったりしない。だが、ルハラの貴族にニアがさらわれたことを説明しても邪魔をするようなら戦う」


 一度、魔物達の方をぐるりと見渡した。


「お前達、来る途中に何度も言ったが、民間人を襲うことは許さん。襲っていいのは武器を持っている者だけだ。また、降伏した者も襲うな。それに殺しも無しだぞ? 私達は略奪者ではないことを頭に刻み込め」


 魔物達は一斉に頷く。


「正当性をアピールして正々堂々あの町を通り抜けるぞ。ヤトの情報ではあの町は東門から西門まで大通りという道があって、通り抜けられるようだからな。念のためいつでも戦えるようにしておけ」


 どうやらニアを連れ去る際にあの町を通ったらしい。なら私達も同じことをしよう。


 全員で町に近づくと、町の方から鐘を鳴らすような音が聞こえてきた。向こうも私達を認識したようだな。


 あそこに見える門は、町の東門なのだろう。両開きの門がゆっくりと閉まっていく。


 リーンの町よりもかなり強固な壁で覆われていて門も大きい。ルハラは軍事国家らしいし、南にあるトラン王国と戦っているらしいから、防衛には気を使っているのかな。


「ヴァイア、拡声用の魔道具を貸してくれ」


「うん、これ使って」


 結婚式で使っていた音を出す魔道具を改良してもらって、声を大きくしてくれる魔道具にしてもらった。


「あー、あー、声が大きく聞こえるか?」


 皆の方を見ると、頷いてくれた。これなら大丈夫だろう。


 町の方に声が聞こえるように魔道具の向きを変えた。


「私達は境界の森にあるソドゴラ村の者だ。ルハラ帝国の貴族に我が村の人族がさらわれたので取り返す。この町は通るだけだが、邪魔をするなら容赦はしない。命が惜しいなら通り過ぎるのを待つがいい」


 殺したりはしないけど、一応言っておかないとな。


「五分以内に門を開けろ。開けなければ邪魔をしたとみなして、門を破壊して通るぞ」


 さて、どうなるかな。こちらとしては邪魔してもらいたいな。それを撃ち破ってルハラ帝国への宣戦布告とするのがいいと思っているんだが。


「フェル様、壁の上に弓を持った者たちが並びましたが、どうしますか?」


 ジョゼフィーヌが壁の上の方を指しながら聞いてきた。確かに壁の上に五十人ぐらいが一列で弓を構えている。


「まだ、五分経っていない。それにここまでは届かないだろう。放っておけ」


 壁からここまで五百メートルぐらいある。流石に届かないと思う。


 ……五分経ったな。門は開かないし、弓を持った奴らもいなくならない。私達が射程に入るまで待っているのだろう。


「お前達が邪魔をしようとしているのは分かった。ならこちらは力尽くで通らせてもらう」


 魔物達のほうへ体を向け全員を見渡す。そしてアラクネと目があった。


「アラクネ、一番槍だ。壁の上にいる弓を持った奴らを制圧しろ。お前なら壁も登れるだろ?」


「わ、私クモ!?」


「無理か? なら別の奴に――」


「やるクモ! 一番槍なんて名誉ある事を任されて驚いただけクモ!」


 他の魔物達からはブーイングの嵐だ。皆、やりたかったのか。でも適材適所だ。壁を登るのが大変そうだし。


「アラクネちゃん」


「ひっ! ヴァ、ヴァイア様、な、何クモ?」


 アラクネがヴァイアを怖がっている。しかも様づけ。どうした?


「これを持っていって。魔力の続く限り、矢が当たらないようになる魔道具だから。アンリちゃんの命令もあるんだから怪我しちゃだめだよ?」


「は、はいクモ! ありがとうクモ!」


 アラクネはヴァイアから大事そうにネックレスのようなものを受け取り首にかけた。


「そうそう、お前ら怪我したらすぐに俺んところに来いよ? 死んでなきゃいくらでも治してやっから」


 リエルが魔物達に向かってそんなことを言った。リエルは衛生兵みたいなもんだな。


 そうか、ヴァイアとリエルとロンにはそれぞれ護衛をつけた方がいいな。ルネでもいいけど、過剰戦力だしな。


 ヴァイアの護衛はノストにお願いしようとしたけど、オリン国に所属する兵士だから問題あるということでオルウスに止められたらしい。そういえばそうだな。下手したら国同士の問題になるかもしれない。配慮が足らなかった。


「誰かヴァイア達の護衛についてくれ。よく考えたら危ない」


「フェル様、私達が」


 ドッペルゲンガー達が手を挙げた。そう言えば、ドッペルゲンガー達を村に呼んでいたんだな。それなりの人数がいる。


「私達なら見た目も変えられますし、影武者になることも可能ですから」


 影武者の必要性は感じないけど、ドッペルゲンガー達もそこそこ強いからな。護衛としては十分か。


「分かった。お前達に任せる」


 これで護衛の方は何とかなったかなるだろう。


「よし、こちらの方は問題ない。行け、アラクネ」


「お任せクモ!」


 下半身のクモ足がものすごい動きをして駆けて行った。正直気持ち悪い。だが速い。


 矢を射かけられたけど、すぐに躱した。あれはどう考えても当たらないな。アラクネが速すぎる。


 アラクネが壁に張り付き登り始めた。弓を持った奴らの悲鳴が聞こえる。まあ、怖いだろう。


 あっという間に壁がクモの糸まみれになって、弓を持っている奴らも糸でグルグル巻きにされた。


 アラクネは壁の上で手を振っている。弓を持っている奴らを制圧したようだ。大体二分くらいか。早かったな。


 なら次だな。何も言わずに大狼の方を見つめた。


「……なんだ?」


「門を突き破れ。出来るな?」


 大狼の口が大きく裂けて、凶悪そうな笑顔になった。それは格好いいと思うが、尻尾が揺れすぎて滑稽な気もする。


「誰に言っている。あの程度の門、造作もない事よ」


「激しくやり過ぎるなよ? 門の破片で町の奴らを怪我させるな」


「色々と制限も多いし、二番手なのも気にいらぬが、他の者たちに比べたらマシか」


 魔物達はまたブーイングを始めた。もうちょっと緊張感を持ってくれ。


 大狼は一度、遠吠えをしたあと、町の門に向かって走って行った。あの巨体でどうしてあんなに速いんだ? 五百メートルを十数秒程度で走り切った。


 そしてそのまま門に体当たりする。


 ……門どころか周囲の壁ごと壊しやがった。壁の上にいたアラクネが振動で落ちたじゃないか。激しくやり過ぎるなと言ったのに。


 アラクネが制圧した奴らは壁の外に身動きが取れない形で置かれていたし、探索魔法を使っても巻き込まれたような奴はいないようだ。ならいいか。


「えーと、行くぞ」


 全員で門のところまで移動する。


 門のところでは大狼とアラクネが言い争っていた。いや、怒っているのはアラクネだけか。


「何するクモ!」


「わざとではない。予想よりも脆かったのでこんな感じになってしまった。文句は門を作った奴に言ってくれ」


「そんなの誰か分からないクモ!」


 お前等、緊張感を持て。だが、一応褒めておこう。


「お前達、よくやった」


「た、大したことないクモ」


 アラクネは体をくねらせて喜びを表現している。クモの下半身から糸が出過ぎているが、それって喜んでるのか?


「フン。こんな誰にでもできる事をやらせるな」


 お前、喜んでいただろうが。あれか、ツンデレなのか?


 まあいい。ツッコミはしないでおこう。今は他にやるべきことがある。


「さて、そこのお前ら。一応、意思確認はしてやる。引き続き私達の邪魔をする気か?」


 周辺にいる奴らに問いかける。武器を手にしているから戦う意思はあるのかもしれないが、これを見てもまだ戦う気かな?


 人数的には百人程度だろうか。その中から少しだけいい鎧を着た奴が数メートル前に出てきた。


「お、お前は魔族か?」


「魔族のフェルだ。ソドゴラ村でさらわれた人族を取り返しに行く。邪魔をするなら排除するが、どうする?」


「お、俺達は勇敢なルハラ帝国民だ! 魔族だからと言ってビビると思うな――」


 転移して殴った。兵士らしき奴は後方に数メートル吹っ飛んだが、ちゃんと生きている。危ない。


「勇敢だったことは覚えておこう。だが、それだけだ」


 右手の人差し指で天を指した。その指をゆっくりとルハラの兵士たちの方へ向ける。


「突撃」


 地響きのような声が魔物達のほうからあがり、兵士達に襲い掛かった。




 ……あっという間だったな。なにか見ていて可哀そうな気分になってしまった。


 兵士達がクモの糸で縛り上げられて、道の真ん中に集められていた。ほとんど気絶しているか、恐怖で怯えている感じだ。


「ロン、ちょっと聞いていいか?」


「ん、どうした?」


「ルハラって軍事国家なんだよな? 兵士達が弱くないか?」


「ここは帝都から遠いからな。基本的に精鋭は帝都に集められてしまうんだよ」


 そうなるとディーン達はそういう奴らを相手にしないといけないのか。あれ、でも待てよ? ここってトラン王国との境になりそうな場所なんじゃないのか?


「ここはトラン王国と戦う最前線じゃないのか? ここにだって精鋭を置くもんだろ?」


「いや、ここは最前線じゃないな。どちらかというともっと西だ。ここは境界の森が近いだろ? 魔物とかエルフが襲ってくる可能性があったから、トラン王国もここには積極的にせめてこないんだ」


「ふーん、色々あるんだな」


 だが、ニアがいるところには精鋭がいるのか。暁とかいう傭兵団以外にも注意しないと駄目かな。


「フェル様」


「ルネ? どうした?」


「人形の目が町から逃げていく人族を捉えました。馬に乗って西に向かう人族が見えます。その服装からおそらく暁の傭兵だと思います」


 暁の傭兵団は皆同じ服装をしていると村の奴らから聞いた。なら間違いないか。


「キラービー、空から追え。どこに向かったか確認したら連絡を。もし暁の傭兵団を見つけたら、出来るだけ正確な人数を確認してくれ。あと、念話用の魔道具を持ってけ。無理はするなよ」


 キラービーは魔道具を受け取ると一度だけ礼をして空を飛んだ。斥侯をしてもらおう。


 アンリは暁の傭兵団はともかく指揮しているアダマンタイトは強いと言っていた。なら出来るだけ情報を集めたい。おそらくここから西にある町にいるのだろうが、しっかり確認しないとな。


 さて、次はここにいる奴に働いてもらおう。


 最初に殴った兵士を起こす。


「……なん、だ? 私は? ……ヒッ!」


「目が覚めたか?」


「わ、私をどうする気だ? 私に何かあったら帝国が黙っていないぞ!」


 勇敢かと思ったらそうでもなかった。まあいいや。


「言っておくが、それはこっちのセリフだからな? 村に手を出したのはそっちが先だ。私が黙っていない。まあ、そんなことはどうでもいい。お前にはやってもらうことがある」


「な、なんだ? 身代金ならいくらでも――」


「黙れ。そんなものは要らん。やってもらうのは簡単な仕事だ。今日あったことを帝都に伝えろ。ルハラの貴族がソドゴラ村に手を出して魔族の怒りを買ったと」


 ディーンの手伝いという訳じゃないが、帝都の奴らをこっちに引き付けないとな。


「私達はその貴族がいる西の町に向かう。もし軍隊を寄越すならそこに寄越せ」


 帝都から西の町までどれくらいなのかしらないが、軍隊ならそう簡単に動かせないだろう。だが、今すぐにでも軍を出してもらわないと。軍が帝都を出てしまえば、ディーン達が動きやすくなるはずだ。


「簡単だろ? 今すぐにやれるか?」


「わ、わかった。すぐに念話を送る。だが、一時間程度待ってくれ。俺程度じゃ、どんなに早くてもそれくらいかかる」


「なら急げ。あと、町の奴らに手を出す気はない。何かされたら反撃するけどな。だから余計なことをするなとも住人達に伝えろ」


 そう言って、拘束していたクモの糸を切った。


 兵士は一度頷いてから詰所の方に向かったようだ。


 帝都に連絡がいけば、西の町にも連絡がいくだろう。そして魔族の怒りをかったと伝われば、西の町は防衛を固めるはずだ。その上で傭兵団を倒す。二度とこんなことが出来ないように圧倒的な力を見せつけてやる。


「お前達、一時間ほど休憩だ。それが終わったら西の町に向かうぞ」


 ヤトがついているとはいえ、あまりニアを放っておくことはできない。


 できるだけ早く助けてやらないとな。

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