開戦

 

 最初の町から一日かけて西の町に来た。五キロほど手前でキャンプを張り、相手を伺う。


 二日かけてここに来る予定だったけど、狼達がやる気になっているからスピードが落ちなかった。結果、一日で着いてしまった。今はお昼すぎぐらいだな。食事をしながら休憩中だ。


 町の状況を確認したい、といったらヴァイアが遠くを見ることができる魔道具というのを用意してくれた。長い筒状の物だ。それで見たいところを覗くらしい。使ってみると遠くにある町が近くに見えた。どういう魔法を付与すればこんなことになるのだろうか。


 それを使ってみた限りは、町と言うより城塞都市って感じかな。最初の町とは比べ物にならない程の立派な壁がある。


 壁の上にはバリスタとかも見えるし、周囲には堀とかもあってなかなか攻めにくそうだ。跳ね橋もあるし、これは攻め甲斐があるな。


「ロン、あの町ってなんていう名前なんだ?」


「ズガルだな。トラン国との戦争における最前線だが、ここでルハラが負けたことは無いぞ。そして領主はムンガンという奴だ。……ニアをさらった貴族だな」


「なるほど。そのムンガンという奴はロンが倒せよ。私達はそこまでロンを連れて行くだけだからな?」


「ああ。任せろ」


 いざとなったら助けるけど、そこはロンにやってもらいたい。


 さて、次は傭兵団の事を確認するか。


「キラービーから連絡はあったか?」


 連絡を受けたジョゼフィーヌが説明してくれた。


 傭兵団はあの町にいるらしい。総勢五百人程度の規模であるそうだ。


 町にいる帝国兵は千人くらい。練度はそこそこらしい。少なくとも傭兵団よりは弱そうとの見立てだ。


 相手は全部で千五百人くらいか。トランとは休戦中だからそんなに配備してなかったのかな。


 こっちは全部で百体くらいだな。ほとんどが狼だ。


 戦力的には問題なさそう。問題は殺さないようにするのと、怪我しないようにすることだな。これはリエルに頑張ってもらうしかないかも。


 次は……ディアに状況を聞こう。オリンとか冒険者ギルドは声明を出してくれたかな。


 ヴァイアが作ってくれた魔道具を使って、ディアに念話を飛ばす。


『あ、フェルちゃん。そっちはどう?』


「ああ、順調だ。確認したいんだが、オリンとか冒険者ギルドは私達ソドゴラ村を支持する声明を出してくれたか?」


『うん、出してくれたよ。結構騒ぎになってるみたい。それにメイドギルドと、メノウ様ファンクラブというところからもソドゴラ村を支持するって声明が出てたよ? なんで?』


「二つの組織とも知り合いだ。多分、ルネが連絡してくれたんだと思う」


『メノウてアイドル冒険者だよね? あの子が所属するギルドのマスターはギルド会議で私の事をバカにするんだよ? フェルちゃんは私の敵と仲良くなったわけ? ふーん?』


 なにか面倒くさいことになってる。ディアが言っていた、人気はあるけど実力は大したことない奴ってメノウの事なのか?


 まあ、どうでもいいか。だが、一応、ディアの機嫌を取らないと。戦いの前に変な確執があると困る。


「落ち着け。そもそもメノウはそのギルドマスターに騙されていたんだ。そしてギルドマスターはぶちのめした。今頃は鉱山で危険な仕事をしているはずだ」


『フェルちゃん……信じてたよ!』


「お前のその調子良さは全く信じられないけどな。とりあえず状況は分かった。じゃあ、切るぞ」


『待ってフェルちゃん、それでね、その声明が出されたあと、トラン国の動きが怪しいってオルウスさんが言ってたよ』


 トラン? もしかしてこれを機にトランからもルハラに攻め込む気か?


 ルハラがどうなっても構わないけど、ディーンがいるからな。ここにトランが攻め込んで来たら追い返さないとだめかな。


「分かった。注意しておこう。何かあったらまた連絡してくれ」


『うん、気を付けてね!』


 念話を切った。声明が出されたから、こっちから戦いを仕掛けても魔族が人族と敵対したという感じにはならないだろう。多分だけど。


 あとはヤトに連絡を取りたいけど、影に潜っている時は無理だよな。そのままニアを護衛していてもらおう。


 よし、宣戦布告だ。


「さて、これから宣戦布告をしてくる。戦いを仕掛けるのは一時間後くらいだが、準備は大丈夫か?」


 皆が真剣なまなざしで頷いた。


「では、ヴァイア、拡声用の魔道具を貸してくれ」


 ヴァイアが頷いて魔道具を渡してくれた。


「ちょっと行ってくる」


 壁の上に転移した。そこから町の中を見下ろす。下には整列している兵士達が見えたな。それなりに準備をしているようだ。


 次に町の中央に視線を移す。ひときわ大きな建物があった。城のような形だな。多分、あそこにニアがいるのだろう。


 城を見ていたら、下の方が騒がしい。どうやら私を見つけた者がいるようだ。こっちを指している。


 ちょうどいい。拡声用の魔道具を使って宣戦布告だ。


「私はソドゴラ村の者だ。ここの領主であるムンガンは村から力をもって女性をさらった。なのでこちらも力を持って取り返す。ここに攻め込むので準備をするがいい」


 兵士達がざわついている。いきなり壁の上に現れて、そんなこと言ったら驚くよな。ちょっと気持ちがいい。


 そうだ、戦力を教えておこう。こちらの戦力が少ないことが分かれば逃げたりしないだろうし。


「こっちは魔物が百体程度だが、魔族が二人いることを考慮しろ。一時間後くらいに攻め込むから精々抗え」


 そう言った途端に、どこからか矢が飛んできた。それをキャッチ。


 撃ってきた奴は……アイツか。城の近くにある物見塔のような場所からクロスボウを構えているのが見えた。


 一応やり返すか。当たっても死なないだろうし。そう考えてクロスボウを構えている奴に向かって矢を投げた。


 ……へぇ。向こうもキャッチした。普通の矢よりは遅いだろうがそれなりに投げたつもりだったんだけど。


 もしかしたらアイツがアダマンタイトの奴かな?


 まあいいか、やることは終わった。一旦帰ろう。


 転移してキャンプ地に戻ってくると皆が黙って私を見ていた。昨日とは違って今日は本番だからな。緊張しているのかもしれない。


「宣戦布告をしてきた。一時間後に攻める」


 皆が静かに頷いた。


「今回は一番槍をヴァイアにやってもらう」


 皆がまた静かに頷く。


「え? 私?」


「開戦の狼煙みたいなものだ。ヴァイアにとってニアはルハラから一緒に来た母親みたいなものなんだろ? ならヴァイアがやるべきだ。ありったけの魔法をあの壁に叩き込め。ニアに助けに来たことを教えてやるんだ」


「う、うん、わかったよ!」


 次に私かな。門をぶち破って中になだれ込む。後は乱戦になるだろうけど、傭兵団はいつ出て来るかな?


 戦力としてはかなりのものだろうし、最後に出てくると思うんだけど、最初に出てくるという可能性もあるかな。


 そしてある程度兵力を削ったら壁の上から見た城っぽい建物に入ろう。


「ロン、城っぽい建物の中は知っているか?」


「だいたいなら知っているぞ」


「ニアがいるとしたらあそこだよな?」


「それ以外ないだろうな。あの城の中は攻め込みにくいようにしてあるはずだ。籠城しやすいはず。そこにかみさんとムンガンがいる可能性が高い」


「分かった、城に入るのは私とロンとヴァイア、あとリエルかな。他の者たちはジョゼフィーヌに従って兵士達を制圧しろ」


「うん! 一緒に行くよ!」


「おお、任せろ」


 ジョゼフィーヌは何も言わずに頭を下げた。やる気に満ち溢れているのは分かるんだが、黙っているとなんだか怖い。やり過ぎるなよ。


「ルネは人形を使って町全体を確認しろ。もし逃げ出すような奴がいたら捕まえるんだ。特に貴族っぽい奴は逃がすなよ」


「分かりました!」


 こんなものだな。あとは相手の出方次第で臨機応変に対応しよう。


「よし、準備は大丈夫だと思うが最終チェックをしておけ」


 そういうと、全員が色々と確認し始めた。


 何気なくロンの方を見たら、ロンがヴァイアに何か言っているようだ。


「ヴァイア、村で渡した物を出してくれないか?」


「おじさん、アレを装備するんだ。大丈夫? 重いよ?」


「大丈夫だ。久しぶりだが鍛錬を忘れたことはない。もう身につけることはないと思っていたが、ここで使わないとな」


 何の話だろう? 気になるな。


 ヴァイアが一度頷いてから、鎧や剣を亜空間からとりだした。


 鎧は真っ黒。剣も全体的に黒い。だが、そんな事よりも剣から禍々しいオーラが出ている。魔族の私には心地いいけど、普通の奴が装備しても大丈夫なものなのか?


「なんだこれ?」


「昔、騎士をやっていた頃の装備だよ。今回、使おうと思って持ってきてもらった。装備するのは久しぶりだけどな」


「こんな黒一色の装備をしていたのか?」


「黒騎士団というのに所属していたからな。黒いのはトレードマークみたいなものだ」


 ロンはそんなことを言いながら鎧を身につけていく。ヴァイアが手伝って一通り装備し終わると、目をつぶって瞑想っぽいことをした。その後、ぶつぶつ言っていたが、それが終わると目を開けてこちらを見つめてきた。


「これで俺の準備は完了だ」


「そうか、なかなか様になってるぞ。普段、猫耳とか言っていた奴と同じに見えん」


「猫耳とか言っている方が本当の俺なんだぞ? こっちはあまり好きじゃないんだ。まあ、今回はそうも言ってられないからな」


「……ああ、そうだな。ロンが馬鹿をやってニアに叱られている時の方が私は好きだぞ。その恰好が様になっていると思ったが気のせいだったようだ」


 ロンはニヤリと笑うとヘルメットをかぶった。もう顔は見えない。どんな顔をしているのか分からないが、体からは闘志が溢れている感じだ。やる気十分といったところか。


「フェル様、一時間経ちました」


 ジョゼフィーヌから時間経過の連絡を受ける。


 よし開戦だ。


「ヴァイア、派手にぶちかませ」


「う、うん!」


 ヴァイアが大量の石を放り投げる。それが地面に落ちる前に消えた。


 ……失敗なのか? いや、転移か? 一体どこに?


 遠くで爆発の音が聞こえた。町の方だ。


 町の東側の壁で爆発が起きている。一気に爆発しているわけではなく、壁の下の方が右から左に連鎖的に爆発しているようだが……?


 ヴァイアを見ると、追加で石を放り投げていた。どの石も地面に落ちる前に消える。


 え? どれくらいやる気なんだ?


 そしてヴァイアは金属の塊を取り出した。そしてそれが持っていた手から消える。


 瞬間、町の方で大爆発が起きた。


 ……壁の門が木っ端微塵の上に、町の東側の壁が全部崩れた。なにこの攻城兵器。


「よーし、邪魔な壁はなくなったね! これがアビスちゃんのところで壁ドンの練習をした成果だよ!」


「壁ドンって壁を爆破することじゃないからな? あと、アビスから苦情が来ているからもうやめてやれ」


 もしかすると、私の出番はないかもしれないな。

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