ルール

 

 簡単な食事をしながらカブトムシを待っていると、執事と一緒に行く二人がこちらに来て挨拶をしてきた。


「メイドギルド所属、ランク、ローズのヘルメであります!」


「メイドギルド所属、ランク、ローズのハインですわ」


 軍隊の敬礼のように挨拶したヘルメと、優雅に挨拶をしたハインの二人はメイドだった。どう反応すればいいのだろう?


「コイツらを連れて行くのか?」


 一応、執事のオルウスに確認してみる。間違いであっても怒らないぞ。むしろ間違いであってくれ。


「はい、私だけでも大丈夫だとは思うのですが、念のため、私の護衛をしてもらう形ですな」


 突っ込みどころが多いな。だいたい、見た感じお前に護衛なんか必要ないだろう。それになんでメイドが護衛するんだ。あれか? 戦闘メイドってヤツか?


 私はかなり困った顔をしていたのだろう。オルウスが色々補足してくれた。


「二人は魔道メイドと呼ばれておりまして、魔力の高いメイドです。恥ずかしながら私も歳でして、魔力の制限により使えなくなった魔法が多いのですよ。二人は便利な魔法を使えるので護衛をするとともに私の足りない部分を補ってもらうような形をとっております」


 なるほど、オルウスは意外と魔力が低い。年齢とともに魔力が減ってきたか。


「邪魔になることは無いと思いますので、同行させることをお許しください」


「わかった。一応言っておくが、移動にはカブトムシに乗って空を飛ぶ。騒ぐようなら置いてくぞ」


 メイド二人に対して説明しておく。ゴンドラの中でうるさくされたら困る。


「ハッ! 大丈夫であります!」


「問題ありませんわ」


 言葉だけは問題なさそうだけど、ちょっと足が震えているんだよな。言わないけど。


「メイドさんか。執事のお供とか言うから若い執事を期待しちまったぜ」


「リエルっち、残念でしたね。二人って聞いたから私にもチャンスがあると思ったんですが……!」


「お前らは少し緊張感を持て。ニアがさらわれたんだぞ?」


 慌てても仕方ないが、ちょっと薄情じゃないか?


「あん? でもなぁ……」


「そうですよねぇ……」


 二人とも私を見ている。なんだ? 私に何かあるのか?


「フェルがニアを取り戻すって言ったじゃねぇか」


「言ったけど、それがなんだ?」


「失敗するイメージが湧かねぇんだよ。なんというかそれは絶対的に決まった未来って感じの安心感がある」


 何を言ってるんだコイツは。


「そんなわけないだろう? アダマンタイトが絡んでいるし、傭兵も三百人と多い。人族は集団になると強いと聞いている。もしかすると私よりも強い可能性が――」


 皆が笑った。リエルやルネはともかく、スザンナもオルウスも笑った。クロウは分かっていない感じだし、メイド二人はすまし顔だけど。


 笑った奴らは何なんだろう? 殴っていいのか?


「ないない。フェルに対して束でかかっても倒せるとは思えねぇよ。それにメーデイアの町で念話を受けた時、フェルは怒ってただろ?」


 確かにヴァイアとロンが怪我したと聞いた時に傭兵団とやらに怒りを覚えたが、それが何だと言うのだろう?


「気づいていないと思うが、フェルの怒気に当てられて周囲の奴らは誰も動けなかったぜ? 後で理由を聞いた時、ルハラ終わったな、と思った」


「ですよね。あんなフェル様を見たのは初めてでした。ルハラの人族は馬鹿だなって思いましたね」


「うん、ルハラのアダマンタイトは馬鹿」


「ルハラの貴族も知らなかったのでしょうが、魔族に喧嘩を売るなんて自殺行為もいいところです。事前に情報を調べてもいないとは程度の低い貴族なのですな」


 なんだかルハラの奴らが酷い評価になっている。


 だが、私は魔眼や呪病の件で学んだ。気を抜いていたら同じ失敗をする。今度は失敗しない。


「お前たちの気持ちは分かったが、気を抜くなよ? ちょっとしたミスで取り返しのつかないことになったら困るからな」


 リエルやルネ、スザンナは同意してくれた。多少、顔つきが変わった気がする。


 手を尽くして駄目なら仕方ないと割り切ることもできるが、いい加減な対応をして失敗したら割り切ることもできん。ニアを助け出すまで慎重に行動しないと。


「あ、フェルちゃん、カブトムシが飛んできたよ」


 暗くて良く見えないが、確かに探索魔法に反応がある。


「お待たせしました」


 カブトムシが着陸すると、ゴンドラを置いて私に挨拶してきた。


「急いで来てくれたようだな。すまないがこのままソドゴラ村に帰る。疲れていると思うがやってもらうぞ?」


「もちろんです。少々問題が起きています。お急ぎください」


「問題? 一体どうした?」


 まだ何かあるのか? これ以上何かあっても対処するのが難しくなるのだが。


「一部の魔物達がフェル様の帰りを待たずにルハラに攻め込もうとしています。それをジョゼフィーヌ様が抑えているところです」


 何やってんだアイツら。


 ……いや、アイツらはアンリに同じ村に住む家族だと言われている。アイツらにとって村の奴らは家族同然だ。なら、村長やアンリの言うことを聞かずに取り返したいと思うはずだな。


「わかった。すぐに戻ろう。でもなんでそんなことになっている? ジョゼフィーヌの命令なら聞くだろう?」


「はい、そうなのですが……。時間が惜しいので移動しながらの説明で良いでしょうか?」


「そうだな。まずは村に行くことを優先させよう」


 カブトムシが持ってきたゴンドラに全員が乗り込む。乗らなかったのはクロウと門番だけだ。


 それでも七人もいるからな。結構大所帯だ。


「では、旦那様。行ってまいります」


「うむ、出来るだけ早く連絡を寄越してくれ。私も国王へ連絡できるように準備しておく」


「クロウ、すまないな。世話になる」


「なに、フェル君に貸しができると思えば何のことはない。大丈夫だとは思うが気を付けてな」


 心配されているのだろうか。それほど縁が深いわけではないがありがたいことだ。


 カブトムシがゴンドラを持ち上げて飛び上がる。


 執事やメイド達がちょっとビクッとするが、流石というかなんというか、特に悲鳴を上げるようなことは無かった。優秀だな。


 カブトムシがスピードを上げて飛んでいる。だが、周囲は月の明りぐらいしかない。大丈夫なのだろうか。


「暗闇でも飛べるのか?」


「進化した時に視界が広がり夜目や暗視が使えるようになりましたので問題なく飛ぶことができます。前回、ドワーフの村へ行ったとき、夜に飛びましたので実証済みです」


 そういえばそうだった。朝に着く様に来てもらっていたっけ。


「わかった。では、さっきの事を聞かせてもらいたいのだが、なんでジョゼフィーヌの言うことを魔物達は聞かないんだ?」


「いえ、ジョゼフィーヌ様の言うことは聞くのです。ただ、今回は……」


 なにか言いづらい事なのだろうか?


「いいから言え」


「はい、実はフェル様の実力を問題視する派閥があります」


 私の実力? 問題視ということは強くないと思われているのだろうか?


「アンリ様は象徴としての頂点ですが、強さで言えば、ジョゼフィーヌ様、もしくはヤト様の方がフェル様より強いので、どちらかを頂点にして行動を起こすべきではないか、と」


 なにか吹き出すような笑いが聞こえた。ルネか? なんで笑った?


 他の奴は魔物であるカブトムシの言っていることが分からなかったのだろう。ルネが噴き出しても不思議そうな顔をしただけだ。


「カブトムシさん? それは冗談ではなくて、本当にそう思っている魔物がいるんですか?」


「はい。主に人界にいた魔物達がそういう事を言っています。その、普段、ジョゼフィーヌ様もヤト様もフェル様に敬意を払われていないので、なぜ、そんな者に従っているんだ、と」


 まったくだ。私の事を雑魚とか言うし、もっと敬意を払って欲しい。


「あー、それはそうなんですけど、ジョゼフィーヌから何か聞いていないですか? 聞いていなければジョゼフィーヌの失態ですが」


「何か聞いているか、ですか? ……いえ、特に思いつくことは無いのですが」


「はぁ、それじゃ駄目ですね。それはジョゼフィーヌのミスですよ」


 ルネは何を言っているんだろう? はっきり言って私にも分からない。


「一体何の話だ? 私にも分からんのだが?」


「えーと、フェル様に関するルールみたいなものです。魔界の住人なら誰でも知ってますよ? ジョゼフィーヌはそれを人界の魔物達に言ってないんでしょうね」


「私に関するルール? 何だそれ? 私も知らないぞ?」


「それはそうですよ。フェル様には言ってませんし」


 なんで私の知らないところで私のルールを作っているんだろう。


「言え」


「一つは『普段のフェル様に敬意を払わない』です」


「ふざけんな」


 なんでそんなことになってる。本人が敬意を払え、とは言えないけど、払うもんじゃないか? いや、払うべき。


「これはフェル様が言ったことですよ? 数ヶ月前、『自分に敬意を払う必要はない』と」


 ……言ったな。でもそれは私ではなく魔王様に敬意を払え、という意味だった気がするが。もしかして変に解釈してる?


「ああ! もしかしてあの事ですか!」


 カブトムシが何かを思い出したように言った。


「なんだ、ジョゼフィーヌから聞いているじゃないですか。聞いているのはそれだけじゃないですよね?」


「は、はい。しかし、私はそれを見たことがないのですが……」


「そういうことですか。ならジョゼフィーヌやヤトっちを担ぎ上げたい気持ちも分からなくはないですね」


「お前達は一体何の話をしているんだ? 私にも分かる様に言え」


「まあ、それは村に着いてからにしましょう。おそらくジョゼフィーヌがフェル様にお願いしてくると思いますよ?」


 ここで言ってもいいだろうが、とは思うがもう疲れた。少しでも休んでおこう。着くのはおそらく午前零時を回るだろうし、少しでも寝ておこう。


「お前たちが何のことを言っているのか分からないのでモヤッとするが疲れたから少し休む。村に着いたら教えろよ? じゃあ寝る」


 寝る前に周囲を見たら、リエルとスザンナはもう寝ていた。オルウスやメイド達は目をつぶってはいるが起きている感じだな。


 そういえば日記を書いてないけど、まあいいか。というか、呪病で倒れた日の日記も書いてない。時間が出来たらちゃんと書こう。

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