封印

 

 ジョゼフィーヌの奇行にびびった。


 いや、びびっている場合ではない。


「ジョゼフィーヌ! やめろ! 殺す気か!」


「はい。私の部下であるにも関わらず、フェル様に不敬を働くなど、生きる価値無し、かと」


 その理由なら、ジョゼフィーヌが筆頭だろうが。


 仕方ない。今ならジョゼフィーヌは私の言うことを聞いてくれるようだから、命令しよう。


「私はやめろ、と言ったんだ。二度も三度も命令が必要か?」


「失礼致しました。ご無礼をお許しください」


 ようやくジョゼフィーヌは大狼を解放してくれた。お前の豹変ぶりが怖いよ。


 しかし、どういう事だ? 能力の制限を解除したことに理由があるのか? さっぱりわからん。


「ジョゼフィーヌ、この茶番はなんだ? 普段、私に敬意を払っていないお前が、なぜ今になって敬意を払おうとする?」


「はい。魔界で決められたフェル様に対するルールに従っています」


 ルール? ああ、ルネが言っていたアレか。


「私はそのルールを知らない。どういうルールなのか教えろ」


「それは私の口から答えることができません」


「なぜだ?」


「魔族の皆様方が決めたルールでして、フェル様の一番近くにいた私からは説明しないようにと言われております」


 なんで私に隠れて私のルールを作るのかな。しかも口止めされてる。いじめか?


「いいから言え」


「フェル様、口を挟むことをお許しください」


 ルネ? いきなりなんだろう?


「えーと、なんだ?」


「ルールにつきましては私の方から説明致します」


 致します、ときた。変なしゃべり方するな。鳥肌がたつだろうが。


「わかった。では頭をあげろ。なんで下を向いたまま喋る?」


「失礼にあたりますので」


「いや、普段からもっと失礼なことをしているだろうが。だいたい顔見て話さない方が失礼だろ。いいからこっちを見て話せ」


 ルネはゆっくりと顔をあげた。ものすごい真顔だ。普段のニコニコした顔じゃない。なんか馬鹿にされている気分だ。


「では、失礼致します。ルールの件ですが、数か月前にフェル様がおっしゃいました『私に敬意を払う必要は無い』が発端となっております」


 確かにそれは言った。今のような状態が嫌だったし、魔王様がいるのに私に敬意を払い過ぎだから止めさせたい、という理由だったけど。


「我々魔族や獣人、そして魔物達は困惑しました。なぜなら、フェル様のその命令を実行することができなかったからです」


「なんで?」


「絶対的な強者であるフェル様に対して敬意を払わない、ということが本能的に難しいのです」


 いや、普段、私に不敬ばかりだよな? 言っていることが滅茶苦茶だろう? 真面目に聞いてはいけない話なのか?


「ですが、その命令をされた翌日、フェル様は力を抑えて我々の前に現れました」


 そういえば、魔王様に能力制限の魔法を教わったのがその日だった気がする。人界に行く準備として制限魔法を魔王様から教わったから、嬉しくてすぐ使ったような?


「フェル様は自らの力を抑えてまで私達に命令を守らせようとしてくださいました。そこで私達も妥協しまして、力を抑えている間はフェル様には敬意を払わない、というルールを作ったのです」


 全くそういう意味はなかったんだけど、言わない方がいいな。なんか怒られそうだから墓まで持っていこう。でも、なぜ今はこんな感じになっているんだ?


「ルールについては分かったが、この状態はなんなんだ?」


「ルールはもう一つあります。フェル様が封印を解かれた時は最大の敬意を払う、です。このルールを追加することで、私達は心のバランスを保っています。どんな時も敬意を払わない、というのは不可能なので、こういった抜け道を作りました」


 何となく意味は分かるけど封印てなんだよ。しかも心のバランスってどういうこと? そんなに辛いことを命令したのか? パワハラしてる?


 しかし、コイツらはなんでいつも全力なんだ。というか不器用なのか? 敬意を払うなと言ったからって蔑ろにしていいってわけじゃないし、敬意を払うにしてもこれはないだろう。中間というか、そこそこというか、ニュートラルという言葉を知らないのだろうか。


「フェル様、このルールを人界の魔物達にも聞かせてはいたのですが、理解をしていなかったようです。申し訳ありません」


 ジョゼフィーヌが改めて謝罪してきた。


「私が知らないルールに関して謝罪なんて必要ない。むしろ何で私に言わなかったと問い詰めたい」


 どうして主人よりも他の魔族達の言うことを聞いてるんだ。なんか馬鹿らしくなってきたな。夜も遅いしとっとと終わらせよう。


「納得はいかないが、事情は分かった。なら、この状態で命令しておく」


 そう言うと、人界の魔物達も慌てた様子で片膝をついたり、頭を下げたりした。やめて欲しいが、仕方ないか。


「ニアを助けるにはお前たちの力が必要だ。しかし、だ。お前達は強いが、私達が戦わなくてはいけないのは、個人の人族ではなく、人族という一つの種族なのだ。強い弱いだけでは計算できない方法を取ってくる可能性が高い。だからこちらもその準備をしている。家族を奪われるという汚名を返上させるチャンスは必ず作ってやる。だからしばらく堪えてくれ」


 おおう、返事はないがやる気に満ち溢れているのが分かった。


「ジョゼフィーヌもお前達もこれでいいな? もし、単独で攻め込むような真似をしたら許さんぞ?」


「はい、もしその命令に従わないような者がいるなら私が始末します」


「だから言ってることが怖いんだよ。魔物達もビクっとなっているだろうが」


 コイツらの前では制限を解除しないように注意しよう。こんなことを毎回されたらこっちの肩がこる。蔑ろにされていた方がまだマシだ。


「ああ、それともう一つ。『力の解放』とか『封印を解く』とか言うのは止めろ。能力を制限しているだけだから、そういうチューニ病的な事は言うな」


 ……返事がないんだけど、分かっているんだよな?


 それにしても疲れた。もう帰ろう。


『待て。お前は何者だ?』


 階段に向かって歩き出そうとしたら、呼び止められた。なんだ? アビスか? 侵入者がいるのか?


 階段の方を見ても誰もいなかった。探索魔法を使っても誰もいない。だれのことだ?


「アビス? 誰の事を言っているんだ?」


『フェル様の姿形はしているが、明らかに中身が違う。フェル様をどうした?』


 私の事を言っているのか? とうとう壊れたか、このダンジョンコアは? それとも能力制限を解除するところを見てなかったのかな?


「私はフェルだ。お前が何をもって私を判断しているのか知らないが、正真正銘、私だぞ?」


『フェル様はもっと弱い。そして権限ももっと低いはずだ』


「権限の方は知らないが、強くなっているのは能力の制限を解除しているからだ。これから能力を制限する。少し待て」


 こんな状態はもう嫌だ。とっとと制限してしまおう。


「【能力制限】【第一魔力高炉切断】【第二魔力高炉切断】」


 よし、これでいいだろう。あ、でもこの状態だと敬意を払ってくれないのか。それも困るが、さっきの状態よりはマシだな。


 周囲を見渡すと、肩で息をしていたり、地面にすわりこんでいたりする魔物達が多い。ダンゴムシなんてひっくり返ってる。


「どうだアビス。これで私だと信じたか?」


『……驚きました。普段は力を封印されているんですね』


「だから封印って言うな」


 ディアに聞かれたら面倒な事になりそうだし、そういうのは私のキャラじゃない。


「じゃあ、もう終わりだな。私は帰る。さっきの命令を忘れるなよ?」


「ま、待て!」


 大狼に止められた。まだ何かあるのか?


「な、なぜあれほどの力を普段から制限している! 普段からあの状態なら私達はアンリよりもお前に忠誠を誓っていた!」


 他の魔物達も頷いている。お前達、本気でアンリに忠誠を誓ってるのか。勇者パワーって怖いな。


 それはともかく、制限している理由か。魔物達じゃ分からないかな?


「お前が言っていた通り、人族は脆弱だ。普通の人族なら能力制限を解除した私と目が合っただけで死んでしまう可能性がある。人族と信頼関係を結ぼうとしているのにそんなことできるわけないだろう?」


 人を殺すのは絶対に駄目だ。これは魔王様の命令だからな。


「そうそう、さっき言い忘れていたが、人族を殺すのは駄目だぞ? ニアを取り戻すのは絶対だが、人族を殺さないのも絶対だ」


「……わかった。お前に、いや、フェル様の命令に従おう」


「やめろ、気持ち悪い。普段の私には敬意を払わないルールなんだろう? 今まで通りの呼び方で構わないから余計なことはするな。……もういいか? お前たちも早く寝ろよ。明日からニアを取り戻す作戦を開始するからな」


 そう言ってアビスを後にした。




 アビスから宿に向かう途中、ルネが後からついて来た。


 ちらっとルネを見るといつも通りニコニコしている。本当に心のバランスとか必要なのか? 今の状態でも辛そうには見えないけど。私で遊んでないよな?


「いやぁ、久々にあの状態のフェル様をみましたよ! 魔界で皆に自慢できる……!」


「あの状態の私を見て、なんで自慢できるのか知らないが、そんなことはどうでもいい。あのふざけたルールを作ったのは誰だ?」


「部長クラスの八人が決めましたね」


 アイツらは制裁する。ふざけたルールを作りやがって。せめて本人に言え。絶対に却下してやったのに。


 魔物達と話をしていたら随分と遅くなってしまった。ヴァイア達を起こすわけにもいかないから、今日はもう寝よう。


 宿に入ると、リエルとスザンナ、そしてディーン達がいた。そういえば、ディーン達にこの村で修行するように言っていたか。


「随分遅かったな。ヴァイア達の怪我は全部治しておいたぜ。ちょっと血が足りなかったからポーション飲ませて休ませた」


「そうか。重体だと聞いていたが大丈夫なんだな?」


「当然だろ? 誰が治したと思ってんだ? 明日には歩けるくらいに元気になっているはずだぜ」


 流石だ。リエルの治癒魔法は信頼できるからな。


「むしろノストが寝ているヴァイアの手を握って看病していたから、それを見た俺の心が重体だ」


 言い直そう。リエルの治癒魔法だけは信頼できる。他は駄目だ。


「そう言えば、ディーン達は大丈夫だったのか? 傭兵団はルハラから来ていたんだろ?」


「ええ、ちょうどアビスの中にいましたので、鉢合わせすることはありませんでした」


 そうか。余計な問題が増えなくてよかった。


 ディーンの顔は知られていないだろうが、匿っていた、とかになっていたらもっとややこしくなっていたかもしれない。


「それでフェルさん。ルハラに攻め込むと聞いたのですが、本当ですか?」


「本当だ。どこの誰だか知らないが、さらった奴は貴族らしいからな。どこかの町へ攻め込まないと取り返せないだろう。気付かれずに取り返すという事もできるが、それだと同じことが起きる可能性がある。二度と同じことができないように完膚なきまでに叩き潰すつもりだ」


「そうですか……」


 もしかして、私達が攻め込むことで陽動が可能とか思っているのか? でも、コイツらはここにいるしな。陽動したところで帝都と言われる場所を襲撃できるのかな?


「手伝う訳じゃないが、私達の行動を利用するのは何の問題もないぞ?」


 ディーンはこちらを見つめてきた。すこし迷っている感じはするが。


「まあいい。明日、村長の家でこれからの事を話すつもりだ。参加するといい」


「分かりました。ぜひ参加させていただきます」


 本来なら手伝うつもりはないが、ニアを取り戻すのにルハラに攻め込むのは決定事項だ。それに便乗するのは別に構わない。


 よし、まずは寝よう。起きたら忙しくなるからな。


 ……ニアもロンもいないけど、勝手に部屋を借りても大丈夫だよな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る