貸し
リーンの町から西に一キロほどのところに着陸した。
五時間ぐらい飛んでいただろうか。スザンナもかなり疲弊していると思う。
「スザンナ、助かった。ここにはカブトムシが運んでくれるから休んでくれ」
「ここに泊まらないで、すぐに村へ向かうんだ?」
「そうだな。一刻も早く戻りたい。カブトムシには無茶をさせるが何とかなるだろう」
あとでリンゴとか樹液をあげよう。
ふと、リエルやルネを見ると、体を伸ばしたり地面に座ったりしていた。
「お前たちも大丈夫か? さっきは普通に話していたが」
「おう、こういうのは慣れだ、慣れ」
「昔、カブトムシに上空から落とされたことがありましたけど克服しましたよ! あれが昔の文献に載っている紐なしバンジーだったんですね……!」
無事ならいいか。ここからまだ六時間ぐらいかけてソドゴラ村に帰らないといけないからな。
「フェルちゃん、誰か来るよ?」
スザンナが見ている方を見ると、町の方から二人ほどこちらに向かってくるのが見えた。町の門にはかがり火とかがあってそれなりに明るいが、この辺はもう暗い。逆光になって影は見えるけど、顔は見えないな。
仕方ない、光球を使って明るくするか。
魔法を使って周囲を明るくすると、近づいてくる二人の顔が見えた。二人とも眩しいようで目元を手で隠しているが、どっちも知っている奴だ。
「門番の奴と、クロウの執事だな?」
「は、はい、お久しぶりです!」
「やはりフェルさんでしたか。ご無沙汰しております」
兵士は敬礼をして、執事は優雅に礼をしてきた。
「もしかして何か騒動を起こしてしまったか?」
よく考えたら、水のワイバーンに乗っていたら撃ち落とされても文句言えないよな。
「いえ。どうせフェル様絡みだろう、と皆が思っていましたので騒動にはなっておりません」
不本意だが、まあいいか。でも、それだったらなんでここに来たのだろうか?
「えーと、なら何か用か?」
「はい、実はクロウ様がそろそろソドゴラ村にあそ――視察に行きますのでご挨拶を、と。町には立ち寄らないご様子でしたので、直接こちらに伺いました」
「遊びって言おうとしたな? まあ、ソドゴラ村はどの国にも所属していないらしいから、視察じゃなくて遊びっていうのは正解だとは思うが。でも、随分時間が掛かったな? 忙しかったのか?」
なんだか執事に、呆れた、って顔をされた。なんだ? 馬鹿にしてんのか?
「ドワーフの村で魔物暴走が発生しましたし、メーデイアの町では疫病のようなものが発生したとか。その対応に追われまして、このところ館からも出ずに仕事三昧でしたから、忙しかったと言えば忙しかったですな。どちらもフェルさんが絡んでいると聞いておりますが、ご存知ありませんか?」
絡んでいる。魔物暴走は魔王様がやったことだし、呪病は私がやったようなものだ。だが、そんなことを言うつもりはない。
「確かに絡んではいるが、クロウの仕事が忙しくなったのは私のせいじゃない」
「それは分かっております。単純に領主としての仕事が多かったので村に行くのが遅くなった、という意味で申し上げただけでございます」
いや、お前、絶対私のせいで行けなかった、という顔をしたじゃないか。冤罪だ。多分。
「おい、フェル、クロウにもお願いしてみようぜ?」
「何の話だ?」
「ルハラの件だよ。こっちに正当性があるっていうのをこのオリン国にも知っておいてもらおうぜ」
なるほど。その手があったか。
「ちょっといいか? クロウに伝えてもらいたいのだが」
「おや、フェル様から旦那様へ伝言ですか? 旦那様もフェル様の伝言なら無下にすることはないでしょう。では、どんなことをお伝えすればいいでしょうか?」
「ルハラの貴族に村の人族がさらわれた。取り返すためにルハラに攻め込む。悪いのはルハラだから魔族が人族と敵対したわけじゃないと宣伝してくれ」
執事も門番の奴も動かないな。話を聞いていたのか?
「おい? 大丈夫か?」
「……フェル様がルハラに攻め込むおつもりですか?」
「そうだな。私が魔物を率いて攻め込むつもりだ」
「おう、俺も行ってやるぜ!」
「私も行きますよ!」
「私も行く」
いや、お前たちは別に来なくていいんだけど。でも、リエルは必要かな? さらったくらいだからニアに怪我をさせることは無いと思うけど、怪我していた時は治してやりたいし、魔物達も怪我するかもしれないしな。
「……お待ちください。旦那様をここに呼びますので」
念話でクロウを呼び出しているようだ。領主を町の外に呼び出していいのか? まあ、私から行くつもりはないが。それに待ってもいいけど、カブトムシが来るまでだぞ?
……十分程度で、クロウがやって来た。ものすごい息を切らしている。
「フェ、フェル君、き、君はルハラへ……!」
「まず息を整えろ。何言っているかわからん」
おそらく身体強化の魔法を使って走ってきたのだろう。でも、領主が護衛も付けずに走っていいのだろうか?
クロウが深呼吸したり、執事が背中をさすったりして、ようやく落ち着いたようだ。
「フェル君、久しぶりだな」
「ああ、久しぶり。言っておくがお前が忙しかったのは私のせいじゃないから逆恨みするなよ?」
「そんなことはしない。だが、そんなことよりも、今はルハラの事だ。事情は念話で聞いたが、本当にルハラへ攻め込むのかね? それに人がさらわれたというのは本当なのか?」
確かにジョゼフィーヌから聞いた話でしかないが、そんな嘘をつく理由はないはずだ。嘘だったらマグマに突き落とす。
「確かに念話で聞いただけの話ではあるが、従魔が嘘をつくとは思えない」
「そうか。従魔を信頼しているのだな」
「で、どうだ? 魔族が人族に敵対する、という構図だけは避けたい。だから出来るだけ攻め込む理由を多くの人族に知っておいてもらいたいのだが」
クロウは渋い顔をしている。表立って魔族の手伝いは出来ないのかもしれないな。なら仕方ない。無理にやらせるつもりはないし、迷惑をかけるつもりもない。依頼は取り下げよう。
「クロウ、無茶を言ったな。忘れてくれていい」
「待て。今、わが国ではフェル君、いや、魔族に対してどういう態度を取るか話しあっている」
それは初耳だ。できればいい感じの態度を取ってもらいたいが。だが、なんだいきなり?
「大きく分けて、特に何もしない、と、友好的な関係を結ぶの二つだ。敵対するという案は全くない」
「そうか。魔族に対して何かしてこなければ、こちらからも何もする気はないぞ。だが、それがどうした?」
「友好的な関係を作れるチャンスだと思っている。改めて確認するが、人族がさらわれた件は本当の事なんだな? 私を騙そうとか、ありもしない事件をでっちあげているわけでもないんだな?」
「ないな。そもそも騙す必要があるのか?」
「……そうだな。ルハラに攻め込むために、私に嘘をつく必要はないな」
クロウは一度だけ頷いた。そして執事を見る。
「オルウス、ヘルメとハインを連れてソドゴラ村へ行け。状況を確認し、念話で連絡してくれ」
「よろしいのですか? 護衛が減ってしまいますが?」
「この町で私を襲うような奴はおるまい。そんな事よりも重要なのはフェル君の行動だ。放っておいたら他国とは言え、どこかの町が消え去る可能性もあるからな」
なにか酷い言われようだ。ニアを取り戻すことが重要であって何かを破壊するようなことはしない。まあ、この町に来た時、門を破壊したけど、あれは不可抗力だ。
「フェル君、このオルウスともう二人を一緒にソドゴラ村へ連れて行って欲しいのだが、構わないかね?」
「それは構わないが、執事に状況を確認させてどうするんだ?」
「そうだな。説明しよう。まず、ルハラへ攻め込む理由を国全体に知らせることは可能だ。ただ、そうするためにはどうしても事実関係を確認しておきたい」
なるほど。嘘だった場合、クロウが嘘つきになる可能性もあるからな。当然の対応だと思う。
「そこでこのオルウスだ。私の信用している執事を村へ送り込む。そこで状況を確認して、間違いがなければ国としてフェル君を支持しよう」
「国として? そんなことができるのか?」
「できる。国として声明を出す。事実関係が確認できたなら、私の方から国王にかけ合おう」
「国王……? そこまで偉い奴に頼む必要は無いのだが、いいのか?」
「国王も魔族には興味津々でな。フェル君に貸しを作れる、と言えばどうとでもなるだろう」
なるほど、声明を出す代わりに私に貸しを作るのか。まあ、貸し一つで正当性を証明する声明を出してくれるなら安い物か。
「わかった。それでお願いする。では、執事、えっとオルウスだったか? これからカブトムシが来るはずだ。それに乗るが空の旅は大丈夫だな?」
オルウスの方を見て確認する。空を飛ぶ上に夜だから怖いかも知れない。いや、下が見えないから逆に怖くないか?
「空を飛んだことがないので何とも言えませんが、これも経験ですな。怖がらないように努力いたしましょう。一緒に来る二人は私より若いのですから文句は言わせません」
ならいいか。一緒に村へ行って状況を確認してもらおう。
味方、というか正当性を証明してくれる奴は多い方がいい。
理由があって魔族が人族の国に攻め込んだという図式にしておけば、例え私が魔王様から罰を受けることになっても、私の代わりの魔族が人族との関係を上手くやってくれるだろう。
よし、後はカブトムシと連れて行く二人とやらが揃ったらすぐに出発だ。
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