恩返し

 

 ヤケ食いしてやった。


 メイドギルドの食材を食い尽くす勢いだったのに、メイド達は満足そうだった。なぜだ。


「フェル様は笑顔が素敵ですね。メイド達も料理の作りがいがあったと喜んでいました」


「ステア、食事中の笑顔は忘れろ。メイド達にも忘れるように言っとけ」


 顔を隠さずに食べた方が人族と友好的な関係になれると言っていたからマスクをせずに食べたのに、結果は私の精神が削られただけだった。やっぱり駄目だな。


 ゾンビマスクじゃ食べにくいから、もうちょっと食べやすいマスクを買った方がいいかもしれない。雑貨屋で探してみよう。


 さて、食材を放出してしまったから、なにか買わないと駄目だな。それにソドゴラ村の奴らにお土産も買わないと。ついでにエルフたちへのお土産も買うか。


「これからお前たちはどうするんだ? 私はお土産でも買いに行くつもりだが」


 皆、付いてくるようだ。暇なのかな。


「なんでステアも来るんだ? 仕事中だろ?」


「暇なので問題ありません」


「ギルドマスターなんだよな?」


「問題ありません」


 多分、押し切られる。なら、意味のないことはしないでおくか。


「分かった。最初は食材の調達だ。この辺で買うならどこがいいんだ?」


「市場がありますので、そこで購入しましょう。案内いたします」


 ステアの案内で市場とやらに行くことになった。


 それ程遠くはないらしいが、そこそこ歩くようだ。いいリハビリになるかな。


「メノウ、この町で買える食べ物ならなにがいいんだ?」


「そうですね、まずはお米でしょうか。お米は色々なところから買いに来る方が多いです。あと、町の南側で鶏とか変わった鳥を育てていまして、そのお肉が美味しいと評判ですね」


 そういえば、親子丼を食べさせてもらったな。ということは、おいしい卵とかがあるのだろうか。


「卵とかも美味しいと評判だったりするのか?」


「ドラゴンの卵を持っていたのに鳥の卵でいいんですか? フェルさんが休まれている間に、メイドギルドへ問い合わせが沢山来てましたよ?」


「ドラゴンはあまり卵を産まないからな。魔界でも一年に二、三回しか取れない。しかも奪う時にドラゴンが怒るんだ。無精卵なのにな」


 どうせ割るしかないんだから、くれてもいいのに。魔界でもまともに食べられる食材だけど、希少なのが玉に瑕だ。


「無精卵でも取られたら怒ると思いますよ。ドラゴンの卵ほどではありませんが、鶏の卵も美味しいですからぜひ買っていってくださいね」


 これは買いだな。ここの卵でニアに料理を作って貰おう。


 鶏を育てていると聞いて思い出したけど、畜産用の牛とか豚ってどうなったんだろう? 開発部の奴が連れて来るのかな? その前に開発部の奴はソドゴラ村に向かっているのだろうか?


「ルネ、開発部の奴はいつ頃来るんだ? もしかしてもうソドゴラ村に来ていたりするのか?」


「私が村を出た時はまだ来ていなかったですね。魔界にも連絡を取っていないので分からないのですが、念のため聞いてみますか?」


 どうしようかな。いま聞いたところでなにか変わるわけでもないから後でいいか。


「聞いては欲しいが後でいい。時間がある時にでも確認してみてくれ」


「分かりました! 確認ついでに人界の料理がおいしかったって自慢しときます!」


 魔界に戻った時の事をなんで考えないのだろうか。怒られるぞ?


 まあいいか。失敗しないと学べないこともある。放っておこう。


 そんなことを考えていたら市場とやらに着いた。


 よし、目につく物を片っ端から買って行こう。出来れば食べたことがない物がいいが、なにかあるかな?


 メノウもお勧めしていたし、まずは米か。だが、米にも色々種類があるらしい。どれがいいか分からないからとりあえず全種類買うか。


 鶏肉以外でも色々な鳥の肉があった。違いが分からんが、これも全種類買おう。ドードーっていうのが美味しそうだし、ジャイアントモアというのは食べがいがありそうだ。あと卵もそれぞれ買っておこう。味比べしたい。


 果物のオレンジが大量に売ってた。どうやらこの町の特産物の一つらしい。そういえば、スザンナがこれのジュースを飲んでいたな。リンゴほど美味しいとは思わないが買っておこう。


 ドワーフのところほどじゃないがカレーをつくるための香辛料があった。ニアにカレーを作って貰いたい。買いだ。


 あとは目についた野菜をいくつかと、オレンジ以外の果物だな。


「そう言えば、ここにはワインとか置いてあるか? ワインじゃなくてもお酒類なら何でもいいが」


「目の付け所がいいですね。この町はワインも作ってますよ。一番おいしいのはトラン国の物らしいですが、ここも負けてません」


 メノウにしては珍しく自慢気だ。結構有名な物なんだろうか? お酒は飲まないし特産品とかはわからないから、ここはお任せだ。


「ならメノウに任せるから適当に見繕ってくれ」


 そう言うと、メノウが嬉しそうにワインを選び出した。そんなに違いがあるとは思えないが、いいのを選んでもらおう。


 他には何を買おうかと回りを見たら、ルネがお酒をかなり買い込んでいた。自分用じゃないよな?


「ルネ、酒類を買い過ぎじゃないのか?」


「あ、これは魔界の皆に頼まれたものなんですよ。魔界のお酒って昔からあるものしかないですからね。在庫が減っているから、人事部の皆から最優先課題としてミッションを受けてました。この護衛が無かったら、魔界に帰った後、大変な目に遭う予定でしたね……!」


「そうか、苦労してるんだな」


「まあ、その苦労は一番いい酒を確保することで帳消しです!」


 ルネも頑張ってくれたから、それぐらいは許さないとかわいそうかな。頑張って自分用にキープしてくれ。


 さらに周囲を見ると、リエルとスザンナがいた。二人してぼーっとしている。


「お前たちは何も買わないのか?」


「料理できねぇしな。俺が料理したら食材への冒涜だ。もったいないだろ?」


「私も同じ。肉を焼くぐらい。あと生野菜を食べるだけ。マイドレッシングはある」


 私も料理はできない。出来ると思ってはいたけど、あれは料理じゃなかった。


 今度ヤトに教わろう。多分ニアに教わっても分からない気がする。そう考えるとニアの教えについて行けるヤトってすごいんだな。


「フェルさん! これらがいいと思います!」


 メノウがワインを持ってやって来た。違いは分からないがいい物なんだろう。じゃあ、購入だ。


 店の主人に「これらを売ってくれ」と言ったら、「今日はサービスデーだから」といって、かなり安い金額を提示された。


 サービスデー。なんという良い響きだ。そう言えば、夕方になると一気に値段が半額になる、とか本に書いてあった気がする。あと、スタンプ五倍とか、福引と言う物があるらしい。どっかでやってないかな。


 周囲を見ていたらステアが店の主人にお金を払っていた。ステアも何か買っていたのかな。サービスデーなら当然だが。


「フェル様、ほかにも雑貨屋といいますか、何でも屋みたいな店がありますが、行ってみますか?」


 買うものがあるか分からないが、もしかしたら掘り出し物があるかもしれないし行ってみるか。


「行ってみる。案内してもらえるか?」


「はい、お任せください」


 ステアについて行くと、店はすぐ目と鼻の先にあった。


 お土産になりそうなものを探してみるか。ちょうどいい、コイツらにも見てもらおう。私よりセンスはあるだろ。


「お土産を買いたいので、お前たちも選んでくれないか? そんなに高い物は駄目だぞ」


 みんなやる気になって店の中に入って行った。とりあえず、私も探しておくか。センスは必要ない。こういうのは気持ちなんだ、と聞いたことがある。本当かどうかはしらないけど。


 まず、エルフと言えば木彫りの何かと装飾品だな。木工細工エリアがあるらしいので見てみよう。


 これはタヌキかな? なんで鍋みたいなものを背負っているんだろうか。こっちのウサギはなんで火をつけようとしているのだろうか。放火魔? よく分からないが買っておくか。もしかしたらエルフ達が欲しがるかもしれないし。


 こっちは装飾品かな。鳥型の髪飾りは結構人気があった気がする。あと、花の形もいいかもしれない。何の花かしらないけど。こっちはネックレスかな。木と紐だけで作ってあるようだ。これもとりあえず買いだ。


「フェルさん! これなんかどうでしょうか!」


 メノウが花柄のハンカチを持ってきた。まあ、悪くないと思う。アンリにでもあげよう。


「フェル様、これはどうでしょうか?」


 ステアが包丁を持ってきた。ニアにはもう別の包丁をあげているから、ヤトなら喜ぶかな。


「フェル様、これなんかいいと思います!」


 ルネが指の部分がない手袋を持ってきた。ディアにやろう。多分、こういうのを好きなはずだ。


「これは良い物」


 スザンナが何か変な物を持ってきた。色々と絡まってる。もしかして知恵の輪か? これもアンリかな。


「これなんかどうよ?」


 リエルがグリフォンって感じの下着を持ってきた。これならヴァイアに……いかん、抵抗力が落ちてる。こんなもの駄目に決まってる。


「あった場所に返してこい」


「じゃあ、俺が買うわ。オクトパスっぽいのもあったけどそっちはどうする?」


「絶対に持ってくるな」


 嫌なものを見た。忘れたい。魔王様に記憶を消してもらおう。


 とりあえず、グリフォンとオクトパス以外は買おう。


 店の主人に「これらを売ってくれ」と言ったら、また「サービスデーだから」と言われた。


 なんだかおかしくないか? さっきの店もそうだったが、サービスデーのわりに客がいない。


 とりあえず、提示された金額を支払う。その後、ステアが店の主人にお金を払っていた。見ていたから分かる。ステアは何も買っていない。


 もしかして私の代金を肩代わりしているのか?


「ステア、どういうことだ? なんでお前が金を払っている?」


「気のせいです」


 どう考えても気のせいじゃない。


「怒らないから言ってみろ」


「サービスデーというのは嘘でして、私が足りないお金を補っております」


 ぶっちゃけやがった。もう少し、バツが悪そうに言って欲しい。当然ですが、なにか? みたいな感じに言われた。


「なんでそんなことをしている。お前に奢ってもらう理由がない」


 ステアは目をつぶって顔を横に振った。


「フェル様、よろしいですか? この町はフェル様と聖女様に救われたのです。店の主人たちは本来ならお金を受け取りたくないと言っています。そこを妥協して三割ほどフェル様に払ってもらい、残りはメイドギルドで立て替えて感謝を示しているのです」


「私が元凶の可能性があるからそんな事しなくて――」


「そ、れ、と! あのドラゴンの卵です! 王族であっても口にすることはほとんどないという食材を簡単に提供して、皆に振る舞いましたね!」


 おう、なんだか押されている。メイドって怖いな。


「しかも! それをメイドギルドからの提供と致しました! 本部からどれだけの問い合わせが来たのかフェル様にもご覧になってほしかったですね! それだけならともかく、商人ギルドや冒険者ギルド、挙句はオリン国の宰相からも直接問い合わせが来ました!」


「ああ、うん」


 確かにあれはメイドギルドからの提供と言ってもらった気がする。悪い事したかな?


「国からはそんな貴重な物を惜しげもなく提供して人を救ったとメイドギルドの評判がうなぎ上りです!」


 いいことじゃないか。なんで私は怒られているのだろうか?


 興奮しすぎたと感じたのか、ステアは一度深呼吸した。


「本来ならフェル様が受けるべき名誉をメイドギルドがすべて受けているのです。フェル様にはお金を払う程度では返しきれないほどの恩があるということです」


 なんとなく理由は分かった。少しでも恩を返したいという事か。でも、卵は提供しただけで美味い料理を作ったのはメイド達なんだから、気にすることないのに。それに本人が恩を感じる必要はない、と言ってるんだがな。


 でも、なにも恩を返せないというのはストレスになるかな。仕方ない、気が済むようにしてもらおう。


「分かった。じゃあ、代金の肩代わりということで恩を返してもらう。それでいいな?」


「ご理解頂けて嬉しく思います。それとメイドギルドのメーデイア支部はフェル様に忠誠を誓うと全員一致で決まりました。ご用の際は何でもお申し付けください。ご主人様」


「勘弁してくれ」


 信頼を得られればそれだけでいい。だいたい、私なんかに忠誠を誓っても意味ないぞ。


「諦めろ、俺もそんな感じで一週間大変だった。大変なことは分かち合おうぜ?」


「知ってたんなら先に言えよ」


 まあ、ある程度恩を返したら飽きるだろ。それにこの町にずっといるわけでもない。すぐに帰ればいいや。


 そうか、一週間寝ていたということは、ソドゴラ村を二週間くらい留守にしてたわけか。なんとなくだけど、早く帰りたいな。


 買い物も終わったので建物から出ると念話が届いた。


『フェル様、ジョゼフィーヌです。聞こえますか?』


 ジョゼフィーヌから? 珍しいな。


「どうした? お前から念話なんて珍しいな」


『ああ、繋がりましたか。いまもメーデイアの町にいらっしゃいますか? すぐに村にお戻りになることは可能ですか?』


「そうだな、メーデイアという町にいる。ソドゴラ村から結構遠いからカブトムシでも一日ぐらいかかると思う。こっちに来てもらってから帰ることになるから、二日ぐらいかかると思うが、なにか問題か?」


『はい、大問題です。二日前、ニア様がさらわれました』


 ジョゼフィーヌも冗談を言うようになったか。……冗談だよな?

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