出撃
いつもの部屋に戻って来た。そして念話用の魔道具を取り出し、魔王様へ念話を送る。
ものすごく緊張する。下手したら心臓が止まるかも。だが、魔王様に逆らってでもニアは取り返す。これは魔王様に許可を頂く訳ではない。単なる報告だ。
魔王様に殺されてもやらなくてはいけない。刑が執行されるまでの時間を貰えればいい。それだけだ。
『やあ、フェル。おはよう。朝からどうしたんだい?』
魔王様のいつもの声。それが苦しい。
「おはようございます、魔王様。報告したいことがありまして連絡いたしました」
『うん、なんだい?』
一度深呼吸。落ち着こう。
「ルハラ帝国に攻め込むことになりました。申し訳ありません」
『それはまた……理由を教えてもらえるかい?』
魔王様の意思に背く行為であるにもかかわらず、理由を聞いてくださるのか。どんな理由があっても許されることではないが、しっかり説明はしておこう。
「はい、ソドゴラ村の住人がルハラ帝国の貴族にさらわれました。取り返すために戦いを仕掛けます」
『そう、でもそれはフェルがやらなくてはいけない事なのかい? 村の事情なんだよね?』
確かに私は部外者かもしれない。でも、世話になった奴らの問題を黙ってみているわけにはいかない。
「その通りではありますが、世話になった村の事です。魔族でも普通に接してくれた恩を返したいのです」
『フェル、恩と言うのなら、僕にも恩があるだろう? そして僕の命令は人族と信頼関係を結べ、という内容だったはずだ。それに逆らうということなのかな?』
うお、魔王様からそういう事を言われるとは思ってなかった。確かに魔王様には命を救ってもらった恩がある。どちらかと言えば、魔王様の恩のほうがはるかに上だ。
『もう一度聞くよ? 村に恩を感じているのは分かったけど、フェルがやらなくてはいけない事なのかい?』
恩、そうだ。確かに恩はある。でも、恩だけじゃない。私はこの村や住人を気にいっているんだ。だからこの村に害を成す奴らを許せない。
「魔王様。申し訳ありません。恩は関係ありませんでした。私が村のためにやりたいのです」
不敬すぎる。魔王様はなにもおっしゃってくれない。沈黙が重すぎる。
『……そう、なんだね』
なんとなく魔王様から嬉しそうな感情が伝わってくる。どうされたのだろう?
『フェル、君の気持ちは分かったよ』
「え、あ、はい」
『村の人達のために行動を起こしたいんだね? 僕に逆らってまで』
「そ、そう言われると言葉に詰まるのですが……はい、その通りです」
『許可しよう』
「え?」
『ルハラ帝国に攻め込むことを許可する』
「あ、ありがとうございます!」
魔王様から許可を頂いた。例え魔王様に許可を頂けなくてもやるつもりだったけど、心のつかえがとれたのはありがたい。
『ただ、条件がある』
「はい、なんでもおっしゃってください」
魔王様から許可を頂いたのだから、条件くらいいくらでも守らないと。
『能力の制限は解除しては駄目だ。当然、魔力高炉への接続も許可しない。ただ、ユニークスキルは使っても構わないよ』
「はい、ありがとうございます」
その条件ならむしろ緩くなった方だ。何の問題もない。
『もう一つ、人族を殺すのはなしだ。誰一人死者を出すことなく、さらわれた人を助けるように』
「畏まりました。死者を出すことなく助け出して見せます」
『もしもだけどね、フェルが人族を殺すようなことがあれば――』
魔王様は言葉を区切られた。どうされたのだろうか?
『僕が君を殺す』
一瞬息が止まった。心臓が跳ね上がった、というのだろうか。胸が、いや心臓が痛い。
覚悟はしていたのに、言葉にされるとこれほどのものなのか。
「か、畏まりました。その時は魔王様の手で私を――」
『フェル、この際だから説明しておくよ。フェルは呪われているんだ』
「呪われている、ですか? この間の呪病の事でしょうか?」
『そうじゃないよ。生まれつき呪われているという事だね』
初耳だが、魔王様がそう言うなら本当のことなんだろう。だが、どんな呪いなのだろうか?
『フェルは人族を殺すと、理性が吹き飛び、破壊衝動にかられて、周囲を破壊し尽くす。そういう呪いだ』
「そんな呪いが私に……?」
『その呪いにはあらがえない。そして一度そうなってしまったら、君が助けたい人達も見境なく殺すことになる。例え親友だろうとね』
私がヴァイア達を殺す? うっ、気持ち悪くなってきた。考えただけで吐きそうだ。
『だから、絶対に人族を殺さないように注意するんだ。でもね、もしそうなってしまったら、フェルが他の子達を傷つける前に僕が君を殺してあげよう』
ショックが大きすぎて返事ができない。誰かを殺すつもりは無い。だけど、なぜ私がそんな呪いに?
『脅かしすぎたかな? 殺すとは言っても、明確な殺意を持って殺さない限りは大丈夫だから、それほど心配する必要はないよ。だけど、どんなに憎い相手がいたとしても決して殺さないように注意して』
「は、はい」
かろうじて返事だけできた。これからルハラに攻め込むのに不安になる。こんな状態で大丈夫だろうか。
『実はね、その呪いを解くために以前から情報を集めているんだ』
この呪いは解けるものなのか。ちょっと希望が湧いてきた。
『呪いが解けたからと言って人族を殺していいという話じゃないけど、どんなことがあってもフェルが暴走するようなことがないように、僕の方で何とかするからもうしばらくは細心の注意を払ってほしい。殺意が無くても人族を殺してしまえば、暴れてしまう可能性は否定できないからね』
「畏まりました。注意致します」
『正直なところ、フェルに多くの人族と戦う可能性があることはさせたくない。でも、フェルはさらわれた人を助けたいんだよね?』
「はい、それは自信をもって言えます」
そうだ。何を弱気になっている。人族を殺さなければ呪いなんてないも同じなんだ。細心の注意を払えばいいだけのこと。その状態でニアを取り返せばいいんだ。
『人族を殺さない、これさえ守ってくれればどんな行為も許可しよう。だから絶対に僕がフェルを殺すような状況は作らないでくれ』
「畏まりました。人族を殺さないと誓います」
『うん。信じるよ。僕は手伝えないし、これだけ条件を付けておいてなんだけど……気を付けてね』
「はい、どんな条件も守って見せます」
念話が切れた。
いつの間にか念話用の魔道具を握っている手が汗ばんでいた。というよりも全身汗だくだ。
一度シャワーを浴びて着替えるか。皆を待たせてしまうが、こんな状態で出るのはまずい。気持ちを切り替えないと。
準備をして備え付けのシャワーを浴びる。
私は人族を殺してしまうと周囲を破壊しまくる呪いに掛かっているらしい。そんな呪いなんて全く知らなかった。
人界に来てから魔王様が人族を殺さないように、と言っていたのは、人族と信頼関係を結ぶ件もあるだろうが、こっちがメインだったのだろう。
……なにも迷う必要はない。リエルへの腹パンで手加減も覚えた。人族を殺さなければいいだけの話。今までと何も変わらない。
私が変に迷っていたら部下たちに示しがつかん。まずはニアを取り戻すことだけを考えるんだ。
それに最悪そうなったとしても、私が暴れる前に魔王様が私の命を絶ってくれる。なにも怖がることはない。
両手で自分の頬を叩いた。とても痛い。でも気合は入った。
よし、行くぞ。
着替えてから宿の外にでると、村の皆が集まっていた。それに魔物達が整列している。
さっそく、ルハラに向かうか。……いや、ボスのお言葉がまだだな。
「アンリ、こっちに来てくれ」
アンリが頷いてからこっちに駆け寄ってきた。
「お願いは考えたか?」
「うん」
「よし、お前達。ボスからのお言葉がある。心して聞け」
魔物達は全員、頭を下げた。忠誠を誓っているって本当なんだな。
「皆、この間はごめんなさい。そして、私のために屈辱的なお願いを受け入れてくれてありがとう」
魔物達は微動だにしないけど、ちょっと嬉しいような感情が伝わってくるな。
「皆には改めてお願いする。フェル姉ちゃんと一緒にルハラに行ってニア姉ちゃんを取り返して」
おお、魔物達が震えている。喜んでいるんだろうな。家族を取り返せと命令されたんだ。かなりのやる気を出してくれるだろう。
「よし、ボスのお願いは聞いたな? さっそく――」
「待って、まだある」
アンリに言葉を遮られた。まだあるのか?
「こっちはお願いじゃなくて命令。誰も欠けることなく村へ戻って来て。死ぬことはもちろん、大怪我することも許さない。全員無事に村に戻ってくることが絶対条件」
魔物達は一瞬だけ止まっていたが、ものすごく体をゆすり始めた。雄叫びを我慢している感じだ。
「お前達、ボスのお願いと命令は頭に叩き込んだな? ……大丈夫そうだな。よし、ボスのお言葉は終わりだ。楽にしていいぞ」
そういうと同時に魔物達は雄叫びを上げた。うるさい。
「フェル姉ちゃん。皆を守ってあげて。アンリも行きたかったけど、お爺ちゃんが駄目だって言うから行けない」
「アンリ、ボスって言うのはな、安全なところで踏ん反り返っていればいいんだ。魔物達を信じて、いい子にしていればアンリの望みは私がすべて叶えてやる」
アンリの頭に手を乗せて雑に撫でた。
そうするとアンリが笑った。ようやく笑ったな。
「うん、勉強もするしピーマンも食べる。いい子にしているから皆でちゃんと帰って来て」
「ああ、任せろ」
アンリはまた笑うと村長の方に走って行った。
よし、アンリのおかげで魔物達の士気をあげることができた。これなら負けるという事はないだろう。
「フェルさん!」
呼ばれたのでそちらを見ると結婚男と結婚女だった。名前なんだっけ?
「久しぶりだな」
「はい、お久しぶりです。その、今回の事もフェルさんに全部任せてしまうのは申し訳ないのですが……」
「何言ってる。村に住まわせてもらってるんだ。これくらい当然だ」
「しかし……」
「しかしもかかしもない。できる奴がやればいいんだ。そうだ、お前にもできることがある。確か狩人だったよな?」
「え、あ、はい」
なら狩人に出来ることをやってもらおう。
「ニアを取り返したら、お礼に料理を作らせるつもりだ。三日三晩くらいな。そのための食材を集めておいてくれ」
結婚男はかなり驚いた顔になったが、次の瞬間には笑顔になった。
「は、はい! 大量の食材を集めておきます!」
「よろしく頼む。それはお前にしかできないからな。ちなみに卵料理に使える食材がいいと思うぞ」
私の意見を取り入れてもらおう。それくらいなら優遇されてもいいはずだ。
「フェルさん」
今度は村長が近寄って来た。
「ニアの事、そしてロン達の事をよろしくお願いします」
「ああ、任された。それでは行ってくる。ニアを連れ帰ったら宴だ。準備しておけよ?」
「はい、過去にないくらいの大きな宴を準備して待ってます」
村長に対して頷く。そして周囲を見た。
一緒に行くのは、ヴァイア、リエル、ルネ、ロン、そして魔物達だ。装備も整えているようだし、いつでも行けるな。
ディアとスザンナは冒険者ギルドで待機だ。念話を送ったり送ってくれたりする魔道具をヴァイアが用意してくれたようだな。さっきテストをしていたようだし、こっちも問題なし。
オルウス達はクロウと連絡を取ってくれたようだ。ユーリも冒険者ギルドに連絡したと聞いた。あとルネがメイドギルドとメノウに連絡してくれたようだ。これである程度は正当性が認められるだろう。
そしてタイミングよくヤトから連絡があったようで、ニアのいる場所は把握した。
あとは、ニアを取り返すだけだな。
一度深呼吸をする。
「いくぞ、お前達、ニアを取り返すぞ!」
私の言葉に村の全員が雄叫びをあげる。
さあ、出撃だ。
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