敬意

 

 体が大きく揺れた気がする。


 目を覚ますとゴンドラが地上に降りていた。まだ意識がはっきりしていないが、おそらく村に着いたのだろう。


 頬を叩いたり、首を回したり、腕を伸ばして体をほぐした。


 ようやく意識がはっきりしてきた。どうやらソドゴラ村の広場だ。中央に組み木がしてあって火が燃えている。暗いけど村の建物をみたら何となく懐かしい気持ちが込み上げてきた。


 おっと、そんなことをしている場合じゃないな。


「リエル、起きろ。ヴァイアとロンを診てやってくれ。多分、宿にいると思う」


「んぁ? ……おお、もう着いたんか。そうだな、まず、ヴァイア達を診てやらないとな」


 リエルも自分の頬をはたきながら、宿へ入って行った。どうやらスザンナもそれについて行くようだ。


 ルネは「魔物達と話してきます」とアビスの方へ向かった。


 さて、私はどうする? まずは、村長に会うか?


「フェルさん!」


 村長の家から村長が出てきた。遅い時間だが起きていてくれたのか。


「村長、ただいま。ジョゼフィーヌからだいたいの話は聞いている。ニアがさらわれたんだな?」


「……はい、情けないのですが、村を守るためにニアを犠牲にしてしまいました。それにロンやヴァイア君に怪我を……」


 村長はおそらく後悔しているんだろう。苦渋の決断だったはずだ。


「すまなかったな。私がいればまた違ったと思うのだが」


「フェルさんが謝ることなど何もありません。貴族に狙われていた話はニアから聞いていました。その対策をしておかなかったツケでしょう。これは村長である私の責任です」


「そうか。だが、責任で言えば、この村にいる奴すべての責任でもある。ニアは取り返してやるからそんなに思いつめるなよ?」


 村長と話をしていたら、執事のオルウスとメイド達がこちらに近寄って来た。


「フェル様、ご紹介いただけますかな?」


「ああ、村長。この執事はオリン国の領主クロウの執事だ。メイド達はその護衛だな」


「オリン国の……?」


「初めまして。オリン国の貴族であるクロウ様に仕えるオルウスと申します。この度、フェル様の懇意にする村で人がさらわれたと聞き、同行を願い出ました」


「そうでしたか、ソドゴラ村の村長を務めているシャスラと申します。あの、フェルさん、これは一体どういうことでしょうか?」


 村長には一から説明した。


 ニアを助けるためにルハラに攻め込むこと。魔族が攻め込むと人族に敵対したと思われるので、正当な理由があることを知ってもらうこと。その確認にオルウスが来たこと。確認が取れたらクロウに連絡してオリン国から声明を出してもらうこと。


 これらを説明したすると村長は驚いた顔になった。


「オリン国から声明を出して頂けるのですか?」


「はい、事実確認さえ取れましたらすぐにでも連絡をして声明を出していただく手はずになっております」


「……それはありがたいのですが、この村はオリンに所属するつもりはありませんぞ?」


 なるほど。そういう考えはしていなかった。私や村に恩を売って、村をオリンに所属させるということもありえるのか。しまったな。余計なことを持ち込んだかもしれない。


「ご安心ください。我が主人はそんなことは思っておりません」


 オルウスは一瞬だけ私の方をみた。なんだ?


「フェル様が懇意にされている村に望まないことを押し付けては、今度はオリン国が危ないですからな」


 笑いながら酷いことを言われた気がする。


「では、証拠がないか周囲を探してみます。付近を探索することをお許しください」


「フェルさんが連れてきた方なら問題はないでしょう。どうぞ、ご確認ください」


 オルウスとメイド達は一礼してからそれぞれ別の場所へ向かった。明確な証拠があればいいんだがな。支持してくれる奴は多いほどいい。


「ではフェルさん、今日はもう遅いので明日、いえ、もう今日ですが、朝になったら家に来てもらえますかな? 今後の事を話しましょう」


 急いで帰って来たから、今からでもいいのだが……。いや、私一人だけ焦っても仕方ないか。無理してミスっても良くないしな。


「わかった。朝になったら話そう。私は従魔達と話をしてくる」


 村長は深く礼をしてから家に戻って行った。


 よし、次は従魔達と話をしよう。




 アビスの中に入ると言い争っている声が聞こえてきた。


 そうだ、魔物達の本音を聞きたい。ちょっと隠れて聞いてみるか。


 階段の近くに身をかがめて隠れたら、同じ場所にルネがいた。何やってんだ?


「魔物同士の会話を聞いてみようと思いまして隠れてました!」


 まあいいか、なら一緒に聞いておこう。


「ジョゼ! なぜルハラに行ってはいけないのだ! 脆弱な人族などに我々が負けると思っているのか!」


「そうクモ。アンリ様に言われてあの時は出て行かなかったけど、私達なら勝てたクモ。すぐにでもニア様を取り返すから私達を通すクモ」


 大狼とアラクネの声だな。コイツらはすぐにでもルハラに攻め込みたいのか。


「フェル様は戦いの準備をしろ、とのご命令だ。ルハラに攻め込むまでの命令はされていない」


 おお、珍しくジョゼフィーヌが私の言うことを聞いてくれている。


「……それだ。その態度が気に食わん。なぜ、お前ほどの魔物がフェルに従っている? 過去は知らんが既にお前の方がフェルよりも強いはずだ。魔物でも魔族でも、強い者が支配するべきであろう!」


 他から見てもそんな感じなのか。私って結構強いはずなんだけど、ジョゼフィーヌはもっと強いのか……?


「私もそれには同意見クモ。フェル様には助けてもらった恩はあるけど、強さで言えばジョゼの方が上クモ。なら私達を率いるのはフェル様ではなくジョゼクモ」


 ジョゼフィーヌの方が強いから、私ではなくジョゼフィーヌが率いるべき、か。強さを信条とする魔物達なら分からないでもないな。


「あれ? お二方はフェル様が弱いと思っているのですか?」


 あれはドッペルゲンガーか? 珍しい奴が発言したな。


「当然だ。我々よりも強い可能性はあるが、ジョゼフィーヌよりは弱い。皆もそう思っているはずだ。そうだろう?」


 人界の魔物達は全員が頷いている。そんなにか。


「私はフェル様の方が強いと思いますよ? これでも正直者なので嘘はいいません」


「……お前がそう思う根拠はなんだ?」


「フェル様の記憶を見たから、ですかね? あの記憶が本物なら、ですけど。なぜなら――」


「もうやめろ」


 勝手に私の過去をばらそうとするな。誰にも言わないって言ってただろうが。


 色々と変なことを言いそうだったから、とりあえず姿を見せておこう。


「すまんな、お前たちの言い分を聞かせてもらった。簡単に言えば、私よりもジョゼフィーヌの方が強いから従いたくない、ということだな?」


 戦闘力の低い魔物達はバツの悪そうな顔をした。まあ、面と向かっては言えないよな。


「その通りだ。ジョゼがお前に従っているのが気に食わん。ジョゼとの従魔契約を破棄しろとまでは言わんが、絶対命令のような契約は解除しろ」


 絶対命令? ああ、従魔契約にはそんなものもあったな。だが……。


「ジョゼフィーヌとそんな従魔契約はしていない。リーンの町で契約した奴らも人族を殺すな、という程度の契約だけだ。命令は絶対服従、なんて契約はしていないよな?」


 アラクネやバンシー達の方を見ると、ちょっと考えた後、頷いた。


「なら、ジョゼは自分の意思でお前に従っているというのか!」


「普段、ジョゼフィーヌは私の言う事よりもアンリの言うことを聞いているじゃないか。むしろ私を蔑ろにしてる。絶対命令なんて契約はしていない証明だろう?」


「ジョゼ! なぜだ! お前の口から聞かせろ! 家族の一大事になぜフェルの言うことを聞くのだ!」


「フェル様が私よりも強いからだ」


「ジョゼはフェルを雑魚呼ばわりしていたと聞いた! フェルがジョゼよりも強い? 馬鹿も休み休み言え!」


 確かに言った。ヤトも言った。まあ、転移が出来ないことが条件だったけど。


「ジョゼフィーヌ、これは貴方の失態ですよ? カブトムシさんから聞きましたけど、ルールについて話は聞いていても信じていませんでした。ちゃんと教えたんですか?」


 いつの間にかルネが出て来ていた。教えたって言うのはゴンドラで聞いたアレか。私に敬意を払う必要はないとかなんとか。


「ルネ様。申し訳ありません。言われた通り、私の失態です」


 ジョゼフィーヌは私の方を見て頭を下げた。


「フェル様、お手数ですが、力を解放して頂けませんか? 人界の魔物達は愚かなことに目で見たものでしか判断できないようなのです」


 力の解放? なんだそれ? 私も知らないことをやれというのはどういう了見なのだろうか?


「何の話だ? 力の解放とはなんだ?」


「フェル様は普段、力を抑えているのではないでしょうか? 我々と同等になられるほど力を制限されているはずですのでその解放をお願いします。可能であれば魔力も増大させてください」


 能力の制限の事か。魔力の増大というのは魔力高炉のことだな。


 うーん、これは魔王様の許可が必要なんだけど……いや、戦闘で使う訳じゃないからちょっとくらい大丈夫だろう。


「わかった。やってやるから、後はジョゼフィーヌが対応しろよ」


 ジョゼフィーヌが頷く。


 こんなことで問題が解決するならいくらでもやってやろう。


「【能力制限解除】【第一魔力高炉接続】【第二魔力高炉接続】」


 能力の制限を解除して、魔力高炉へ接続した。これでいいと思うが、どうだろう?


 ふとルネの方を見ると、ルネが片膝をついて頭を下げていた。何してんだ?


 周囲を見ると、ジョゼフィーヌ達も頭を下げている。魔界の魔物達であるミノタウロスやオーク達も片膝をついていた。


 まさか、昔みたいに私に敬意を払っているのか? くそう、コイツら極端すぎる。普段も今もその半分ぐらいの敬意を払ってくれ。なんで零か百かなんだ。


 大狼たちは目を見開いて私を見ているが、膝をついたり、頭を下げたりはしていない。どうやら驚いているだけのようだ。


「き、貴様……一体……」


「フェル様、発言の許可を」


 ジョゼフィーヌに発言の許可を求められた。そういうのは止めろと言ったのになんでまたやっているんだ。


「発言をするのに私の許可は要らない。以前、そう言っただろう?」


「はっ、では今から行う無礼もお許しください」


 無礼ってなんだ?


 ジョゼフィーヌはゆらりと上半身を起こすと、大狼の方に向き直った。そして大狼の頭上まで粘液を伸ばしてから、勢いよく大狼の頭を地面に叩きつけた。


 おいおい。


「ぐあぁ! ジョ、ジョゼ! 何をする!」


 大狼はジョゼフィーヌに頭を床に押し付けられている。床にはヒビが入っているし、かなり本気で叩きつけたようだ。


「フェル様の御前だ。頭を下げろ。そして、こちらにいらっしゃるのは、貴様、ではない。フェル様、だ。それすら覚えられない頭ならこのまま潰すぞ?」


 何してんの、この子。

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