作戦会議
「揃いましたな。では、フェルさん。ニアを取り返すというお話でしたが、具体的にはどうされるか教えてもらえますか?」
「具体的? ニアがいる場所に攻め込み取り返す。それだけだ。邪魔する奴は叩き潰していけばいい」
殺しはしないが容赦はしない。先に手を出してきたのは向こうなんだから、先手を譲る気もないしな。
なんで皆は驚いた顔で私を見ているのだろう。ジョゼフィーヌだけは頷いているけど。
「し、しかしですな、ここに来た傭兵団というのは無敗を誇る有名な傭兵団らしいのです。それにアダマンタイトの冒険者が指揮を執っていまして、その、そう簡単には倒せないかと……」
「問題ない。傭兵団は三百人くらいだと聞いた。総合的に私一人よりも強い可能性はあるが、こっちには魔物達がいる。倒せない理由がない」
私の制限は解除できないが、魔王様にお願いしてユニークスキルの許可は貰おう。それなら問題ないはずだ。
「ただ、私は魔族だ。魔族が魔物を率いて人族の国へ攻め込んだら、人界すべてを敵に回すことになる。それは避けたい」
そんなことしたら私が魔王様に怒られる。いや、攻め込む時点で怒られるじゃすまないけど。
「そこで、そこにいるオルウスや冒険者ギルド、あと、知り合いたちに、村から住人がさらわれたので取り返すために攻め込んだ、という形で宣伝してもらう」
それなら少なくともこの村に正当性があることを証明してもらえるし、私の後任になる魔族にも影響は少ないだろう。
「発言してもよろしいでしょうか?」
オルウスが村長に向かって軽く手をあげる。村長は「どうぞ」とオルウスの発言を許可した。
「はい、私はオリン国の貴族であるクロウ様の使いでこちらに来ました。状況を確認して、ルハラ帝国の者が人をさらったというのであれば、それをクロウ様に連絡することになっております」
私や村長は知っているけど、知らない奴らは驚いているようだな。
「昨日、フェル様とこの村に到着致しましてすぐに村や周辺を調べました。どうやら、何かしらの戦闘があったようですね。鎧といいますか何かしらの防具ですな、こちらの破片をいくつか発見しました」
オルウスはその破片を会議卓の上に置く。大小さまざまだが、確かに鎧かなにかの破片に見える。
「後ろに控えているメイドは、物の記憶を見る魔法を持っておりまして、そちらで確認させていただきました。……ハイン」
オルウスがメイドの方に対して頷くと、メイドの一人が優雅に礼をした。
お嬢様っぽいメイドだな。こっちがハインか。
「ハインと申します。先程のお話にありました通り、物の記憶を見る魔法を使えますので、そちらの破片に使いました。ルハラ帝国に所属する傭兵のもので間違いありません。そして村を包囲して女性を連れて行く記憶も見えました」
どうなんだろう。そういうのって証拠になるのかな?
オルウスが私の方を見て、微笑んだ気がした。私の疑問を見抜いたのか。
「物の記憶というのは証拠になります。これでしたらクロウ様も国王に掛け合ってくれますでしょう」
よし。国として声明を出して支持してくれるなら効果も高いだろう。貸しを作るのは仕方ないな。必要経費だ。
「すみません、私が発言をしても?」
今度はユーリが何か言うようだ。いきなりなんだ?
「えっと、ユーリと言います。冒険者ギルド所属のアダマンタイトです。そういう事でしたら、私が手伝います。ちょうど包囲されたときに私もいましたから、それを冒険者ギルドに連絡してルハラに攻め込むのは正当な理由がある、と声明を出してもらうようにします」
「それは私の役目。あ、私はスザンナ。冒険者ギルドのアダマンタイト」
スザンナが怒ったようにユーリを睨みつけた。私としてはどっちでもいいんだが。
二人の素性を知らない奴らは驚いているな。二人ともアダマンタイトだし、そりゃ驚くか。
とはいえ、ユーリがそんなことを言うとは。もしかして私に貸しを作らせる気か?
「ありがたい申し出ですな。オリン国や冒険者ギルドがこの件を支持してくれるのであれば、フェルさんにかける迷惑も少ないでしょう」
「迷惑をかけるなんて水臭いぞ。この村の皆には、私が魔族であっても良くしてもらってる。これは恩返しのようなものだ。魔物達はちょっと違うが似たようなものだぞ?」
ジョゼフィーヌが頷くのが見えた。魔物達は家族を奪われた状態だからな。生きた心地がしないんだろう。まあいい、これから暴れさせてやる。
「……フェル姉ちゃん」
アンリか? そういえば随分と大人しいな。私の膝にも座ってこなかったし。
「アンリ、久しぶりだな。元気だったか?」
「うん。一つ聞いていい?」
「なんだ?」
「村に攻めてきた傭兵達はともかく、指揮していたアダマンタイトの人はすごく強そうだった」
へぇ。アンリが言うなら結構強いのかもしれないな。
「ニア姉ちゃんが争うなっていったから皆に戦わないようにお願いしたけど、本当は皆が怪我したり死んじゃったりするかもしれないと思って戦わないようにお願いした」
皆というのは魔物達の事だろうな。負けるかもしれないと思っていたか。
「フェル姉ちゃんがいれば絶対に勝てる?」
「……アンリ、家の周辺で草むしりした後、勝負に勝ったと思うのか?」
アンリはちょっと考える仕草をしてから首を傾げた。
「草むしりは勝負じゃない。タダの草むしり。勝ち負けはない」
「それと同じことだ。三百人程度の人族なんて、アダマンタイトの奴がいようがいまいが草むしりと変わらん。攻め込むとは言ったが、正確にはニアを迎えに行って帰ってくるだけだ。邪魔する奴はいるだろうから、そういう奴らは排除するがな」
舐めているわけじゃない。それに今回は気を抜いたりすることはなく慎重に行動する。だからこそ、勝負にならん。
ジョゼフィーヌも頷いている。今日は珍しく意見があうな。
「当然、傭兵以外の兵士達もいるだろうが、一万人いても結果は変わらん。掛かる時間が違う程度だ」
「でも……」
まあ、アンリの前で私や魔物達が戦ったりしたことは無かったから実力が分からなくて心配しているのだろう。
「アンリ、例えお前が駄々をこねても私達はニアを取り戻しに行くぞ? お前がどういう意味で言ったかは知らないが、以前、魔物達に同じ村に住む家族だと言ったんだろう?」
「うん。言った」
「魔物にとって家族というのは重い言葉だ。魔物は家族のために死ぬことくらい簡単にできる。意思の疎通ができない下位の魔物でも子供のために自分が犠牲になることを厭わない。だから、家族を守れない魔物は、下位の魔物よりも下ということで屈辱的な事なんだ」
アンリはジョゼフィーヌの方を見た。ジョゼフィーヌはゆっくりと頷く。
「村長やニアが言ったということもあるが、魔物達はアンリのお願いだから屈辱的であったとしても聞いてくれたんだぞ?」
「アンリが屈辱的なお願いをした? アンリは皆に嫌われちゃった?」
おっと、珍しくアンリが涙目だ。私が泣かせたみたいじゃないか。
「アンリの事を嫌う奴がいるわけないだろう? そもそも魔物達を守りたくてそういうお願いしたんだろうが。それすらわからないような奴がいるなら私が殴ってやる」
ジョゼフィーヌも「私も殴ります」と同意していた。
いつもと違って私に同意してくれている。普段からその調子でお願いしたい。
よし、アンリにはボスらしい事をしてもらうか。
「アンリ、私が魔物達を引きつれてニアを連れ戻す。だからアンリはボスとして皆に命令しろ」
「命令?」
「お願いでもいい。ボスとして、お前の望みをすべてお願いしろ。出発前に言ってもらうから、今のうちから考えておけ」
アンリは一度だけ頷いた。多分、大丈夫だろう。
「フェル! 俺も連れて行ってくれ!」
急にロンがそんなことを言い出した。
「何を言っているんだ?」
「足手まといかもしれないが、ニアがさらわれて村で待っているわけにはいかない! 頼む!」
「ロンは本とか読まないのか?」
「え? あ、ああ、あまり読まないが、それがなんだ?」
これだから本を読まない奴は駄目だな。
「本を読まないロンに教えてやる。大抵の物語ではな、姫を助けるのは騎士の役目なんだぞ? ロンは嘘か本当かしらないが騎士団長だったんだろ? ニアを助けるのにお前が来ないで誰が来るんだ?」
「あ、ああ! そうだな! 俺が行かないで誰が行くんだっていう話だよな!」
「露払いは任せろ。言っておくが私はハッピーエンド派だ。変なところでドジるなよ?」
「もちろんだ。すぐに準備するからな!」
ロンはそういうと外に出て行ってしまった。ちょっと急ぎ過ぎじゃないか?
「フェ、フェルちゃん! お願い! 私も連れてって!」
今度はヴァイアか。
「ああ、ヴァイアは別件でお願いしたいことがある。危険には晒さないからついてきてくれ」
「うん! 任せて!」
ノストも連れて行こうかな。護衛として最適な気がする。
「それとリエルもお願いしたいんだが、大丈夫か?」
「当然だな。俺を置いてくとか言ったら、この聖女様を敵に回すところだったぜ?」
怖くはないが面倒そうではあるな。えっと、後は……。
「ディアはいいや」
「ひどい!」
「すまんな。実はディアにはやってほしいことがある。この村との通信係というか念話のあて先として待機していてほしい。何かあった時にすぐに連絡を取りたいからな」
「うん、分かったよ。私の念話捌きを見せる時が来たようだね……!」
念話捌きってなんだ?
それはともかく、ヤトにもお願いしたかったんだけど、昨日から見てないな。
「ヤトを知らないか? 昨日から会っていないんだが?」
「フェル様、ヤト様はニア様が連れ去られたときに影に潜られています。フェル様なら必ずニア様を助けにくるので、ニア様の護衛をしながら、敵地の情報を送るとのことです」
ジョゼフィーヌが答えてくれた。なるほど、やってほしいことを既にやってくれていたか。というかヤトがついているならニアの身の安全は完璧だな。
それにヤトならニアだけ連れて帰ってくることも可能だろうに、私が助けに行くことを見越してスパイみたいなことをしているだけか。よくできた部下だ。
さて、私の方はこんなもんなんだが、何も発言していない奴がいるな。
「ディーン、なにか言いたいことはあるか?」
ずっと黙っているディーンに話しかけてみた。
どうするんだろう? 便乗するのか、しないのか、まだ悩んでいるのだろうか?
「決めました。フェルさんが行うことに対して便乗させてもらいます」
「そうか。頑張れよ」
「あの、フェルさん、そちらの方はフェルさんの紹介でこの村に来た方ですよね? どういう方なのでしょう?」
そうか、村長は知らないか。でも、私が言っちゃ駄目だよな?
「申し遅れました。ディーンと言います。……ルハラ帝国の皇族で現皇帝の弟にあたります」
なにか魔力の流れを感じた。もしかして姿を変えていたのか? 私には分からないが、今は見た目通りの姿に見えるのだろう。
そしてディーンの言葉に周囲がざわつき始めた。まあ、そうなるよな。
「なんと……ルハラの大粛清を生き残った皇族がいたのですか……」
「村長殿、大粛清はやめてください。あれは粛清ではありません。ただの虐殺です」
「これは失礼致しました。謝罪いたしますぞ」
その後、ディーンは私との出会いや、帝都を襲撃すること、そして新たな皇帝になる気であることを説明した。
「今回の事が起きれば、帝都が手薄になるはずです。その隙を突いて現皇帝を倒します」
「ディーン様。この件、我が主に伝えてもよろしいでしょうか?」
オルウスがこの話に食いついた。
「それはどういう……?」
「今のルハラ帝国、現皇帝はお世辞にも良い皇帝とは言えません。境界の森を挟んでいるとは言え、オリン国も危険視しているのです。もし、ディーン様が皇帝になられたのなら、フェル様と同じようにオリン国から貴方の正当性を示すことが可能です。恩を売ることで今後の関係を良くしたいという訳ですな。もちろんディーン様が現皇帝を倒すことが前提ですし、皇族だという証明をしてもらってからの話ですが」
「それはありがたいお話です。ですが、皇族の証明に関してはこれしかありません」
ディーンは懐からペンダントみたいなものを出してきた。なにやら丸いペンダントの枠に文字が刻んであるようだ。詳しくは知らないがルーン文字だろうか。
ディーンがなにかをつぶやくと文字が輝きだした。
「ルハラの皇族を示すペンダントです。これを帝都のある場所で使うとある扉を開けると言われています」
「聞いたことがございますな。皇族のみが入れる場所があるとか。ディーン様、そちらのペンダントの記憶を見せてもらってもよろしいでしょうか?」
「構いません。ただ、変なものが見えてもそれは内緒にして頂けるとありがたいのですが」
「もちろんでございます。ハイン、頼みます」
「畏まりました。では失礼致します」
ハインはペンダントを手に取ってブツブツ言い出した。
時間にして二、三分だろうか。ハインは一度大きく深呼吸すると、ペンダントをディーンに返した。
「間違いありません。ディーン様はルハラの皇族です。記憶に関してはこちらです」
ハインが右手の掌を上に向けてオルウスに差し出した。オルウスはその掌に自分の手を乗せた。もしかして記憶を見せることができるのか。便利だな。
「私も確認いたしました。間違いないですな。なら、我が主に伝えておきましょう。ですが、先程も言いました通り、正当性を示すのは現皇帝を倒された後です。もし、倒せないようであれば、オリンは関与しないでしょう」
「はい、問題ありません。ではフェルさん」
「なんだ?」
「このようなチャンスを頂けたことありがたく思います。これから急いでウル達と合流します」
「そうか。でも帝都まで遠いんじゃないのか? 私達がニアを救い出す前までに準備できるのか?」
「やって見せます」
決意をした目だな。気弱な感じが無くなっている。
「まあ、頑張ってくれ。お礼をしてくれるなら食べ物でいいぞ」
「ええ、その時はルハラ中の料理を振る舞います。では、すぐに向かいますので私たちはこれで」
ディーンは一度だけ深々と礼をして外に出て行った。ロックやベルも軽く礼をしてディーンの後について行った。
「よし、これで済んだな。ジョゼフィーヌ、魔物達に出発の準備をさせろ。そして広場で待て。私も準備が終わったらすぐに行く。ヴァイア、リエルも準備してくれ。ディアとスザンナは村のことを頼んだぞ」
全員が頷いた。よし、これでいいだろう。
後は魔王様への報告だな。これが一番問題だ。
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